Flag8―魔導―(4)
「ハァーイ! 遅れてごめんねルイス、美しい僕が美しく馳せ参じたよ!」
……が、そうはいかなかった。
突然の来訪者のせいで頭から誤魔化しの言葉が吹き飛ぶ、と言うか、登場のインパクトが強すぎて話題も何もあったものではない、と言うのが正しいのかもしれない。
その来訪者は、下はズボンを穿いているが、上は素肌の上に白衣を着ており、なんと言うか気持ち悪い。更に色白の肌に、肩まで伸びる長い金髪と黄金色の瞳、と、非常に眩しくインパクトのある見た目の、学園長達と同じ位の年齢に見える、女に見えないこともない美しい顔立ちの男だった。
「……別に私が呼んだ訳じゃない、お前が勝手に来ただけだ、シャル」
そう言う学園長は、うんざり、とでも言いたそうな顔をしている。というか、学園長だけでなく、ネアン先生とレイラ女史もだ。
しかし、男の事を「シャル」と呼んでいるあたり学園長とはそれなりに親しい真柄なのだろう。ネアン先生とレイラ女史も同様な表情をしているあたり、二人も同じなのかもしれない。
「アハッ、そうだったかな? いやぁ、僕としてはもっと早く来たかったんだけど、あの子達中々やんちゃでさ、流石に美しい僕も困っちゃったよ。あっ! 君がツカサ=ホーリーツリー君かい? ノスリちゃんも久しぶり、君達も中々美しいね……僕には敵わないけど」
「なあ、ノスリ、この人誰……?」
「シャルル=フラウ=ハルバティリス……この学院の高等部の保健医……」
「保健医……初めて見た……」
ああ、こんなんだから保健室でお菓子食べたり、誰とは言わないが、多少暴れたりしても大丈夫なんだ……。
呆れと言うか、納得と言うか、本当に大丈夫なのか……? この学校。
「……ん? と言うか……ハルバティリスって……」
「アハッ! そうだよツカサ君! 現在王様のゲイブ=アーク=ハルバティリスは美しい僕の叔父なんだよ。まあ、つまり、美しいこの僕は、美しさに相応しい、王族なんだよ! アハンッ!」
シャルル保健医は、様になっているせいで尚更うざい事に一度、髪の毛を掻き上げると、何故か白衣の胸元を少しずつ広げながらそう言った。キモい。
しかしながら……。
「この国末期だな」
率直な感想。まあ、現在の王があんなだから、既に重症なのはわかりきっていたことなのだが。
「ンハッ! 君も中々に辛辣な事を言うんだね? けど、美しいものに言われるのはへっちゃらさっ! むしろ御褒美と言っても良いね!」
シャルル保健医に対して寒気と吐き気を覚えながらも、ふと、疑問が思い浮かぶ。
「……ノスリ、レイ……皇子に兄弟は居るか?」
教師達が居ることや、ノスリに伝わり難い事を考慮して、咄嗟に「皇子」と付けてノスリに問う。
「私が知る限りは知らない……隠し子とかが居たら別だけど……どうしたの……?」
あの人なら隠し子とか居ても不思議じゃない、と素直に思ってしまったのは心に仕舞おう。
「……次期王がこの保健医ってことは無いよな……?」
レイに年上の兄が居ないとすると、王位継承権はレイよりもこの変質者の方が上になってしまう。それだけは避けた方が良い、この国の政治のことはよく知らないが、それだけは自信を持って言える。
「残念ながらツカサ君、美しいこの僕は王位継承権は放棄していて、美しい王様には成れないのさ、期待に応えられなくてごめんね? アハーンッ!」
何かもう色々と面倒な事を言っているが、どうやらこれが王になることはないらしい、良かった、本当に。
「……じゃあ、行くかノスリ」
「ああ、待ちたまえツカサ君、これを持っていきなさい」
そう言われ、シャルル保健医に引き留められた俺は、手をこねくり回されながら、チェーンに通されている、幾つか魔法陣が描かれた指輪を半ば強引に握らされた。気持ち悪い。
「これは……?」
「精神を安定させる魔導具だよ。使い方は魔力を流すだけなんだけど、魔力を込める量を増やすと他の人にも作用させることが出来るようになるっていう、中々の品だ」
「どうして俺に……? そんなに落ち着きがないですか?」
他の人から見ると、俺は危なっかしいのだろうか? 確かにユーリ=カリエールと戦った時は俺自身、何故か少し血の気が多かった様な気はするが、基本的にそこまで荒ぶっていない筈だ。
「いや、只の気まぐれだよ」
あまり納得のいかない俺は、文句を口にしそうになるが、シャルル保健医のどことなく寂しそうな表情に口をつぐむ。
「まっ、そう言うことだ、美しいこの僕からの贈り物なんだから大事にしたまえよ! ンゥゥ……ビューティフォーゥ!!」
……必要は無かったのかもしれない。
しかし、折角貰ったものを身に付けないのも失礼な気もするので首につけ、シャツの下に仕舞った。
「……どうも、大事にします」
「ああ、頼んだよ」
顔は真面目な表情のくせに、着崩した白衣から肩を覗かせてそう言ったシャルル保健医は無視して、ノスリに「行こう」と促す。
ノスリと手を繋ぎ、一応教師達に一礼をして俺達は学園長室を後にした。
「〝転移〟」
《ヘキサグラムの魔法陣》から溢れ出す白光に包まれていく中、教師達の表情は珍しく真面目だった。
‡ ‡ ‡
「行ったか……」
自分の教え子達が転移した後、そう呟き、続けざまに珍しく真面目な顔をした変態ナルシストに顔を向ける。
「なあシャル……良いのか?」
主語は抜けたが、どうやら意図は上手く伝わったらしい。
「構わないよ」
珍しく端的で短い返事、やっぱりこいつだって表面上では誤魔化せているが、十分引きずってるじゃねぇか。……まあ、俺が……俺達誰一人が言えた事でもねぇか……。
そんな無駄な思考を振り払い、再びシャルに問う。
「何であいつにあげたんだ? あいつは観察力はあるし、普段から正常な判断は出来ていると思うぞ?」
「君、教え子には結構甘いんだね。……確かに君の言う通り、あの子は中々にビューティフォーだったけど……ヨハンにどこか似ていたから、心配なのさ」
シャルは含み笑いをこちらに向けた後、少し寂しげに笑いながら故人の名を口にする。
「うるせぇ……。まあ……似ているってのは否定はしねぇけどな。だけどよ、多分、そのお陰で問題児の優等生が丸くなったんだ、こう言うとツカサに失礼かも知れねぇけど、悪いことばかりじゃねぇよ」
俺は、多分だけどな、と再び付け足し、俺にとって柄でもない様な台詞を締めると、俺達がここに集まった理由を、集めた張本人に聞いた。
「ルイス、俺達に聞かせたい話ってのは、あいつらに聞かせられない様な話なのか?」
あいつら、と言うのは勿論さっきまで居た俺の生徒達のこと。
ルイスはただ一言、「ああ」とだけ答える。
「それは、ノスリ=アビエスにさえ聞かせられない話なのか?」
「いや、私的な理由ですまないが、あいつには関係のない話だから巻き込みたくないってだけだ。……一応あいつも妹みたいなものだからな……」
「けど、あいつはアビエスの人間だぞ?」
「……ネアン、“亡霊”の話だ」




