Flag7―牢獄の住人―(15)
エルは俺の手に握られていた《暦巡》を《スカディ=コルネリウスの杖》で弾き飛ばし、立ち上がった。
《暦巡》は簡単に俺の手元から離れ、五メートル程先の雪の積もった地面へと突き刺さる。
先程から《暦巡》を弾かれない様に力を入れていたが、動きを封じられてからは強く握ろうと力を入れても、やはり指先が微かに震えるだけで碌にに動きはしなかった。
「ほら、言ったでしょ? びゅーてぃふぉーうーまんだって。だからエルは強いんだよ」
「びゅーてぃふぉーうーまんってのは関係無いと思うけど……」
結局……俺に出来る事は時間稼ぎだけ。無様だと思う。話をして場を繋ぐ事しか……話せる? ああ、話せるのか。
「ふふっ……」
「どうしたのだツカサ? 何か可笑しいのか?」
エルは思わず声に出しながら笑ってしまった俺に怪訝な顔を向けてくる。
俺は声を出せるじゃないか。止められたのは体を動かす事だけ、なら、魔法を使える!
エルは動きを止められ、焦っていた俺を見てか、どこか油断している。
ペンダントの機能で大怪我はしないのなら、でかいのを一発かましてやろう。
「いや、何もない。ところでエル、何で俺は体を動かせないんだ? 影を繋いだのは大方予想出来るけど探知用の影でこんな事出来るとは思わない」
「気付くの早すぎだよツカサ……」
「生憎、俺が弱くて周りに居る人達が強いから、考える事が仕事になってきてるんだよ」
「そっか……いいよ、教えてあげる。今ツカサに繋いだ影は実体のある影……簡単に言ったら攻撃に使っていたのとおんなじ影だよ。魔力は結構使っちゃうけど、それを他者の影と繋ぐ事で相手の影を縛って相手の動きを止める事が出来る……満足した?」
エルは杖を持っていない左手を腰に当て、小首を傾げて俺を見る。
「ああ、ちょっとすっきりした……」
するとエルは「そろそろ頃合いかな……」と呟き、腕を脱力させていたせいで寝ていた杖の先を上に向けていく。
何の頃合いなのかはわからないが、恐らくこのまま何もしなかったら俺は負けるのだろう。
「……けど、俺……性格と往生際が悪いんだよね……」
「えっ……?」
「〝結果知らずの大洪水〟」
青白い五芒星の魔法陣が俺の頭上に現れ、そこから電気を帯びた雨が大量にエルに向かって降りかかっていく。
雪の地面が電気を帯びた雨に触れると、触れたところから雪が消え、地面が剥き出しになり、その地面に更に電気を帯びた雨が触れると、地面を抉り焦がしながら土煙が上がった。
「不意打ちだ、とか卑怯だ、とかとは思わないでくれよ? 理想を語って馬鹿正直に突っ込んで行く様な力が無い俺は小細工しなきゃやってられないんだよ」
俺はそう言いながら目の前に広がっている荒れ果てた地面に背を向けて後ろに居るであろう人物達を見据える。
「思わないよ。エルが油断してただけだから」
そこには服を焦がし土煙にまみれたエルを、同じく服を焦がし、しかしエルとは違ってボロボロになっているヴァルが抱き抱えて立っていた。
……そう、俺は〝結果知らずの大洪水〟を外した……外したと言うのは少々語弊があるかもしれないが、俺が魔法を発動した時、最初に反応したのはエルでは無くヴァル。
そこでヴァルは身を削りながらもエルを助けた。……その忠誠心には感服する限りだ。
「全く……従者とあろう者が主の危機を防げなかったというのは不甲斐ない……」
「不甲斐なくなんか無いよヴァル。ヴァルがエルを助けてくれなかったら多分負けてたもん」
「ありがたきお言葉です。……それにしてもツカサ様、まだあの様なものを隠し持っておられたのですね」
「〝結果知らずの大洪水〟の事か?」
「はい、どうやって魔法の範囲の限定を行なったのかはわかりませんが、広域殲滅用の魔法を心得ておられるとは思いもしませんでした」
「そりゃ、とっておきだからな。ちなみに範囲の限定はカーミリアさんに教えてもらった時に既にされていたぞ? 範囲を減らした分ちょっと簡単になったって言ってたな……」
……ところで、広域殲滅用の魔法って何? 初めて聞いたんだけど……そもそもの話、なんでカーミリアさんそんな魔法覚えてるの? ……怖っ。
「プラナス様ですか……。なら、納得するしかありませんね……ん?」
ヴァルはそう言いながら眉をひそめ、言葉を続ける。
「本当にプラナス様がツカサ様にお教えなさったのですか!?」
「そうだけど……?」
一体どうしたと言うのだろうか? カーミリアさんが魔法を教えたら変な…………変だったな。
C組の人間の視点からカーミリアさんを見るとカーミリアさんは“自己表現の苦手な一生徒”だが、学校全体からの視点でカーミリアさんに下される評価は未だに“他人嫌う問題児”なのだ。
そんな問題児が魔法を教えた……それもぽっと出の転校生に、だ。驚かない方がおかしいのかもしれない。
「ツカサ様は本当に変なお方ですね!」
「それ誉めてないだろ」
そんな俺のツッコミに対してヴァルは見た目に似合わず上品に笑いを溢すと戦闘の為の装備を整え始めた。
「我求めしは契約の象、〝サピーナ〟」
ヴァルがそう唱える事でヴァルの手には白い角の無いシャープなデザインをしたガントレットが現れる。…………あれ? ヴァルも戦うの……?
「どう見たってエルよりお前の方が重症だと思うけど……戦うのか?」
「ツカサ様、俺は大丈夫だから戦おうとしているのです」
俺はエルに目を向けるとエルは心配そうな顔などはせず、真剣な面持ちで《スカディ=コルネリウスの杖》を構える。
まさかの一対二の構図。
「卑怯だ、なんて言わないよねツカサ。ここは少し悔しいけど二人で戦った方が良いってエル達は判断したんだから、むしろ誇っても良いんだよ?」
そんなの言わないに決まっている。というか言えない。さっき大口を叩きながら格好をつけた俺にそんなこと言える筈がない。……正直なところ言いたいけども。
エルだけでなくヴァルも戦闘に参加した今、魔力もかなり消費してしまった俺が負けずに残るのは絶望的な確率だ。けど、まだ諦めるつもりはない。
「〝雷鎧〟」
俺は雷の鎧を纏いながらヴァルの元へと駆けていく。ヴァルは今傷を負っている。そのせいで弱っていてもし倒せるのなら倒しておくことに損は無いだろう。
「〝地鎧〟」
俺の視線の先に居るヴァルはそう呟いて茶色いオーラの様な者を全身に纏った。




