Flag7―牢獄の住人―(14)
「〝ディレクト・ブライズ〟!」
掌の前に現れた五芒星の魔法陣からは雷属性の青白い光線が放たれ、四方が囲まれて立ち尽くしているエルを呑み込まんとする。
狙い通りの動き……だが、何かおかしい。何故エルは立ち尽くしている?
目の前の光景が俺の放った〝ディレクト・ブライズ〟によって青白く変わっていく途中、紫電がエルに届く直前、青白く、紫電迸る中、微かに見えるエルがこちらに掌を向けた。
「〝ヒンディ・ヴィオ〟」
そしてそんな声が聞こえたと思うと、エルの掌の前に現れた五芒星の魔法陣から、薄く黒い膜の様なものが雷の光線を阻む様に広がっていく。
雷の光線が黒い膜とぶつかると、幾つにも別れながら黒い膜に沿うようにして逸れ、雷の光線は撒き散らされ、土の壁を巻き込みながら地面を傷付けた。
地面を傷付けた事により砂埃が舞うも……エルには傷一つ付いていない。
「誰も探知と攻撃は同時に出来ないとは言っても、契約武器の能力と魔法が同時に使えないとは言ってないよ」
エルは感情があまり伝わって来ない様な表情と口調で、淡々と話す。
さっきまでのエルとは大違い。まるで感情を押さえつけている様な、そんな印象。今なら学年二位だと言われても簡単に信じられる気がする……いや、こんな風に切り換えをしっかりと出来るから学年二位なのかもしれない。
エルは《スカディ=コルネリウスの杖》を振って影で出来た真っ黒で巨大な腕を左右対称に二本、足下から伸ばす。
そしてもう一回振ると、影の右腕が俺を払う様に横に薙いでくる。
それに対して俺は後ろに跳んで避けるも、今度は真っ直ぐに影の左腕が俺を掴みか掛かりに向かってきた。
掴みにきたところを見計らい、足に雷の属性強化を施して更に後ろに跳んで避ける。
すると今度は薙ぎ払いを終えた影の右腕が俺から向かって左側から、振りかぶり、握りしめた拳を叩きつけにきたのに対して俺は右側にステップを踏み、回避した。
避けれてはいるけれど、下がって避ける事しか出来ていないこの状況じゃきりがない。 だからといって、何の策も無い状態で突っ込むのも良い方法では無いだろう。
だが、魔法の力で劣っているのにも拘わらず遠距離で戦ったとしても負けは明白だろうし、避け続けるのが魔力や体力を含め、いつまで持つかわからないこの状態でエルの魔力が切れるのを待つのも無理がある。
となると、やはり接近をする方が効果的か。
今のエルの戦い方を見ると《スカディ=コルネリウスの杖》の能力は探知に使い、遠距離戦を主としている様なので、探知から攻撃に切り換える暇を与えない様に遠距離で戦うフリをして一気に距離を詰めれば、何とか出来るかもしれない。
「〝ウォート〟」
俺は手始めに人の顔位の大きさの水の塊を二つ、エルに向けて放つ。
それに対してエルは、横に少し跳ぶ事で二つの水の塊を難なく避け、仕返しとばかりに水の塊と同じサイズの闇属性の初級魔法を二つ放ってきた。
「〝ヴィオ〟」
黒い二つのエネルギーの塊を俺は顔を反らす事でを避け、エルが魔法を行使した隙を突いて俺も魔法を発動する。
「〝ビロウ・ランド〟!」
地属性の中級魔法により現れる土の杭は計九本。
一本はエルが居た場所、残りはその回りに大きな土の杭を造り出す。
エルがそれを後ろに跳んで避けようとしたタイミングで、俺は足に風の属性強化を施してエルの着地地点へと一気に距離を詰め、それと同時に《暦巡》を力いっぱい右から左へと薙いだ。
咄嗟の事にエルは体と《暦巡》の間に《スカディ=コルネリウスの杖》を滑り込ませる事でしか対処出来ない筈。
「くっ……」
エルは目論見通り《スカディ=コルネリウスの杖》で攻撃を防ぎ、そのせいで着地の時に少しバランスを崩す。
俺はエルの体が少しぶれたのを見計らい、右足に込める魔力を増やしながら腹を狙って蹴りを放った。
すると俺の足から蹴りと共に風の刃がエルに襲い掛かる。
蹴りがエルに触れる直前、エルは影の種類を探知から攻撃へと切り換えていた様で、自身を影で包んで防いだが、俺の蹴りの勢いは殺せずに数メートル吹き飛んで行った。
しかし、勿論ここで俺の攻撃が終わる筈も無く追撃を仕掛ける。
《スカディ=コルネリウスの杖》の能力の影を攻撃用のものへと切り換えられはしたが、これはこれで良い。探知されないのなら、行う事は決まっている。
「〝光鎧〟」
俺は光の鎧を纏い、エルの後ろを取って《暦巡》を斜めに振るう。
しかしエルは素早く反応し、《スカディ=コルネリウスの杖》で受け止められてしまった。
だが、俺は構わずに一旦《暦巡》を引き、繰り返し斬りに掛かる。……が、《スカディ=コルネリウスの杖》で力を逃す様に受けられてしまい、全く攻撃が入らない。
遠距離だけかと思ったが、近距離でも戦えるのか……だが、杖に殺傷能力は殆ど無い。なら、少しごり押しになるがこのまま押し切らせてもらおう。
「〝雷鎧〟」
雷の鎧を纏って反射神経や動体視力を向上させる事で刀を振るう速度を上昇させる。
そして幾らか打ち合いが続くとエルの額に少しずつ汗が浮かんでゆき、更に少しすると雪の深い部分に左足を取られてしまい、バランスを崩しかける。
「ッ……〝雷鎧〟!」
そのタイミングでエルも雷の鎧を纏い、俺に対処しようとするが、バランスを崩しかけている今の体勢では刀を受けきれずに吹き飛び、雪の地面に背中から着地した。
「魔力を温存しながら戦っていたのが仇になったな」
俺はそう言いながらエルの元まで駆け、《暦巡》をエルの首へ突き付ける為に持ち上げる。
「やっぱり、気付いていたんだね……けど……」
エルがそこまで言った時、俺は少し妙な感覚を、違和感を体に覚えた。
「……っ!?」
腕が……上がらない?
いや、そればかりでなく、体自体が、全身が動かそうとしても小刻みに震えるだけで殆ど動かない。
「……手加減していた訳じゃないんだよ? 消費する魔力を抑えながら、より確実性の高い手段を取っただけだから」
「手加減するより質が悪い気がするんだけどな……」
本当……見た目や言動に反して計算高いと言うか……。




