Flag7―牢獄の住人―(13)
するとエルの足下から黒い何かが俺の方へと向かって飛んできた。
俺は咄嗟に横に飛ぶも、少し反応するのが遅れたせいで黒い何かは頬をかすり、俺の頬からは血が流れる。
「油断は禁物だよ?」
「今の……影、か?」
「そうだよ、次はちゃんと避けないと……痛いよ!」
エルは再びさっきと同じ様に《スカディ=コルネリウスの杖》を振るう。しかし今回は先程とは違い、エルの足下から太さは人の胴位はある、長く先の尖った触手の様な影が二本飛び出してきた。
俺は俺に狙いを定めて交互に突き刺そうと飛んでくる触手を魔力付加を施して《暦巡》を使って受け流す。
「どうしたツカサ! 受け流すだけで精一杯か?」
「さあ……な!」
まだまだこんなものでは無いだろう、そんな意味も含んでいるであろうエルの言葉に俺は触手を受け流しながら悪態をついて応えるも、生まれてくる焦りは消えてくれない。
むしろ焦りは募っていくばかりで、この状況を乗り越える為に必死で頭を回転させるも焦りのせいもあるのか一向に妙案は浮かばず圧されていくだけ。
本当に自分の無力が嫌になる。
一矢報いるどころか、相手の攻撃を防ごうとするだけで手一杯。少しは強くなったつもりだった自分を殴りたい。
慢心なんか捨ててしまえ。俺は弱い……だから、弱いなら弱いなりに出来る事をしよう。最初は頭に入れていた筈だったのに頭に血が上ったせいで忘れていた。
小細工と言われようがなんでも良い。
俺は尚も襲い掛かってくる触手を、腕に火の属性強化を行い、力任せに振り払う。
その時に微かに出来た隙を突いて〝ランド〟を発動し、エルの四方に土の壁を出現させ、相手の視界を奪いつつ閉じ込めた。
すると指令を失った触手は先程とは違い、力無くへたれ、少しすると消えていく。
どうやら影を操っているのはエルなのでエルが相手を見失うと影の触手の狙いもつけられないらしい。
そして少しすると土の壁は内側からエルが影のハンマーを作り叩き潰し、俺が居るところへ影のハンマーを伸ばした…………つもりだった。
エルが影を伸ばした時既に俺はその場に居らず、エルは影のハンマーを手元に戻そうとしながら周りを見回し、俺を探す。
しかし一向に見つからない様でエルは影のハンマーを引っ込め、次の動作に入る為か足下の影が揺らいだ。
その瞬間、俺は後ろから《暦巡》をエルに向けて振り下ろす。
「……ッ!」
エルは切りかかられる直前に俺に気付き、左に跳ぶも避けきれず、《暦巡》はエルの左腕を浅く捉えた。
……やはりそうか。
「なぁエル、お前探知と攻撃両方同時に使えないだろ」
俺がそう言うとエル唇を少し噛み、顔を少し歪ませる。
「……そうだよ。何でわかったの?」
「…………んーと、何となく?」
「何となく!?」
「なんかそんな気がして試してみたらビンゴ、みたいな」
こればかりは俺自身もよくわからない、直感的にそう感じたから確認してみたのだ。
「……ふふっ……あっはっはっはっは!」
すると何故かエルは声を立てて笑い始め、一通り笑うと少し落ち着いたのか所々笑いながらも言葉を洩らした。
「ふふふっ……ツカサは面白いな! 何て言うか……ふふっエル達とは違う世界に生きてるって感じがする! くくっ……本当に面白いよ!」
「そりゃ、この前初めてこの世界に来たからな」
「………………えっ?」
…………あっ。
思わず口が滑って言ってしまった俺の言葉に対してエルは当惑してしまっている。……そりゃそうだろう、いきなり異世界から来た等と言われて信じろと言う方が難しいだろう。
しかしエルは怪訝な顔等はせず、確かめる様な、少し真剣な表情を浮かべて問い掛けてきた。
「ツカサ……それは本当の事か?」
「えっ……ああ、けどエルは俺の話を信じるのか? 俺が時間稼ぎとかの為に言っているのかもしれないぞ?」
「信じるよ。だってツカサが時間稼ぎの為に言ってるのならもう少しマシな事言えるだろうし、それに、ツカサが異世界から来た人ってのも何となく納得出来る気がするもん」
「俺が言うのも変だけど何となくって……」
「ツカサってなんか不思議な感じがしてたから、これでその理由がわかった気がする」
そう言い、真剣な表情を緩めて楽しげに笑うエル。……これ一応戦闘中だよね。
「けど……ごめんね、ツカサ……」
エルは続けてそう言うと、《スカディ=コルネリウスの杖》を振り、先程の影の触手の様なものよりも細い、人の腕位の細さで先程のよりも先端の鋭い影の触手を俺の目測ではあるが十本ばかり造りだした。
更にエルがもう一度《スカディ=コルネリウスの杖》を振ると細い影の触手は俺を突き刺さそうとするかの様に真っ直ぐ、一斉に向かってくる。
俺は急いで左に飛んで避けるも、細い影の触手は垂直に方向転換をして俺を襲い続けてきたので、腕に火の属性強化を施して迎撃してみると案外簡単に細い影の触手は切り裂け、消すことが出来た。
戦闘再開するの急すぎるだろ……そりゃまあ、戦いなんだからそんな事は当たり前なのかもしれないけども。
何故いきなり戦闘を再開したのかや、何故エルが謝ったのかはわからない……だが、エルがその気なら俺も気を引き締めないと。
俺は既に行っている魔力付加に加えて、足に雷の属性強化を施してエルに向かって真っ直ぐ向かって行く。
それに対してエルは影の細い触手を先程と同じ本数造りだし、これまた同じ様に俺に真っ直ぐ向かわせてきた。
そうして数秒も経たない内に影の細い触手は俺に突き刺さりそうな距離まで近付いてくるが、俺は真横に進路を変えて避け、影の細い触手も少し遅れて俺に着いてくる。
影を操っているのはエルなので突き刺してくる時に横に跳んでしまえば、早めに横に避けるよりも細い影の触手と距離を取れる上に俺とエルとの間に邪魔なものは無くなる。
俺は影の細い触手を避け、それが少し遅れて方向転換したのを確認出来た瞬間に、エルの元へと走り出す。
「〝光鎧〟」
それと同時に体に光の鎧を纏い。
「〝ランド〟」
エルの四方に土の壁を出現させてエルの視界を阻む。
さっきと殆ど同じ戦法だが、今回は土の壁が崩される前に攻めさせてもらう。
俺はエルの元へと走って土の壁の前で上に跳び、エルの真上に来たのを見計らい、《暦巡》を持ってない左手の掌をエルへと向けて魔法を発動した。




