Flag2―魔法の世界と楸の親子―(2)
彼女が去った部屋で、一人考え事に耽る。
少しだけ力が入るようになった体を起き上がらせてベッドに腰掛けると素朴だが温かみのある木造の部屋全体が見渡せた。
現実に追い付いて来た思考を浸かって、わかった事を整理してみる。
まず一つ目、ここはハルバティリス王国の都市、リアトラということ。
次に二つ目、先程の少女の名前はルーナ=カタルパという名前で、奇しくも俺と年齢は一緒で、普段は学校の寮に住んでいるが、今は冬休みで、父親と二人暮らしの実家に帰って来ているということ。
三つ目は彼女……ルーナのお父さんは非常に真面目な人で、ルーナが言わないと食事も取らずに仕事に打ち込むような研究者であること。また、研究内容は『第四次帝締戦における七英雄の一人シーザーとエーテル粒子の関係について』と全く知らない単語が飛び交うもので、何が何だかよくわからない。
そうこうしていると、何度かガチャガチャという物音が扉の向こう側からの聞こえ、少しすると、ルーナがお盆の上に小さな鍋の様な物と乗せたものを持って入ってきた。
「先程は話の途中にすみません」
そう言ってルーナは手に持っていたものを机の上に置いて椅子に腰掛ける。
「それと、お腹空いていませんか? 良ければどうぞ」
ルーナが鍋の蓋を開けると、広がる湯気の先はにはお粥らしき物が入っていた。何という気遣い、良い子過ぎる。
「えっと……空いている事は空いているんだけど、上手く体が動かなくて……」
「すみません、気を遣えなくて、体は痛くないですか?」
「うん、今は無いかな。直に治るとは思うんだけど、まだ思うように力が入らなくって」
「そうですか……わかりました」
悪いことをしてしまったな……折角作ってくれたのに。きっと、わざわざ消化の良いものを、ルーナのお父さんへ作る分とは別で作ってくれたのだろう。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう…………うん?」
目の前には木製の匙の上に乗ったお粥らしきもの……というか、どう見たってお粥。その下には小皿に盛られたお粥とそれを持つ色白で綺麗な手。目の前には柔和な笑顔を浮かべるルーナ。
……どうぞって、何?
「あっ、熱いと火傷してしまいますもんね」
ルーナはそう言ってお粥に息を吹き掛けて冷ますと、再び「どうぞ」と言って匙を差し出してきた。
これってあれだよね? 『はい! あーん……』ってやつだよね? ……えっ? えぇっ?
「はい! あーん……」
やっぱりぃぃいい!?
……けど、ここまでされると食べない訳にはいかないだろうし、何よりこの笑顔を曇らせるのは非常に忍びない。
し、しょうがない。別にこの程度恥ずかしくなんて……無理。
「あ、あーん……」
しかし悲しきかな。男としての矜持がそれを許さないのである。
「どうですか?」
「う、うん……美味しい……」
よくわからない付け合わせがお粥と一緒に盛られていたが美味しかった。そして何だかよくわからない達成感に満ちていた。
「良かった! はいっ!」
「えっ?」
しかし戦いは終わっていなかったのである。この後約二十分程、嬉し恥ずかしな戦いは続いた。
「……ふぅ」
再び一人ぼっちになったこの部屋で、息を吐く。あの痛みも、この満腹感も、どうやら本物らしい。言い訳なんてしようもなかった。
つむじの世話ばかりして、無事家まで送り届けてから向かったあの丘で、俺は恐らく、神隠しというやつに逢ったのだろう。
その証拠にハルバティリス王国と言う国と水の街として有名なリアトラ。
ルーナのお父さんが研究しているという『第四次帝締戦における七英雄の一人シーザーとエーテル粒子の関係について』という題材。
どれを取っても、何一つ知っている単語が無い。
となると、やっぱりここは繁じいちゃんの話にあった魔法の世界なのだろうか? 少なくとも、別の世界だとは思うけれど、やっぱりまだ信じられない。
……來依菜はどうしているだろうか?
青見原に伝わる神隠しの先が、この世界だったとして、來依菜はそれを知っていたのだろうか? そして、必ずこっちへ来れる保証があったのか。
あっちの世界で、何も持たず二週間も姿を消しているのは難しい。いくら來依菜がしっかりしていしているとは言っても十四歳の少女だ。容姿も幼く、人々の目を掻い潜り続けるのは難しいだろう。
そうなると、俺は現にこうして此処にいるのだから、來依菜もこっちに居る可能性だって低くは無い筈だ。
とはいえ、それは此処が本当に別の世界であった場合の話である。
「司さん、そんな難しい顔をして、どうかしたんですか?」
何か確かめる方法は無いか考えていると、いつの間にか戻って来ていたルーナに呼び掛けられて、現実に引き戻される。
「えーっと……その……何と言いますか……」
いきなり別の世界から来ました、とか言っても絶対に変な顔されるだろうし……。そもそも本当に別世界なのか不確かな状態で不用意に変な事を言うべきじゃ無いだろうし……。
ああもう! こんな時、つむじだったら体当たりでも結果上手い事進められるんだろうけれど。……つむじに相談してみるか?
「あははは……」
愛想になっているかどうかわからない笑いをルーナに向けて、携帯電話の入っているズボンのポケットに手を触れる。電話位なら頑張れば出来ない事もないだろ…………あれ? 無い?
目線をルーナから下に移す。目に入ったのは何だかファンシーな柄をしたパジャマ。優しい肌触りの生地は寝る時に無駄な刺激を与えず、よく眠れそうだ。……いや! そうじゃなくて!
「何で俺着替えてんの!?」
「あっ、服は汚れていたのでお洗濯しておきました。ポケットに入っていたものはそこの机にありますよ」
ルーナが指差した先、木で出来た少し高価そうな机の端の方、どこかルーナの面影を感じられる人が写った写真立ての隣、そこにはマイセルフォンとマイオウチノカギーが申し訳無さそうに乗っかっていた。
「あ、ありがとう……」
「いえいえー」
この子……やりおる。
ルーナが非常に出来た娘さんであることは言わずもがなであろう。しかし俺の心配の彼女の予想した心配の意味は違うのである。
「ルーナさん」
「どうかしましたか? そんな畏まって」
「この……服は……?」
「はい、自分で言っちゃうのもなんですけど、可愛いですよね。お気に入りなんです!」
「ソ、ソウデスネ……ソノヨウナモノヲ俺ノヨウナモノニ貸シテイタダケルトハ……至極光栄デアリマス……」
そうじゃないっ! そうじゃないんだ!




