Flag6―心と約束と小さな樹氷―(21)
「あれが噂の《リアトラの影》とな。……何か胡散臭いのう」
机を挟んで右斜め前の椅子に座るロイドさんがやる気の無さそうな表情で呟く。
「何故《深黒の瞳》を奪ったのでしょうか?」
レイはそう言い、俯き、顎に指を添えて考え込む。
《深黒の瞳》とは魔充石と呼ばれる、魔変石が長い年月を経て変化した物の一つであり、その中でも見た目の美しさや珍しさで国宝に指定された物らしい。
何故彼らはわざわざ危険を冒してまで《深黒の瞳》を奪ったのか。
金が目的ならわざわざ王宮を襲撃する必要は無い、そもそも金の為に王宮を襲撃するなんて割に合わない気がする。
となると……。
「国に喧嘩でも売ってるのかな?」
自分の推測を呆れつつも呟いてみると意外にも反応を見せる人がいた。
「あるかもしれませんね……」
「本当にそう思うか? レイ」
机を挟んで俺の正面の椅子に座っているレイに聞き返すとレイは右手の人差し指を上に向けながら説明をする。
「だって組織名が《リアトラの影》ですよ? この時点で喧嘩を売っているじゃないですか」
「うん……ロイドさんには勝てないって言っても一人であれだけの人数を倒す強さは持ってるわけだし、あんなのが何人も居るって考えたら国に喧嘩を売れそうではあるな」
「でもそう考えると不自然なんですよね……」
「不自然って?」
「今回の襲撃で誰も死ななかった事です」
「ああ、確かに……」
国に喧嘩を売るなら恨ませる様な手段――例えば襲撃した際に兵士を皆殺しにするといった事をすれば手っ取り早いのに、そうしなかった。
「となると……やっぱ《深黒の瞳》に何かあるのか?」
「魔力……ですかね?」
「魔力か……でも、普通の魔充石ならそうかもしれないけど《深黒の瞳》は……」
「何故か魔力が取り出せないんですよね」
本来、魔充石は魔変石が魔力を溜め込んだ末に出来るものであり、一般的な魔充石なら魔力で動く物の動力源になる。
しかし《深黒の瞳》だけはある意味特別で、何故か魔力を取り出す事が出来ないらしい。
「今の技術で《深黒の瞳》から魔力を取り出す事が出来ると思うか?」
「無理ですね……。レイン=シュラインが居れば話は別かもしれませんが……」
「なるほどね…………レイン=シュラインって誰?」
椅子から転げ落ちるレイとロイドさん。鮮やかな転け方、素晴らしいリアクョンだったけど、そんなに有名な人なの?
「ツカサ君……世間知らずにも程がありますよ? ここまで来たら珍獣レベルです」
「も、申し訳ないです……」
「カカカッ! お主と居ると昔に戻った様じゃわい。あやつも世間知らずじゃったからの」
「レイ……説明頼めるか?」
レイは溜め息を吐きながらも「わかりました」と言い、どこからともなく眼鏡を取り出してかけた。……ノリノリじゃねぇか。
「レイン=シュラインとは――」
レイの話によるとレイン=シュラインとはロイドさん達七英雄と同世代の魔工学者らしい。
ちなみに魔工学とは魔導具といった物などを研究、開発したりする学問だ。
とは言え、新しいタイプの魔導具を作るのには莫大な知識と努力が必要で、一人の魔工学者が新しいタイプの魔導具を作れたらそれだけで凄い事らしい。
しかしレイン=シュラインは新しいタイプの魔導具を三つも作り出しているらしく、その実績から教科書にも載っているそうだ。
だが、レイン=シュラインは七年前に起きたある事件を境に忽然と行方を眩ましてしまったらしい。
「なあレイ、七年前のある事件ってなんだ?」
俺がそう問い掛けるとレイは再び頭を抱えて溜め息を吐く。レイン=シュラインが失踪する切っ掛けとなった事件だ。それなりに有名なのだろう。
「わかりました――」
「おお! ここに居たのか司君、襲撃があったって聞いたんだが、その様子だと大丈夫そうだね」
そんな時、ナイトさんがこちらに手を振りながらゆっくりとやってきた。
「はい、ロイドさんのお陰ですけどね」
「何やら話し込んでいたみたいで申し訳ないけど司君、今から一緒に来てくれないかな?」
ナイトさんは一瞬驚いた表情をした後、そう言いいながら少し申し訳なさそうな表情をした。
「わかりました。わざわざ頼んだのにごめん、レイ……また何かあったら頼めるか?」
レイは一度目を見張らせると少し嬉しそうな、照れ臭そうな表情をして口を開いた。
「構いませんよ。僕で答えられる事ならですけどね」
「ありがとうレイ。ロイドさんも機会があればまた」
「ふむ、その時はワシの武勇伝でも聞かしてやろうぞ。カッカッカッカッ」
「じゃあ行こうか司君」
そう言い、歩き出したナイトさんの後ろに俺も着いていく。




