Flag6―心と約束と小さな樹氷―(20)
「……えっ?」
先に角を曲がったレイの声が微かに聞こえ、俺も角を曲がってレイに追いつくと、そこには鎧を着た王宮の兵士の様な人達が大量に倒れていた。
「何だよコレ……」
美しかった筈の廊下の壁や床は所々抉り取られ、砂や瓦礫により本来の姿は失われている。
その廊下の先には砂埃の中でロイドさんと黒いフードを被った小柄な何者か――恐らく今回の襲撃の犯人であろう者が対面していた。
「逃がしはせんと言ったろう!」
不気味なまで静かな廊下にロイドさんの声が反響する。
しかし黒いフードの襲撃者は何も答えない。
只、白い小さな手を突き出して何かを呟き、青い五芒星の魔法陣を三つ浮かび上がらせて、ロイドさんを突き放すか様に水の奔流を放つだけだった。
「……くっ!」
お世辞にも広いとまでは言えない空間の中で迫り来る水の奔流を回避するのは得策では無いと判断したのかロイドさんは腕を交差させ、受けの体勢をとる。
水の奔流は貪る様にロイドさんへと襲いかかるが、意外にもロイドさんは足を踏ん張る事で水に流される事無く耐え凌いでいる。
「ふぅ……」
少し安心した様な溜め息が隣から聞こえる。
しかし、安心出来たのは一瞬で、俺もレイも変化してゆく目の前の光景に息を呑んだ。
「凍っていってる……?」
「何ですかアレは!? 普通、魔法を発動している状態で別の魔法を発動なんて出来る筈ないです!」
襲撃者の魔法陣から吐き出される水の奔流が少しずつ凍ってゆき、身動きの取れないロイドさんへと到達すると少しずつ、凍りついた水がロイドさんの鎧へと貼り付き、自由を奪っていく。
そんな奇妙な……異常な光景に俺の思考は鈍り、レイは声を荒げた。
しかしそれでも奔流は止まらず、未だにロイドさんを襲う。
「僕達じゃ勝てない……力不足だ……」
レイは小さく呟き、拳を握る。拳から滲み出た血は白い廊下に赤い斑点を落とした。
――助けなきゃ……。
俺の中で先行していた筈のそんな思いは心の端で縮こまって震えている。
事実、ロイドさんを抑え込む様な相手に普通勝てる筈がない。
レイの呟いた一言は的確でナイフの様に鋭い切り口で俺の心へと突き刺さった。
「嘗めるなよ小僧共――」
そんな時、殆どが氷と化し、氷山の一角にも見える水の奔流の行き先から声が聞こえた。
「――〝火鎧〟」
そんな声と共に蒸気が上がり、皮膚を焼くような熱が広がる。
しかし、今それは大した苦にはならなかった。
火炎に染められた鎧を纏った英雄は蒸気の中で年齢を感じさせない顔で嗤い、高揚する。
「カカッ、属性強化を使ったのは久しいのう」
荒ぶる火炎は水の奔流を意図も簡単に気体へと変えてゆく。
「しかし残念じゃ」
ロイドさんは腰の鞘から剣を抜き、構える。
「この時代にこれを使う機会が来てしまった事と――」
地面を陥没するほど強く蹴ると共にロイドさんの姿は消え、襲撃者の目の前に現れる。
「――勢いで殺してしまうかもしれん事がな」
振りかぶり、斜めに一閃。
襲撃者は目の前に氷の塊を幾つも出現させることで防ごうとするも、ロイドさんの力の前では切り裂かれる事は無かったものの、氷ごと吹き飛ばされ、廊下の壁を貫通し、外へと放り出された。
廊下の壁の破壊された部分と罅が繋がり、廊下の壁の崩壊が始まり、少しして終える。
崩壊の停止した廊下には陽の光が射し込んでいた。
光の射し込む先を見るとそこには先程の襲撃者が逆光のせいで顔は見えないが仰向けに倒れている。
「ふむ、案外骨の無い輩じゃったの」
ロイドさんはそう言い、剣を鞘に収め、襲撃者へと近づいていく。
「済まないな、骨が無くて」
しかし突如聞こえた低い声により、ロイドさんは進めていた足を止めて前方を睨む。
そこには襲撃者と同じ黒いフードを被った大柄の何者かが襲撃者を担いで立っていた。
「久しいな……少年、少し顔つきが変わったか?」
そう言い、フードを取ると共に表れたのは青い目に青い短髪の、俺が少し前に演習場で戦った《リアトラの影》と呼ばれる組織に属している男――ショウシだった。
「ふむ、見覚えがある様な気も無くは無いが……主は何者じゃ?」
ロイドさんの質問に対してショウシは不敵に笑い、答える。
「今の俺はショウシ……後はそこの少年に訊けば良い」
「それはつまり撤退するとでも言いたいのかのう?」
ロイドさんはそう言うと鞘に仕舞っている剣に手を掛ける。
「残念ながら――」
ロイドさんは一瞬でショウシの目の前までに踏み込むと剣を振るう。
しかしショウシはバックステップを取って避けると、懐から水の入った小瓶を取り出し、一滴足下へと垂らす。
「――そうだな〝再出発〟」
するとショウシの足下に青い六芒星の魔法陣が浮かび上がり、光が溢れると次の瞬間にはショウシ達の姿は消えてしまっていた。
少しして王宮の医療班がやって来るのと共に、俺達は先程の事を王様へと報告をしに向かった。
報告が終わると俺達は先程、俺とロイドさんとが戦った庭で俺の知るショウシの事を話し、推論を交わしていた。




