Flag5―真冬の桜―(5)
どちらともなく、お互いに魔力付加を施して円を描く様に走り出す。今は同じ一定の距離に相手が見える。その均衡を崩すため、俺とカーミリアさんは同時に魔法を発動した。
「〝ガング・ウィンダ〟」
しかし奇しくも発動した魔法は同じ。
生み出された風の槍は描かれた円の中心で交わり、爆ぜる。爆風によりお互いの髪の毛はなびき、巻き起こされた砂塵によって視界が悪くなったが、俺は気にせず遠隔で魔法を発動した。
「〝ビロウ・ランド〟!」
これにより造られるのは地面から突き出る鋭い土の杭。視界が悪くて狙いがつかないのなら量を増やせば良い。
同時に生み出した土の杭の量は十。当たったかどうかはわからないが避けるのは至難の業だろう。本来、俺の魔力の量から鑑みると、あまりこういった手段は向いていないんだけど、出し惜しみをし過ぎるとやられてしまうのでやむを得ない。
砂塵が晴れた所を確認する。あるのは魔法により少し荒れてしまった地面のみで人影は見当たらない。
「まさかッ……〝闇鎧〟!」
ほぼ反射的に闇の鎧を纏って身構えた瞬間、俺は後ろから衝撃を受け、演習場の中心部へと吹き飛ばされてしまった。
背中の痛みに顔をしかめながらも素早く立ち上がり、光の鎧を解除していくカーミリアさんと向き合う。
「よくわかったわね」
意外ねとでも言いた気なカーミリアさんの表情にはまだまだ余裕が感じられる。
「流石に一回食らった事あるからな」
〝光鎧〟にはこの前コーチと戦った時に十分苦しめられたし、コーチと練習していたお陰で使い時とかは理解しているつもりだ。
「でも……アンタは弱いわ」
そう言いながらカーミリアさんは組んでいた腕を解き、右腕を上に伸ばす。
「だから教えてあげる……力の差を」
そして伸ばしていた右腕をそのままゆっくりと胸の前の位置まで振り降ろし、俺を指差しながら言った。
「くたばりなさい、絶望しなさい……〝クルエル・ブライズ〟」
マズイ――いや、遅かった。
俺を取り囲む様に現れた大量の魔法陣は俺を中心にドーム状に展開され、バチバチと音を立てながら、いずれも俺を射抜こうとしている。
その上発動されたのは雷属性の最上級魔法。一発目当たるだけでも相当な痛手になるだろう。
一斉に放たれた幾多もの雷。俺にはそれを防ぐ手段は無い。避ける手段もない。
「〝雷鎧〟」
……だから、俺はわざと一発だけ“受け”に一番近くにあった魔法陣へと飛び込んだ。
全て雷は俺が居た一点を目指して収束し、爆風を上げる。しかし再び起こった砂塵の中で、体がボロボロになりながらも俺は立っていた。
身体中が焼けたように痛く、少し足が震えたが、しっかりと意識を保ち、力を入れる事で足の震えを無理矢理止めた。
そして視界が少しずつ晴れて行く景色の中で、カーミリアさんは俺を見つけると一瞬だけその鋭い睨みに驚愕の表情を垣間見せた。
「な、何で……」
その声は震えている。押し付けられたのは強い怒りの感情。しかしそれはどこか酷く不安そうに震えてもいる様にも聞こえた。プライドを傷付けたとかそういった類いの反応じゃない。
「アンタなんか……もうとっくにボロボロになって……倒れていた……筈なのに……」
睨む瞳は揺れている。
「アンタ……! 後悔しても知らないわよ!」
カーミリアさんは声を荒げながら強引に腕を前に出した。
「我求めしは契約の象! 〝サピーナ〟!」
言葉に呼応して七芒星の描かれた魔法陣から現れ出たのは、剣身と鍔が細長い一本の剣。
細かい宝石を鏤められた黄金色に輝く柄と鍔は、そこから延びる白銀の刃と相まって、完成された美しさを持つ芸術作品の様だった。
現れた剣の柄を彼女は掴み、揺れる瞳を抑えるかの様に俺を更に強く睨む。
そして彼女はその場で剣を振りかぶって、一閃。
すると俺の右肩を何かが掠め、その直後に大きく砂煙が舞った。視界がクリアになり、砂煙が舞った場所を確認すると地面は抉れ、黒く焦げてしまっていた。
――さっさと降参しろ。
そんな事を示されても困る。俺にだって意地もある。降参するつもりなんて更々無いのだから。
カーミリアさんがもう一度剣を振り被った時、俺は魔力付加を施して走り出した。
ここに来て、数回、一瞬ではあるが属性強化を使っていたのが祟ったか。咄嗟に使っていた事もあり魔力のロスも多く、その上魔法も結構使っていた為、残りの魔力量は上級魔法二発分、中級なら五発分位しか残っていない。
魔力を無駄には使えないと言う事は、消費魔力の少ない魔力付加ならある程度継続は出来るが、属性強化はあまり使えないだろう。
その結果、消去法ではあるが導き出された戦い方は魔力付加をしながら初級魔法で牽制し、属性強化で一発叩き込むこと。
あまり無駄には出来ないけれど、先ずは一発牽制をする。
「〝ウィンダ〟」
しかしカーミリアさんが剣を振ると消えてしまった。
その際に見えたのは剣に迸る紫電。恐らくさっきはあれを溜めて放ったのだろう。
カーミリアさんは少し肩で息をしているものの、さっきまでの調子から見て、感情的な、感覚的な疲労だと言って良いだろう。魔力の底が近い訳でもないか……。
そしてもし、あの紫電に使う魔力の消費が少なかったら。それを踏まえると、このまま遠距離で戦ってもこっちが不利になるだけ。
やはり接近戦しかないか。けれど、近付けたとしても、あの剣をどうにかしなければ攻撃を加えられない。
正しく絶望的な状況だ。そして口ばかりで非常にダサく見えている事間違いなし。
「〝ディレクト・ブライズ〟!」
狙いをつけられ無いように走り続ける俺の右足を雷の光線が掠る。一瞬痛みで怯みそうになったが足は止めない。




