Flag3―試験と試練―(5)
「美人だし、スタイル良いよな!」
「そうだな……それで?」
俺が問い掛けると、こう言っちゃ何だが、と前置きを置いて、神妙な顔をするイケメン。
「パンツ見たい」
「……は?」
「だからパンツだよ! パンツ! レアだぜ! 学園長のパンツ!」
パンツパンツと連呼しないで欲しい。ここは公共の場である。
パンツパンツ煩いのは放っておいて、ルーナの様子を盗み見る。……良かった。未だにしどろもどろの状態だ。平静だったら、このパンツ男(仮称)は死んでいたかもしれない。
「パンツ! パンツはよ!」
……何なのコイツ。
「何で俺が学園長のパンツ見たって前提で話が進んでるんだよ」
「はっ……!? それは盲点だった……!」
「お前何しにここに来てるんだよ……」
「えっ? パンツ見る為ですけど?」
勿論パンツを見るのは演習場の本来の使用用途ではない。
「普通、スカート履いてここに来る人居ないだろ」
「えっ? 居るじゃん」
「何処だよ」
俺は事実の確認をしようとしただけであって、決してパンツが気になるから聞いた訳では無い。決してパンツを見てみたい訳じゃない、何度も言うが、これは確認である。故に確認の段階で見えてしまっても問題は無い。
「ルーナちゃん」
「よし、お前、ちょっと風吹かせる魔法教えてくれ」
「お前じゃねぇ、コーチだ。コーチ=クロックだ。気軽にコーチと呼んでくれ。ちなみにルーナちゃんとはクラスメイトだ」
「わかったコーチ。俺はツカサ=ホーリーツリーだ。ツカサと呼んでくれて構わない」
「おうよツカサ。リアトラようこそ、歓迎するぜ、友よ」
魔法の世界にやって来て四日、若干クセがあるものの、素晴らしい友達が出来ました。
固い握手。それは男同士の熱い友情を表している。友情、良いものですね。
「……ハッ! 私は何を……? ってあれ? 司さん……? コーチさん? いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
「ああ、何か気が合ってさ。そこで提案なんだけど、コーチにも一緒に魔法を教えてもらおうと思うんだけど、どうかな?」
「確かに、私だけでやるよりも、わかりやすくなるかもしれませんね。……コーチさん、良いんですか?」
「ああ、構わねぇ」
コーチの同意を得たところで、練習を再開する。早く魔法を使えるようにならなくては。
しかし、問題なのは、練習の前段階に行き詰まってしまっている事だ。
試験に必要な魔法の事などをコーチ伝えて、その上で何か良い方法が無いか問い掛けてみる。案の定コーチは「まじか……」とパンツの事などそっちのけの反応を見せた。やはりスケジュール的にも非常に厳しい状況らしい。
暫しの間、「うーん……」と唸ったコーチは、難しい顔をして、「あるには……あるな……」と言葉を溢した。どうやらあまりお奨めの方法ではないようだ。
「どうするんだ?」
「俺かルーナちゃんの魔力をツカサの体に流す」
「難しい事なのか?」
「いや、簡単な事だ。ただ、リスクがな」
苦い顔をする二人。
俺にはそのリスクがピンと来なかったが、二人に説明してもらう事で納得する事が出来た。
まず、体内魔力というものは、存在魔力が変換されたものである。日々の中で暮らすうちに、存在魔力は自動的に体に吸収され、体内魔力へと変わる。ここで重要になってくるのは、同じ体内魔力でも、人によって別のものであるという事だ。
要は鍵と同じである。存在魔力が鍵の材料、体内魔力が作られた鍵、魔力の使用者を鍵穴と考えればわかりやすい。同じ鍵穴は存在せず、その鍵穴を別の鍵で無理矢理開けようとしても、開く筈は無いし、鍵穴は潰れてしまう。
既に完成された鍵を別物の鍵に作り替えるのが難しいのと同様に、体内魔力は既に変換されているので存在魔力より変換されにくい。
その結果起こるのが拒否反応による魔力の暴走だ。
もし大量の魔力を流し込まれると、最悪、激しい痛みを伴いながら、苦しんで死ぬ事になる。
とはいえ、魔力を感じられる様になっていれば、自然と外部から流された魔力を、ほぼ無意識の内に追い返す様になっているため、殆どそういった事は起こらないらしい。
「普通、魔力を感じられないってのは滅多にねぇ事だから、ある種の裏技みてぇなモンだ。そもそもそんな事に対してわざわざ危険を冒す必要も無いから、もし魔力を感じられないってヤツが居ても、最後の最後、時間を掛けた結果ダメで、それでもどうしてもってヤツ位しか取らねぇ手段だ」
時間を掛けた結果か……。そもそも俺には時間がない訳で。
「やるよ、それ」
「……まだ、会ったばかりで言うのは気が引けるけどよ、ツカサ。お前、バカだろ」
「バカで結構だ。俺にだって色々あるんだよ」
「お前……そこまでしてパンツを……」
コーチの驚いた顔が段々と何かを噛み締めているかのような、染々とした表情へと変わってゆく。
「……パンツ?」
「いや、こっちの話だよルーナ。別に気にする必要は無いから」
「……? そうですか?」
「感動したぜツカサ! その心意気! 何て漢なんだお前は! よし! 魔力を流すその役目、俺にやらせてくれ!」
お前はお前で何か勘違いをしているぞコーチ。……とは言え、その申し出はありがたいので乗らせてもらうことにした。ルーナだと多分頼んでもやってくれないだろうし。
現にルーナはやるべきではないと言ってくれたものの、俺もやめるべきにはいかないので、少しの押し問答の結果、俺は何とか自分の意思を通した。
「じゃあ魔力を流す時間は十秒だ。死にゃあしねぇとは思うが、相当痛ぇから覚悟しろよ」
これまでのコーチの中で一番真剣な口調。
「わかった。信じるぞコーチ」
「ああ。痛ぇ事ばかりに気を取られねぇで、魔力の流れを感じろよ。それじゃあ……流すぞ」
「い゛っ……!?」
コーチの言葉を聞いた刹那、俺の背中、コーチが触れている部分から指先にかけて、内側からナイフを突き立てられたかのような鋭い痛みが走った。
立っていられず両膝を地面にぶつけ、その膝さえも崩れ落ちそうになるのを両手で踏ん張る。ぶつけた筈の膝の痛みは感じなかった。
十秒という時間がやけに長い。目の前がくらくらして、今にも気を失ってしまいそうだ。
そうして、時間が過ぎ去った事に気付いたのは、ルーナに話し掛けられてからだった。
「 大丈夫ですか司さん?」
「まあ、一応は……」
指先が震える。未だに膝が笑っている。無様でなんだか少し笑えてきた。少量の魔力でこれか。大量の魔力なんて流されてしまえば、きっと簡単に死んでしまうのだろう。
「自分の魔力は感じられましたか?」
「いやぁ……全く」
思っていた以上の痛みでそっちに気が回らなかった。
「悪ぃ、魔力の量が多かったのかもしれねぇ。次はもっと少なくするよう心掛ける」