Flag3―試験と試練―(1)
木製の車輪がカタカタカタと小気味良い音を鳴らす。
現在俺は馬車と呼んで良いのかわからないがとりあえずその中に居る。屋形は至って普通なのだが、それを引いているのは馬のような見た目で、足が数本多い、神話に出てくるスレイプニルみたいなのが一匹で引いている。
見た目はどうであれ、ルーナやナイトさんはこれを“馬”と呼んでいる。違和感こそあるが、これがこの世界での馬なのだろう。
『それにしても、兄ちゃん……本当ベッピンだな。本当に兄ちゃんか?』
そして俺は今、御者が座っている様な所に居る。しかしこの馬車に御者は居ない。つまり喋っているのは“馬”である。
「見りゃわかんだろ」
『いや、わかんねぇ』
全くもって失礼な畜生である。
「性別の違いくらい見極めろや」
『これはこれはとんだじゃじゃ馬さんだ』
「お前が言うな」
『HA! HA! HA! HA! HAー! ちげぇねぇちげぇねぇー』
耳が痛くなりそうな位、大きな声で笑う馬。あっちの……俺達が住んでた世界の馬がこんなじゃなくて本当に良かったと思う。
「なあ、馬。お前って一応魔獣に入るんだよな?」
『ああそうだぜ、あんたら人間の分類に当て嵌めりゃ、俺たちゃ魔獣ってやつさ。けどよ、俺達馬は下位に分類されてる魔獣に比べると長生きで知能が高いから、こうして人間と仲良くしてるってわけよ』
やっぱりこいつらの中のでも“馬”という認識らしい。
「へぇー、そうなんだ。俺は田舎者の上に知識がなくてな」
勿論設定である。
『いやしっかし“馬”も知らないのは田舎もんにしてもほどがあるぞ? …兄ちゃんホントにこの世界の人間か?』
「っ!?」
いきなり鋭い事を言われると咄嗟に繕える言葉が出ない。
『図星、か? まっ、安心しな。誰にも言わねぇよ。長い人生、色々なお客が来るもんだ……。だがな……どんなお客でも大事なお客には変わりねぇんだよ』
人生と呼んで良いのかは分からないがなんとも深いことをおっしゃる“馬”である。何はともあれ助かった……のかもしれない。
「そうか……」
『そんな辛気臭い顔すんなよ。この世界のことで気になることがあったら俺に聞いてくれ』
「良いやつだな……馬」
『馬じゃねぇ、チャーリーだ』
「…………」
ごめん。何か無理だ。
『おい! 何で笑った!? 俺のハイカラな名前を笑ったのか!? んん!?』
馬……もといチャーリーと話したせいか少し疲れたので屋形に戻って休憩を取る。
「ナイトさん、“馬”って皆あんなのなんですか?」
「気に入られたようだね司君。チャーリーが陽気なだけで、馬其々だよ。あれでも馬は物知りだから、今の内に色々な話を聞いておきなさい」
あれでもって……むしろあの見た目で馬じゃなかったら一体何になるんだ。まあ、俺にとっては馬はあれじゃないんだけどさ。
「もう少ししたら聞きに行こうと思います。まだまだ着きそうに無いですしね」
カタルパ家から魔術学院がある街の中心部までは馬車を使っても半日近くかかる。その理由は同じ街でありながらカタルパの家はリアトラの端っこの秘境めいた所にあり、鋪装された道も少ないからだそうだ。何かと不便な気もするが、ナイトさん曰く、そこが良いのだそう。
「なあ、ルーナはいつもこんなに時間かけて行くのか?」
「そうですね、でもいつもチャーリーが話相手をしてくれるので意外と苦では無いですよ」
確かにチャーリーならほっといてもずっと喋ってそうなので退屈はしなさそうだ。
それはそうと、王都魔術学院の冬休みは少し長いようだ。俺のあっちで通っていた学校なら既に授業が始まっているのに比べて、こちらでは一月の下旬頃まであるらしく、もし冬休みの長さが向こうと同じで、ルーナ達に出会えていなかったらと考えると少しゾッとする。
「そういえば司君、名前はどうするんだ?」
「名前、ですか?」
「こちらで柊司と名乗るのは、変な名前だと思われるかもしれませんから、あまりおすすめ出来ません。不便に感じてしまうのではないでしょうか?」
「あー……それは嫌だな」
名前を笑われるのは結構キツいかもしれない。ごめんよ、チャーリー。
「何て名乗るんですか?」
目の輝きの添えられた質問という名の催促。どんな名前を期待してるんだろう……。
とはいえ、考えないことには始まらない。少し目を瞑って考えてみる。……ツカサは普通に使えそうなので、そのままで良いかな? となると、後は名字だ。柊を英語にしてみるか……?
「ツカサ=ホーリーツリー……」
何だよホーリーツリーって。どんなもんかと口にしてみたけど、何か恥ずかしくなってきた。
「凄く良いじゃないですか!」
「えっ?」
「じゃあ君はこれからツカサ=ホーリーツリーで決まりだな」
「あっ、あの?」
「凄くカッコイイですよ司さん!」
えぇぇ……。
「本気か……?」
「最ッ高じゃないですか!」
「どうなんでしょうか……?」
力説し始めるルーナを余所に、最後の期待を込めてナイトへと視線を送る。
「ルーナが言うならそうなんだろうな!」
この親バカが。
「ほ、本当にそう思っていますか?」
俺の問い掛けに、ナイトさんは何やら神妙な顔つき。何故か急にしんみりとした空気が流れ始めた。
「司君、私はね、ルーナが幸せならそれで良いんだ。私の妻であるイヴ……つまりはルーナの母さんはルーナが小さい時に亡くなってな……」
「お母さん……ですか?」
「ああ……イヴが亡くなってからはルーナは全く笑わなくなってしまったんだ……」
「でも……」
今はこんなにも笑っている……。
「しかしある日ふとした事でルーナが笑ったんだ……。それが私は凄く嬉しくてな、それから私は一生をこの子の笑顔の為に捧げようと思ったんだよ……」
「そんな事が……」
ああ、そうか。これは同じだ。來依菜と俺とつむじと同じだったんだ
「だから私はルーナが幸せならそれで良いんだ」
大切な人を失って、残された大切な人が大切なものを無くしてしまう悲しさは俺も知っている。だから、俺もナイトさんの気持ちがわからない訳じゃない。
「ナイトさん……」
「ああ、司君」
「いや、今それ関係ないですよね?」
しかしである。一瞬空気に流されそうになっちゃったけど、俺から言わせれば「それがどうした」の一言に尽きる。何も解決してないし、今は関係無いし、誤魔化そうとされただけである。