二話 敵対
可愛い
オチビ
女の子らしく
言われたくないことを三連続で言われた舞衣は怒りの余り心が乱れ、その日はもう弓道に集中することが出来なかった
「……帰るか」
舞衣は寮暮らしではなく、実家からこの星花女子学園に通っている
徒歩で30分程度の距離だが然程、苦でなくトレーニングの一環と考えている
歩きながら思い出すのは今日会った名前も知らない先輩だ
すぐに逃げ出したから良かったものの、あのまま留まられていたら間違いなく掴み掛かっていた
弓道部に入ったのは『集中力』と『乱れない心』を得るためだったが、今のところ習得には程遠いようだ
※ ※ ※
「須々木さーん。ちょっと、いーい?」
次の日の部活
昨日の事は忘れ、心機一転
心を切り替え、弓道に勤しむ舞衣に声がかかる
「……何か」
難波 渚
中等部一年である舞衣より学年が3つ上の先輩である
この先輩の『集中力』と『乱れない心』は舞衣の目指すところと近いものがある
ただ、集中力が高過ぎて、回りが目に入らなくなったり、乱れなさすぎるマイペースさは舞衣の目指すものとは少し違う気がする
「昨日、しずしずに話しかけられたんでしょ?大丈夫だったー?」
昨日の先輩は話し掛けられるだけで心配されるような人間なのか
確かに無神経で誠実さのなさそうな人ではあったが
というか何故、知っている
「……いえ、大丈夫です」
「そぉ?良かったー。しずしずは人の神経を逆撫でるのが特技の困ったさんだからー」
「……そうですか。……用件がそれだけでしたら、練習に戻っていいですか?」
この先輩は『集中力』と『乱れない心』を持っているが、女の子らしい(?)間延びした話し方をするから苦手だ
後、部活をしているのに甘い香りがする
舞衣は甘いものも苦手である
「あー、それとー。しずしずから伝言預かってるんだったー」
「……伝言ですか」
謝罪だろうか
別にもう気にしていないのだから、手短に済ましてほしい
あの先輩は誰に対しても喧嘩腰らしいし、いくら私が気の短い方でももう怒らないというのに
「こほん。『かっかしてたら友達が出来ないぞ。不機嫌そうな顔なんて止めてスマイルスマイル☆友達の少なそうな君へのアドバイスだ』だってー」
「……へぇ」
謝罪と思わせて、人伝に挑発とは、成る程成る程
友達が少ないとか人が気にしていることを……!
「……その喧嘩、買いましょう……!」
「んー?しずしずに会いたいなら、隣の武道場だよ。サボってなければ少林寺やってる」
「……有り難う御座います」
着替えるのも邪魔くさい
このまま、向かうとしよう
宣戦布告だ
※ ※ ※
「まいまいとしずしずが仲良くなったらハッピーだよねー」
いい仕事をしたと満足気の渚を見て、部員は会話を弾ませる
『凄い。評判の悪い西九条先輩と付き合えるだけのことはある』
『今のでどう仲良くなれると発想に至ったか理解できないわね』
『導火線に火を着けるとは流石、レジェンド』
『また、西九条が面倒なのに目を付けられたわ』
『いつものいつもの』
『どっちに賭ける?』
『須々木が憤死するに学食三日分!』
『西九条先輩が須々木に付き合いきれず逃げ出すに“天寿”特製アイス!』
『『『乗った!』』』
騒ぐ部員を気にも留めず、難波 渚は練習に戻っていた
「ふりーだむ」
おまいう
※ ※ ※
勢いで出てきたはいいが、冷静になって考えれば恥ずかしくなってきた
馬鹿にされたことは腹ただしいが、食って掛かれば相手の思う壺ではないか
頭を冷やそう
あんなのと関わるだけ時間の無駄なのだから
「おや?弓道部の人が武道場に何の用っすか?」
武道場の前で棒立ちしている舞衣を不審そうに見ている茶髪の女子がいた
武道場の前に立ち続けていたのがよくなかった
結果的に武道場で活動している人の邪魔になっていたようだ
「……いや、なんでもない」
舞衣はプライドが少々高いので、自分に非があると自覚していても素直に謝れない
悪い点だ
その態度をどう解釈したのか
「ああ、西九条先輩に喧嘩吹っ掛けに来たんすね?遠慮することないっすよ。いつものことなんで」
「……え?違……違わないけど、そうじゃない!」
「お一人様ご案なーい」
人の話を聞かずにぐいぐいと舞衣を武道場に押しやる
お付き合いしたくないタイプの女子だ
武道場に入ると弓道部とは違った熱気が押し寄せてきた
冬だというの熱気がたち籠もるほどだ
活動に対する真剣さが伝わってくる
喧嘩を売られたからといって乗り込んできた舞衣は自身の存在が場違いだと思った
弓道部が静寂で研ぎ澄まされた刃ならば、武道場の部活動は息つく暇もない合戦場での銃撃の連続だ
入ってきた部外者をちらりと確認し、すぐに自身の活動に意識を戻した
「あー、冬だってのにここは熱苦しいっすねー。暖房要らずってのが唯一の利点かな」
茶髪の子は、彼女等の迫力など微塵も受けず、舞衣の手を取ってずんずん進む
空手、柔道。合気道、少林寺
弓道部が言えたことではないが、どれも人数が少ないように思う
やはり、文化部に対して運動部に入る女子は少ないようだ
茶髪に手を引かれ、突きの練習をしている団体に合流する
指導していた黒帯のゴリ……逞しい女子が茶髪の姿を認めると怒鳴り声を上げる
「遅いぞ堀崎!」
茶髪は堀崎というらしい
「すいませんっす!先生に呼び出し食らってって」
謝罪しているが、誠意を感じない
だが、よくあることなのか逞しい女子は眉を歪めるに留まった
「言い訳は良いから早く着替えろ!」
自分から聞いておいてその言い分は如何なものだろうか
「ういーす。あ、西九条先輩、お客さんっすよ」
堀崎は舞衣を手招きし、目的の人物を指差す
呼ばれた西九条は舞衣を見るなりこう言った
「?……ああ!昨日のオチビか」
こいつは、人を馬鹿にしないと会話も出来ない女だと確信した
「……お前と大して身長変わらないじゃないか……!」
「いや、私の方が高いじゃん。悪い鹿島、呼び出しだからちょっとサボるな」
堀崎と入れ違いで舞衣の前に西九条がきた
逞しい鹿島は西九条を睨んでいるが、どこ吹く風
気に留める様子はない
なんという図太さか
「ここじゃ、話しにくいっしょ?カフェでもどうよ。勿論、奢らない」
「……そこは奢るところだろ!」
「うんうん。いいツッコミ、三流芸人くらいならすぐになれると私が保証するよ」
西九条は舞衣を小馬鹿にしながら、武道場の隅で着替え始めた
「……?……更衣室で着替えないのか」
「不本意ながら、私は人気者だからね。てか、先輩には敬語を使いなよ」
「……敬意を払うに値する先輩であれば|吝〈やぶさ〉かではない」
「じゃ、諦めるわ」
あっさりと会話を断ち切り、西九条は黒帯を解いた
西九条の着替えをまじまじ見るつもりはない
手持ち無沙汰なので武道場へ視線を向ける
そうしたら、彼女等もこちらへと視線を向けているのに気付いた
いや、舞衣にというより西九条を見ているように思える
嫌悪、好奇、決して良い感情を向けられているわけではない
当人ではないがハッキリ言って不快だ
西九条は慣れているのだろう
気にも留めず、口笛を吹いていた
それは『乱れない心』そのものでほんの少し、悔しさを覚えた
※ ※ ※
「好きなもの頼みなよ。どうせ自腹なんだから」
喧嘩を売りにきたのになぜ西九条とファミレスに入っているのか
これが舞衣にはわからない
考えれば考えるほど深みに嵌っていくだけだった
「……カフェじゃないじゃないか……ッ!」
「んー?細かい事は気にするな気にするな。で、私に何の用オチビちゃん?」
「……私はちっちゃくないッ!」
「なるほど、身長のこと気にしてるのか。あ、注文決まった?」
つい、カッとなって怒鳴ってしまったが、西九条は怒声を右から左に流して何食わぬ顔でメニュー表を見せてくる
一旦、落ち着こうと深呼吸をする
このままでは舞衣の一人負けだ
「……うどん」
「うどんなんて……あるわ。結構種類あるじゃん、たまげたなぁ」
「……肉うどん」
「じゃ、私はカレーうどん」
西九条は店員を呼び止めて、さっさと注文を通す
「じゃ、うどんが来る前に話ちゃっちゃと終わらせっよか須々木」
「……なんで名前」
「難波に聞いた。それくらい分かるっしょ?」
いちいち発言が癇に障る
だが、舞衣は耐えた
先にキレたほうの負けだ
「……部活、良かったのか?」
「ん?ああ、いいのいいの。部活なんて真面目にやるとかダサくない?」
「……その割に黒帯を撒いていたようだが?」
「黒帯なんて誰だってなれるよ。二段なら兎も角、初段は惰性でやっても取れる。ソースは私」
説得力が凄い
「……お前は武道を軽んじているな」
「後輩ちゃんは武道に夢でも見てるの?形だけのモノを続けたところで何も変わらないよ?」
舞衣の内面を見透かしているかのように笑う西九条
弓道を続けていても『乱れない心』は手に入らないと嗤う
現に、西九条の安い挑発でこうも心は乱れている
その自覚が、舞衣の苛立ちを加速させた
「……ッ!」
爆発する寸前で
「お待たせしました。カレーうどんと肉うどんです」
うどんが来た
「はい、話はここまで。続きは食べ終わったらね」
「……もう、いい。これ以上の会話は無駄だ」
「あっそ」
それより、制服にカレーが跳ねたら大惨事ではなかろうか
跳ねたらざまーみろだ
舞衣の思惑とは裏腹に西九条の食べ方は綺麗で、カレーが制服を汚すことはなかった
うどん美味しい
※ ※ ※
「……会計は」
「いいよいいよ。払っておくから。奢らないと言ったが奢らないとは言ってない」
矛盾してないだろうか
払うとか言って直前で払うのを止めるなどしそうなので舞衣は期待しないでレジに進み、舞衣の分も西九条が支払ったのを見て
どんな裏がある
感謝より疑いが先行した
短い付き合いでこれだけ信用のない関係になるとはある意味稀有な人物ではなかろうか
店を出た西九条は一度、体を伸ばしてから舞衣に振り返り笑った
「また、遊ぼうねオチビちゃん」
西九条はそう言い残してそそくさと帰っていった
くくっ、と馬鹿にした笑い声がよく耳に残ることだ
無言で立ち尽くす舞衣は、やっぱり、あの女とは殴り合って一回分からせておく必要があると思った