8.夢 / 心の在処
当たり前の感性・親の期待・高校のほとんどの友達・世話になった先生との関わり。
確かに、パニック障害で私は多くのものを失った。
しかし
パニックに逆らう日々の中で、
私はただ暗闇の中で泣いていたわけではなかった。
私には夢がある。
本当に落ち込んでいた私を内面から支え続けたもの。
私を救ってくれたもの。
様々なコンテンツを動く画という形で見せてくれる映像。
世界を見せてくれる映像。
私にはそういう
「作品を見ている時だけ」、「作品について話し合っている時だけ」は、
後ろめたい気持ちなんて感じさせない、
誰しも平等でいられるような作品を生み出したいという夢がある。
私には大きすぎる野望かもしれない、
それでも落ち込んでいる誰かのためになりたいと思っている。
だから変わらず、これからも作り続けていく。
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夢とパニック障害。
1つの事について前向きな気持ちで追い続けること。
それはパニック障害を抱えていた私にプラスな事だったと 今改めて言える。
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これを読んでいるあなたには夢はあるだろうか。
ここで言う夢とは誰かに誘われたり、やれと言われて持つものではない。
「あなたが自分で決めたこと」
もし、既に見つけているならそれを最後まで大事にしてほしい。
無いなら、1つ、可能性を探してみてほしい。
以前、私は「何かに集中しているとき」パニックを忘れられると書いた。
諦めることのない夢はそれの永久機関になる。
夢について考えているときほど、いつの間にか忘れられるようになる。
同時に努力することは「自分の強さ」になる。
夢を追っていく事で、同じ目標を持つ仲間に出会える。
夢についての話題は心の在り処になる。
努力すれば叶うものではない。
しかし努力した量は絶対に自分を裏切らない。
「自分のことは自分で決める。」
そうしたことを積み重ねるうちに失敗の数は増えていき、
やがてその多さは気にならなくなる。
決して無かったことにならなくても
ふと立ち止まった時、痛みのほとんどない かすり傷のように感じることが出来る。
パニック障害を克服するための行動も同じ。
失敗の多さはある上限から上書きされていく。
格好つけていい。
決して失敗が無かったことにならなくても、
失敗したことが無かったかのように振る舞って、
これからまた 進んでいけばいい。
(終)




