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6.何かを得るために

パニック症状が出始めて一年以上経った頃、始めて病院に行ったことを親に相談した。


その時 親に言われたこと。


「"根性をつけろ、そんなガラスの心のままじゃこの先きっと駄目になるぞ"」

「"健康な人にだってそんな事はある、嫌な事はみんな我慢してるんだよ"」

「"自分にも経験があるよ、なんでそんなことが遺伝したんだろうな"」

「"時間が経てば笑い話になるよ"」



私は これは半分正しくて半分間違いだと思った。

試験で三角が付かない、○か×で採点される問題ならこれは不正解だ。


私は親に相談することの前に、「根性」なんてものは話の前提にあるものだと考えていた。

実際その時には「必ず克服する」、「絶対に後に引かない」と心に決めて

ここに書いた 最初の行動を起こしていた。


パニック障害は「嫌な事」かと言えば「嫌な事」だ。

ただし最初のそれは我慢でどうにか出来るものじゃないと思っている。


傷んだ物を食べて、食中毒になって、体が食べたものを外に出そうと必死になるように、

パニック障害はストレスに対して生理反応のように出てきたもの。

必死にならないようにどうにかすることなんて出来ないと思っている。




健康な人にも似たことなんてあるのだろうか。


私は一番親しい、同い年の友人に相談することにした。


「こんな風に感じてしまうことはおかしいことなのか」


私は質問した。彼からの返事が


「自分にもあるよ。電車とか人が集まるところはすごい苦手なんだ。移動は自転車とバイクを使っているよ。お前(私)がまだ大丈夫だった頃にも、時々嫌に感じることはあっただろう?」


確かにあった。


「その時の嫌な気持ちと比べることが出来ないくらい辛いなら、それはおかしくないよ。

ただ頑張りすぎてるだけだよ。」



私は彼の言葉に少し救われた。


何故だろう、親も友人も私を気にかけて話をしてくれたはず。


この違いはなんだろうか。


言葉、与える側と受け取る側の重さの違い。


--------------------------------------------------------------------------------


あなたはパニック障害を持っていることを、誰かに打ち明けた事はあるだろうか。


もし打ち明けることが出来る状態なら、私は相談してみることをおすすめする。

親しい人間に自分の事を話すことで気持ちが楽になることがあるからだ。

(話す内容に特別拘らなくても、打ち明けること自体にプラスの意味がある)


ただし私のようなポジティブな意見を貰えない場合もある。

だから出来るだけたくさんの人に 話す機会を作ってみよう。




今まで人と関わりを持つことに後ろめたさを感じていたあなたも


"何かを得るため"には誰かとコンタクトを取る必要がある。

(何かとは仕事・お金・友人、他にもたくさんある)


あなたの100に近づいた数字、その残りを埋めるもの


それは "人との関わり"


人との関わりはストレスを生む原因の一つ。


パニックを知らない人間ですらストレスを制することは難しい。


だからゆっくりでいい。




初めに誰でもいい、自分の症状を受け入れてくれるような

信頼出来る友人を見つけよう。


お互いを知る仲間が出来ればストレスに少し立ち向かえる。

お互いを発散させる事ができる。


「学校、仕事、社会の中に小さなコミュニティを作ること。」


「見つけよう」と書いたが、「無理して見つけよう」としなくてもいい。

交友を深めようと思わなかったような人間同士でも、共通の話題に夢中になっているうちに

いつの間にかコミュニティを築いている時がある。


くだらない話で盛り上がっていただけの人間が

いつの間にか かけがえのない存在になっている場合だってある。




パニックの話題になると、時に否定されるかもしれない。

あなたは笑ってごまかすか、数字がまた0に戻ってしまう時が来るかもしれない。


それでも、


「あなたは誰かにパニック障害であることを認められたくて

行動を起こしているわけではないでしょう?」


人は様々な価値観を持っている。

煽り、罵り、人を気遣えない人だっているかもしれない。


「そんな人はそこにしかいないと見切りをつけること」

「あなたに対する誰かの否定は全体の否定ではないこと」


相手が理解できないと言うならば、無理に理解してもらう必要はない。


気に留めなくていい、悪いことはしていないのだから。

あなたはただ、自分のために行動している。


途中で諦める必要もない。


そのうち数字が満たされて、100に達したと実感できる時はやってくる。


その時には、もう後ろめたさを感じる必要もない。


今まで出来なかったことに挑戦しよう。




(あとがき)

パニック障害を克服するための、数字の話は今回でお終いです。

パニック経験者をターゲットに書いてきましたが、

そうでない人にとってもパニック障害を知るきっかけになればと思います。


次回(7章)からは、私の心の支えとなったものや、

パニックに苦しんでいる時 前向きになれた話を書いていきたいと思います。




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