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一.雛、蛇を持ち帰る。

 雛は、蛇神様のお社にお供え物を入れて行った籠の中に蛇さんをそっと入れる。

 偶然ではあるが、籠は蛇さんにぴったりのサイズだった。 きっと雛はこの日の為に、この籠をあみあみして作ったのだと思う。


 寒がりな蛇さんが寒かろうと、首に巻いていた布を外して、蛇さんの入っている籠にかけてあげた。

 あとはもう、まっしぐらに雛の家を目指すのみである。


 雛は家に帰ると、急いで囲炉裏に薪をくべる。

 蛇神様のお社に出かける際はいつも、火を絶やさないように薪を多めに入れては行く。

 けれど、今回は途中で蛇さんに出逢ってしまい、時間も忘れて囲炉裏の薪のことも忘れて蛇さんに構っていたからほとんど燃え尽きかけていた。

 雛は、火打ちの作業が苦手だが、もしも燃え尽きていたとしても、今回は蛇さんに出逢った幸運と同じように、すぐに火がつきそうな気もする。


 雛は、囲炉裏の傍に腰を下ろして、ほっと息を吐いた。

 籠を覆っていた布を外すも、蛇さんは籠の中でとぐろを巻いたまま、動かない。


 大ばば様が、蛇は暑さにも弱いけれど、寒さにも弱いという話をしていたのを思い出す。

 だから、冬眠するんだよ、と。


「…死んじゃう、ってことは、ないよね…?」


 雛は、そっと籠の中を見つめながら呟く。

 当然だが、応じる声はない。

 今しがた拾った蛇さんが、雛の目の前で死んでしまうのが怖くて、雛は腕に抱えられるくらいの大きさの籠を抱きしめる。 抱きしめるだけでは温かくないかもしれないと、籠をごしごしと擦ってみる。

 これで、少しでも雛の熱が伝わればいい。

 ぎゅうう、とごしごし、を繰り返していると、ぴく、と蛇の首が動いて、鎌首をもたげる。


「あ、動いた!」

 雛が歓喜のままに声をあげると、にゅ、と蛇の顔が籠から出てくる。


「生きてて、よかったぁ…」

 ほっと安堵の笑みを洩らせば、じっと蛇の紅い目が雛を見つめているのに気づく。


 円らな瞳がとっても綺麗でとっても可愛い。

 それに、雛に飛びついたり噛みついたりする様子もない。

 穏やかな気性のとってもいい子だ!


 あまりの可愛さにうっかりお持ち帰りしてきてしまったが、この子はこのままうちの子になってくれるだろうか。

 ああ、大ばば様が帰ってきたら、あの一件以来蛇嫌いになってしまっている大ばば様の説得も試みないといけない。

 結局のところ、雛に甘い大ばば様は、困った顔で呆れつつ、少し不機嫌にしながらも、「仕方ないねぇ」と言ってくれるだろうけれど。


 蛇さんは、といえば、ここが気に入らなければ逃げ出すだろう。 けれど、寒さに弱い蛇さんにとって、ここはそれなりに過ごしやすい環境であると思うのだ。

 きっと気に入ってくれるに違いないし、いなくなるそのときまでは家族気分でいさせてもらうことにしよう。

 さて、家族と言えば呼び名が必要だ。


 雛はうきうきとしながら、蛇に問いかける。

「名前、どうしようね? 蛇さん、わたしが名前つけていい?」


 聞いても返事はない。 わかっている。

 けれども雛は、初めての逃げない蛇が嬉しくて、話しかけることを止められなかった。


「お目目の色が綺麗だから、紅の字を入れたいな。 もちろん、白い体もとっても綺麗なんだけど…」

 うっとりとしながら雛が物思いに耽っていると、蛇から試すような空気が感じられた。

 それはもしかすると、気に入らない名前だったら噛みついてやる、ということか。

 さすがは神の遣い。

 圧力のかけ方が違う。


 そこで、雛はぴんと閃いた。

「あ、神紅(しんく)、ってどうかな? 神の紅で、神紅、神の遣いな蛇さんにぴったり!」

 雛が自信満々に告げると、蛇さんの綺麗な紅の目の瞳孔が、小さくなり、次の瞬間には膨らんだ。

 それを、雛は自分の都合のいいように解釈する。

 一応は、認めてもらえたらしい、と。


「気に入ってくれた? 嬉しいな」

 嬉しくて、自然と笑みが零れるも、蛇の頭がゆっくりと下がっていく。

 かと思えば、目を開いたまま動かなくなった。

 また眠ってしまったのだろうか?


 本当は一緒に寝たいけれど、寝返りを打った拍子に蛇さんを潰してしまうのも嫌だし、生命の危機を感じた蛇さんに噛みつかれるのも遠慮したい。

 囲炉裏の近くに蛇の入った籠を置いた雛は、蛇と一緒に寝る夢は諦めた。

 大好きな蛇さんに噛まれて生涯を終えられるなら本望でもあるかもしれないが、大ばば様を悲しませるようなことはしたくない。

 大ばば様はいつだって雛に、「おばばより先に逝くんじゃないよ」と言うのだから。

 それに対して雛は、「大ばば様もできるだけ長く、わたしといてね」と返す。

 年の順でいけば、大ばば様が雛より先に逝くことは、仕方のないことなのだ。

 その日までに、雛は、大ばば様と暮らす日々を大切にしつつ、きちんと覚悟をしなければいけない。


 暗い思考になってしまった頭をふるふると振って、その思考を追い出して、楽しいことを考えるよう、と思う。

 雛は晩御飯を作りながら、そういえば蛇さんは何を食べるんだろう、と楽しく妄想をしつつ晩御飯を終えた。

 明日の朝目覚めれば、蛇さんがそこにいてくれる、と幸せな気分で眠りについた雛だったが――…。



・○・○・○・○・○・○・



「…よ、…な」

 まどろみの中で、雛は久々に自分以外の声を聞いた。

 その声は、子守歌のような響きで、雛の母がいたらこんな感じだったのかなぁ…と考えた。


 お布団の中はぬくぬく温い。

 子守歌が聞こえるのだし、もう少しぬくぬくしていてもいいはずだ、と雛はもそもそと布団に顔を埋める。


 そうすれば、ぬくぬくな雛の巣が一瞬にして奪われて、早朝の冷えた空気に晒される。

 思わずぶるっと震えた雛の耳に、今度ははっきりと、自分ではない誰かの声が聞こえた。


「雛よ。 起きぬか」


 寒さも手伝って、一気に目が覚める。

 パッと目を開けた雛は、目の前にあった顔に、心臓が止まるくらいに驚いて悲鳴を上げた。

「っきゃぁぁぁぁっ!?」


 ほとんど反射で、目の前の人物が手にしていた、雛の安寧の地であり巣であるお布団を奪い返して、全力で後退(あとずさ)る。

 どんっと背中に壁がぶつかり、それ以上後退できないことを知った雛は、雛の巣にくるまって身を守ろうとする。

 ああ、ぬくぬくで気持ちはいいけれど、何とも心許ない巣なのだろう。

 これでは外敵の攻撃も侵入も阻めない。


 雛から雛の巣であるお布団を奪い、そして奪い返された人物は、雛の行動を表情ひとつ変えずに見守り、緩く首を揺らす。

「…新鮮だな。 顔を見て呆けられることは珍しくもないが、驚かれて逃げられるのなど、初めてのことよ」


 白髪、紅眼の、あまりに美しい存在が、詠うように言葉を紡ぐ。 先ほど、雛が子守歌と間違えたのは、この人の声らしい。

 その音は、あまりにも耳に優しいのに、驚くくらいの艶を纏って聞こえる。


 艶、と思って、雛は気づく。

 目の前の存在は艶の化身のような姿をしているのだ。


 白髪と思った髪は、不思議な光沢で角度や光の加減で微妙に色を変える。

 白いところにほんのり桜色が載った、桜貝に似ているな、と思った。

 鮮やかな紅の目は切れ長で、伏し目がちなところがとても艶めかしい。


 さて、問題だ。

 目の前のこの艶の化身は、一体何なのだろう?




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