終.雛、帰還する。
今までの出来事は、夢か何かだったのだろうか。
山の中で、ぼんやりと考えていたが、イチゴノキの実を入れた籠が落ちていることに気づいて、それを拾う。 そして、雛は傍らの神紅を見上げて、静かに尋ねた。
「…蛇神様、だったの?」
神紅は、紅の綺麗な目を見張り、ついと雛から目を逸らす。
「…それは、昔の話だねぇ。 私は、雛の守護神の【神紅】。 脱皮して、そなたの神紅になったのだから、過去はもう必要ないだろう?」
つまり、それは、やはり。
神紅は、蛇神様だった。 そして、それは過去のこと。 神紅は、蛇神様だったけれど、蛇神様ではなくなった。
そういうことで、いいのだろうか。
「…また、蛇神様になるの?」
すると、神紅はふっと笑った。
「…案ずるでないよ、雛。 私はそなたの傍を離れぬから」
「…わたしが、誰かのお嫁さんになっても?」
そうすれば、くすくすとまた、神紅は笑った。
「…本に愚かだねぇ、雛。 そなたは私以外の何者かの嫁になる選択肢があると思っているのかい?」
雛は、目を見張った。
今、何と言ったのか、この神紅は?
雛には、神紅以外の誰かのお嫁さんになる選択肢はない、と?
その気持ちは、有難いと言えば有難い、けれど。
「…だって、わたし、人間だよ? 神様じゃないの。 神紅みたいに、ずっと若くいられない。 年を取るし、おばあちゃんになるの。 い…いつか、神紅を置いて、死んじゃうの」
最後の言葉を紡ぐのに、ぎゅっと胸が締めつけられるような感じがした。
雛は、ずるい。
ずっと神紅に傍にいてほしいと願いながら、いつかは、神紅を置いて、死んでしまうのだ。
雛は、泣きそうな気持ちで、神紅に告げたというのに、神紅は微笑むばかりだ。
「雛が老いても、雛が雛には変わりないはないと思うがねぇ。 それに、雛、覚えておらぬのかい? そなたが私に【神紅】と名をつけたのだよ?」
雛は、顔を上げて、見下ろす神紅の言葉に耳を傾ける。 聞き入る。
「この絆は、途切れぬ。 いつかそなたの魂が身体から離れても、その魂は閻魔になど渡さぬよ。 私が大事に抱えて、私の城へと連れ帰ってやる。 そなたが蛇の私を、連れ帰ってくれたように」
雛は、驚きを持って神紅を見つめた。
それは、つまり。
「…ずっと、神紅と一緒にいられるの…?」
「そなたが嫌だと言っても、私はそのつもりでいたが?」
神紅の唇が弧を描く。
ずっと、可愛くて、可愛い、蛇さんの神紅と一緒にいられる。
雛は、自分の頬が上気するのを感じた。
「…喜ぶ顔も好いな、雛。 本にお前は丸呑みしたくなるくらいに愛らしい」
微笑む神紅は、そんなことを言った。
唐突に、思った。
わたしが、神紅を拾ったのではない。
むしろわたしが、神紅に拾われたのだろう。




