今年、終わらない冬
プリマヴェーラは待っていました。インビエルノがエスタシオンの塔から降りてくるのを。本来であれば薄紅色の花を咲かせていなければならないのに、エスタシオンの塔の扉は重く閉ざされたまま。プリマヴェーラが華奢な身体で思い切って体当りしてみても、びくともしません。
新芽が土を突き抜けてくるはずの頃になってもインビエルノは塔に閉じこもったまま。暑さを制するベラーノと、実りをもたらすオトーニョも心配になって、エスタシオンの塔へとやって来ました。
三人の姉妹は大きな声でインビエルノに呼びかけました。とにかく塔から出て来て欲しい、心配しているのだと。
ところがインビエルノは返事をしません。身動きしているような音も聞こえてきません。
ですが、インビエルノが息絶えていないことは確かです。だって、冬の寒さは続いているんですもの。
王様の呼びかけにもインビエルノは答えません。
あちらの国から訪れた勇敢な騎士の剣でもても、そちらの国から訪れた怪力男の拳を借りても、地下の国から這い出て来たかと思われる魔術師らしき怪しき者の言霊、風が連れて来た美しき賢者の知恵、ありとあらゆるものを使ってもエスタシオンの塔の扉は閉ざされたままです。
支那の向こうの黄金の島で捕まえたという七色に輝く巨大な翼持つ三本足の怪鳥を塔の上目掛けて放ったものの、怪鳥は空高くどこかへ飛び去ってしまうという始末。
エスペリアの国は真白な雪で覆われたまま、暖かな陽射しに見舞われることもなく、灰色の雲に覆われた日々が続きました。
人々は寒さに震えて過ごしました。農作物は実らず、動物も穴から出て来ません。
インビエルノがエスタシオンの塔に閉じ籠もったまま、ついには雨降るべき月があと七日に迫ったとき、王様はお触れを出しました。
「冬の女王インビエルノをエスタシオンの塔から連れ出し、春の女王プリマヴェーラと交代させた者には好きな褒美を取らせよう。ただし、インビエルノはまた来年、エスタシオンの塔の上から冬の寒さを司る者として君臨しなければならない。何人たりとも、季節の巡りを妨げてはならない。」
と。
エスタシオンの塔の扉を叩く者、凍てついた塔の壁をよじ登ろうとする者、インビエルノに対して大声で懇願を続ける者、様々な試みが繰り広げられました。
ところが頑丈な扉は相変わらずピクリと動くこともなく、なんの反応も見られませんでした。
王様と三人の女王は考えました。三日三晩、四人は寝ずに考え、物も食べずに議論を交わしました。
四日目の夜、四人は宴の開催を告知しました。
エスタシオンの塔を囲んで盛大なパーティーを繰り広げるというのです。
インビエルノが塔に閉じ籠もったままで冬が終わらず、このままでは国は滅びてしまう。ならばいっそ、最後は盛大にこの国の終わりをすべての国民で祝おうというのです。
国の民はそれぞれに食料や酒を持ち寄りました。最後だからとありったけのものをすべて運んで来ました。
料理人たちは腕を奮って調理をし、皆が飲み食いを楽しみ、歌って踊って、笑顔を絶やさずにこの国の終焉を祝いました。
あらん限りの薪を積み上げて火を灯し、皆で囲んで朝も夜も踊り狂いました。
どこからやって来たのか、音頭を取るテノーリオという名の男の美しいことはこの上なく、地上のものとは思われませんでした。まるで、羽の生えたような軽やかな身のこなしで踊る肉付きの良い身体、不釣り合いなほどの端正な顔立ちに琥珀色の瞳はその場に居合わせた誰をも魅了しました。
乱痴気騒ぎが二晩続いた頃、エスタシオンの塔の扉が少し軋みました。
そう、インビエルノはテノーリオの舞をひと目見ようとしたのです。
この瞬間を怪力男ポデローザは見逃さじと、荘厳な扉をこじ開けました。そしてインビエルノを力強く抱き上げ、エスタシオンの塔から連れ出したのです。
インビエルノは弱々しく、王様と三人姉妹の前に平伏しました。王様が塔に閉じ籠もった理由を尋ねたところ、こう答えました。
「オセアーノの声が聞こえたんです。塔の上で待っていてと。」
オセアーノとは、幼くして亡くしたインビエルノの弟です。この冬が始まった間もないある日、海からの風が強く吹いて来ました。その日、確かにインビエルノにはオセアーノの声が聞こえたというのです。
もう五年も前のこと、オセアーノは一〇歳の誕生日に、プレゼントにもらった仔馬に跨ったところを落馬して生命を落としました。
海風はインビエルノに知らせてくれました。オセアーノを亡くした悲しみを忘れるなと。あの仔馬を贈るよう、王様に勧めたのは誰だったかを。
暑さを御する義姉は、美しき火の舞を披露する色男にそそのかされ、寒さの種を取り除いたと。
そう言えばここ五年、少し長めの夏の暑さは寝苦しいほどでした。
王様はその場でテノーリオを成敗しました。ベラーノはインビエルノに詫び、王様に改めて忠誠を誓い、許されました。
そんな訳でその年は、雨に打たれる桜が愛でられ、灼熱の日はほんの少しに過ぎませんでした。
その後、王様と四人の女王は幸せに暮らし、季節は等しく巡り、国民はいつまでも豊かな幸せな日を過ごしたということです。




