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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
エピローグ・私の卒業式
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【エピローグ・一】 最後に書いた名前


 私たちのこんな話とは関係なく、いつものように春が巡ってきた。


 あのまま何事もなく高校に通っていれば、この三月一日は毎年卒業式の日と決まっていた。


 昨年もそうだったはず……。だけど、退学と退職をしていた私と先生にその式に参加する資格はなかった。



 その日からちょうど一年後。私は両親と一緒にユーフォリアに向かった。


 必ずお昼ピタリに来るように。それもお母さんに菜都実さんがクギを刺したという念の入れようだったって。


 そこで陽人さんとみんなが待っていてくれるというお話は聞いていたけれど、何をするのかまでは知らされていない。


「えー!?」


 いつも私が開店前にランチメニューを書き込んでいた看板にはこう書かれてあった。


「本日のランチタイムは貸し切りとなります」


 それだけなら私も書いたことがある。問題はその横に、もう一つの看板が並んでいて、「原田結花 卒業・結婚祝福会場」と毛筆で書かれた紙が張り付けてある。


 こんなの聞いてないよぉ。この字は菜都実さんだ。ここまで堂々と書いちゃうんだもんなぁ。さすがにちょっと恥ずかしいかも……。


「菜都実もすっかりイタズラ好きになったものよね」


 お母さんもそれを見て苦笑している。私には卒業写真が無い。きっとこれを代わりにして撮るのかな……。





「結花ちゃん、おめでとう!!」


 ブラインドを降ろされた中が一体どうなっているのかと、恐る恐るお店のドアを開けると、たくさんのクラッカーの音で迎えられた。


 お店の中には、菜都実さんご夫妻はもちろん、茜音さんも、千佳ちゃんも……。みんなお世話になった人たちばかりだ。


「看板娘を見送るのは寂しいが、結花ちゃんの卒業だもんな」


「そうよ。一年半も本当に頑張ってもらったし。帰ってきたときは寄ってよね」


 もちろんだよ。このお店は私にとって第二の家になった。


 この場所で、緊張から始まって、泣いて笑って……。


 あんな日々を忘れられるわけがないよね。


「さぁ、早速セレモニーを始めましょ」


「先生、最初にあれを持ってきてくださいね。結花ちゃんはこのテーブルに」


 そう、いつもの先生の指定席。夜の時間でお客さんが他にいないときは、私がいつも先生の向かい側に座っていたことを思い出す。その思い出の席に私は腰を下ろした。


 一昨日の夕方に一時帰国した先生。今日はスーツ姿で一枚の紙を持ってきて私の前に置いてくれた。


「原田、これで書類が完成する。最後の場所に名前を書いてくれ」


 いつの間にこの準備が行われていたのだろう。


 驚いたことに、婚姻証人の欄には菜都実さんと茜音さんが署名してくれていた。お母さんがぜひ二人にお願いしたいと頼んでくれたんだって。


 言われたとおり、最後まで未記入だった空白欄に『原田結花』と生まれたときからの名前を書いた。もう、この名前ともあと少しでお別れなんだと思うと鼻の奥がツンとしてしまう。


「苗字が変わっても結花ちゃんは結花ちゃん。佳織が一ヶ月毎日悩んで選んだのよ。確か決まったのは偶然だよね、出産前日だったと思う」


 お腹の赤ちゃんが女の子だと分かってから、いつもこのお店の窓際の席で、名前のリストと名付け辞典を見ては悩んでいたそうだ。いろいろな意見があったけれど、最終的にはお母さんの気持を込めたんだと。


「結花、あたし沖縄行くからね!」


「えっ? 本当に?」


 三月二十五日、私の十九歳の誕生日に、あの「卒業旅行」の時に「リハーサル」をしたチャペルで、今度こそ本番の挙式をする。


 私たちの出発の予定もあって、ギリギリのスケジュールだから、二人だけの予定でいたのに。


「だって、結花のブーケ貰わなくちゃ。あと、前回は先生はガチガチで結花がリードしたっていうんだもん。今回はちゃんと撮影して当時のみんなに報告しないとね」


「佐伯、頼むからそれは勘弁してくれ……」


 千佳ちゃん、本当に彼女にはお世話になった。そしてこれからも、きっとそう。


 学生時代の友達は大切にしなさいと言う。決して順調とは言えなかった私の学生時代で、たった一人だけど何でも話せる親友と呼べる存在の彼女だから。


 そう、私でもお互いに「生涯の親友」と呼び会える存在を作ることが出来たんだ。


「二人とも、結婚おめでとう!」


 例の看板の前にみんなで集合して記念写真を撮ってから、私たちは市役所に向かうためにお店を後にした。


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