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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第二十六章 私の志望先は…
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八十九話 この時のために頑張ったよ…?


 十二月二十四日、私たちは二人でマンハッタンの街を歩いていた。


 昨日は一日クリスマスツリーの飾り付けや、今夜の食事の準備の買い物をしてあっという間に時間が過ぎていった。


 その途中、町の病院にも寄ってくれて、新しいお医者さまにも挨拶が出来た。先生が私のために僅かな時間で用意をしてくれたことも分かって、本当に嬉しかった。


 夏場なら公園に連れていって貰うこともできたのだけと、さすがにニューヨーク州の冬場は雪の日が多い。


 今日もうっすら積雪している状態なので、それも次へのお楽しみと持ち越された。


「どうだ、同じクリスマスでも、日本とはずいぶん雰囲気が違うだろう?」


「そうですね。日本だと『若い恋人たちのイベント』ってなってしまっていて。特にイブは独り身には厳しいです。先生もそうでしたよね」


 心に傷を持ってしまうと特にね。私も去年は菜都実さんのお店で仕事をして過ごしたのを思い出した。


 こちらのクリスマスは違う。恋人はもちろん、家族との再会や団らんを大切にお家で過ごす。イブの今日まではその準備だ。


 デパートを覗いてみても、みんな夫婦や家族連れでプレゼントを選んだりして楽しんでいる。




 日も落ちかけた夕暮れ時、先生は私をニューヨークの観光地として有名なエンパイアステートビルに連れてきて、展望台に二人で上った。


「初めてここに連れてきてもらったとき、次は結花とこの夜景を見たいと、俺の夢になった」


「じゃあ、先生の夢が叶いましたね」


「そうだな。たったそれだけのちっぽけな夢のはずだった。この三ヶ月、結花が隣にいない。正直何度かくじけそうになったよ。情けない話だ」


 それは私も同じ。これほど一人が辛いと思った三ヶ月はなかった。


「私もです。空港で抱いていただいたとき、もうこのまま消えてしまってもいいって……」


「結花……。悪い、少しの間だけ原田と呼ぶぞ……。頑張ったんだってな。申し訳なかったんだけど、お母さんから先に聞いたよ」


 うん。鞄に入れていた小さな封筒を先生に渡す。


「はい。これを先生に届けに来たんです」


 つい先日届いた高認の結果通知。『合格』と小さな文字で書かれた用紙を先生に見せたくて、一番大事なパスポートと一緒に持ってきたんだ。


 これで、履歴書上の私は高校を卒業した同級生と同じ経歴を持つことができる。



 私でも……、追い付けたよ……。



「一人でよく頑張ってくれたな。さすがだ」


「これで、先生の相手が中卒ではなくなりました」


 頭を撫でながら、いろいろと辛かったよなと声をかけてくれた。


 最初にこの目的を聞いたとき、先生は呆れていたよね。でも、これが今の私にできる精いっぱいのこと。


 この結果が届いて、私の両親も最終的に私のニューヨーク行きを完全承諾して送り出してくれたのだから。


「どうするんだ? 進学は考えているのか?」


 高認に合格したなら、高校卒業と同じ扱いになるので、大学などに受験願書を出すこともできる。


「いいえ」



 はっきりと首を横に振った。最初から決めていたことだよ。



「進学はしません。私にはそれよりも行きたい進路があるんです」



 私は先生の右腕をギュッと抱き寄せて顔を埋める。



()()です。『この場所』が私の志望先です。試験はすごく難しくて。参考書も過去問もありません。私の気持ちを全力でぶつけても、合格できるか分かりません。それでも、私は可能性がある限り何度でも試験を受けるつもりです」



「そうか……。じゃあな、そんな原田に特別な合格通知を渡そう」



 先生がこれまでに見たことがないくらい緊張している。


 合格通知って、これから何をするの?



「原田、そこに立ってくれないか?」


「はい」



 有名な五番街のイルミネーションを見下ろすフェンス際、先生と向かい合わせに立った。



「原田。他の誰にも……、おまえにしか渡せない俺からの『合格通知』だ」



 無造作にポケットに入れてあった小さな箱を私の手の中に握らせてくれた。


 ビロード地の小さな箱。前にも見たことあるよ、この箱って……。



「開けて……いいですか……?」


「いいぞ」


 細い銀色のリングが納めてあった。その上には輝く石が一つ。


 その石言葉は「永遠の絆」だよ。リングの内側には"for Yuka"と刻まれている。



「先生……」


「原田……、『合格』だ。おまえが目標にしていた小室楓すら手にできなかった満点だ。俺はこれまで原田に何度も救われてきた。原田があのときに振り絞ってきた勇気、今度は俺から返させてくれ」



 先生の手にはあの時の手紙。もうあれを書いてから一年と十ヶ月も経つ。


 持っていてくれたんだ。


 あれは勇気なんかじゃなくて、私の我がままだったよ。



「もう、生徒と教師の関係じゃない。分かっていてくれるよな?」


「はい」




 先生は私の顔を真っ直ぐに見て口を開いた。





「原田結花さん、愛しています。俺と結婚してください」




 その言葉が耳に届いた瞬間、目の前の先生と摩天楼のイルミネーションがぼやけて、一つの大きな光になって溶けた。


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