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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第二十四章 恋がひとつ消えてしまったの
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八十三話 先生の後任はまさかの…


 その日は、先生の異動前の最後の出勤日だった。


 私はいつもと変わらず、先生のお部屋を片付けていた。


 ほとんどの荷物が箱の中に片付いていて、あとは運び出されるのを待つばかりという感じ。


 一段落がついて、さて次に移ろうかと思ったとき、トートバックに入れてあるスマートフォンが着信を告げた。


「先生、どうなされたんですか?」


『結花、悪い。頼まれごとをひとつお願いできるか?』


 聞けば、赴任先で必要な書類を取りに行っている時間がなかったらしい。


 明日には事前に郵送しておきたいから、代理で受け取りに行って欲しいという内容だった。


「分かりました。今から用意をして出かけますね」


 こういうことは初めてじゃない。だから先生も使うかどうかに関係なく私を代理人にするための書類を用意しておいてくれたし、私も学生でなくなったときに必要だからと、顔写真つきの身分証明書をいつもお財布の中に入れてあるから、大抵のことはそれで事足りる。


 受けとる書類の受領書と、代理人指定の書類はすぐに見つかって、それを持って電車に乗った。




 都内の窓口で書類を受けとって、先生にはメッセンジャーアプリを使って、これから帰ることを伝える。


『どうせなら、一緒に帰るか。横浜に着いたら連絡をしてくれないか?』


 先生の勤める予備校は横浜駅の東口。


 いつも待ち合わせる場所は同じだったから、駅に着いたらメッセージを送ると返事をした。


 それから三十分くらいで横浜駅に降り立った私は、いつも待ち合わせをしている噴水の前に向かった。


 先生の姿はすぐに見つかったけれど、隣に女の人が立っている。

 

「先生、お待たせしました」


 お仕事関係の人だと思ったから、失礼にならないように声をかけた。


 それなのに、先生ったら……、「結花、遅いぞ? なんかトラブルでもあったか?」って名前呼びをしてきたの。こんな場所なのにと私の方が焦ってしまう。


「すみません。チャージ残額がなくて改札口で引っかかっちゃって。ドジですよね私。これ、頼まれ物です」


「おぉ、サンキュ。助かったよ、時間がなくてさ」


 書類を渡したその時だ。


「……い、生きてる……?」


 一緒にいた女の人が私のことを幽霊でも見たかのように声を上ずらせた。


「俺は原田が入院したとは言ったが、亡くなったと一回も言ってないぞ? このとおり病気を克服している。みんな知らないだろうがな」


「はい……。皆さんにご迷惑ばかりかけていますけど……」


 そこでようやく気がついた。一緒にいたのはあの若林さんだということに。


 そうだよね、お仕事の後任をお願いしたと言っていたもんね。


「若林さん、先生の後任をお願いしてしまってご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」


 外だけど、まだここはお仕事の場面。私は若林さんに頭を下げた。


 私の登場と隣に立った先生。若林さんはすっかり混乱してしまったみたい。


 そっか……。きっと私はもう()()()と思われていたことも多かったのだと。それならさっきの驚きにも納得がいく。


「さっき、まだ独身だとは言ったが、それももうすぐ終わる。もう原田のご両親への挨拶も済ませて許しもいただいた。来年の春に入籍する予定だ」


 そこまで話しちゃう? でも、どのみち半年後には公になることだし。


 いろいろあったけれど、同級生だったのだから、それは仕方ないなと思った。


 もう過去は過去のことだから……。


「で、でも……、どうやって……?」


「若林、今度こそ誤解するなよ? 聞かれたらみんなにも言っておけ。今回は交際も結婚も俺から申し込んだ。ご両親にも俺が頭を下げた。原田を嫁にくださいとな。原田には何もやましいところはない。責められるならまだ十八歳の嫁さんが欲しいと言った俺だな」


 先生は私の肩を持って説明してくれた。


 もう同じ教室の生徒と教師という関係ではないと強調するように。


「もう……、かないませんね。小島先生と原田さんには……」


「いいか、若林。俺は原田をただ元の教え子だからとか、哀れになって選んだんじゃない。こいつの必死に生きたいと思う本物の強さに心底惚れたんだ。それなら、今度こそ俺が幸せにしてやると」


「もぉ、そこまで言っちゃうなんて、恥ずかしいです……」


 そこまで言ったとき、先生は私の手を取って一緒に改札口の方へ歩き出した。それも、私の右手の薬指についている指輪を見えるようにしてだ。


 気づかれないように後ろを振り返ったとき、鞄をギュッと抱き抱えて、立ちすくしている若林さんの姿がまだそこにあった。


 それもすぐに人混みの中に紛れて見えなくなってしまった。


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