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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第二十三章 仲直りの一夜
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八十一話 恋人と…言ってもいいの?


 先生は使ったものを片付けながら、「女性の髪を洗うのは久しぶりだな」と懐かしそうに話してくれた。


「……まぁな……。楓の時も、俺が病院で洗っていたんだ。恋人関係を解消した後も、ホスピスに移っても、それだけは最後まで俺にやらせてもらった。楓は今の結花より長かったんじゃないかな。いつも腰のあたりでリボンを結んでいたから」


「それだけ長い髪を手入れされていたなんて。ある意味、特殊技能ですね」


 あの靴選びと同じだよ。でもね、それだけの長髪を触らせていたのだから、楓さんも口で関係解消と言っておきながら、最後まで一緒にいたかったのだと分かる。



 あの初デートのあとにも先生と一緒に靴を買う機会があったけれど、先生はほぼピタリと私の足の形にあうものをいつも選び出してくれる。


 その原点が楓さんとの思い出と経験にある。


 でも以前と違うのは、今の先生はその話をしても笑ってくれるようになっていることだ。


「ごめんなさい。大切な思い出があることを教わっているのに、全然配慮できなくて……」


「構わない。楓も今ごろ空で笑ってるよ。『あの時の経験が生きたでしょ』とか言ってな。楓のご両親にも結花のことは報告させてもらった。スマホの写真を見せて、結花が楓のことを気にしていると言ったら、結局俺が好きになる子は似ているんだとみんなで笑って送り出して貰った。だから、結花が気にすることじゃない」


 私は首を横に振った。


「先生。私ね、先生は本当に素敵な男性だと思う。ちゃんと楓さんのことを心の中で温め続けてる。私、楓さんには会ったこと無いけど、きっとお姉さんみたいな人なんだろうな……。だから、いいの。私はその次で構わないから」


「それは違うぞ。結花……」


 先生が梳かしてくれる櫛に力を入れて私をのぞき込む。


「楓はもう空の上に行ってもういないんだ。そして今の俺の隣には楓の傷を癒やしてくれた結花がいる。おまえはもう楓を越えているんだ。結花は堂々と胸を張れ。自分が小島陽人の恋人だとな」


「先生……?」


 そんなことを名乗っていいのかと見上げると、優しい顔が赤くなっている。


「いいんですか……?」


「結花、逆に言えばこんな傷ものの俺だが、いいのか?」


「うん……、はい。もちろんです」


 また涙がこぼれてしまう。「いいのか?」だなんて、答えは決まっているんだもの。


「前にも言いました。ずっと、そばにいさせてください……。それが私のお願いです」



 お部屋のベッドを使わせてもらって、先生は床にマットレスを敷いて寝ることになった。


「結花、本当に今日はごめんな」


「いいえ。私が酷かったんです。話を最後まで聞かなかったんですから。先生を傷つけました。今日、お母さんに叱られました。先生のこと誤解してるって。あの……先生……?」


「なんだ?」


「本当に、私のことを『お嫁さんにください』って言ってくださったんですってね。それなのに私、なにも知らされていなくて……」


 正直、それを聞いたときには心臓を握りつぶされたように苦しくなった。


 先生だって、もしかしたら許してもらえないかもしれないという怖さがあったに違いない。



 私の両親は、優しいけどきちんと道理は通す人たちだ。


 その二人に、先生の突然の事情があるとは言え、一人娘の私を欲しいと頭を下げる。大変な決心だったと思う。


「結花のいない人生なんか、もう考えられないからな。まず半年二人で頑張ろう。来年の春に、必ず迎えに来る」


「はい、頑張ります。だから当日、先生の出発を一緒に見送らせて欲しいです」


「いろいろ、頼むな」


「任せてください。あの、先生?」


 私はドキドキしながら迷った。だけど先生だって私に言ってくれたんだ。


「どうした?」


「隣で寝てください。いい子いい子してもらって寝たいんです」


 子供っぽくてばかばかしいと分かってる。でも、私は先生を傷つけてしまった。


 私のお願いだけど、先生も私のことを求めていると分かっているから。


「そうか……。お安い御用だ」


 先生はそんな私をそっと抱きしめてくれた。


「まだ体は痛むか?」


「ううん、大丈夫です」


「そうか、よかった……。安心しろ、結婚までは貞操は守る。それは結花のご両親とした約束だ」


「それは……、今日はさすがに無理ですね。私、クラスの中でそう言う話題が出るといつも逃げてました。痛いとか恐いとか。でも、陽人さんなら、キスと同じようにいつか渡せる気がします。その時は優しくしてくださいね。今日はこれで許してください」


 私の過ちを許してくれた人の腕の中。それも頭をゆっくり撫でてもらいながら、私は小さい子どものように安心できる鼓動を聞きながら目を閉じた。


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