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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第二十二章 花火大会の涙
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七十七話 そんな… 私の大バカ!!


 背後にある扉が静かに開いたことに、私は気づかなかった。


「結花……」


 お母さんの手が背中にそっと乗せられる。


「結花……、あなたは先生の事を誤解してるわ。最後まで話を聞いて来なかったでしょう」


 全てを拒絶するように首を振りつづける私に、お母さんは声をかけてきた。


「だって、でも……」


「聞きなさい、結花。先週、結花が菜都実のところで仕事をしているときに、先生がお一人でいらっしゃったの」


 お母さんの声は、幼い頃の私に泣き止むように背中をさすってくれていた時と同じだった。


「先生は、お仕事で転勤となってしまうお話をしたあと、お父さんと私に両手をついてお願いをしてきたのよ」


「どんな……」


 顔を上げた私に、お母さんは私に優しく頷いた。


「『結花さんを、お嬢さんをください』って真剣に頭を下げたのよ」


「えっ……⁉」


 本当は、私が二十歳になるまで待つつもりだったそう。手術から四年も経てば、私の身体も一区切りするだろう。


 その前に、この秋に受験する高認に合格すれば、大学への受験資格もできる。


 高認の受験理由はともかく、合格した後にその先への道筋を自分でもう一度見つめる時間も必要だと思っていたって。


「高認受験の理由を聞いて、先生も思い直したそうよ。『自分は幸せ者です』と何度も仰っていたわ。お母さんたちもその理由に異論はない。結花の好きなようにやりなさい」


 先生……。ちゃんと私の進路に選択肢を残しておいてくれたなんて……。


「せっかく二人の気持ちがちゃんと理解しあえたのに、急にこんなことになって。先生も結花と離れて暮らすことはとても辛いそうよ。でも今の結花はとても大事な時を控えている。それに海外に初めて連れていって最初から苦労させるわけにいかないとも仰っていたわ」


「うん……」


 話を聞きながら落ち着いてくると、流れ落ち続けている涙の意味が少しずつ変わり始めた。


「この話をすれば間違いなく結花を泣かせてしまう。だから、半年だけ頑張らせて欲しいって。来年の春に、結花を迎えられるように用意すること。生活を安定させて、結花と安心して暮らせるように。その間に結花のことを診てくれるお医者さんも探すことも。それでも結花と会えずに一人頑張れるのは半年が限界だと。最後に『そもそもが教師と生徒という不届きな立場と、この年齢での結婚をお許しください』って三十分頭を上げなかったの」


 知らなかった……。


 ちゃんと約束どおり私のことを「お嫁さんにください」って言ってくれたんだ。そんな先生のことを……、私……。


「先生は、結花のことを誰よりも真面目に考えて愛してくれている。分かるわよね?」


 この話だけでも充分だよ……。なんて大失敗をしたんだろう。同じことを繰り返しちゃったじゃない。


 あの日私は何を学んだの? あの沖縄の空の下で⁉


「結花……」


「うん?」


 お母さんの顔が涙を堪えるように歪んでいる。


「本当ならお父さんが言うのがいいのでしょうけどね……。先生には『結花の両親として、お相手が小島先生でなかったら許せません』とお答えしておいたわ」


「お母さん……」


「小島先生、いえ小島陽人さんとならお父さんもお母さんも許します。陽人さんと二人で幸せになりなさい」


 お母さんを部屋に残して、私は階段を駆け下りた。


 再び夜の街に飛び出して走り出す。


「先生……」


 もう声も満足に出ない。でもさっきの無礼を謝らなくちゃいけない。


 花火大会は終わってしまっている。


 暗い道を走って先生の部屋のアパートの前から窓を見上げる。


 暗いままだ。まだ帰っていない。どこにいるんだろう……。


 再び走りだして、さっきの場所に向かう。


 まだあの場所にいて。神様お願い。先生に会わせて……。


「あっ! イタぁ……」


 右足にブチッとショックがあって、地面に投げ出されて転がった。鼻緒が切れちゃったんだ。


「どうしよう……」


 浴衣も破れて、手や膝も何カ所か擦りむけている。でも、行かないわけにいかないよ……。


 左足の下駄も持って、両方とも裸足になった。


 怪我してもいい。どうせ病気で一度は動けなくなった私だ。このまま歩けなくなってもいい。


 でも何よりもまず、あの人に叱って貰わなくちゃいけないんだ!


「先生!!」


 二人で並んで座っていた場所には、ゴミは片付けられていたけれど、レジャーシートだけが残っていた。私はそれを畳んで、胸に押し当てて砂浜に座り込んだ。


 もう、手の届かないところに行ってしまったの?


 ボロボロになった浴衣や乱れた髪が砂で汚れるのも気になんかならない。


 私は暗闇の中、ただひとり泣き崩れていた。


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