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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第二十章 お土産は指輪ひとつだけ
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六十七話 もう生徒さんではないですよ?


 さっきの恥ずかしさを埋めるつもりなのか、それとも緊張が解けたのか。


 今朝の原田はよく食べた。


 前日に和食も食べると言っていたとおり、今朝はご飯に味噌汁、目玉焼きに焼き魚、ひじきの煮物におひたしという完全和食のラインナップだ。


「こんなに食べたら太っちゃいますね」


 トレイに乗り切らないどころか、テーブルの端までお皿が広がっている光景には持ってきた自分でも笑ってしまったくらいだ。


「まだ若い育ち盛りなんだから、気にするな」


「身長は中学で止まってしまったので、これ以上横に育ったら困ります」


 身長は百六十センチ近くあるから女子としては平均より少し上というところで、本人は気にしているようだけど、それでも細い方だ。


 彼女が熱を出したあの日、背中の重さは想定をはるかに下回っていたし、いろいろな場面での身の軽さはこれまでにも見ている。


 なにより、何度か両手で抱きしめたときの感触は身長などの見掛けよりもずっと華奢で線が細く感じる。


「ちゃんと食べて、体力つけて病気なんか吹き飛ばしましたって俺に報告してくれよ」


「うん……、頑張ります」


 大丈夫だ。俺には分かる。身体はちゃんと回復している。あとは自分の中での気持ちのリハビリだけなのだから。


「この後、どうするか? フライトは午後三時半だから時間はいっぱいある」


 今日はどういう行動でもとれるように、最初から予定を組んでいなかった。


 時間までホテルにいたければそれでもいいし、どこかに行きたいならすぐにチェックアウトしてもいい。


「そうですね……。国際通り、行ってみませんか? 修学旅行では回らなかったところなので」


「いいよ。ではチェックアウトの用意を始めるか」


「さっき海に入ってしまったので、シャワーを浴びてからでもいいですか?」


「もちろんだ。焦る必要はないぞ。今すぐに出たらまだ店が開いてない」


「それもそうですね。忘れ物しないように確認して出ます」




 俺たちは部屋に戻ってそれぞれの準備を始める。


 原田は本当にシャワーを浴びているらしい。


 さすがにそこに入っていくことはできないので、用意が出来たら彼女の側から呼んでもらうことにした。




「先生……、私この三日間で変われましたか?」


 初日にも着てくれていたあのワンピースに着替えた原田が、最後にとプールサイドを横切りながら聞いてくる。


「間違いないな。修学旅行の時の原田じゃない。随分と大人への階段を上がったんじゃないか?」


「でも、それは先生と二人一緒だったからです。本当にありがとうございました。同じ場所に来たはずなのに、前回と全く違います」


 それはそうだ。


 あの当時にできなかったことを今回はたくさん経験した。二人で一歩ずつ階段を上がってきた実感がある。


「原田、また来ような……」


「はいっ! 今度も二人ですか? それとも……?」


「バカっ、それはまだ早まりすぎだ」


「分かってます。ちゃんとその時は来ますよね」


「ああ、約束したからな」


 イタズラが成功したときの子どものように笑う彼女を見ていると、本当にそのうち真剣に時期を決断しなければならないと思う。



 フロントでチェックアウトをするとき、水谷さんが大事そうに袋を抱えて持ってきてくれた。


「お待たせしました。私たちも驚いたくらい素敵に仕上がりました。事情を知らなければ、本当にお二人の挙式写真ですよ」


「お行儀悪いですけど、ここで見てもいいですか?」


「もちろんどうぞ」


 ロビーのテーブルとソファーのセットに移動して、袋の中身を取り出してみる。


「おぉ……」「わぁ……素敵です!」


 台紙を開いてみて驚いた。チャペルの前と祭壇の前で撮ってもらった写真が入れてある。


 それ以外にも何枚か撮ってもらったスナップも小さなアルバムいっぱいに入っていた。


「これはプレゼントです。今回は『卒業旅行』だとお聞きしました。是非、お二人には本当に幸せになっていただきたいです。今度は『新婚旅行』ですかね? それまでお待ちしていますよ」


「ありがとうございます。頑張ります。ね、先生?」


 こいつ、わざとここでその単語を持ち出したのかと思って、頭にげんこつを軽く落としてやる。


「もうあの日に泣いていた『生徒』さんの一人ではなく、原田さんは立派で素敵な一人の女性ですよ。ぜひ願いを叶えて幸せにしてあげてください」


 水谷さんは俺の耳元でこう囁いた。


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