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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第十四章 あの日許されなかった言葉
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四十四話 夢… なら覚めないで…


 そんな原田の本当の姿というものを理解していたのは、あの学校の中に限れば、小学校からの長い付き合いだと言っていた佐伯(さえき)千佳(ちか)だけだったろう。


 原田が学校を去った日、俺は研修で終日不在だった。


 翌日の教室と職員室で真相を知って呆然としていた俺の元に、休み時間で教室を飛び出してきた佐伯が走り込んできて、俺の前で崩れて泣き出した。


 職員室の他の教員が騒ぎ出す前に、進路指導室に連れて行き、ゆっくり落ち着かせた。


 原田の退学が事実であったこと。放課後の誰もいない教室での様子と、最後に言葉を交わしたのが自分だったことを少しずつ話してくれたからだ。


「結花、本当に寂しそうでした。先生、結花を見捨てないでください! あんなに優しくて頑張り屋は他に居ません。結花の初恋、ほんの少しでもいいです。先生だけが結花を笑顔にできるんです!」


 そのとき、佐伯は俺の腕をつかんで離そうとしなかった。


 揺すぶられながら、心に突然ぽっかりと穴があいたことに気づき、それが日毎(ひごと)にどんどん大きくなっていくのを感じていた。


「ちぃちゃん……」


「佐伯はな、あの修学旅行の沖縄で俺を試す質問をしていたんだ」


「どんな……ですか?」


「原田の笑った顔と泣き顔を両方見たことがあるか?って」


 それは親友を一番よく知る彼女が確認したいところなのだろう。その両方を見せたことがあれば、原田が心を許した相手なのだと。


「先生は……?」


「『笑えばえくぼが出来て可愛いし、さっきは自分で泣き止むまで待ってやった』と答えたら、佐伯の顔がフッと変わってな。『私の親友をお願いします』って」


 佐伯とのあの時間がなかったら、今の俺と原田の関係はなかったかもしれない。


「俺の中で押し殺してあった、原田結花という存在の大きさに気づいたよ。佐伯のあの一言で理解した。だから、俺はあそこにもう居られなかった。おまえの居ない学校になんて俺のいる価値はないと」


 弁当箱をきれいに片付けて、俺はバスケットを持った。


「あー、お腹いっぱいになった。美味しかったよ。ごちそうさん」


「先生……」


 潤んだ目が俺を見上げている。二重瞼で、黒く澄んだ瞳はそれだけでも十分な魅力だ。


「原田、さっき『自分は何も約束を守れなかった』と言っただろ?」


「はい……」


 申し訳無さそうな顔で下を向きかける。


「違うんだ原田。おまえは一番大事な約束を守ってくれたんだ。それに比べたら、他のことなんか正直どうでもいい」


「一番大事な……?」


「そうだ。俺にこの髪をまた見せてくれると言ってくれただろう? それがどういう意味か、分からない原田じゃあるまい?」


 はっとしたように両手で口を押さえる。


 あの日の「伸ばした髪を見せてくれ」の言葉の裏に隠された本当の意味。


「私……、生きていて……良かったんですね……」


「そのとおりだ。あのときはまだ言えなかった。だからあんな言葉にしかできなかった。よく、生きていてくれた。それが俺たちが交わした一番大きな約束だ。そんなおまえがちゃんと俺の目の前にいる」


「はい……」


 もういいだろう。この先は俺も賭けでしかない。


「原田、俺はもうおまえの先生じゃないし、原田も制服を着ていない」


「はい……」


「ここから先は、一人の男としての我がままだ。今度こそ原田と本音で向き合いたい」


「はい……」


 近づいてきた頭をそっと抱き寄せた。


 髪の毛にさっきの湿りがまだ残っているけれど、じきに乾いてしまうだろう。


「先生……」


「原田、おまえが好きだ。原田が許してくれるなら、もう一度、あの手紙をくれた日からやり直させてくれないか?」


 固くなっていた身体から力が抜けた。






 耳から入ってきた言葉は、私の涙のストッパーを崩壊させるには十分すぎたよ。


「許すだなんて……。こんな私でいいんでしょうか……」


 私の言葉に抱きしめてくれている腕の力が強くなった。


「原田じゃなきゃこんなこと言わない。他の誰でもない」


 こんなところでいけない、でも涙が止まらないよ……。


「もし……夢なら……、このまま覚めないでください」


「髪の毛引っ張るぞ。きっと痛いと思うが許してくれ」


 後ろ髪をひとつまみくらい持ち上げられて、上にグイと引っ張られる。


「痛いです。分かりました。夢じゃないんですよね?」


 恥ずかしい。でも……、この言葉を聞きたかった。


 でも顔を持ち上げて、今度は一生懸命に笑顔を作る。でも、きっとすぐに崩れちゃう……。だから、その前に……。


「私も、ずっと変わりません。離れないでいてください」


 屋根に当たる雨音が、私たちを祝福してくれる拍手のように聞こえた。


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