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あなたのやり方で抱きしめて!【改稿版】  作者: 小林汐希
第八章 結花の夢物語
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二十五話 自分を諦めないでくれ…約束だ


 やはり久しぶりの外出で疲れてしまったのだろう。気が付けば原田は帰りの車内でずっと目をつぶっていた。


 病院に到着したときには、帰る時間だと約束していた時刻まで僅かしか残っていなかった。


 帰りも打ち合わせどおり、夜間インターホンを鳴らして内側からドアを開けてもらう。


「原田、着いたぞ」


 車椅子を降ろし、忘れ物がないか確認を済ませてから、助手席の彼女にそっと声をかけてやる。


「あ、はい……。やだ……寝ちゃったなんて……」


 その慌てる顔は、いつもの表の顔だった。車の中で熟睡してしまったことを咄嗟に詫びているのだろう。


「いいんだ原田。あれだけ歩けたんだ。自信を持て。その分疲れたんだろう」


「せっかくのお時間、本当はもう少しお話しがしたかったです……」


 そうか。そう思ってくれるなら、週末からの冬休みは毎日だって顔を出してやる。


「原田、俺と入院前に二人で約束をした。覚えてるか?」


「はい。元気になって、教室に戻ることですよね」


「そうだ。そこにもう一つ追加したいんだが……。なに、大したことじゃない」


「え? 約束は守りたいですけれど、私に叶えられることでしょうか?」


 不安げに俺を見上げる。そんな目で見つめてくるな。必死で我慢しているんだから。


「これは教師としてじゃなく、俺の個人的要望だ。あの長くて綺麗な髪をもう一度見せてくれないか?」


 夏の修学旅行では、腰近くまである髪を下ろしリボンの飾りを付けていた。それを今はショートカット、いやもっと切り落としてニットの帽子を被っている。それだけだって原田の気持ちをどれだけ低下させてしまっていたか。


 でも違いもあった。以前はそれも切りっぱなしだったものを、今日は短いながらもセットしてあった。


 あとで担当の看護師に聞いたところ、当日朝の検温のあとに「外出だからセットしたい」と許可を取り自分で院内美容室まで歩いて行ったそうだ。


 俺は帽子の下に見えているその毛先をそっと撫でてやる。


「はい? あはっ……。はい、分かりました。頑張ります!」


 言わんとしていることを理解してくれたのだろう。大粒の涙がこぼれ落ちた。


「精いっぱい頑張ってみます。そうですよね、今日こんな素敵な思い出を作っていただいた先生に、お礼しなくちゃなりませんよね。でも、信じてください。私、今日のこの時間、本当に楽しみで……。期待以上で……。本当に……、本当に……幸せだったんです。こんな私でも、今からでも、幸せになっていいんでしょうか……?」


「当たり前だ。おまえは生きるんだ。手術も投薬も受けて病気と闘っているだろ。その気持ちは俺も一緒だ。負けるんじゃない。……他の誰かのためじゃなかったとしたら、俺のためにだけでも生きていてくれ……」


「……うん……いえ、……は…い……」


 泣かないと必死にこらえている。もしかしたら、この言葉の意味は普通の十六歳には難しいかし知れない。でも、この時の彼女は俺の言いたいことを理解していたと確信できる。


 今のお互いの関係で口に出して言うことは許されないことだ。


 それが許されるまではあと数年先……。最短でも十八歳になる再来年の春まで待たなければならない。


 俺でよければ、原田(おまえ)の隣を歩かせてほしいと……。


 そのためには彼女(こいつ)の卒業までドロップアウトは絶対にさせない。





「先生、今夜はありがとうございました」


「それじゃ、ちゃんと寝るんだぞ。また明日から課題持ってくるからな。おやすみ」


「はい。予習しておきます。おやすみなさい」


 私の事を夜間通用口に迎えに来てくれた看護師さんは、先生の車が見えなくなるまで見送りを許してくれた。


「結花ちゃん、楽しかった?」


「はい。素敵なイブでした」


「よかった。結花ちゃんが頑張ったからよ」


 冷えてしまった体を温めるように、長めの入浴時間を取らせてもらって、病室のベッドに戻る。


「お薬、ゆっくり落としておくからね。ナースセンターにタイマーかけておくからそのまま寝ちゃっていいわよ」


 今日の片づけは明日の朝やろう……。


 安静がメインだったから体力が落ちてしまったことを痛感した。


 でも、先生は最後まで急かすことなく私の手を握って歩幅を合わせてくれた。


 理解し(わかっ)ている。この人を想うことは許されない。それに私はそのうちに消えてしまう存在なのだから。


 それなら……、せめて私の中の夢物語の中でいいから、いつまでも隣を歩いてほしい。


 神さま、今日だけでいいですから、そんな夢を見させてください……。


「そんなに優しくされたら……。私、この気持ちをどうしたらいいですか……?」


 先生に握って貰った右手を胸の上に当てて、私は目を閉じた。


 夜中に輸液の交換で部屋に入ってきた看護師さんは、それまで見たこともない嬉しそうな寝顔を見たと、翌朝の私に教えてくれた。


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