すべての始まり
自分自身の荒い息遣いが聞こえる。
背後からは盗賊達の怒声。少年、ウィルは必死に逃げ回っていた。
黒い髪の毛に赤い瞳。頭部には黒い艶やかな角がはえており、同じ色の鱗に覆われた尻尾まではえていた。
「ちっ、あのガキ!逃げ足だけは早いな」
「まあそうでもなければ今まで生き抜けなかったんじゃね?」
「ちげえねえな!」
ウィルとは対照的に盗賊達の声は明るい。それもそうだろう。少年を捕まえれば富は約束されたようなものなのだ。
「お、追いつかれて…たまるか」
ウィルは気を引き締めるとさらにスピードを上げるために足に力を入れた。
かつてこの大陸は魔人族に支配されていた。魔人族はその圧倒的は力と魔力を持ち、人間はその奴隷にされていた。
しかし、人間の中に現れた英雄。彼は魔人を無力化する方法を探し出すことに成功してしまった。無力化された魔人は人間以下の強さになってしまい、あっと言う間姿を消していった。
最後の成人した魔人が勇者と相打ちにならなければ、全滅しただろう。
「うわぁ!」
足元の段差に足をとられた。
必死に体制を立て直し、また走り出す。
魔人、彼らの角や鱗はとても硬く、武器にすれば金剛石すら切り裂くことができる。
今や最強だった種族はただの素材にされていた。
生き残った魔人の子供達。彼らはかつての力を取り戻す方法を知らない。
「くっそお‼︎」
足の動きが鈍ってくる。いったいどれくらいの時間走っていたのだろう。
背後を見れば先ほどより縮んでいる距離。盗賊達の方が足が早い。
逃げ切れないだろう。
ウィルは体を反転させるとまっすぐに突っ込んだ。角が当たれば致命傷を与えられる。
「当たれええ‼︎」
盗賊の姿が近づく。その表情がわかる距離になるとその下卑た笑みが見えた。
「はっ、当たるわけねえだろぉが!」
剣を構えた盗賊の男。ウィルの視界に入ったもう一人の盗賊はその口をモゴモゴと動かしていた。
ウィルは目を見開く。
「魔法⁉︎」
慌てて突っ込む方向を変える。それと同時にわき腹に感じる熱。
「あ、ああああ‼︎」
熱はウィル自身の血だ。目を離した瞬間に切られた。
「ファイア!」
完成した魔法までもがウィルを襲う。
体が地面に叩きつけられる。疲労し、怪我を負った体は言うことを聞かない。
(動け、頼むから動いてくれよ!)
盗賊が近づいてくる音が聞こえる。
「来るなあ‼︎」
精一杯牙を見せて威嚇する。
殺されたくなんかない。
「なんか吠えてんぜ」
「 それより俺疲れてんだよ。早く帰ろうぜ」
「そうだな。さっさと殺すか」
もう剣が届く範囲まで近づいた盗賊達。振り上げられた剣が日光を反射する。
息をのんだウィルは目をつぶり、耐えるように下を向いた。どうか、最後は一撃で死ねるといいな。
金属のぶつかる音が響く。
痛みは、ない。
「な、なんだ?」
戸惑ったような盗賊の声に恐る恐る顔をあげる。
視界に映ったのは鮮やかな緑。
「ねえ、君」
緑の髪を二つに結んだ少女。
意思の強そうな瞳でウィルを見つめる。
「まだ死んでない?」
少女の持つ剣は盗賊達を切り裂いていた。