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巫女姫クララと巡礼者

「なんとまあ……でかい街なんだっ、さすがは聖都だけのことはあるなぁ!」


 門をくぐった途端、見渡す限り目前に広がる建物群と、まるで祭りの縁日のように慌ただしく行き交う人・人・人の波。そしてその間を縫うように走る馬車や見たこともない生き物が牽く獣車。

 生まれ故郷の田舎町では一生かかってもお目にかかれない大都会――ユニス法国の首都テラメエリタならではの光景に、生粋の田舎者であるエリセオ・ロウは、すっかり気おくれして落ち着かなくその場で立ち止まってキョロキョロと周囲を見回すばかりであった。


 見るからにお上りさん丸出しのエリセオの態度に、日頃から門の近辺にたむろしていては、適当に口八丁手八丁で旅人の金品を騙し取る胡麻の蝿たちが舌なめずりをする。

 だが、次に古びて擦り切れた支度とはいえ、一応は巡礼者の法衣を着て、助祭を表す帯を締めたエリセオの旅装を確認して、小さく舌打ちをしすると、そそくさと踵を返すのだった。


 仮にも聖都のとば口で聖職者相手に騒ぎを起こすのは利口ではないと判断したのと、単身で旅ができるほどの巡礼者であれば、それなりに腕が立つだろうと判断したからである。


 そんな我が身を通り過ぎた危機も知らずに、ぼけーっと突っ立っていたエリセオだが、なんとなく惰性で見ていたやたら小奇麗な白馬に牽かせた白塗りの馬車が角を曲がったところで、はっと我に返って、後生大事に懐にしまっていたいた紹介状に手をやって歩き出した。


「と、とりあえず目的地は……第三管区『聖ラビエル教会』だったな」


 何度も暗唱したその名を口に出して、エリセオは歩みを進めるのだった。


 そして五時間後――


 旅費を全額スリ盗られ、道に迷って、さらに疲れと空腹のあまり道端に座り込むエリセオがいた。


「……なんて街だっ。なんて薄情な連中だ! これが夢にまで見た憧れの聖都の実態かよっ!」


 憤慨する声にも力がない。

 無一文になったエリセオは、ついさきほどあった出来事を回想するのだった。


 道端で、小粒で不揃いのリンゴ――栽培しているものではなく、山かそのへんの林にでも生えている野生種をもぎ取ってきたものだろう――子どもがいたので、仏心を出して昼食代わりにひとつ買おうとしたのだが、なぜか子どもが目の前でリンゴの入った籠を路上へぶちまけてしまった。

 咄嗟に散乱したリンゴを拾おうと腰を屈めたところ、ばらばらと同じ年頃の子どもたちが五、六人集まってきて同じように拾い始めた。


 ああ、仲間同士で助け合っているんだな。

 と、エリセオは感心する傍ら、やたら傍に寄ってくる子どもたちの馴れ馴れしい態度に、若干辟易していたのだが、文句を言うほどでもないか……と、思うほどなく、リンゴを拾い終えたことで些細な不満は霧散した。


 で、とりあえず当初の目的どおりリンゴを購入しようと、最初の子どもに声をかけようとしたところで、なぜか子どもたちリンゴの入った籠を抱えてスタコラサッサとその場を後にする光景が目に入った。


「???」

 首を捻りながら、なんとなく虫の報せでエリセオが財布の入った腰の小物入れに手をやったところで、いつの間にか小物入れに穴があけられ、中身がそっくり盗まれていたことに気が付いた。


「ッ!!――待てーっ、こらっ!!」


 即座に犯人の正体に気が付いて血相を変えて追い駆けるエリセオだが、子どもたちは慣れたものでバラバラに散って、細い路地裏などに滑り込んでいく。


「盗っ人だ! 捕まえてくれーっ!!」


 必死に声を張り上げるが、周囲の人間は関わり合いを避けるようにそそくさとその場を後にするばかりだった。

 やむなく、適当に目星をつけた子どもを追って、ひとりで街中を駆け回ったのだが、地の利のある相手に勝てるはずもなく、さんざん走りまわされた挙句、結局は逃がしてしまった。


 そうして、いまいる場所も分からないまま途方に暮れるエリセオがいた。


 せめて目的地の『聖ラビエル教会』へ向かおうと通行人に声をかけるのだが、大抵は面倒臭そうに行き過ぎるか、

「ああ、あっちだよ。クララ様のいる教会って言えば誰でもわかるさ」

 と、やたら大雑把な説明が返ってくるばかりである。


「なんだよクララ様って!? はあ……糞っ、こんなことなら聖都なんかに来るんじゃなかった」


 頭を抱えて嘆息する。


 もともとさほど裕福でもない僻村に生まれたエリセオは、将来、町の商家にでも弟子入りする予定で、近くにある小さな教会で読み書き計算を習っていた。

 そこで、男子としては珍しい治癒術を使える素養を見いだされて、一躍オラが村の神童扱いで町の教会に放り込まれて修行すること十年あまり。


「ブラザー・エリセオ。いつまでもこんな田舎で燻ぶっていていいものじゃないぞ、紹介状を書くので聖都で本格的な修行をしてみてはどうだね? ただでさえ治癒術者は稀少なんだ。四、五年我慢すれば君なら司祭だって狙えるだろう」


 という甘言に踊らされた自分の短慮をと生まれの不幸をいまさらながら嘆くエリセオ。

 本当はわかっていたのだ。もともとちょっとした怪我や腹痛を治す程度の自分の治癒能力が、年々年を重ねるごとに弱まってきていることを。

 やむなく町で購入してきた下級ポーションと併用して誤魔化してきたが、いい加減面倒に思われて厄介払いされたのだと。


「いっそここで野たれ死んだほうが後腐れなくていいかもな……」


 蹲って両膝の間に顔を埋めた姿勢で、そんなやさぐれた台詞を吐くエリセオ。


 時間が経つにつれていよいよ空腹が極り、長旅の疲れと、精神的な疲弊とでその場から一歩も動けなくなってしまった。


「……やばっ、洒落にならねぇ。本気で目が回ってきた。だんだん手足に力が入らなくなってきた……」


 これは駄目かも……。


 と、半ば諦めかけた時、

「――もし? どうかなされましたか? お加減でも悪いのでしょうか?」

 銀鈴のような比類なき美声が、朦朧としているエリセオの耳に心地よく届いた。


「……ほへぅばっ!?」

 のろのろと顔を上げたエリセオの目が真ん丸に見開かれ、口から変な声が漏れる。


「だいじょうぶですか?」


 そう心配そうに尋ねる十代半ば頃と思われる少女。

 癖のない桜色がかった金糸のような長い髪に、この世のすべての美を結実させたかのような儚げな美貌、神秘的な青みがかった翡翠色の瞳、純白のミルクに薔薇の花弁を一片垂らしたかのような瑞々しい肌、魅惑的な曲線美――特にいまはエリセオが屈んでいるために、目線を合わせるために中腰になっているせいで、ただでさえ豊満な胸が強調されて零れんばかりである――を目前にしたエリセオは、一度明晰になった頭が、再び朦朧となるのを自覚した。


「て、天使様……? いや聖女様、お迎えにきてくださったのですか?」


 震える手で聖印を切ると、目前の聖女様(?)が困ったように眉を寄せた。


「混乱されているみたいですわね。とりあえず治癒(ヒール)はかけておきましたけれど、心身の疲れが顕著なようですので、どこか屋根のある場所で休まれたほうがいいですわ」


 と、その言葉に反応してか、エリセオの腹の虫が盛大に鳴き声を放つ。


 一瞬、きょとんとした聖女様だが、続いて柔らかな笑みを浮かべて、

「その前に何かお腹に入れたほうがいいみたいですわね」

 手を差し伸べた。


 目の前に差し出されたガラス細工のように繊細そうな白い手を、壊れ物を扱うように恐る恐る握り締めたエリセオは、気恥ずかしさかと緊張から耳まで赤面して下を向いた。


 ◆◇◆◇


 好きだ。何も要らない、クララ様と添い遂げられるんならこの魂魄も何も差し出す。


 テラメエリタに来て二巡週あまり。新生活にも慣れたエリセオだが、肝心の修行は遅々として進んでいなかった。

 もとより自身に才能が乏しいことは理解していたのだが、それを補うべき修行に身が入らないのは言い訳のしようがなかった。


 とにかく、気が付くといつも自分を助けてくれた麗しの巫女姫クララ様。その麗影を追っているから……なのは自覚している。


 これほど自分がひとりの女性に心身ともに首っ丈になるとは思いもしなかった。


 だが、事実、彼女は自分にとって、教団の教義よりも、肉親よりも、自分の命よりも大切で神聖な、文字通り身命をかけた存在だと思われたのだ。


 なぜと問われても答えようがない。

 言葉にするならとてつもない美貌に、自分など足元に及ばない上級治癒術や最上級治癒術を使いこなす才能、底なしかと思える魔力量、さらには礼儀作法やダンスはもとより料理に裁縫までこなす多芸さ。なにより一見してわかる心根の清らかさ……そうした理由を列挙してみても、所詮は上っ面をなでるようなもので虚しいだけである。


 そう……人が人を好きになるのに理由はない。愛は時にすべての価値観や人生を簡単に覆すのだと、エリセオはクララ様に会って思い知ったのだ。


「ああ、聖都にきてよかった。クララ様に会えた自分はなんて幸せなんだろう」


 今日も無償で下町の餓鬼ども相手に治癒を行って帰ってきたクララ様が、淑やかに渡り廊下を歩いている姿を目にして、万感の思いを載せてそう呟く。


「ほほう」

「これは裏切りだな」

「我ら“クララ様親衛隊”としては看過できないな」

「教育が必要だな」


 ふと気が付くと、背後に『クララ様LOVE』と書かれた揃いの法被を着て、覆面やらSMチックな仮面をかぶった集団がたむろしていた。


「クララ様に邪な情念を抱く愚民未満が。身の程を教えてあげないと駄目みたいね」


 先頭に立っているオレンジ色の髪をしてメイド服を着ている謎の少女が、腕組みしながら顎をしゃくると、背後に控えた覆面集団が頷いて同意を示しながら、じりじりとエリセオへと詰め寄る。


「よっ、ちょっと待て! あんたら教団の聖職者にクララ様の侍女だろう!? なんでそんな変な格好をしてるんだ?!」


「なんのことだか知らんなー」

「我らはクララ様を影ながら守護する“クララ様親衛隊”だ。ちなみに俺は会員ナンバー十四番!」

「ワタシはただの謎のメイドで、会員ナンバー三の大幹部っす」

「我らの目の黒いうちはクララ様に指一本触れさせん!」


「いや、ちょっと待て!?」

 周囲の異様な熱気に慌てて距離を置こうとしたエリセオだが、それより早く、返す刀で周りの連中に手足を拘束されて、そのまま有無を言わせず人目の付かない場所へと連行されるのだった。


「ん~~~っ!! ふぐ~~~~~っ!?!」


 猿轡を噛ませられたエリセオの声にならない悲鳴が響く。


「……?」

 普通の人間では聞こえない高周波が聞こえた気がして、ふとクララは振り返った。


「どーされましたか、クララ様?」


 どこからともなく現れたコッペリアの問い掛けに、自分でもよくわかっていないな微妙な表情で小首を傾げる。


「いえ、誰かが私に助けを求めたような声が聞こえた気がしたのですけど」


「気のせいです!」


 きっぱりと言い切られて、そうかなぁと納得するクララ。


「――それはそれとして、急に引き返して何をしていたのコッペリア?」


「ああ、ちょっと害虫を見つけたので処分してきたところです。クララ様がお気になさるようなこっちゃありません」


「??? そう?」


 なんとなく納得できるようなできないような微妙な顔で頷くクララであった。


 ◆◇◆◇


 後日――。


「そういえば、セラヴィって、この時代では教団に関わらない立場で冒険者をしているみたいですけど、もともとの下地も能力もあるのにどうして距離を置いているの?」


 ふとしたジル(クララ)の問い掛けに、現在は冒険者を生業にしている元教団の司祭たるセラヴィが、面倒臭そうに答えた。


「もともと親父が終身助祭だった関係で、俺もこの道に入っただけで、特別に敬虔な信徒ってわけじゃないし、この時代に名前を残したら面倒なことになりそうだからなあ」


 まあ、確かに男性で治癒術が使える人って珍しいので、後世まで名前が残る可能性はあるわね。そう思うジルの脳裏に、先日行き倒れていたところを拾った助祭の青年の顔が思い浮かぶ。


「それに時期はわからないけど、その親父が若い時にここに修行に来てたって話しだし、万一顔を合わせたら決まり悪いだろう?」


「そういうものなの?」

「ああ、そういうもんだ」

「ふーん、会ってみたいような気もするわね」


 特になにも考えずに気楽に世間話の延長としてそんな話をしているジルとセラヴィの会話を聞きながら、コッペリアはそっと視線を逸らすのだった。

11/25 誤字脱字の修正を行いました。

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