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幕間 ブルーノの特訓

2015年8月10日発売予定の『リビティウム皇国のブタクサ姫1』の特典用に書いたショートショート(SS)。初版本や協賛店用のSSの1本として書いたものですが、こちらは没となりお蔵入りとなったものです。

いちおう編集様の朱字などを参考に手直ししたもので、ブタクサ姫本編第一章の割と早い時期(フィーアが生まれてバルトロメイが出る前くらいです)の日常のひとコマです。

「ぐえっ!」


 背中からもろに地面に投げ出されたブルーノが、苦悶の声を漏らす。


「なーんか、潰れたガマガエルみたいな声ねえ」


 見物していたエレンが、身も蓋もない感想を口にした。


 うるせーっ、と文句を言おうとしたブルーノだが、声にならずに「げほげほっ」と、咳が出るばかりである。


「大丈夫? いちおう、手加減はしたつもりなんだけど、苦しかったり、気分が悪くなったりしていない?」


 簡素なリンネルの上着に刺繍の入ったスカート、その上に色気も艶もない黒のフード付きローブといういつもの胡乱な格好をしたジルが、フードの陰から心配そうにそう尋ねる。


 この開拓村の近くにある大陸最大の魔境【闇の森(テネブラエ・ネムス)】に隠遁する魔女の弟子で、普段はフードで顔を隠しているジルの普段着であるその格好は、普通に考えればどこからどう見ても不審者丸出しなのだが、それでもなぜか周囲に警戒感を抱かせないのは、フード越しでもわかる癒し系というか、傍にいるだけで空気が和むような人徳というか、自然と穏やかな気分になるようなほぇほぇした雰囲気のせいだろう。


 とはいえ、一方的にしてやられたほうとしては、さすがに和む気分にはなれない。

 ブルーノは半分やせ我慢で、勢いよくその場に立ち上がった。『手加減した』という台詞にカチンとプライドが刺激されたためでもある。


「――だ、大丈夫に決まってるだろう! こんなもん屁でもないぜっ」

「でも……」


 なおも心配そうなジルに対して、エレンが割って入る形で、ひらひらと片手を振りながら捲くし立てた。


「大丈夫よ、ジル。このバカ、中身はともかく体だけは丈夫なんだから」

「『中身はともかく』ってどういう意味だよ!?」

「そのままよ。いっつもいっつもジルに勝負を挑んでは、ハナクソみたいに投げ飛ばされている、学習能力のないバカのことをほかになんて言えばいいのかしら? 雑魚?」

「て、てめーっ、このチンチクリンのオトコ女が!」

「なんですって!?」

 

 一触即発の状態で睨み合うふたりの間に、ジルが慌てて割って入る。


「まあまあ、そんなに悪く取ることはありませんわ。いちおう最近はブルーノも咄嗟に受け身ができるようになりましたし」


「それだけ投げ飛ばされ慣れたってことよねー」


 ジルの必死のフォローに対して、エレンは鼻で笑って、わざとらしく小馬鹿にしたような視線をブルーノに送るのだった。


「う、うるせー。だいたい強すぎなんだよ! どんだけ怪力なんだ、ジル!」


 ブルーノの負け惜しみに対して、ジルは困ったように首を傾げた。


「……うーん、たぶん腕力そのものは、私よりブルーノのほうがあると思うんだけど」

「嘘つけ! だったら腕相撲してみようぜ」


 近くにあった切り株の上で、腕捲りするブルーノ。


「やめなさいよ、ホントにガキなんだから」


 眉をひそめて(たしな)めるエレンだが、ムキになったブルーノは肘をつけて勝負の姿勢を崩さない。


「……はあーっ。仕方ないわね」


 その勢いに押される形で、しぶしぶジルも右手を出した。

 ブルーノと同じように肘の辺りまで袖を捲り上げる。


「――っ!?」

 途端、あらわになったその眩しいほど白い繊手(せんしゅ)に、ブルーノは内心どきまぎと狼狽する。

「よ、よーし。今度は手加減なんかしないで、本気を出せよな」


 内心のテレ臭さを誤魔化すために、あえてぶっきら棒に言いながら、ブルーノはジルの手を掴んだ。


「はいはい」

「じゃあ、よーい……始めっ!」


 気乗りしないジルを相手に、ブルーノは自分で合図をすると、猛烈な勢いで右手に力を込めた。


   ◇ ◇ ◇


「……で、あっさり勝ったと」


 と、苦笑いを浮かべるアンディ。


「うん。冗談みたいに。てっきり手を抜いてるのかと思ったけど、三回目で本気だってわかった」

「そりゃまあ、当然だろう。逆に男が女の子相手に本気で腕相撲とか、ちょっとないだろう」


 しょうがねえなぁ、とばかりに鼻を鳴らすチャド。

 村の正門前で、いつものように暇していた村の若い衆――アンディとチャドに事の顛末を話したブルーノは、腑に落ちないとばかりに髪の毛を掻き毟った。


「ンなこと言ったって、木剣でも素手でも、いつもいつも俺のことをコロコロ転がしてるんだぜ、ジルの奴は! てっきり、細いけどすげー筋肉とかあると思うじゃん! だけど触ってみたけど、見た目通りふわふわだったし、腕相撲でもエレンとどっこいどっこいくらいだったし、どうしてアレで俺より強いんだよ!? おかしいじゃんか?!」


 必死に弁解するブルーノに生暖かい視線を送るアンディとチャドのふたり。

 ブルーノの慌てぶりは予想外の事態に混乱しているせいもあるだろうが、それ以上に普段はあまり意識しないようにしている思春期特有の少年の淡い想いが多分にあり、それを糊塗するための照れ隠しなのをわかっているからだった。

 まあ、現在でも処理能力を超えて混乱しているブルーノに、あえてそれを指摘するほどふたりとも鬼ではなかった……が、週末に訪れる酒屋のおねーちゃん相手の話のタネくらいにはなるだろう、とこっそり思うふたり。


「そのへんは技とか慣れだろうね。斧で薪割りをするのと同じだよ。慣れないうちは力任せに叩くけど、コツを掴めば角度とタイミングだけで簡単に割れるだろう?」


 アンディの説明は非常にわかりやすくて、開拓村の常で薪割りには慣れ親しんでいるブルーノにとっても理解できるものだった。

 とはいえ、理解と納得は別ものである。


「要するに無駄な力は邪魔なだけってことだな」


 チャドも腕組みをして、うんうんと同意する。


「……ならどうすれば俺がジルに勝てるんだよ?」


 ふて腐れた様子で唇を尖らすブルーノ。


「ま、地道に訓練をするか、いつか町にでも出る機会があれば、冒険者ギルドとかで正式な訓練を受けるんだね」


 アンディはごく真っ当で、地に足の着いた助言をするのだが、何年先になるのかわからないそんな可能性の話など、いま目先の勝負にこだわるブルーノには到底受け入れがたいことであった。


「なんかないのかよ! こう……必殺技とか、一泊二日くらいで会得できる奥義とかさあ!」


 無茶を言うなあ……と呆れるアンディであったが、その傍らでチャドは腕組みしたまま、なにやら真剣な表情で考え込んでいる。


「チャド……?」


 不穏な気配を感じてアンディが呼びかけるが、チャドはそれを無視して、ブルーノの目を正面から覗き込んで重々しい口調で問いかけた。


「――どうしてもジルに勝ちたいか、ブルーノ?」

「お、おうっ。勿論だ!」

「ふふん。なら俺が絶対に勝てるジル相手の必殺技を伝授してやろう」

「はあ? なに言ってるんだい、チャド?」

「本当か!? そんな技があるんなら教えてくれよ!」


 安請け合いするチャドを呆れ顔で、窘めるアンディとは対照的に、諸手を挙げて快哉を叫ぶブルーノ。


「考えてみれば、村にはお前と年の近い男友達がいなかったからな。男だったら当然のように伝承され、女相手に鍛え上げられるあの技を知らないのも無理はない」


 感慨深げにそう続けるチャド。


「だが、任せておけ。餓鬼の時分に近所の女相手に鳴らした俺のこの黄金の右腕、お前に教え込んでやろう!」


「おう。頼もしいぜ、チャド……いや、兄貴っ!」


 意気投合したふたりは、前もって示し合わせていたかのように自然と拳を合わせた。

 盛り上がっているふたりとは対照的に、アンディはそこはかとない不安に顔をしかめるのだった。


   ◇ ◇ ◇


「懲りないわねー、アンタも」


 半月ぶりに村に顔を出したジルを待ち構えて、いつものように村外れの広場で勝負を挑むブルーノと、面倒臭そうに憎まれ口を叩くエレン。


 その周りでは年少の子供たちが思い思いに声援を送り、なぜか門番をしていたはずのアンディとチャドも、見物人の輪の中に加わっていた。


「ふふん。いままでの俺と同じと思うなよ。血のにじむような特訓を重ねて、ついに道を極めたんだ。悪いことはいわねえぜ、ジル。恥をかきたくなければ、さっさと負けを認めるんだな」


 どうやら木剣は使わないらしい。素手のまま妙なドヤ顔で言い切るブルーノの態度に、ジルは首を捻った。


「よくわからないけど、特訓したというのなら受けて立たないと、お…女が廃るってものね」


 とりあえずブルーノに合わせて、徒手空拳で構えを取るジル。


「ふっ……、その余裕がお前の敗因だぜ。いつものその格好で来たのが運の尽きってやつだな」


 言いつつちらりとチャドを窺うと、無言のまま親指を立ててエールを送られた。……ちなみに、アンディはその隣で頭を抱えている。


「よしっ、行くぜ!」


 そう宣言すると、ブルーノは勢いよくジルへ突進し攻撃する――寸前で身を沈めた。


 流れるようなその体捌きに、いつもの猪突猛進かと思っていたジルは、

「フェイント?」

 一瞬、面食らった表情を浮かべたが、そこはさるもの即座に対応して身を躱した。


 刹那、ブルーノの右手が高々と勝利を宣言するように掲げられたのだった!!


「食らえッ!! 兄貴直伝、秘技っ……スカート捲り――ッ!!!」


 最小限の動きでブルーノの突進を避けたジルのスカートが、その叫びとともに大きく広がり――そして。


   ◇ ◇ ◇


「最低―っ」


 吐き捨てるエレンの視線の先で、誰も制止することができないまま、ブルーノがジルの本気のグーパンによって、襤褸切れのようにケチョンケチョンにされていた。


「……いやぁ、普段温厚な女の子が怒ると、笑顔のまま容赦なく鉄拳制裁するんだねぇ」


 眼前で展開される凄惨な公開処刑を前に、アンディが乾いた笑いを漏らす。


「ブルーノォ! お前はよくやった!」


 地面に跪いて、弟分の健闘を讃えるチャド。


「ふふふふふふふふふ、スカート捲りとか、被害者になると本気で殺意が湧くわねえっ」


 どんな力が籠もっているのか、片手で軽々とブルーノの襟元を掴んで持ち上げるジル。

 顔は笑っていて声のトーンも明るいものだが、目の光の剣呑さが尋常ではなかった。


 その成人指定されそうな凄惨な光景に年少組は総毛立ち、特に男子は絶対にスカート捲りをしないと心に誓ったのだった。


「ぐええええええええええええええええ」


 ブルーノの悲鳴はいつまでもいつまでも続いた……。


12時に公開予定でしたが、早めに修正が済んだのでちょっと早めの公開となりました。

ブタクサ姫の書籍版は8月10日発売予定ですが、それまでごたつきますので、まことに申し訳ありませんが本編の更新はその後となります。

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