聖杯の塔と三つの守護者
【愚者の砂海】への旅に出てから二月あまり。
私たちを乗せた砂舟は、幸いにして優秀な『砂読み』であるナーウィスのお陰で安全な航路をたどれた……のですが、途中で砂海の主とも恐れられる体が真っ白で通常の〈砂蠕蟲〉の十倍の大きさを誇る『白い悪魔』とか『連邦の白い亡霊』(この地がその昔、クレス=ケンスルーナ連邦と呼ばれていた頃から幅を利かせていたのが由来だとか)などと呼ばれて恐れられている怪物に襲われたり。
男同士狭い船内や砂漠の一夜を過ごすことで、友情と青春と人生と筋肉を連帯するという誤った嗜好と職業倫理に囚われた、邪悪にして淫猥な砂の民の離反者集団『ソドムの苺』の待ち伏せを受けたり(ディオンが狙いだったようなので、全部任せて私たちは逃げ……いえ、戦略的撤退をしました)。
その後、どうにか『ソドムの苺』を壊滅させたディオンが、やたらすさんだ目つきでふらふらになって戻ってきたので、私たち全員で「まあまあ、犬にでも噛まれたと思って」と必死にフォロー。なぜか余計に傷が悪化。
「ここはあたしが真実の愛で!」
と、思いつめたナーウィスがディオンと一線を越えようとして、スッタモンダの末にあえなく玉砕。これに端を発した『なら、こんなモノいっそとっちゃえ事件』が勃発。
その影響で進路が逸れた砂舟が離岸流に乗って遭難。そのままなすすべなく、流れに任せること十日あまり。たどり着いたのは船の墓場。待ち構えていた塚人相手の激闘と脱出。
そうした数多の修羅場を潜り抜けて、ようやく見えた目的地――砂嵐に隠されて全貌が見えない巨大な『聖杯の塔』――を目前にして、私たち一行の前に最大の難所と強敵とが立ち塞がったのでした。
◆◇◆◇
ズズズ――ン! と轟音とともにやたらでっかい青銅色のゴーレムが倒れ伏します。
「よしっ! オババ様に聞いた伝承の通り、第一の守護者の弱点は肩の後ろの五本のツノの真ん中にある脛毛の下のロココ調の右であったぞ! みたかジル、儂の腕にかかればこんなでかいだけの木偶の坊など楽勝じゃわいっ」
狙いをつけて投げればサルでも当たるという、自動追尾機能と自動帰還機能が付加された『聖なる槍』を手に喝采を上げるウタタ様。
「長い上に意味不明ですわ――っ!!」
「ウオ――――ン!(ズルイ!)」
狙いをつけるための時間稼ぎと露払いで、砂鮫と砂鰐がウヨウヨいる場所をさんざん走り回らされた上、最後の美味しいところだけ持っていかれた私とフィーアの不満の叫びが爆発しました。
なにしろこのゴーレム、巨大なわりに動きが案外機敏で、その質量を生かしたパンチやキックはもちろんのこと、指からビームっぽいものを出したり、お腹からミサイルっぽいものまで発射する上、砂の海に潜って高速で移動するという高性能だったのですから。
普通の冒険者であれば最初からクライマックスの無理ゲーです。私を乗せられる大きさまで体を大きくして地上と空中とを三次元的に移動できるフィーアの機動力がなければ、時間稼ぎもできなかったと思います。
「なんのなんのおヌシ等の見せ場はまだまだこれからじゃぞ――見よ!」
呵々大笑するウタタ様が槍の穂先で指し示すその場所を見れば、ぽこぽこと砂を割って武装した骸骨――この塔にあるという『どんな願いも叶う』と謳われる『聖杯』を求めてやってきて、この地で非業の最期を迎えた戦士や冒険者の成れの果てでしょう――が、二十~三十体現れました。
「ほれほれ。儂が教えた浄化術の出番じゃぞ」
「浄化術って……、確かにやり方は教えていただきましたけど、あの数を相手に私ひとりでぶっつけ本番ですの?!」
「“習うより慣れろ”じゃ。なーに、儂が若い頃は、アンデッドの百や二百など文字通り鎧袖一触、一晩で三百体以上を浄化させたこともあるぞ」
私の悲鳴混じりの確認に、ウタタ様が小さな胸を張った……その自慢に応えるように、ポコポコと砂の中からさらに追加のスケルトンやマミー、グールなど多種多彩なアンデッドが見渡す限り、地平線のかなたまで延々と姿を現しました。
その総数は二千を下らないでしょう。
「百や二百どころではないんですけれど!?」
今度こそ正真正銘の私の涙混じりの悲鳴に対して、ウタタ様はさすがに目を丸くして周囲を見回した後、真剣な面持ちでおとがいの下に小さな拳を当てて重々しく頷きました。
「う~~む、これはもしかすると……今日は新記録を狙えるやも知れん」
「引く気ゼロで勝つ気満々ですわね!?」
と、掛け合いをしながらも四方八方から迫り来るアンデッド軍団に対して、私、フィーア、ディオン、ウタタ様がおのおの四方に散って、砂舟とそれを操作するナーウィスを守る形で構えを取りました。
確かに数は多いですが、この面子ならば不思議と負ける気がしないのも確かです。
「よし、攻撃開し――いや、待てっ! 気をつけろ、上から来るぞ!!」
「はい……?」
「むっ――!?」
「ウオオオォォォォン!!」
刹那、遥か上空から猛烈な羽ばたきの音とともに、大きな翼に長い首、短い胴体に長い尻尾を持った巨大な魔物が、明らかに私たちへ敵意と威嚇の叫びを向けながらこの場へと急速に迫ってくるのが目に入りました。
「……怪鳥?」
「ドラゴンじゃドラゴン! あの色と速度からして、おそらくは風竜じゃろうな。下級竜じゃが亜竜と違って正真正銘のドラゴンじゃ。話に聞く三ついるうちの第二の守護者じゃろう。ちと手ごわいぞ」
唖然とする私へ、ウタタ様が檄を飛ばしながら、そう説明してくれます。
「どうするのですか!? ただでさえ手詰まりですのに、空を飛ぶ怪鳥まで加わってはまともな陣形は取れませんよ!」
「だから風竜じゃといっておるだろう! なぜ『怪鳥』にこだわるんじゃ、おヌシは!?」
「あいつの相手は俺に任せておけ。死人どもの方はウタタ様、ジル、ふたりに任せる。フィーアはふたりのフォローと、手が開いたら俺の手伝いを頼む」
そう言ってディオンがひとり走り出して、迫り来る風竜へと正面から立ち向かっていきます。
「ええっ、ちょっと待って! そんな……ひとりでなんて無茶――」
「ドラゴン退治はしたことがないからなっ! 勿怪の幸い、『ドラゴン・スレイヤー』の称号を得るいい機会だ」
嬉々として走り去っていくディオン。
さすがは戦闘民族である獣人族の頂点に立つ『獣王』。スイッチが入ると止めようがありません。
「ディオ~ン、お土産に竜の牙を上下で取ってきてね。里に帰った後で加工して剣にするから」
その背中へ砂舟の中からナーウィスがお気軽に声を掛けます。
一時は失恋の痛みで落ち込んでいた彼女(?)ですが、「ま、友人としてはいい奴だと思う」というディオンの言葉で、お友達から地道にやり直すことに決めたそうで、いまではすっかり元の調子を取り戻しています。
なにげに恋する乙女(?)は強いですわね。
そんな私の視線を勘違いしたのでしょうか、
「竜の上下一対の牙は夫婦一対の形とも言われているのよ。恋人同士が一本ずつ持つと愛の告白のようなものね。もしも万が一、浮気なんかしたら、この剣で喉笛を掻き切ってやる! という隠喩もあるけど」
にこやかに竜の牙について解説してくれました。
と、いうか――。
「それは告白ではなくて脅迫です!」
「まあ、あくまでたとえじゃ。さすがに本気で刺す奴は……いないことはないが、別に神帝様や聖獣様に誓っての誓約ではないからのォ。お互いの信頼がしっかりしていれば問題なかろう。ディオンが守護者を仕留めたら、ジルにも二~三本分けてやるんで、そのうち信頼できて好きな相手でもできれば……いや、もしかしてもういるのか? ま、適当な口実をつけてくれてやればよいわ」
「気楽におっしゃいますけど、手編みのマフラーなんかよりもよっぽど重いですわねえ」
仮に私が男子だったとして、女性からそんなシロモノを贈られたら、そうとうプレッシャーを感じると思います。
それになにより、仮に私が好意を抱いても、相手が応えてくださるとは限らないわけですから。
「……ま、なにはともあれ、この急場のピンチをどうにかしないことには始まりませんわね」
先陣を切って襲い掛かってきたスケルトンに向けて、私は覚えたばかりの浄化術を放ちながら、そうひとりごちたのでした。
――どこかの会話――
『ほかの連中は働いているぞ、さっさと働けこのごく潰し!』
「働きたくないのでござる! 働きたくないのでござる! 働いたら負けなのでござるよ!」
『なにと戦っているんだ、このボケ! お前の敵は侵入者だろう! 脳味噌までからからに乾燥したのか、こら!』
「しかし、このコンピューター……じゃなくて人造精霊、なんでこんなに口が悪いんだ? 欠陥品じゃねーのか?」
『ふん! ワタシは天才錬金術V・F博士の傑作だぞ。同じ系列の頭脳をのせられた人造人間の姉妹機ともども完璧なのだ。天才どころか天災級の馬鹿であるお前と違って』
「他にもいるのか、こんなシリーズが。絶対逢いたくないねー」