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塔の最上階に控えし仮面の怪人

この話はあんぷらぐど5話『獣王の秘技と呪いの国』(2015/6/20)の続きになります。

 暴風を放ちながら飛び回る風竜と、身動きが取れないはずの空中にありながら、まるで見えない足場があるかのように、空気を足場にしてさながら稲妻のように縦横無尽に跳ね回りながら躱すディオン。

 海老の一種は背筋を使って空気を叩いて空中で位置を変えるといいますけれど、こんな物理法則を無視したような出鱈目な動きができるなど、この目でみてもちょっと信じられない光景でした。


 同じことをしろと言われたら、私なら即座に「一生かかっても無理っ!」と断言するでしょう。というか、筋力と気功を鍛えてこんな人間離れするなら、まだしも魔術で空中浮遊(レビテーション)するほうがよほど手っ取り早いですわ。


 そんな次元を超えた戦いに目を見張るばかりですが、アンデッドの浄化をし終えた砂舟の同乗者であるウタタ様ときたらすっかり傍観者モードで、砂舟の船べりに腰を降ろして、おやつ用にと私が事前に準備しておいた、柑橘類の絞り汁にメレンゲと砂糖を加えたシャーベットが入った二重構造の木桶(魔法瓶を作りたかったのですが、技術的な問題から二重構造の隙間に氷を詰めた原始的な冷蔵庫のようなものしかできませんでした)から取り出して、ポイポイと口に放り込みながら、ディオンに向かってあーしろこーしろと、贔屓のチームの試合ぶりを観客席から非難する暇なファンと化していました。


「なにを手間取っておるか! 目を狙え! 髭を引っ張れ! キン○マを潰せ!」


 容赦のない突っ込みに、脇で聞いていたナーウィスが完全に及び腰で、「下品ねえ」と嘆息を漏らします。


「ですが、相手の弱点を攻めるのは別に卑怯ではありませんから」

 いちおうフォローしながら、私も観戦ムードで少し伸びた爪を切りながら、適当に相槌を打つのでした。


「あら? なぁに、それ?」

 私が使っている爪切りを目敏く目につけたナーウィスが興味津々聞いてきます。


「“爪切り”ですわ。この世界には爪を切る専用の道具がないようですので、近くの村の鍛冶屋の親方に頼んで試作したものです」


 ちなみに一般的に庶民が伸びた爪を切る場合は、お猿さんみたいに歯で爪を切るのが普通で、貴族であっても専門の道具がないので小刀や小型のノミで、牛の蹄を削蹄(さくてい)するように削り取って、やすりで形を整えるという面倒な作業が必要となります。

 そういうのって面倒くさい上に、ビジュアル的にちょっと受け付けなかったため、何度か試作をお願いして、現代地球世界のモノより二回りほど大きいものの、機能的には遜色ない代物が旅に出る直前に仕上がったのでした。


「へええ~~~っ、さすがは帝国ねえっ! そんなものまであるの!? 凄い便利そうじゃない! そうういえばジルちゃんの爪っていつみても形が綺麗で、つやつやと真珠みたいに輝いているから特別なケアしてるんじゃないかと睨んでたんだけど、そういう道具を使っていたのね! それで色艶もよくなるのかしら?!」


 ガッツリ食いついてくるナーウィス。さすがは心は乙女だけのことはあります。


「あ、別にこの道具を使ったからといっても爪の色艶が良くなるわけではないですよ。そっちの方は日頃から鹿の皮で磨いているお陰ですわね」

「鹿の皮ってそんなにいいものなの!?」

「ええ、バッフィングというのですが、下手なオイルやネイルカラーを使用するよりも自然で艶やかな爪を約束してくれます。あ、良ければ予備の爪切りと鹿の皮をお譲りしますわ」

「本当に!? ぜひお願いしたいわ!」

「はい。ですが鹿の皮はともかく、爪切りはまだ試作段階なので、何かしら不具合が出るかも知れませんが……」

「問題ないわ。っていうか、もしかしてその爪切りってジルちゃんが考案したの?」

「……厳密には別に原型がありますけど、この世界では多分私が最初に作ったかと思いますが」

「凄いじゃない! 売れるわよ、それ! 絶対に売れるから町へ戻ったら本格的に商業ギルドに商標と特許申請をして売り出すべきよ!!」


 熱く語られましたけれど、こんなもの本当に売れるのかしら……? と、若干半信半疑です。


「……ええと、では、まあ、機会があれば」


 とりあえず玉虫色の返事でお茶を濁した私ですが、その数年後に試しに商標と特許申請を得て売り出した『爪切り』『安全カミソリ』『美顔ローラー』が爆発的なヒットとなり、その後世紀を渡って毎年莫大な収益をもたらすことになるとは、この時の私は想像だにしていなかったのでした。


 さて、私たちがそんな呑気なやり取りをしている間に、ディオンと塔の守護者らしい風竜との死闘は佳境を迎えようとしています。


「獅子覇流究極奥義“獅子轟覇(ししごうは)百裂天翔(ひゃくれつてんしょう)”っ!!」


 気合とともにディオンの体が空中で分裂したかのように残像によって百人に増え、それが各々一斉に風竜の全身へと気功を込めた蹴りを放ちました。


『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!』


 さすがの竜種であってもこれにはひとたまりもなく、分厚い鱗を貫通した“気”の衝撃が風竜の体内で、百倍のさらに数十倍に反響し合い、結果、まるで卵が電子レンジで熱せられたかのように、内側からの衝撃によって、爆発したかのようにその巨体が四散し、砂の海を朱色に染め上げました。


「玉屋~っ! てか、キモイ花火じゃのー」

「鍵屋~っ!」

「よっ、一声万両、音羽屋っ!」


 その様子を眺めながら、やんやの喝采を浴びせるウタタ様、ナーウィス、私。

 あー、でもせっかくの純血竜の素材がぐちゃぐちゃになってしまったのは勿体ないですわね。ま、見たところ牙や鱗なんかは比較的原型を留めているパーツがあるので、使えそうなものは拾っておくことにいたしましょう。

 特に竜種の牙は『竜牙の剣』に使えたり、魔法生物を作る材料になりますから。理想としては脳髄になつという、『竜珠(カーバンクル)』が回収できれば御の字なのですが、あれは生きた純血種からでなければ摘出できないので、今回は無理でしょうね。


 そんな私の考えを酌んで、フィーアがせっせと四散した風竜のパーツを集めてくれます。

 集めてくれるのはいいのですが、臓物とか脳味噌を率先して目の前に並べなくてもいいのよ。


「雑魚のアンデッドに〈青銅巨人(タロス)〉、変幻自在の〈漆黒の粘液生物(ダーク・スライム)〉、そして〈風竜(ウインド・ドラゴン)〉。これで主だった守護者は倒したかな?」


 疲れた様子もなく平然とした足取りで戻ってきたディオンが、ここに来るまでに立ち塞がり、結果的に倒してきた相手を指折り数えて、ウタタ様に確認を取ります。


「そうじゃの。伝説によればこの『聖杯(グラダーレ)の塔』主な守護者は三体だそうじゃから、残るは封印された例の吸血鬼だけの筈じゃ。――まあ、目標は三十階層とも言われる塔の最上階じゃが、そこまで行く途中にも、あまたの仕掛けや罠や妨害も待ち受けとるらしい。あるいはこれからが本番かも知れんな」


 その言葉に緩みかけた緊張感がいや増します。


「気を引き締めてかからないと駄目ということですわね」

「そうじゃの。これからさらに過酷で長い行程が待っていると思わねばならん」

 私の言葉に重々しい態度で頷くウタタ様。


 すぐ目の前に聳え立つ『聖杯(グラダーレ)の塔』。

 ようやくたどり着いたと思いましたけれど、『百里の道は九十九里をもって半ばとす』 という諺の通り、まだまだこれからが大変だと……私たちは改めて試練の過酷さを思い知るのでした。


 ❖ ❖ ❖


「くくくくくっ! 三つの守護者を斃すとは、なかなか生きのよい獲物ではないか! それでこそ我が(にえ)に相応しい!! だが、この私が待つ最上階まで果たして来れれるかな!? 何しろ塔の階層は隠し階層を含めて三十三層! そのすべてに必殺の罠とモンスターがあふれかえっている! 人造精霊(エレメンタル)よ、いままでのデータで連中がここまで来られる確率と到達時間を計算せよ!」


 魔術的な光源に溢れた窓一つない十メルト四方ほどの部屋の中央に、でーんと鎮座するウエディングケーキのような人造精霊(エレメンタル)に向かって、白髪で黒いのタキシードを着て顔全体を覆う変な笑い仮面をつけた人物(?)が、大仰な仕草で問い質す。


 しばし『ウイィィィン』という駆動音とともに、確率計算をしていた人造精霊(エレメンタル)であったが、

『……敵性体がすべての罠を突破して、この部屋までくる確率は二十三%くらいじゃないかなー。で、到達予定時間は……多少誤差があると思われるものの、だいたい三百五十七時間くらいと推定される……なり』

 微妙に歯切れ悪い口調で答えを返す。


「ほう。意外と高確率だな。それではそれまで三百時間程度スリープ状態で待機しているか」


 どっちせよしばらくかかるだろう……そう続けながら、人造精霊(エレメンタル)の前の床に置いてある棺桶の蓋を開いて、マントを翻しながら体を横たえる怪人。

 そのまま四十キルグーラくらいありそうな重厚な蓋を、注意しながらソロソロと閉めようとした――刹那。


「……なんじゃ、あっさり最上階につけたぞ」

『非常口』を表すマークが入った扉を開けて、つい今しがたまで塔の下にいた四人組と一匹が、ゾロゾロと連れ立って部屋の中へ入ってきた。


「『――はあぁぁぁああ!?』」


 呆気にとられた怪人と人造精霊(エレメンタル)の声がハモり、と同時に力が抜けて支えを失った棺桶の蓋(重量約四十キルグーラ)が落下して、半身を上げた姿勢でいた怪人の後頭部を思いっきり強打!

 あまりの勢いの良さに怪人の首がスッポ抜け――体の方は棺桶の中に閉じ込められ、生首の方はゴロゴロと床を転がって行くのだった。


「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」


 一瞬置いて、少女たち(うち二人は性別が微妙だけれど)の絶叫が響き渡った。

新紀元社のサイト『パンナポルタ』にて、ブタクサ姫コミカライズ化記念として、本日4コマ漫画2回目の更新となりましたので、合わせての企画です。

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