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ジルのバレンタインデー

折角なのでバレンタインデーを記念して、とり急ぎSSを書き上げました。

● これはまだ、ジルがシレントへ留学する前、コンスルの町に住んでいた頃の話である。


 週末は『スィート・ディー』。大陸歴で堕天使の月(2月)の週末にあたる祈念の日(日曜日)、第二巡週(十四日)に当たります。

 別に祝日とかではないのですが、なぜかこの日には大陸中でお菓子が行き交う記念日となっています。


 エレンに聞いたところによれば、最初に聖女スノウが恵まれない子供たちのためにお菓子を配ったのが事の始まりだとか。

 で、いつの間にか意中の男性に女性が甘い菓子を贈る日になったとか。


 どこかで聞いたようなイベントに、誰かの作為……もしくは陰謀を感じます。


「……が、深く考えないようにいたしましょう」


 そう呟きながら、私は数日後に迫ったイベントを前に、コンスルの屋敷にある調理場とは別にある、私専用の薬草や研究用にある離れの台所を使って、事前に焙煎しておいたカカオ豆をすり鉢で磨り潰すという気の遠くなる作業を続けていました。


 この世界、いろいろと甘味はありますが、いまのところチョコレートをお菓子として食べる文化はないようですので、今回いろいろとお世話になっている皆さんのために、ひとつチョコレートを製作してみようと思い立ち、以前にお世話になった獣人族(ゾアン)の聖巫女であるウタタ様を通じて、カカオの豆を手に入れることにしたのでした。

 珈琲(コーヒー)は割と普及しているので、おそらくその近辺にカカオの実も自生しているだろうと当たりをつけていたのですが、案の定知っているということで、とりあえず事前説明した通り麻袋にひとつほど自然乾燥させた種を送っていただくことになったのです。


 結構、時期的にギリギリだったのですが、どうにか間に合ったそれを使って、とりあえず試験的にチョコを試作してみて好評であれば、そのまま製品化してルタンドゥテの名物のひとつにしてしまおうという目論見があるのは言うまでもありません。


 まあ失敗した時には焼き菓子にでも練り込んで誤魔化しましょう。

 気のせいかここ数日、物欲しげな顔で私の周囲をグルグル通り過ぎているブルーノやエレン、そして狙い済ませたかのように花束を送ってきたルークと、

『もうすぐスィート・ディーだけど、あんたの出番はないわよ!』

 という脅迫状……もとい、季節のお便りを寄越したエステル(逆にお陰で『スィート・ディー』を思い出したわけですが)のことを思い出しながら、地道な作業に終始します。


 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ワンピースにエプロン、髪が邪魔にならないようにポニーテール状に紐で縛ってリボンでワンポイント。

 そして腕まくりをして、カカオ豆を細かく細かくひたすら細かくしていきます。


 最初はコーヒーミルを代用しようかと思ったのですが、粉にしたそれをお湯で溶かして飲んだところ、味はやや香りが弱いもののまあココアでしたが(後々の研究で収穫後に発酵が必要なことがわかりました)どうにも皮が邪魔で、あと粒がザラザラして不快で明らかに失敗作でした。

 もしかして皮を剥かなきゃダメってことかしら? あと粉ではなくて粒子状にしないと、舌にザラザラした感触が残って不快になるのでは?

 と考えていろいろ試行錯誤を繰り返した末、皮を剥いた後の豆を粒の大きさが十五~二十ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリですわね)以下にしないと駄目という結論となりました。


 そんなわけで擂鉢(すりばち)擂粉木棒(すりこぎぼう)の出番です。


 こーいう作業って魔術でどーにかできるものでもないのよね。

 ということで地道に手作業でココア豆を磨り潰すことになりました。


 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。


 三十分経過――。

 まだまだ硬い粒が目立ちます。


 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。


 一時間経過――。

 全然変わりません。


 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリ……。


 三時間経過――。

 結構粘りが出てきたので軽くひと舐め……まだ粒が荒いですわね。


 ゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。


 八時間経過――。

 もういいかしら? と思って確認してみますが、僅かに粒を感じますから駄目ですわ。

 いいかげん手も痛くなってきたし、ポニーテール症候群のせいか頭まで痛くなってきました。


 チョコレート作りって意外と面倒なのね~。

 前世でこの時期に市販品以外で手作りしていた女の子たちも皆、水面下ではこんな柿右衛門か孤独なグルメな努力をしていたのかしら? 偉いわねえ。いいかげん面倒になっている私はやっぱり前世男子で女子力が足りないのかしら? もっと励まなければ立派な女子にはなれないわね。


 とほほと思いながら、いつまでも続く単純作業に、いつの間にか思考が脱線しているのを感じて、なるべく無心に擂粉木棒(するこぎぼう)を掻き混ぜるよう努力します。


 無心……無心……色即是空空即是色……我が心空なり……我を断って空となる、すなわち断空が……。


「……余計に雑念が入るわ。考えないように考えるのがマズイのよね」


 お菓子作りだと思うから途中でダレるのよね。

 【闇の森(テネブラエ・ネムス)】でレジーナに叩かれつつ霊薬(アムリタ)を作っていると思えば、このくらいは苦行でもなんでもないのよ。


 そう思い直して気合を――あといつの間にか魔力も――込めて、磨り潰し作業を再開しました。


「そうそう。あとこういう時は、『美味しくな~れ♪』『愛情一杯♪』と気持ちを込めるのも大事よね」


 ということで軽くハミングしながら、かなり粘り気が出てきて泥のようになった大鉢一杯のカカオ豆をさらに潰します。

 そうしてまた一時間ほどしたところで、ふと、そういえば【闇の森(テネブラエ・ネムス)】でレジーナが鍋を掻き回すのに使役魔術で大木箆を動かしていたことを思い出しました。


「――あ、あれって使えるんじゃないかしら?」


 手にした擂粉木棒を前に閃く私。

 とはいえ私は使役魔術はあまり得意ではないので、ここは発想を変えないと。

 要は擂粉木棒が勝手に動いてくれればいいのだから……と、考えて(後から思えば疲れてまともな判断がつかなくなっていたとしか思えません)、ならゴーレムにお願いすればいいのでは? という発想に至りました。


「そうと決めれば善は急げで」


 手を止めるとすぐにチョコが固まってしまうので、片手で擂粉木棒を掻き回しながらもう片方の手で、『収納(クローズ)』してある触媒などを取り出して、いまいる場所を中心に簡易的な魔法陣を施します。


「“我は請う。土より生まれし傀儡よ。我が声に応えて人型となれ。泥は泥に、土は土に”」


 ちょいちょいと(マッド)ゴーレムを作成する魔術を展開した――刹那。

 最期の詠唱が終わると同時に、掻き回していたチョコの原料の表面に突如として人面のようなものが浮かび、

『――チョーコーッ!!』

 ひと声吼えると同時に、人の四肢をまとった人形と化して擂鉢から飛び出したのでした。


「え……っ!?」

 と、思う間もなくスタコラサッサと逃げ出したチョコゴーレムは出口へと向かい、

「ジル様、まだ作業をしているんですか~?」

 折悪く私の様子を見に来たらしいエレンが扉を開けると同時に、

『チョ~~コ~~ッ!!!』

「な――ふぎゃあああっ!」

 エレンの口の中へ片手を突っ込んで無理やり咀嚼させるという暴挙に出たのです。


 悶絶するエレン。


『チョコ~~♪』

 なぜか満足そうにその様子に頷いて、開け放たれた扉から外へ、そして隣接するブラントミュラー邸内へ侵入を許してしまいました。


「だ、大丈夫、エレン?!」

 ここでやっと我に返った私が、勢いよくひっくり返ったエレンを助け起こすと、エレンは思いっきり顔をしかめて、

「苦っ! 苦いなんてもんじゃないです!!」

 ぺっぺっと口の中に残ったチョコを吐き出します。


「苦い? あっ! いけない、バターとミルク、お砂糖を入れるのを忘れていたわ!」


 大事なことを思い出した私ですが、時すでに遅く、

「ぎゃあああああああああああっ、苦えええええええええええっ!!」

「ぴにゃあああああああああああっ!?」

「わおおおおおおおおおお~~ん!」

 次の犠牲になったらしい。屋敷のほうからブルーノとラナ、フィーアの絶叫が聞こえてきました。


「大変っ! 犬にチョコは毒なのに!」

「……そういう問題ですか? てゆーかなんですかあの化物は?」


 フィーアの安否を心配する私を振り返りながら、エレンがジト目で台所にあった汲み置きの水でうがいをしています。


「多分、私が間違って作ったチョコゴーレムだと思うけど……」

「はあ、『ちょこごーれむ』ですか。それがなんで、あたしやブルーノ、フィーアちゃんを襲っているんですか?」

「そういえば変ね。そんなコマンドは入れた覚えは――って、待って。なんだかいろいろあって頭がこんがらがっているけど、もしかしてあのチョコゴーレムって、私がお菓子を渡そうと頭に思い描いていた相手に無差別にチョコテロを行っているのでは!?」

 そう考えればアレの行動の平仄(ひょうそく)が合います。


「……ということは」

「……えーと、つまり」


 同時に私とエレンの視線が交差し、同じ答えを弾き出しました。


「「ルーク(ルーカス様)が危ない!!」」


 慌てて私は着のみ着のままで、逃げ出したチョコゴーレムを追い掛けて走り出します。


「あんな失敗作をルークに食べさせるわけにはいかないわ!」

「……そういう問題ですか?」


 半ば反射的についてきたエレンが、先ほどと同じ言葉を口に出しました。


 ◇◆◇◆


「!!???」


 数日後の『スィート・ディー』当日早朝――。


 帝都にある屋敷の二階にある自室のテラスから見下ろせる中庭で、粉々に砕け散った何かの茶色い破片を前に、なぜかやり遂げた表情で倒れているエプロン姿のジルとその侍女であるエレンを発見して、ルークは自分が寝惚けているのではないかと何度も目を擦り、頬を抓るのだった。


 その後、屋敷内に運んだジルたちはほぼ丸一日寝て過ごし、ころっとスィート・ディーを通過してしまい、目覚めた後ルークに対して謝ることしきりであったが、ジルを屋敷内に運ぶ際に率先してお姫様抱っこで運んだルークは(エレンは使用人が運んだ)、割と満足していたことを付け加えておく。

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