表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

ジルとルークと婚約破棄(後編)

そんな風に脱線しまくりな私たちとは対照的に、いよいよあちらは佳境に入っているみたいです。


「どこまでもシラを切る気か。ならばはっきりと言おう。君が僕を騙したから。すべてが嘘塗れだからだよ!」


 その言葉に凝然と目を剥いて立ち竦むグロリア嬢。


「――そろそろ助け舟を出さねーとマズイんじゃねえの?」


 ダニエルの声を合図に私たちは一斉に腰を浮かし――すかさずボーイが音もなく椅子を引いてくれます――かけたところで、

「僕は知っているんだ。君の正体を。君は……君は、君は本当は体重が二百キルグーラ以上ある肥満体だそうじゃないか!」

『え……っ!?!』

 その告白に、思わず――訓練されているレストランの従業員や楽団でさえ――動きが止まって凍り付きました。


 え? どーいうこと? グロリアさんってみた感じ、出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるナイスバディにしか見えませんけれど?


「おかしいと思ったんだ。毎日のようにフルコースを食べて、なおかつルタンドゥテで持ち帰り用のケーキをワンホールペロリと食べる。さらに夜食にステーキとピザを食べる君が『いくら食べても太らない体質なの』といっても限度があるだろう!」

「……そ、それは、私が特異体質だから」

「だったらなんで君の家の馬車は馬じゃなくて、膂力に優れた平甲獣(ウィルダーシェル)の三頭牽きなんだ!? なんでいつも同じドレスなんだ!? 知っているんだ、そのドレスは着ている者をスリムに見せる魔法の『スリム・ドレス』だってことを!」

「「「「「え、なにそれ、欲しい!?!」」」」」


 思わず口走った私と同様の感想が、そこかしこのテーブルの御令嬢方から漏れました。


「つーか、着ている間だけスリムに見えても、いざ脱がしてみたらいきなり膨張するとか、悪夢じゃね? 別れたくなる気持ちもわかるわ」

 ダニエルの感想に、これまたそこかしこのテーブルに座った御令息たちから、同意の頷きがなされ、「最低っ!」というご令嬢たちの白い視線に慌てて知らんぷりをします。


「だから、君とはさよならだ。詐欺で訴えないだけマシと思ってくれ」

「そ、そんな! 私は巫女姫様みたいに長身で肉厚の女性が好きだっていう貴方のために、良かれと思って体重を増やしてこの『スリム・ドレス』でスタイルを調整したのに! いまさらそんなチビで貧相な小娘を選ぶなんて、あんまりよ!!」


 なぜか流れ弾が飛んできました。


「ああ、確かにリアナは肉感的ではないかもしれない。だけど僕が好きになったのは、その心根だ。巫女姫様にも負けない、無垢で天真爛漫な心に癒されたんだよ!」


 だから、いちいち私にピンポイントで流れ弾を当てないで欲しいのですけれど……周囲が私に気付いて、微妙な視線を向けてくるのがいたたまれませんわ。

 そんな居心地の悪い沈黙の中、ぶ~~~ん……と、どこから入ってきたのか蠅が一匹、紛れ込んで通り過ぎて行きました。


 通常、この手の高級レストランでは、要所要所に虫除けの結界が施されているのですが、それでもごくごくまれに入り込んでくることがあります。

 折り悪しく演奏も途絶えたこのタイミングで、なおかつあの三人組(ライオット帝国伯爵令息、グロリア侯爵令嬢、リアナ男爵令嬢)のいる方向へと飛んでいったので、なんとなーく店内にいた全員の視線がそちらに向かいました。


 ぱくんっ!


 刹那、ライオット帝国伯爵令息の背中から顔だけ出していたリアナ男爵令嬢の口が耳元まで割け、一瞬の早業で鞭のように伸びた舌が蠅を見事に空中で捕らえて、目にもとまらぬ速さで巻き戻りました。


 もぐもぐ……ごっくん。


「「「「「「「――へっ?!」」」」」」」


 

 いま見たものが信じられずに、その場にいた全員が間抜けな声を出してしまいまったところで、はっと本能の衝動から人間としての理性を取り戻したらしいリアナ嬢。

 顔を真っ赤に染めて、「ゲッ……ゲロゲーロ!」と、ひと声叫びました。


「って、その声はギュリーヌス!?」


 聞き覚えのあるコロコロ声に、思わずそう指摘したところ、リアナ嬢は観念したのか、

「……はい。その節は母がお世話になったそうで、ありがとうございます」

 そう言って前に出てきて、私へ向った深々と頭を下げました。


「母って、え、もしかしてマザー・ギュリーヌス?!」

「は、はい。聖都から逃れた後、母は一族を連れて隣国へ逃れ、そこで父と出会ってお互いに一目惚れをしたとかで、その後、私が生まれました……卵で」


 わー……両生人類と人類の種族を越えた恋愛ねー。お父様、どれだけストライクゾーンが広いのかしら。


「なるほど、やはり純粋な人間ではなかったのか」

 そこで面白そうな表情になったのはヴィオラです。

「なんとなく匂いが女性とは違うので、もしかして女装をしている男性かも……と疑っていたのだけれど」


 ああ、それでさっき「女子の制服を着ている生徒」と、妙に持って回った言い方をしたわけですのね。


「それはいくらなんでも失礼ですわ。確かに一般的なギュリーヌスは性別のない……」

 そこで言葉に詰まった私は、恐る恐るリアナ嬢に確認します。

「……性別ありますわよね?」


「はい」

 そこでほっと安堵の息を吐いたのも束の間、

「母と同様、どちらとも交尾可能な両()類ですが」

 あっけらかんとしたその答えに、

「ちょっと待て~~~~~~~~っ!!!!」

 ライオット帝国伯爵令息の絶叫が重なりました。


 こうして、時ならぬ『婚約破棄イベント』はグダグダのまま終わり、主要登場人物三人は三者三様、隠していた秘密(浮気、肥満、性別)が暴露され、実質全員が相打ちで沈むという結果に終わったのでした。


「まあある意味丸く収まったかも知れねえなぁ。あの騒ぎが伝わったお陰で、学園内で婚約破棄をしようなんて考える馬鹿はいなくなったみたいだし、ライオットの馬鹿は国許からの通達で謹慎だし……これで少しは反省するかねぇ」


 後日、ルタンドゥテに集まったあの時と同じ面々。

 ミートパイを肴にちびちびと葡萄酒(ワイン)を飲みながら、ダニエルがそう苦笑すれば、

「グロリアは自棄食いをした挙句、さしもの魔法のドレスも限界を突破したらしく、千々に細切れにしてしもうたそうじゃ。せめて魔法式だけでも解析しようと、学園の魔法課で布きれを回収したそうじゃが、もともと古代のアーティファクトだったそうで、まったくの不明どのことじゃな」

 新鮮なカルパッチョを食べながらリーゼロッテ様が嘆息し、

「そういえば、例のリアナ嬢……というべきかな? も性別が明るみに出たお陰で、男女ともにマスコット的な人気が出ているみたいだね」

 林檎酒(シードル)を飲みながら、愉しげに笑うヴィオラ。


「女性はともかく、男性にもまだモテているのですか?」

 直接見たわけではありませんけど、どうも両方付いているらしい……ということで、てっきり男性は敬遠しているのかと思ったのですが、意外な話でした。


「『ついているのがイイ』らしいね」

「……世の中いろいろな趣味があるのですわね」


 思わず天を仰ぎます。


「そういえば、最近ジルの口利きでグロリア嬢とリアナ嬢が和解したと聞いているのですが?」


 私と同じ野菜とキノコの天麩羅(フリッター)を摘まんでいたルークに聞かれて、私もどうにか気持ちを持ち直して頷きます。


「ええ、グロリア様のダイエットのお手伝いをする傍ら、リアナ様とそのご家族の話を聞く機会があり、いつの間にか自然と仲が良くなったみたいですわね」

 最近は良くなり過ぎて、傍目にはおレズにカップルに見えるような気もしますけれど、これは言わない方がいいですわね。


「それはよかった。ライオットも憑き物が落ちた顔になったとも聞きますし、収まるべきところに収まったと言えるでしょうね」


 そうまとめるルークの言葉に頷く一同。

 私も笑顔で同意しながら、心の中で戦々恐々としていました。


 つい半日前に、侍女のコッペリアが鼻高々と自慢していたその内容――。


「クララ様! やりました。今度、帝国の中央貴族、それも伯爵家のボンボンを『クララ様ファンクラブ』会員へと籠絡できました。なにやら女性不審になっていたところを、クララ様の魅力をこれでもかと吹き込んだお陰で、いまやクララ様の為なら帝国皇帝の首でも獲ってこいと言えば喜んで尻尾を振る信奉者ですよ!」


 思わず頭を抱えましたけれど。あの、まさか、今度は私が震源地で『婚約破棄イベント』が発生しないですわよね……?

 そうなったら世界の破滅らしいのですけれど……。


 そんなことがないように、その後しばらくは神に祈って、さらにコッペリアに言い含める生活が続いたのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ