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花売り娘と冒険者たち②

 それなりに盛況のうちに終わった皇華祭の熱が冷めやらぬ昨今。


 夏季休暇を利用して、クリスティ女史ともども久方ぶりに帝国へ帰郷――実質、聖女教団の至宝である“巫女姫”として凱旋――する予定であるため、その前に夏の間の新製品を形にしようと、一階にあるルタンドゥテの試作室で氷魔術を多用して、コックやメイドと一緒に夏に向けパフェをアレンジしていたジルだが、ふと窓際に飾ってある花立に気が付いた。

 華やかさに欠ける素朴な花々が花立に飾られている。

 それからふと周囲に視線を巡らせれば、廊下の隅に花瓶が置かれて同じような花が活けられいる。


「気のせいかしら? 最近、妙に屋敷の中のあちこちに切り花が飾られている気がするのですけれど……」


「「「…………」」」

 その一言で思わず顔を見合わせるコックとメイドたち。

 天で輝く星々や色鮮やかな大輪の花々よりもなお美しい……と、吟遊詩人が語る歌にも謳われるこの絶世の姫君(ジル)が、実のところあまり切り花を好きではない――毛嫌いしているわけではないし、薬の材料にするのに花を摘んだりはしているけれど、好んで飾り立てたりはしていない――そのこと知っているこの場にいた一同は思わず顔を見合わせた。


 ちなみに切花を好んでいない理由は、

「実も種もならないうちに、ただ観賞のためという理由で切られた花は気の毒ですわ」

 と、いったものである。


 そんな風に心優しい彼女が心を痛める姿を何度も見ているので、自然とルタンドゥテでは切り花は置かないようにしていたのだ。


 コックとメイドたちの視線が、助けを求めるようにジルの背後に待機している侍女のエレンとコッペリアに向けられる。


 ため息をついたエレンはちらりとコッペリアを一瞥して、

「ここんところコッペリアが飾ってるんですよね。どういうことか」

 そう理由を口に出すと、キラーパスされたコッペリアはこともなげに、

「貰い物なんですよ。邪魔なら撤去します」

 軽く肩をすくめて答えた。


 巫女姫であるジルのファンとか渡されるプレゼントや現金、花束の類いは、基本的に恵まれない子供たちや教会に寄進する形で、あとはスタッフが手分けして礼状を書く形で対応しているので(ちなみに現金を送ってきた者に優先的に礼状とファンクラブの小物を贈っている)、直接にしろ間接にしろ、ジルの目につくところに置いてるのは――この手のことに関しては有能な――コッペリアにしては珍しいことである。


「貰い物? 初耳ね。誰が寄越すわけ?」

「ブルーノです」

「「――は?」」


 予想外の答えに思わず自分の耳を疑うジルとエレン。


「ですから、金魚のフンのブルーノです」

「「はあ……?!」」


 ブルーノと花束。

 まだしもハツカネズミが花束を持っていたほうが説得力がある取り合わせであった。

 唖然とするふたりに向かって、コッペリアが面白くもない口調で付け加える。


「ここだけの話ですが、ここんところオンナに貢いでいるんですよ、アイツは」

「「はあああっ!?!」」


 ◆


「違うつーーの!!」


 吊し上げの場となったブルーノの私室(正確にはルタンドゥテの別棟の寮)で、血相を変えて詰め寄るエレンに向かってブルーノは一言そう答えた。

 ちなみにこの場にいるのは、平静を装うとして装い切れず変な顔になっているエレン。あとジルとコッペリア。当事者ということでちょうど暇していたところ連れてこられたジェシーとラナ、ついでにフィーアである。


「じゃあ、“ドリス・フリデール”とかいう花売り娘から毎日のように花を買うっていうのは嘘なわけ!?」

「――うっ! いや、その、それは本当だけど……」

「やっぱり!! 見損なったわよ――いや、ずっと見損なっていたけど、今度という今度は本気で見損なったわよ! 気の毒な女の子に付け込んで昵懇(じっこん)の仲になろうとするなんて!」

昵懇(じっこん)の仲って……誰がそんなことを」


 ブルーノが疑いの視線をコッペリアに向けると、コッペリアはすかさずラナの顔を凝視して、罪をかぶせる。

 ほえ? と、いう顔で状況についていけずに小首を傾げるラナ。


 嘘だ。絶対に嘘だ。こいつラナに冤罪をかぶせやがった、と問い詰めたいブルーノだが、

「だったらどうして似合いもしない花なんて毎日買うのよ!? ルーカス殿下ならともかく、あんたに花束は絶対に似合わないわよ!」

 エレンの割と身も蓋もない言葉に、証人として同席しているジェシーとフィーアがうんうん同意の頷きを返した。


「べ、別に俺が花買ったって悪くはないだろう。自分で稼いだ金なんだし」

「ここで衣食住全部まかなって貰っている居候みたいな立場で、なに偉そうなこと言ってるのよ!」


 エレンの正論に思わず黙り込むブルーノ。


「まあまあ、ブルーノの肩を持つわけじゃないけど、実際、商売女に入れ込んでるとか、騙されて貢いでいるわけじゃないんだから、そんなに怒ることじゃないだろう」


 ジェシーが取り成すが、エレンはそれでも腑に落ちない様子で、半ば八つ当たり気味に言い募る。


「わかんないじゃないですか。こいつ馬鹿だから、いいように言われてほいほい花を買わされてるんじゃないんですか?」

「そんなことはねえよ!」

「あんたの意見はこの際、二の次なの!」


 いがみ合うエレンとブルーノの険悪な様子に、ラナはそっとジルの背後に回った。

 そんなラナの怯えた様子に、ジルはよしよしと頭を撫でながらジェシーに質問する。


「そのドリス・フリデールさんという方は、ジェシーから見てそんな性悪なタイプに見えましたか?」

「いや全然」 間髪入れずに即答するジェシー。「つーか、タイプ的にはジルとよく似ている。もっとももっと地味で薄幸そうだけどね。火事で両目を失明しているみたいだし」


 まあ……と、顔を曇らせるジルのほうを向いて、ブルーノはここを先途とばかり捲くし立てた。

「そうなんだ。もともといいところのお嬢様だったらしいんだけど、五年前に押し込み強盗に家族を殺されて、家に火をかけられすべてを失った気の毒な身の上なんだ。いまは血の繋がらないオジサンのところで暮らしているらしいけど、この人も若い頃の怪我がもとで碌に働けないってことだから、ドリスが花売りをして生計を立てているってことなんだ。だから、俺は少しでも手助けしようと……」

「他に親戚とか縁者の方はいらっしゃらないのですか?」

「いない。つーか、真っ先に残った財産をなんだかんだ言って掻っ攫って、目の見えないドリスを『傷物では嫁にも使えない』って、スラムに放り込んだ連中らしい」


 反吐が出るような話であるが、人間、金が絡むとどこまでも下劣になる人種というのは割りと多い。まだしもドリスも殺されなかっただけマシだろう。


「……絵に描いたような不幸な生い立ちの方ですわね」

 嘆息するジル。肩入れしたくなるブルーノの気持ちもよくわかるものであった。


「だろう!? 聞いたら育ててくれるオッサンも、酔っ払いで評判は良くないみたいだし、本当ならドリスはもっといいところで働けたはずなんだ。読み書き計算もできるってことだから、目さえ元通りなら――って、そうだ!」


「言っておくけど、クララ様の治癒――まして身体の欠損を補うレベルのものなら、一回に皇国金貨で三百枚からが相場だから。ちなみに帝国金貨なら五千枚ってところね」

「ごっ……!?!」


 ぴしゃりとブルーノの機先を制してコッペリアが言い切る。

 その金額に思わず絶句するブルーノ。


「この間、ギルドや宗教界、国のボンクラどもが集まって決まった統一見解よ。それもあくまで最低ラインで、状況に応じて相場は推移するわ」


 ちなみに一概に言えないがだいたい日本円で一億五千万円くらいの金額であった。

 それでも失われた四肢の欠損や見えない目が完治するのであれば安いと思う富豪は多く、いまのところ三十件ほど予約が入っている状況である。


「本当は命に値段をつけるのは好みではないですけれど……」

 本位ではないという顔で微妙な表情を浮かべるジル。


「甘いです! クララ様はご自分の価値にあまりにも無頓着過ぎます! クララ様は乞われればどんな相手でも治癒するつもりでしょうけれど、そんなことをしていては歯止めがかかりません。ならわかりやすい形でストッパーをかけるのは当然です!」


 コッペリアの熱演に、エレン、ジェシー、フィーアもうんうん頷いて同意を示す。


「つーことで、治して欲しければそんだけの金を用意しなさい。なーに、ワタシも鬼ではありません。金さえ用意できれば、優先的にクララ様の治癒リストの前に回してあげましょう」


 腕組みして偉そうに講釈をたれるコッペリアを眺めながら、エレンがジルに尋ねた。


「あの、いつの間にかコッペリアがマネージャーポジションになっているのですが……」

「勝手にやっているだけですわ。あとシャトンも対外的な折衝役を勝手に買って出てますし」


 ヒソヒソ話し合うふたりに、ジェシーも気になったことがあるのか声を潜めて話に加わる。

「つーか、いちいちそんな大金を払わないと駄目ってことは、今後は俺らも気軽に治癒をしてもらえないってことになるのか?」

「いえ、そこは妥協していただきました。私の仲間や必要だと認めた場合は、私の判断を優先して治癒してもいいそうです」


 その言葉にほっと安堵するジェシー。

 と、その話が聞こえたらしいブルーノがすかさず尻馬に乗った。


「だったら特例でドリスも――」

「んなものが特例になるわきゃないでしょうが! つーか、いちいち特例を設けていたら、決まりなんて有形無実になるでしょうが!!」


 こんな時に限って正論を並べるコッペリア。


「……そうだな。それに仮にそれでドリスさんの目を治した場合、きっと周囲の風当たりが凄いことになるだろうな。『巫女姫様の知り合いに男に色目を使ってただで治療させた娘』って後ろ指を刺されて。そうなったら、ブルーノ、お前は守ってやれるのか? 人一人を助けるってことはそういうことなんだぞ?」


 ジェシーの弟分を思いやっての言葉に、しばし俯いて煩悶していたブルーノだが、

「ちくしょう!!」

 どうしても気持ちと理性との折り合いがつかいないらしい。壁際に立て掛けてあった愛用の剣を引っ掴んで、部屋の外へと駆けて行った。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。ブルーノ!」


 慌ててそれを追いかけようとするエレンに、「ちょっと待って!」と、ジルは制止をかけて、取り出した紙にさらさらと簡単な走り書きを書いた。


「実際にドリスさんの容態を見ていないのでなんとも言えませんけれど、ある程度病状を改善できる薬はできると思います。この材料を集めれば、私のほうで霊薬(アムリタ)を作れるので、ブルーノに渡しておいてください」

「え、で、でも……」

「別に治癒術をつかうわけではないので、これなら問題はないはずですわ。――ね?」


 同意を求められて無言で肩をすくめるコッペリア。

 微笑を浮かべるジルと、にやにや笑うジェシーの顔を見比べていたエレンだが、

「わかりました! あの馬鹿は体を使うくらいしか取り得がないので、これでどうにかするように言ってきます!」

 吹っ切れた顔でそう笑って、ジルに一礼をして改めてブルーノを追い、慌しく部屋を出て行った。

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