ウ・ワ・サの侍女★ラナぽんとコッペ
央都シレントのいまや名所となったルタンドゥテⅢ号店の裏口から、狐の獣人族で今年十二歳にある(現在はまだ十一歳)ラナと、見た目は十五~十六歳のオレンジ色の髪をしたミニスカメイド服を着たコッペリアが、大きな荷物を背負って元気よく飛び出した。
「では、西の山にいるゼクスの餌やりに行ってきます!」
「行ってきまーす!」
溌剌と挨拶をするふたりとは対照的に、それを見送りにきたジル不安げな表情で、ラナの小さな体よりも大きな荷物に柳眉を下げて華のかんばせを曇らせ、その傍らに侍るエレンもまた、どーにも不審の視線をコッペリアに向けるのだった。
「本当にそれでいいの? いらない臓物やスジ肉とはいえそのまま持ってあるのは大変じゃないかしら。遠慮しないで『収納バッグ』に入れていけばいいのに」
「このくらい平気~っ」
「その通り。第一、残飯や臓物をクララ様お手製の『収納バッグ』に入れるなど言語道断! 使い捨て用の重量軽減と臭い漏れ防止用の魔術をかけた風呂敷に包んだだけでも御の字です」
ちなみに気楽に使い捨てにするつもりでいるが、通常、この二つの魔術を施術された魔道具は、最低でも金貨五枚――庶民なら半年は暮らせる――はするのが普通である。
もっとも出がけにジルが、ちょいちょいと針と糸で刺繍をして魔術をかけたものなので、そのあたり価値を理解している者はひとりもいなかったが。
「コッペリア、あんたもちゃんとラナの言うことを聞くのよ? ジル様のメイドとしては、あんたが一番の新入りなんだから」
「もちろんですよ。そのあたりワタシは人の機微をわきまえたメイドなので、きちんと上下関係は配慮しますよ。――そうですよね、ラナぽん」
いきなり『ラナぽん』呼ばわりして、ぽんぽんと少女の頭を叩くのは、立場を弁えていると言えるのかなぁ? と、先行きに不安を覚えるジルとエレンであった。
「本当は私かルークが付いていければ一番いいのでしょうけれど……」
「それはまずいですよ。勝手に出歩くなってモニカさんやカーティスさんからもきつく釘を刺されてますから」
「そうなのよね……」
そう憂い顔でため息をつくジルの横顔はとてつもなく儚げかつ妖艶で、まさに傾国の美姫そのものである。
見慣れているはずのエレンでさえ、「うおっ!」と軽く仰け反るほどであった。
「わん!(ついてくー)」
と、主人であるジルの不安を汲み取った天狼のフィーアが、仔犬モードのままてこてことラナの足元へ擦り寄る。
コッペリアよりもよほどできた使い魔の献身に、ジルは心から感謝感激しながら、「じゃあお願いね」と言ってふたりと一匹……一人と一体と一匹を見送った。
◆ ◇ ◆ ◇
冒険者ギルドには大きく分けて三つの違いがある。
まずはデア=アミティア連合王国の主要国アミティア共和国の首都アーラにある冒険者総本部を中央に頂く、大陸最大組織『大陸冒険者ギルド』である。
ちなみに通常、冒険者ギルド及び冒険者といえばここに所属している者のことを指す。
ただしアーラ市にある冒険者総本部には明確な実権はなく、あくまで各国に存在する冒険者ギルド本部の代表者が集う代表議会の総本部という位置づけであった(つまり国連に近い)。
次が通称『民間冒険者ギルド』。これは『大陸冒険者ギルド』に所属していないが、国や領主に認められた昔ながらの互助会としての冒険者組合である。
もともと魔物や野盗に対抗するための自警団や自治組織を母体として、流民や傭兵の寄せ集めから生まれたのが冒険者ギルドであるので、田舎や小国ではこうした昔ながらの『民間冒険者ギルド』の数が比較的多い傾向にあった。
もっとも近年は『大陸冒険者ギルド』にシェアを独占され、段々と規模を縮小しているのが現実であるが。
最後が犯罪者や訳アリの者が所属する『裏冒険者ギルド』。その名の通り、非合法の組織であり『民間冒険者ギルド』が犯罪者スレスレなのに対して、こちらは完全に真っ黒。公には認められていない完全な犯罪組織である。
非合法ながらこちらは金さえ出せばどのような仕事にも手を染めるので、『大陸冒険者ギルド』あるところには影のように必ず存在するとも言われる必要悪として周知されていた。
さて、そんな『裏冒険者ギルド』のひとつ『影王の爪先』に所属する『牙』級冒険者(『裏冒険者ギルド』では、実績に応じて『毛級』<『爪級』<『牙級』<『角級』<『翼級』とランク分けされている)『飢獣団』のリーダー“赤目のラルク”は、かつてない危機に瀕していた。
もともとの依頼はとある好事家からのもので、現在、央都周辺の山をねぐらにしている〈真龍〉の鱗を採取してこいというものであった。
〈真龍〉といえば竜種はもとより、地上にいる魔物のほぼ頂点に立つ存在である。まして、件の〈真龍〉は帝国の帝位継承権第五位にあたるルーカス殿下の御座龍である。
まともな冒険者ギルドと冒険者が受諾するわけがない。
そんなわけで巡り巡って裏ギルドに所属している飢獣団が受けることになったのだが、無論、彼らも真正面から〈真龍〉に挑む気はさらさらなく、巣から離れた隙を突いて、空き巣狙いのように抜け落ちた鱗を拾ってくるつもりでいた。
――そのつもりであったのだが、その目論見はあっさりと覆された。
化鳥のような鳴き声と羽ばたきの音。それも別々の方角から二種類聞こえる。
すでに二時間は走りっぱなしだが、音は途切れることはない。いまはまだ木が密集した山林地帯だからいいが、このままでは遠からず平野部へ出てしまうだろう。そうなったらもう一巻の終わりである。
「くそっ。連中、どこまで追いかけてきやがるんだ!?」
「――くっ、リーダー。アリサが遅れてきた。このままじゃ追いつかれる」
半裸の大男――一といっても熊の獣人族なので、一見すると直立した熊にしか見えないベンの切羽詰まった声に促されて振り返って見れば、一見すると十六、十七歳の娘である半妖精族のアリサが、息も絶え絶えに一同から大きく遅れているのが見えた。
白兎の獣人族であるラルクを筆頭に、ほとんどが獣人族で構成された『飢獣団』の中では、一番体力的に厳しい彼女が案の定、真っ先に脱落したようである。
一瞬、『このまま足手まといは置いていくか』と、ラルクの心で囁く声があったが、
「ちっ。しかたがない。アリサ、まだ精霊魔術は使えるな? 全員一カ所に集まって気配を消せ。そこをアリサの精霊魔術で草に覆ってもらう。上手くいけばやり過ごせるはずだ」
立ち止まってそう矢継ぎ早に指示を出していた。
「だ、だけどリーダー。上にいるヤツが焦れてブレスを吐いたら俺たちゃお陀仏ですぜ!?」
合わせて立ち止まった蛇の獣人族であるフランツが、気忙しげにうっそうとした樹木で覆われて、しかと正体が見えない頭上の追跡者を見上げる。
「それにもう一匹のほうも飛べない代わりに的確に追跡してくる。目と耳なら誤魔化しようがあるが、鼻が利くようなら姿を隠してもアウトだぞ!」
半人半馬族のカイロンは、その場を行き来しながら怒鳴りつけるように言い放つ。
「だが、もうアリサが限界だ。こうなりゃ一か八か賭けるしかねえ!」
半ば自棄でそうラルク言い返すと、他のメンバーも顔を見合わせ……苦渋の表情で立ち止まり、アリサが追いついてくるのを待つのだった。
「……承知した。どちらにしてもこのままではジリ貧だ」
ベンが真っ先にラルクの提案に賛成して、他のメンバーも、
「しゃあない。同じスラム出身の仲間を見殺しにはできないからなぁ」
「どこぞの馬鹿の道楽で〈真龍〉様の鱗を取りにきたはずが、ドラゴンもどきの魔物に追い返されるとは……」
「自業自得の悪行とはいえ、ここで仲間を見捨てたら我らは悪人ところか人でなしになるからな」
しぶしぶ同意するのだった。
「よし、ではアリサの息が整ったら――」
ようやく追いついてきたアリサがその場に倒れそうになるのを、片手で支えながら一同に指示を与えようとしたラルクであったが、ふと山の獣道を登ってくる大小ふたつの影に気付いて息をのんだ。
「だーかーらー。そもそもワタシはメイドとしてのキャリアはラナぽんの二十倍はあるわけなので、ワタシを先輩として敬うべきなの。おわかり?」
「ん~? でも、コッペちゃんよりわたしのほうが先輩だよー」
「誰がコッペパンかー。たかだか生まれて十年程度の卵の殻の取れないヒヨコが、このワタシに生意気を言うんじゃないわ。ええい、この口か、この口かっ」
「ふえー」
なぜか大荷物を背負ったメイドがふたり、山道を軽快な足取りで上ってくる。
年上のほうのオレンジ色の髪をしたメイドが、まだ十歳くらいの少女の口を口を引っ張っりながら来るのだが、お互いに話に夢中になっていて『飢獣団』の状況はまったく気づいていない様子であった。
「ば、馬鹿野郎っ。来るな、来るんじゃねえ! 俺たちを追いかけて〈飛竜〉と〈魔蛇鶏〉が来てるんだ! さっさと逃げろーっ!!」
年下の少女が胸元に仔犬を抱いた狐の獣人族だと見てとった瞬間、ほとんど反射的にラルクは血相を変えて怒鳴っていた。
だが、そんな彼の――世間一般では悪党と呼ばれる裏冒険者が――見せた咄嗟の善行を嘲笑うかのように、一際大きな羽音とともに頭上の木々を薙ぎ払って巨大な野良の〈飛竜〉が、そしてほど同時に木立の間からそれに負けない巨体をした雄鶏の胴体に蛇の尻尾を持った魔獣〈魔蛇鶏〉が甲高い咆哮とともに飛び出してきた。
「コッペちゃん、なんか言ってゆよー」
「だからコッペ言うなと。それにここにいるのは全員性別は女性型なので『野郎』は当てはまらない。ゆえにワタシたちのことではない。論理的に考えてそういうことよ」
「コッペちゃん、ほっぺ痛いよ~」
「だーかーらー、コッペはやめろと言ってるでしょう」
一切、視線を合わせず漫才のようなやり取りをしながら、ずんずん近づいてくるふたりのメイド。
そちらのほうが組し易しと見て取ったのか、〈飛竜〉と〈魔蛇鶏〉が揃ってそちらへ躍りかかる。
本来は共闘するような魔物でも、またこのような山の低層に出没する魔物でもないのだが、これも〈真龍〉がこの近辺の山に居着いた影響だろうか。
「コッペちゃん放してよ~」
「わんわん!」
「ん? なんですか。クララ様の愛玩動物とはいえ、だからといって即座にワタシが敬意を表すると思わないでください。きっちりとここらへんで上下関係をはっきりさせておきましょう」
「わん!」
……ああ、ダメだ間に合わない。
次に起きる惨劇を想像して、『飢獣団』のメンバーは、ある者は目を背け、ある者は己の信じる神に祈り、またある者は茫然と見守るしかなかった。
と、ひと声大きく鳴いた仔犬の口元から眩い光線がほとばしり、あっさりと〈飛竜〉の脳天から尻尾の先まで貫通し、さらにぶるりと身を震わせた一瞬、仔犬の全身が淡く輝いたかと思うと、空中に飛び上った〈魔蛇鶏〉が粉々になって煙のように掻き消える。
「「「「「「「…………」」」」」」」
一瞬の沈黙の後、地面に投げ落ちてきた〈飛竜〉のほとんど翼しか残っていない部品と〈魔蛇鶏〉の微かな残骸。
「……原子核分解光線に、亜光速毛弾……」
「――わーっ。すごーい、フィー」
年上のほうのメイドが頬を引きつらせながらそう呟いたところで、無邪気に抱え上げたままの仔犬に頬擦りをする狐の獣人族の少女。
はっと正気に戻ったオレンジ髪のメイドは、深々と仔犬――当然、それを抱える少女に対しても――に向かって頭を下げた。
「押忍っ。先生と呼ばせてもらってもいいでしょうか、フィーア先生!」
「わん?」
「よくわかんないって。コッペちゃん、早くゼクスのところ行こう」
「はっ! 今後ともよろしくお願いします、ラナ先輩」
「ラナぽんでいいよ~」
そう何事もなかったかのように雑談しながら、ふたりのメイドは茫然自失の『飢獣団』の前を通り過ぎていった。
「……あの、リーダー。いまのなんだったんでしょう?」
「……俺が知りたい」
とりあえずこの山には恐ろしいものが潜んでいる。そのことだけは裏ギルドを通じて周知しなければならない。
そう心に誓うラルクであった。
「問題は、ホントの事を言っても誰も信じないだろうことだよなぁ~……」
そのラルクの独白に、他の仲間たちも一様に頷いた。
6/29 誤字修正しました。




