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[閑話] 鏡よ鏡よ鏡さん・・・(後編)

 どんな男でも手玉に取れる美貌。

 大陸中の王族・貴族・権力者・有力者とつながった人脈。

 もはや公然の秘密である『巫女姫』という肩書き。

 化け物じみた魔力と、聖女に匹敵する治癒能力。

 そして、基本何をしてもフリーダムでアンタッチャブルという超帝国のお墨付き有り!


 そうした立場と実力を持ちながら、まったく留意することなくのほほーんと平和な日常を満喫することに幸せを見出している穏やかかつ清楚可憐な少女が、まったく正反対の性格に変わったとしたら!? 


「「世界がマッハでやばいっ!!!」」


 洒落抜きで地上に大魔王が降臨してしまったのかも知れない!


「ああ、僕はどうすれば……止めるべきか、それとも最後まで君の味方でいるべきなんだろうか……?!」

 愛と正義の板ばさみで煩悶するルーク。


「そこは止めろよっ! もしもジル嬢が悪魔のような性格になって、さらには淫乱ピンクと化していたとしたら……いや、それもありかな?」

 淫猥な想像をして鼻の下を伸ばすダニエル。


「君こそ自重しろっ! そんな想像をすることこそがジルに対する冒涜だ!!」


 毒・麻痺・混乱


 ダンジョンで悪辣な罠のコンボを食らったような精神的な状態のまま、それでもふたりは世界の危機を救う為に、学園内をジルを探して駆け回るのだった。


 なお、校内を探しているのは、ジルの侍女であるコッペリアが相変わらず校内にいて、ちらっと見た限り便所掃除をしていたためである。

 基本、貴族は自分で鞄や荷物などは持ち歩かないので、荷物持ち役の侍女がいるということは、そう遠くない場所にその主人がいると考えるのが妥当なのであった(なので、貴族クラスの生徒は普段は手ぶらである)。


 と、なぜか階段の下の狭い場所に、膝を抱えて蹲っている見慣れた灰色がかった金髪ドリルを発見した。


「リーゼロッテ王女? なぜこんなところに……? あ、いえ、それよりもジルを見かけませんでしたか?」


 ルークたちも良く知るこの国の第三王女(正室の長女なので王室における立場はかなり高い)、リーゼロッテ・シャルロット・アンベリールが、精彩のない表情で膝を抱えていたが、声をかけられた途端、まるで傷ついた小動物のように、

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ゆるして、ゆるしてください! ママ~! 怖いよ~っ、ママ~~ッ!!」

 取り乱してさらに壁と階段の境界ギリギリに体を押し込んで、背中を向けて泣き出してしまった。


「「…………」」

 紳士としてこの場は見なかったことにして、ルークとダニエルのふたりは無言で踵を返した。


「……まずいな」

「うん。ジルを探す前に、被害に巻き込まれてない相手を探すほうが大変そうだ」


 ため息をつきながら、さてどうしたものかと思案しながら、いつの間にか学園の中庭――セントラル・パーク並の広さの芝生に、ベンチなどが据えられた生徒の憩いの空間である――に出ていたふたりの十メルトほど前を、いかにも気弱で人畜無害そうな男子生徒が通り過ぎて行く。


「あっ、君! 確かセラヴィ君の同室の……えーと、アリエス君だよね?」


 いかにもその他大勢(モブ)っぽい顔をしたその男子生徒は、学園の超有名人で雲の上の存在である帝国の帝孫殿下に声をかけられ、ギョっとした表情で立ちすくんだが、

「で、で、で、殿下!? は、あの、僕ですか……?」

 テンパッた様子で、挙動不審に周囲を見回す。


「知り合いか?」

 まったく接点がなさそうなその他大勢以下の少年とルークを見比べて、怪訝な表情になるダニエル。それから、状況をわかっていなさそうな男子生徒を眺めて、ぼそりと、

「ま、こういういかにも舞台装置的なモブ顔は、イベントから除外された安全地帯っぽいから、確認するには適任かも知れないな」

 と、非常にメタで失礼な発言をするのだった。


「ちょっとね。それでアリエス君、聞きたいんだけど――」

「……あの、殿下。僕の名前はエリアス、エリアス・ヤン・バルテクですけれど……」

「ああ、そうか。ごめんごめん。それではバルテク卿。聞きたいんだけれど、ジルを見なかったかな?」


 尋ねられたエリアスは、「巫女姫様ですか?」と、瞬きをしながら恐る恐る答える。

「それなら、さっきまであそこの木立の先で、簀巻きになった人間みたいなのを観察してましたけど?」


 どーいう状況!? もしかして手遅れ?! と内心戦慄しながらも、表面上はにこやかに、

「そうなんだ。ありがとうアスリエ君」

「おお、じゃあな。エリスエ!」

 礼を言うのもそこそこに、ルークとダニエルは目撃証言に従って、ジルがいたという場所へ向かって走り出した。


「いや、あの、僕はエリアス……って、いいです……もうなんでも」

 結局名前を覚えて貰えなかった少年の背中には哀愁が漂っていた……。


 やたら広い中庭であるが、何しろ相手はそこにいるだけで周囲の世界が燦然と輝くほどの美貌の少女である。

 ほどなくして、ルークとダニエルのふたりはこちらに背中を向けて、中腰の姿勢で何やら観察している特長的なチェリー・ブロンドの美影を発見した。


「ジ、ジル――?」


 完全に腰が引けているダニエルを置いておいて、ルークが恐る恐る声をかけると――。


「――あら? ルーク、お帰りになっていたのですね。ご公務お疲れさまです。ダニエル様も……少々お疲れのようですけれど、ご無理はなさらないでくださいね」


 普段と変わらないにこやかな挨拶に、

「「よ、よかったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~っ……」」

 世界は救われた! と、一気に肩の荷が下りた表情で、ふたり揃ってその場にへたり込みそうになる。


「???」

 一気に風船の空気が抜けた状態になっているルークとダニエルの様子に、ジルは困惑した表情で長い髪を片手で梳きながら、小鳥のように小首を傾げるのだった。


「……そういえば、こんなところで何をしているんですか、ジル? ――と、あれ? 今日は指輪を右手につけているんですね」

 いまさらながらそう尋ねるルーク。


「ええ、ちょっと気になることがありまして。――ああ、手を洗ったときにうっかり間違えたみたいです」

 自分の足元を指差しながら、以前にルークから贈られた指輪を、いつもどおり左手の中指に付け替えるジル。


「いちいち彼女の小物にチェック入れるとか、イケメンかお前は――って、なんだコレ!?」


 やっかみ半分で茶々を入れながら、ダニエルが視線を転じてみれば、なぜか白猫の獣人族(ゾアン)の女の子が、糸のようなもので全身ぐるぐる巻きになって寝転がっていた。


「私が知覚出来る《魔力圏(スペル・バウンド)》内におかしな魔力波動(バイブレーション)が生じたので――どうも転移系の技のようですけれど――様子を見にきたのですが、私が見つけた時にはこの状態でした」

「ふーん、もしかしてジル嬢のお友達かなんか?」

「ええ。シャトンです。よくおわかりになられましたわね」

「ああ、こういう不審物はだいたい……経験で」


 なんとなく達観した表情で、「やっぱりそうか」と大いに納得するダニエルであった。


「この糸って切れないんですか?」

 ほとんど目に見えないほど細いくせにやたら強靭なシャトンを縛る糸を前に、悪戦苦闘して諦めたルークがジルに確かめる。


「難しいと思いますわ。私も以前にこれに縛られた経験がありますけど、あの時は全身の関節を一度外して縄抜けをしたのですが……他人の関節を外しても、上手くはめられるかしら?」


 こういうのって治癒術は効かないのよね~、でも物は試しでやってみましょう……と、心なしか愉しげに身動きの出来ないシャトンに覆いかぶさるジル。


「ぎゃああああああああっ。やめるにゃ! お願いですにゃ。それよりもあたしの左手を止めて欲しいですにゃ!」


 ごきごきと首の関節の具合を確認したところでシャトンの泣きが入った。

 うるうると涙目で懇願するシャトンのやたら殊勝な様子に、ルークは、ああこの子もおかしくなっているのか……と、げんなりし、ジルは戸惑った表情で手を止める。


「……えーと、シャトンよね? 生き別れの双子とか、よく似た別人ってわけではありませんよね?」


「あー……そう確認したくなる気持ちはよくわかる。けど、いま校内はこんな症状の連中が増えてるんだ」

 そう言ってダニエルとルークが口々に、学園内で見かけた性格が反対になった者たちの状況をジルに伝え、

「そういうことで、なんとか原因を掴んで元の状況に戻そうと思っているんです」

 ルークがそう締めくくった。ところ、

「――え? 直す必要があるのですか?」

「「は?」」

「だって、聞いた限り。セラヴィが正義と教義に目覚めて活動的になり、ヴィオラは王女として文句のない言動をするようになり、コッペリアは真面目になって世のため人のため働いて、リーゼロッテ様は高慢なところが改善されたわけですよね? ――あ、ちなみにシャトンはこれからどうするつもりだったのですか?」


 水を向けられたシャトンは、縛られたままひたむきな目を見開いて、

「あたしはこれまでさんざん阿漕(あこぎ)な真似をしていたのを反省して、真人間として暮らすにゃ。お金なんて必要ないので、貧しくても真っ当に働くにゃ」

「――ほら、ね?」


 そう曇りのない笑顔で同意を求められ、ルークはほとんど反射的に「ええ、そうですね!」と同意しそうになってから、慌てて頭を振って正気を取り戻した。


「いやいや。駄目ですよ! 当人が自発的に自分を変えたってことなら問題ありませんけど、これって明らかに作為的な現象じゃないですか! 当人の意思を無視した洗脳みたいなものですから、倫理的にも断固として反対です! 元のフラットな状態に戻すべきです!」


 う~~ん、そういうものかしら? そもそも本人の意思なんてそれほど確固たるものではないと思いますけれど、と、小首を傾げるジルに抗議をするかのように、シャトンの左手が地面を指先で何度も叩く。


「つーか、さっきからこの左手の動きが変じゃないか? なんか勝手に動いているっていうか、そもそもこの糸をグルグル巻きにしているのは、自分の左手だろう?」

 ダニエルの指摘に、その通りと言わんばかりに、極細の糸の端を握ったままの左手が親指を立てた。


「にゃーっ! 静まるにゃ、あたしの左腕!」

 必死に当人であるシャトンは止めようとしているようだが、左腕のみは断固として言うことを聞かない。


「何かしら、これ?」


 野生開放? 中ニ病の発作? 首を捻るジルたちの背後から不意に、

「どーやら、当人の意思がわずかながら反抗してるようですな。おそらくは最初に鏡に映した時に半端に映したんでしょう」

「「「だ、だれ!?」」」

 気配も感じなかった第三者の声に、慌てて三者三様に振り返る。


「――どーも。通りすがりの行商人です」

 一見して人畜無害な表情で、黒髪の行商人風の青年が帽子のつばに手をやって挨拶をした。


「あっ! あなたは……!」

 彼に唯一面識のあるジルが、口元に手を当てて思いがけない再会に仰天をし、ダニエルとルークは、「ああ、またジルの知り合いなのか」と、もうそれだけで納得の表情を見せる。


「あの、どういうことでしょうか?」


 当然の疑問を口にするジルに、彼――影法師(シャドウ)――は困ったようにヘラヘラ笑いながら、

「まあ細かい説明は省きますけど。自分の手元に『その人物の隠れた人格を表に出す鏡』ってのがあったんですわ」

「隠れた人格?」

「ええ。よほどの聖人君子でもなければ、どんな人間も表に出さない“抑圧された感情”ってもんが潜んでるもんです。で、その鏡はその感情を半ば実体のある影として現出させ、本体に憑依させる……ちゅうタチの悪いモンでして、もともとその人物の一部ですから魔術的な探索にも引っかかりませんし、さらには時間の経過とともに完全に本体が乗っ取られます」

「「「うわぁ……」」」

 ドン引きする一同。

「解く方法はひとつ。鏡を再封印するしかないんですけど、さて、問題の鏡が元の場所になかったんで探しておるんですが……」


 視線を向けられたシャトンだが、

「し、知らないですにゃ! 本当ですにゃ! つーか、助けて欲しいですにゃ。このままだとあたしは酷い目にあわせられますにゃ! 薄い本みたいに、薄い本みたいに!!」

 必死に泣き喚くその様子に、思わずジルたちは行商人の男に白い視線を向けるが、当の本人には蛙のツラになんとやらで、

「はっはっはっ。そんなわけないですわ~」

 軽~く、スルーをするのだった。


 と、左手が勝手に動いて地面に『ルタンドゥテ』と書く。

 その場にいた全員――セルフ緊縛をしているシャトンも含めて――が、まじまじとジルを見るが、

「――は? うちですの……?」

 まったく覚えがないとばかり、ジルは瞬きを繰り返すのだった。



【後日・ルタンドゥテ】


 紅茶と今日の日替わりのスイーツ、チーズケーキ三種(ベイクド、スフレ、レア)をそれぞれ味わいながら、

「……考えてみれば、おかしくなっていた人物の接点って言えば、ここくらいだったわけだよなぁ」

「そうだね。お店の正面にさり気なく置かれていたら、店の調度品の一種だと思って通り過ぎるものだからね」

 盲点だったと言わんばかりのダニエルの感想に、ルークも苦い表情で応じる。


 あの後、無事に『魔法の鏡』を発見・回収した行商人の男によって、再び厳重な封印をされたことで、おかしくなっていた連中は無事(?)元に戻ることができた。

 ただし、変になっていた当時の記憶はしっかりと全員が覚えていて、ほとんどの者が――ヴィオラやリーゼロッテも含めて――羞恥のあまり学園をサボっている状態である。


 ちなみに爆心地になったルタンドゥテも同様で、騒ぎの当日は従業員全員がおかしくなり、開店休業状態になっていたが、どうにかプロ根性で翌日には再開することができた。

 また、それに関係して妖精(エルフ)族のプリュイとアシミのふたりは、「ちょっと頭を冷やしてくる」と言って森に入ったまま戻ってきていない。


「でも、まあ下手をすれば僕たちも同じ目にあっていたかも知れないんだし、その意味ではジル同様に被害に遭わずにラッキーだったってところかな」

「…………」

 しみじみと安堵するルークとは対照的に、なぜかダニエルは難しい顔で考え込んでいる。


「ん? 何かまだ問題でもあるのかい、ダニエル?」

「問題……というか、ちょっと腑に落ちないことが、な」

「なにが?」


 ダニエルは難しい表情のまま、周囲の様子を窺って、声を潜めて続ける。

「おかしいと思わないか? 問題の鏡はここにあったんだぞ。それなのに、ジル嬢に影響になかったなんてありえるのか? 真っ先に鏡に気付く立場だろう?」


 確かに、その点はルークも疑問を覚えないではなかったが。

「それこそたまたまじゃないかな?」

「そうか? 考えてみろよ。あの行商人の男が言ってただろう。鏡で反転した者は性格と一緒に、左右の利き手も反転するって。で、だ、あの時にジル嬢は本来なら左手につけている指輪を、無意識に右手につけていた、つまり鏡の影響を受けていたんじゃないのか……?」


 ダニエルの鋭い指摘――ルークが恋に盲目状態という見かたもあるが――に、ルークは一瞬たじろいだが、

「だとしても全然性格が変わっていなかったってことは――あっ! そうだよっ。あの行商人が言っていたじゃないか、『よほどの聖人君子』なら変わらないって。つまりジルには裏表がまったくない純真無垢だって証明じゃないか!」

 満面の笑みで言い切った。


 その安心しきった笑顔を前に、ダニエルは続く言葉を紅茶と一緒に飲み込むのだった。


(それが理想だろうけど。もしも……もしも、反転した性格がアレだったとしたら、普段、俺たちが接しているジル嬢の見掛けの性格は、まるっきりの……)


「ふたりとも何のお話ですの?」

 そこへ、いままさに話題になっていた当人(ジル)が顔を出した。


「いや、なんてことのない話ですよ」

「そうなのですか? うふふふっ、楽しそうでしたから何かと思いましたわ」


 ルークの言葉に、普段の何も考えていないようなほんわかした微笑で答えるジルの横顔を眺めながら、帝国に残してきた、会うと口喧嘩が絶えない辛辣な婚約者を思い出して、不意に会いたくなったダニエルであった。

すみません、明日は忙しいので本編の更新は週明けになりそうです。

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