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幕間 冬の山で

第三章と第四章を繋ぐ閑話です。

 アグリコ村はユニス法国の首都テラメエリタから北部山脈を隔てた反対側の位置にある教団直参の天領である。

 本来なら代官が赴任して領内のアレコレを取り仕切るべきなのだが、あいにくと村に教会が建設されて以来、代官はおろか専任の司祭が赴任したことするない僻村である。


 人口は五百人ほどとそれなりの規模もあり、聖地への巡礼者が訪れる中継地ということもあって教団の天領となっているのだが、なにしろ、実際に赴任するとなると峻険な山脈を縫うようにして走る、ちょっと足を踏み外せば遥か崖下へ真っ逆さまな隘路を、自分の足で最低二巡週は歩かなければならなず、なおかつ空を飛ぶ魔物の被害も多々あり、十人に三人は戻ってこない。ついでにいえば夏場意外は雪に閉ざされる陸の孤島。


 ということで、ものの見事に役満が揃っていることから、代官は直接村に係わり合いなく、実質、村を取り仕切っているのは村にいる代々の名主一家となっていた。


 なお、アグリコ村には教団の天領であることを誇示するためか、村の中心部には村の規模に比較してやたら大きくて立派な教会がある。

 現在は隠居をした先代の名主に『助祭』の資格が与えられ、教会に住むことが許されているが、それはあくまで教会の管理を任せるための名目的なものであり、とりたててその人物が法術(魔術)に優れているわけでも、まして治癒術が使えるわけでもなかった。


 もっとも、巫女と治癒術師の本場であるユニス法国であっても、地方ではそれが普通であり、アグリコ村が特に恵まれていないというわけではなかった。

 名主にしても、特に傑物というわけではないが、それでも確実に良識がある……つまりは、アグリコ村はごくごく平凡な村と言えた。そう、その日までは……。



「――姫神様、姫神様。どうかお母さんをお助けください。妹をお助けください」


 村はずれにある(ほこら)を前に、今年十一歳になる少女ハスミンは必死に祈りを捧げていた。

 村の中心には立派な教会があるが、その教会ができる前からこの村を守ってきたという『姫神様』に対する素朴な信仰は、村の年寄りや貧しい者たちを中心にいまだ根強く残っていた。


 いまにも雪が降り出しそうな曇天の下、寒さに震えながら、ひと通り祈りを捧げていたハスミンは、意を決して傍らにあった背負い籠を手元に引き寄せると、

「村の薬師様のお話ではラーヌンの花とシマスナトカゲの肝があればお薬が作れるそうです。でも、シマスナトカゲは山の山頂近くにしかいなくて、ラーヌンなんて花は見たこともありません……でも、どうかお慈悲をください姫神様。どうか、どうか見つけられますように……」


 春先に咲く高山植物のラーヌンの花があるわけがない。まして、すでに山裾近くまで雪が積もって北部山脈に、年端も行かない村娘がひとりで登ろうなどと言語道断、沙汰の限りである。

 薬の材料を教えてくれた薬師も、「知人に連絡をして探してもらっているので、それまで辛抱するんだよ。間違っても自分で探しに行こうなんて浅はかなことを考えたりしちゃいけないよ」と、口を酸っぱくして言い聞かせていたのだが、日々衰弱していく母と妹を前に、不安と焦りからハスミンはついに最悪の決断を下してしまったのだった。


 もしもこの場に出稼ぎに行っているハスミンの父親か、村の大人がひとりでもいれば、体を張ってでも少女の無謀を止めたのであろうが、幸か不幸かこの場所にはハスミンひとりである。


 ハスミンは最後にもう一度祠に一礼をして、籠をしっかり背負い直すと、目の前にそびえる北部山脈の地元の人間しか知らない獣道へ、ためらいなく足を踏み入れるのだった。



 どれほど進んだろうか。

 体感的にはかなり登りつめたつもりなのだが、いよいよ降り出した雪と、不安定な足元、何より探し物をしながらとあって、実際のところは祠の場所から直線距離で五百メルトも離れていないその場所で、ハスミンは途方に暮れていた。


「……寒い……」


 ラーヌンの花どころかぺんぺん草一本生えていないその事実を前にして、ハスミンはいまさらながら身を切るような寒さと疲れを感じて、震えながら近くにあった倒木に腰掛けた。


 薬師様の言うとおり、やっぱり無理だったんだ。もうこんな時間だし……だけど、もしかしたらシマスナトカゲくらいなら見つかるかも……。


 もう少し、もう少しだけ先へ進もう。そう決意した刹那、どこからか猫のような怪しげな獣の鳴き声が聞こえてきて、ハスミンの全身に寒さとは別の震えが走った。


「――――!?」


 反射的に立ち上がっていまきた道を戻ろうとしたが、寒さでかじかんだ足がもつれて、

「あああっ――痛っっっ!!」

 もんどりうってその場に倒れ伏してしまうハスミン。


 ――ニャオォォ~~~~~~~~ン!


 そこへ、先ほどよりもさらに明瞭に獣――或いは魔物かも――の鳴き声が聞こえてきて、慌てて立ち上がろうとしたハスミンだが、

「い――痛いっ!?!」

 両方の膝が割れ、右足首も捻ったのか折ったのか、かなりの痛みで地面に触れることすらできない。


 歩くことはおろか這いずるのも難しい現状――。

 これを前に、やっとのことでハスミンは命の危機を自覚した。


「――た、助けてっ。お父さん、お母さん、姫神様!!」


 泣きながら必死に、両手と片足で這いつくばるようにしてその場から逃れようとするハスミンだが、その歩みは遅々として進まず、それに反して山の上のほうから大きな動物のような何かの足音と、気配とがどんどんと迫ってくる気配が――。


「第一村人発見なのです。やはりこの方向で正解、ワタシの見立ては正しかったのです!」

「どこがだ!? お前の口車に乗って、やたらでっかい剣歯虎(サーベルタイガー)や雪豹らと遭遇しながら山……っていうか山脈をふたつも超えてやっとだぞ。俺とジルじゃなければ絶対に死んでたところだ」

「むう、愚民如きがワタシを糾弾ですか?」


 やたら騒々しい声をたてながら、オレンジ色の髪をしたハスミンより五歳くらい年上の女性――この季節にこの場所で半袖、ミニスカートのメイド服である――と、擦り切れた聖職者がよく着る法衣(ローブ)を身に纏った十三歳くらいのボサボサ黒髪の少年、そして――。


「……あら? 貴女、怪我をしているのではありませんか? ちょっと待ってください」

「っっっっ……!?!」


 ハスミンがこれまで見たこともない、一目見ただけで怪我の痛みや恐怖、警戒感はもとより、息をするのすら忘れ惚けるほど美しい、ピンク色がかった長い金髪に翡翠色の瞳をした少女が進み出てきた。


「“治癒(ヒール)”」

 と、唖然とするハスミンへ向けて、手にした金色の杖を向けた少女が一声かけただけで、一瞬にしてハスミンの酷かった怪我が治ってしまった。その他の打ち身や切り傷、満身創痍とすら言っていいレベルの全身が嘘のように癒され、いまでは瘡蓋(かさぶた)すら残っていない。


「……あっさり治癒するなぁ」

「女の子ですから、後遺症があったり傷が残ったりしたら大変ですもの」


 メイドとの口論を切り上げた黒髪の少年が、しみじみとした口調で感想を口にし、金髪の美少女は当然という口調で返しながら、いまだ茫然としているハスミンの手をとって、倒れた拍子についた汚れを、ぽんぽんと手で払いながら立たせてあげる。


 間近でまみえたその吸い込まれそうな美貌と、いま我が身に起きた奇蹟を前に、知らずハスミンは慄きながら、掴まれた手にすがりつくようにして、その場に改めて膝を突くのだった。


「ひ、姫神様。ああ、姫神様!」


「「「…………。……はあ?」」」

 頭を下げていたハスミンには見えなかったが、“姫神様”を筆頭にした三人は、同時に顔を見合わせてそれはそれは間抜けな声を発した。


 そんな彼女たちの姿を、面倒臭げに羽の生えた子猫が見守っていた。

この後、村に連れて行かれたジルはハスミンの母と妹を治癒して、なし崩しで村の生き神様扱いされます。

で、それで話題になって翌年の夏に聖都へ招聘されるという流れです。


書籍版のための書き下ろしとして考えていたのですが、某アニメの12.1話を見て、へらじか監督は偉いなぁ、こういうサービスは見習わないと(`・ω・´)

ということで、Webで更新してみました。

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