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[閑話] 王子様のお家騒動と恋の行方(其の三)

「相変わらず難儀な性格の女子(おなご)じゃの、ジルは。器が大きいんだか、あるいは単に底が抜けているのやら、わらわでははかりきれんわ……。それで、ルーカス殿下としては、(くだん)の馬鹿王子にいかような処断をお望みかな?」


 面白がるような、それでいて抜け目なく相手の心中を推し量るようなリーゼロッテの眼差しに対して、

「別段何もするつもりはありません」

 と、ルークは飄々とした普段通りの態度で応じる。どうやら騒ぎから一日経過したことで頭が冷えたらしい。


「……ま、正直、仕返ししてやりたい気持ちがなくはないのですけれど、さすがに国がらみで公私混同をするほど大人げなくはありませんし、第一ジルが嫌がるようなことは絶対にしたくありませんから」


 軽く肩をすくめるルークの表情と口調に嘘がないことを見て取って、密かに呼び出されて以降、若干身構えていたふたりの王女の間に、ほっと安堵……いや弛緩した空気が流れた。


「――ふふ、賢明だね」

「うむ。てっきりジルのことでいきり立っているものと思っていたが」


 紅茶ではなくコーヒーカップを傾けながら、好ましげに口角を上げるヴィオラと、満足そうに頷きながらも若干不満そうなリーゼロッテ。

 そんな友人の珍しく煮え切らない態度に、ヴィオラは『おや?』という怪訝な表情になった。


「心なしか残念そうだね、フロイライン・リーゼロッテ?」


 空になったカップをソーサーに戻すと、どこからともなく幼女――正確には二・五頭身ほどの黒髪紅瞳の女の子を模した人形が数体、ちょこまかとやって来てすかさず珈琲のお代わりを注いでくれる。

 なんでも理事長専用の『児童……もとい、自動給仕人形、“ネハイク”よ』だそうで、見た目はどう高性能らしく、何も指示しなくてもテーブルを拭いたり、ワゴンでデザートを運んできたりと、甲斐甲斐しく仕事をしてくれている。


 この場にジルがいたならば、人形とはいえ見た目が幼児たちに給仕をさせることに罪悪感を覚えていたたまれないか、あるいはハラハラと一挙一動を見守って落ち着かないところだろうが、ここにいる三人はこれが当然――たとえ三歳児だろうと、給仕は給仕の仕事をするものと、はっきりと割り切った価値観の世界で生まれ育ったため、特に思うところなく、自然体で接待を受けていた。


「ふん、相変わらず目敏いのおぬしは。――ああ、すまぬのルーカス殿下。ただの個人的な我儘のようなもの……つまらない想像を巡らせたのじゃ。もしもわらわが我が背の君たる恋人と逢引中に同じ立場になったなら、と考えての」


 そういえば彼女には下級貴族の恋人がいるとか言っていたなァ。確か、いまは実績と箔をつけるためにグラウィオール帝国に留学しているそうだけれど……。と、ルークは以前聞いた話を思い出した。


「仮にどこぞの小国の王女が、身分を傘に着て我が背の君を侮辱したのなら、わらわはあらゆる手段を講じてその者に身の程をわきまえさせるであろう。たとえ背の君がそれを望まなくても、わらわの気が済まんからの。それがわらわのケジメであり愛の形であるゆえ」

「ふふっ、フロイラインらしい苛烈さですね。僕なら誰にも悟られないうちに、その無礼者が存在した痕跡すら消してやるところですね。こう、真綿で首を絞めるように……」


 傲然と宣言するリーゼロッテと、ほの黒い微笑みを浮かべるヴィオラ。

 気のせいかルークの目には、リーゼロッテの背中に燃え上がる炎が。ヴィオラの背中には蝙蝠の羽と先端の尖った尻尾が垣間見えた気がした。


「まあ、貴族や王族は矜持と体面で成り立っているようなものですからね。目には目をどころか十倍返し、百倍返しが一般的だとは思いますが……」


 とりあえず一般論として同意を示すルークに対して、リーゼロッテは柳眉を引き上げ、ヴィオラも心外そうに顔を顰めた。


「ルーカス殿下、わらわをそこらへんの陰険ボンクラ貴族どもと一緒くたに考えておるのか? 見損なってくれるな。わらわは自分の手を汚さず、部下に任せて悦に耽るほど怠惰ではないぞ。やるなら我が手で直接じゃ!」

「同意するよ。でないと意趣返しにならないだろう?」


 いずれも大陸屈指の姫君のはずなのだけれど、なんでこう武断というかアグレッシブなのかなぁ、少しはジルの奥床しさ……お淑やかさを見習って欲しいものだけど、と密かに嘆息するルークであった。


「……まあ、やり返すといっても、さすがに直接この拳で殴り飛ばすほど過激ではないがの。ジルあたりなら相手が泣いて謝るまで、全力で殴り飛ばしそうじゃが」

「ああ、ありそうですね。ジルなら僕たちと違って、真正面から相手をふるぼっこにしそうですね」

「であろう? あれは腕力と豪胆さにおいても、大陸最強の姫君じゃとわらわは睨んでおる」

「違いない」

「「はははははははっ!」」


「…………」

 揃って朗らかな笑い声を放つふたりの姫君とは裏腹に、ルークは複雑な思いで無言のまま紅茶を啜った。反論しようとしたのだが、意外とありそうだと思い直して、さりとて積極的に肯定するのもはばかられ、結局は無言を貫くしかなかったのだった。


「――まあとりあえず、わらわたちのことは置いておいて、ジルに関しては特に復讐やら仕返しやら考えていないようで重畳であるし、懸念していたルーカス殿下の暴走もないようで安堵したわ」


 しみじみとした口調で付け加えるリーゼロッテと、同意の首肯をするヴィオラの様子に、ああなるほどとルークは合点がいった。

「ジルのことで僕が暴走していないか、懸念していたというわけですか。なるほど……申し訳ありませんでした」


 軽く頭を下げるルークに、

「ふふん。やはり殿下は聡明じゃな」

「ええ、余計な心配をしていたみたいですね。――しかし、そうなると今回のこの会合はどういう趣旨のものになるんでしょうね?」


「それなのですが……」

 居住まいを正したルークが、前日夜のやり取りを思い出しながら説明を続ける。


「例の亡国の王子たちは割りとどうでもいいのですが、問題は第五王子カミロ・セルヒオ・セトラ殿下の恋人であるジリオラ嬢のことです」

「ふむ。確かに泣いていた女性をなんとかしたいと思うのは道理だね」


 女尊男卑の権化たる男装の麗人ヴィオラが、当然とばかり口を挟む。


「おぬしではあるまいし、そんな理由ではあるまい?」

 辟易しながらルークに水を向けるリーゼロッテ。


「ええ、その彼女はここ央都で『ルタンドゥテ』を開店する際に雇用した女給のひとりで、たまたま店に来たカミロ王子が一目惚れをして、そこから交際が始まったとか」

「ひゅ~♪ 一目惚れ――いわゆる“雷の一撃ル・ク・ドゥ・フードル”に見舞われたというわけか。それで実際に交際に発展させるとは、意外と情熱家なんだね、その王子様は」


 デミ=アミティア特有の洒落た言い回しで、軽く口笛を吹きながら(本来、女性が行っては品格を疑われる行為である)茶化すヴィオラ。


「ふふん。まるでお伽噺じゃな。平凡な町娘が王子の目に止まるとは……。じゃが、物語と違って、何の後ろ盾もない町娘が王宮でつつがなく暮らせるとは、正直思えんな。伝聞でしかないが、わらわはそのエト・ケテラの王子が信用できん」

「第三王子のことですか?」

「いや、第五王子のほうじゃ。品性はともかく、第三王子が弟の第五王子に言ったことはあながち間違いではない。特にエト・ケテラ王国のような小国ではな。あるいは第五王子が周囲の雑音を黙らせられるほどの気概があるのなら、あるいはその恋を成就させることも可能かも知れんが、そもそも一目惚れという浮ついた気持ちが立脚点では、いささかどころか心もとない」

「ふむ。確かに俗に一目惚れは熱病のようなもので、熱しやすく冷め易いとも言いますからね」


「……それも極端な意見だと思いますけど」

 王女ふたりの割と辛辣な評価に、思わず……という口調でルークが口を挟んだ。


「ふふん。同じ一目惚れ同士、シンパシーでも覚えたかや、ルーカス殿下?」


 問われて鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってから、

「いえ、違いますよ。そもそも僕のジルに対する気持ちは一目惚れとかではありませんから」

 雷に打たれたわけではないと無造作に頭を振る。


「ぬ――!? いまさら恋ではないと言うつもりか?!?」

「いえ、恋なのは間違いありません。でも一目惚れではなくて、もっとこう自然で……ちょっと説明しづらいですけれど、気がついたら彼女のことだけを想っていた。それが僕のジルに対する感情です」

「ふーむ。わらわははっきりと言葉に出してお互いに気持ちを確認して、恋を自覚したものじゃが……。殿下はその感情がはたして恋かどうか、疑ったりはせんのか?」

 自分でもどうにもお節介だとは思いつつ、大事な友人であるジルとルークふたりの関係にリーゼロッテは踏み込んだ。


「いえ、全然」

 だが、そんなリーゼロッテの意気込みに反して、ルークは一瞬の躊躇もなく笑顔で言い切った。

「僕は一瞬たりともこの恋を疑ったり迷ったりしたことはありません。ジルのことを想うだけで世界が輝いて見える。これが恋じゃなければ、世界には恋なんてありませんからね」


 一点の曇りもないその笑顔を前に、リーゼロッテは紅茶を飲み干し、

「ご馳走様……じゃの」

 すかさずおかわりを注ごうとする自動給仕人形ネハイクに、

「次はアップルティーで頼む」

 と注文を着け、

 ヴィオラは悪戯っぽい笑みを貼り付け、

「そういう甘い言葉は僕たちではなくて、ジル本人に言うべきでしょうね。優先順位を間違えてますよ」

 茶化すようにコメントするのだった。


 ◆◇◆◇


「ぬおおお~~~~~~~っ! ラブコメの波動を感じる!!」


 いきなり激高したメイ理事長を前に、思わず私は使い魔(ファミリア)のフィーアを抱えて逃げる態勢になっていました。


「え!? なんですの、突然」

「わわわん!(怖い~っ)」


「……くっ、この学園の敷地内で、嬉し恥かしの告白が行われている、そのフラグをビンビン感じるわ!!」


 エキサイトしまくる理事長ですが、

「……いや、まあ、年頃の男女が通う学園ですから、当然、その手のイベントはあるかと」

 まあ、私には無縁の話とは思いますけれど。


「――なんか余裕ぶっこんでるわね。そもそもあんたみたいに、『私、モテなくて~』と自虐風に自慢している女が、無防備でうろうろしているから世間の女子が割りを食うのよ! うちのトップもそんな感じでフリーを貫いているから、アレもコレも『お嬢さんペロペロ』とか『ひーちゃんラブ♪』とか百五十年くらい変わらないし、あんたも自覚あるわけ!?」

「よ、よくわかりませんけど、八つ当たりのような……」


 よくわからないけど、とりあえず謝っておいたほうがいいかなぁと思える理事長の剣幕でした。

自動給仕人形『ネハイク』=Neo・Hi・Yu・Ki=頭文字をとって略して『NEHYK(ネハイク)』です。


皆様のご声援のお陰で、モーニングスターブックス『リビティウム皇国のブタクサ姫4』。3月29日発売です。ありがとうございました!

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