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[閑話] 王子様のお家騒動と恋の行方(其の二)

 ドミニク・マクシミリアン・バルツァーレク将軍は困惑していた。


 当年とって四十七歳。グラウィオール帝国において代々の軍人として名を馳せる伯爵家の当主であり、同時に帝国南方方面軍の将軍職を二十年以上に渡って務める海千山千のドミニク将軍であったが、目前で帝国の協力に対して賛辞を振りまくこの男――青年と言うにはトウが立つが、さりとと中年というのもはばかれる――エト・ケテラ王国の第二王子アナクレト・イケル・セトラの言動には、どうにも戸惑いを隠せないでいた。


「すてきですわ~、バルツァーレク将軍閣下。こんな鮮やかに混乱を治められるなんて、ワ・タ・ク・シ、大・大・大感謝。感激ですわ~! 仕事ができてダンディなオジサマなんて、サ・ス・ガですわ~♪」


 隣国との戦争の最中に魔物に蹂躙され、国王と第一王子が討ち死。おまけに国内の戦力のほぼ全軍にあたる五千人の軍人(徴兵された農民や冒険者も含む)のうち六割以上が未帰還。

 さらには思いがけない魔物の『暴走』(スタンピート)により国土の半分が蹂躙され、国としてほとんど機能不全となっているエト・ケテラ王国。


 この緊急事態に、治安維持の名目で乗り込んできたのがドミニク将軍率いる帝国南方方面軍三個師団である。


 外交ルートで支援の要請を受けたとはいえ、完全装備の大陸最強国三個師団二万人からが雪崩を打って国境線を越えてやってきたわけである。本来であれば、帝国の侵略行為、火事場泥棒などなど、非難してもしかたのない暴挙であったのだが、こうして離宮のひとつで出迎えてくれた生き残りの王族――王子のうちでも最年長にあたる第二王子の態度は、どこまでも柔らかなものであった。


(――というか、なんでこの王子はいちいちケツを振りながら喋るのだ……?)


 お尻をフリフリ、体をくねらせて感謝の言葉を述べるアナクレト王子を前にして、ドミニク将軍以下帝国南方方面軍の重鎮たちは、どうにもペースを掴めず無言で目配せをし合うのみであった。


「あー……アナクレト殿下」

 意を決して口火を切るドミニク将軍。


「ほほほほっ、なにかしらバルツァーレク将軍閣下?」

 お尻フリフリ♪♪♪


「…………」

 目の前でいい年こいた男が満面の笑みを浮かべながら、いちいちケツを振る。一瞬、ドミニク将軍の視界が斜めに傾いた。


 この悪夢のような光景を前に、いかなる戦場を前にしても臆することのなかった背筋に震えが走るのを自覚しつつ、ドミニク将軍は表面上は平静な顔を取り繕い、この建物――王族の離宮とは思えないほど質素で閑静な応接間を見回して続ける。


「確認をしたいのですが、エト・ケテラ王国の代表者として殿下が我が国に救助を要請した。その認識に齟齬はございませんか?」


「ええ、そうなりますわね。大変だったのですよ~。敗戦の報を聞いて暴動は起きるわ、山賊ははびこりわ、義母弟たちは尻に帆かけて国外へトンズラするわで。正規のルートを使えなくて冒険者ギルド経由で親書を送らなければ届かなかったでしょうね」

 ケツぷりぷり♪♪♪


 さっさと故郷へ帰りたいな。と強く願いなら将軍は続ける。

「ふむ……。確か現在、生存が確認されている主だった王族は五人。うち第三王子のシリノ・エロイ・セトラ殿下はリビティウムで、第一王女のイラーナ・アマリア・セトラ殿下はデミ=アミティアにて亡命政府を宣言して、次期国王として名乗りをあげていらっしゃるのですが、このことをご存じでしょうか?」


「あら~? そうなの? あの子たちも息災そうでなによりだわ~」

 プル~ンプルプル♪


 王位ウンヌンには特に言及せずに、プリプリお尻を振って、「おほほほほっ!」と口元に手を当てて重低音の笑い声を響かせる第二王子を前に、

「「「「「「「「「「……う、う~~~~~~む」」」」」」」」」」

 帝国の軍人たちと、離宮に残っていたエト・ケテラ王国の貴族、官僚たちが期せずして、困惑の呻り声をハモらせたのだった。


 ◆◇◆◇


 グラウィオール帝国現皇帝陛下の直系帝孫にして、帝位継承権第五位にあたるルーカス・レオンハルト・アベルは怒り狂っていた。

 おそらくは人生で一番怒っていた。

 あまりにも怒りが大きすぎて、一瞬でメーターが振り切れ、自分が平静を失っていることすら自覚がないまま激怒していた。


「ちょっ、ちょっと、ルーク? ルークさん? ルーカス殿下ー? グラウィオール帝国万世一系の帝族にして、現帝位継承権第五位の帝孫様、聞こえてますか~?」


 いまいましい高級レストラン(リストランテ)の玄関先で回れ右をして、待たせたままになっていた馬車へ戻る。

 手を握ったままのジルが盛んに話しかけてきたけれど、いまは一刻も早くこの場所から離れたいので、あえて聞こえないフリをして思索に耽る。


 あと、騒ぎを聞きつけてやってきた店のマネージャーらしいタキシードの中年男性が、ルークの身分を知ってその場で泡を吹いて卒倒した。


 ルークの胸中に占める思いはただひとつだけ。


 ジルを、この世で最も可憐にして清楚な、姫君の中の姫君とも言える大切な少女を、自分と公衆の面前で側室に、などとほざいたエト・ケテラ倒すべし、慈悲はない――!!! 


 ◆◇◆◇


 そうして、休み明けの皇立学園。

 完全に外界から隔離された理事長謹製の亜空間――通称『不思議時空』にて。


 申請をして、教導官(メンター)が許可をすれば利用できるその場所――ちなみに基本的に真っ白で何もない空間を、任意でカスタマイズすることができる。今回は十メルト四方の正方形の中央に、肘掛つきのソファと、傍らに湯気を立てる紅茶が置かれた小テーブルが配置されただけの殺風景極まりないものであった――において、次の世代を担うであろう大陸三大巨頭会談が行われていた。


「エト・ケテラ……帝国領なら、せいぜい騎士爵か準男爵が代官を勤める程度の領土しかない小国。なおかつ隣国との紛争とその後の魔物騒動で屋台骨が折れる寸前。しかも、後継者争いで宮廷内は紛糾している。で、問題になっているのはその当事者である第三王子……。面倒じゃのぉ。小国でも王族は王族、名目上は妾たちとまあ同格と言える……が、まさか我が膝元で次期帝国皇帝陛下の御宸襟(ごしんきん)を悩まさせるとはのぅ」


 馥郁(ふくいく)たる香りを放つ、クレス自由同盟産の高産地茶(ハイグロウンティー)を楽しみながら、螺旋を描く見事な巻き毛の少女がため息をついた。

 彼女こそこの国、シレント央国の第三王女であるリーゼロッテ・ユーリア・シレント殿下ある。もっとも第三王女とは言え、正室の長子に当たるためその立場は国内で確固たるものであるのだが、それはまた別な話である。


「――それにしても、第三王子が我が央都において亡命政権を宣言しておるとは聞いておったが、第五王子が先に留学中とは聞いておらんかったのう。平時ならともかく、この緊急時に気付かなかったのか、あるいは報告を上げる必要がないと判断したのかはわからんが、これは官僚どもの綱紀粛正が必要であるの。どちらにせよ、この央都での不始末は妾にも責任はある。ルーカス殿下及び我が友ジルには衷心よりお詫び申し上げる」


 カップを置いたリーゼロッテが立ち上がると、ルークに対して深々と頭を下げた。

 なお、リーゼロッテは王族間の立場は『同格』と評したが、実際のところは、大陸四大強国に数えられるグラウィオール帝国とリビティウム皇国に比較して、エト・ケテラ王国は、それこそ獅子と毛虫程度の違いがあり、ちょいと両国がクシャミヲすれば吹き飛ぶような関係である。


 だが、小なりとは言え独立国。さらには自称とは言え名目上はエト・ケテラ王国の正当王家継承者を標榜するシリノ・エロイ・セトラ第三王子。ただでさえデリケートなこの時期に、帝国皇帝継嗣のルークが表立って彼を非難することは問題であるため――なにより、ジルがそれを望まないでいるため――当人としては、忸怩たるものはあったが我慢を強いられるしかなかった。


 その結果が、この秘密会合である。


「こちらでも軽く調べてみたけれど、あまり良い噂は聞かないね。特に第三王子のほうは身分を傘にきて、次々に女性に手出しをしているとか。まあ、よく聞く話ではあるけれどね」


 軽く肩をすくめてみせるのは、妖しい魅力の男子生徒……の制服を着た男装の麗人たる、大陸四大国の一角、デミ=アミティア連合王国の枢軸国サフィラス王家の第一王女であるヴィオラ・イグナシオ・サフィラスであった。

 続けて彼女(彼?)は、ルークに問いかける。

「実際のところ、その気になればルーカス殿下……いや、噂に聞く“システム”。帝国の報復機関が動けば、あの程度の国などひとたまりもないだろうに、僕たちに相談を持ちかけるということは、その手段をとる予定がない、と理解していいのかな?」


 この“システム”というのは、帝国が一千年かけて大陸全土に張り巡らした情報及び人的なネットワークのようなものである。その全貌は皇帝陛下その人でさえ把握できていない――否、意図的に認識から外れるようにできている。


 この“システム”の恐ろしいところは、“(ウィード)”と呼ばれる諜報員が連綿と、それこそ数百年に渡り代々潜伏しているところにある。


 すなわち場合によっては、国家の中枢に位置する貴族や、あるいは信頼する仲間、愛する家族がある日、突然に恐るべきスパイや暗殺者に変ずるところにある。

 そこには帝国が関与した形跡も、証拠は微塵もない。ただ必要と認めた場合には、機械的に事をなすだけである。ゆえにいつしか“システム”と呼ばれ、他国から形なき恐怖として密かに畏怖されているのであった。


「いまのところは、ジルがそれを望みませんから」

 憮然とした顔と口調でそれに応じるルーク。

「と言うか気にしていないみたいですからね。『人の想いまでに干渉するつもりはありませんし、それを口にするしないは当人の自由ですから、直接私やその関係に迷惑が掛からない限り特に問題はありませんわ』だそうです」


 その時にジルが浮かべていたであろうのほほーんとした微笑みまで想像できて、リーゼロッテとヴィオラが好ましげな苦笑を浮かべた。


「何と言うか……ジルらしいのぉ」


「あと『世の中平和が一番』だそうです」


 ついでとばかり付け加えられたルークの語るジルの、それだけ聞けば殊勝な台詞に、リーゼロッテとヴィオラは思わず……といった調子で顔を見合わせた。


「ジルらしいと言えばジルらしいが」

「好むと好まざるとに関わらず、平時に乱を引き起こす――実際、こうして大陸主要国の面子が揃って暗躍せざるを得ないわけですし――契機になる彼女(ジル)に言われると、皮肉としか思えませんね」

「まったくじゃの。で、その肝心のジルはおとなしくしておるのか?」


 どーせ自重なんぞしていないだろう。と言わんばかりのリーゼロッテの問い掛けに、ルークは粛々と頷いて見せた。


「ええ。なんでもあの時に愁嘆場の当事者だった女性がルタンドゥテの従業員だそうで、その関係で首を突っ込むみたいですね」


「やはりな」

 さもありなんとばかりリーゼロッテは頷く。

3/21 修正しました。


〈次回予告〉


「下手をすれば内戦になり、多くの無辜の民や生きとし生けるものたちに被害が及ぶと思うのです。なにか良いお知恵はありませんか、メイ理事長?」

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれたわね。『神魔聖戦(フィーニス・ジハード)』直後、混乱した国々が無駄な戦争を起こさないようにと、私たちカーディナルローゼ超帝国が考案した代理戦争方式の決着方法、その名も――」


「「「えっ、同じ条件でスポーツを!?」」」


「そう、古来よりスポーツが戦争の代理手段として存在するのは自明の理!」

「そうでしょうか?」

「甘いわ。某球蹴りは元々村同士の紛争から、相手の首を切って転がしたのが起源だし」

「私の知っている球蹴りなら、そのトンデモ起源は俗説のはずですけれど……?」

「まして国際大会ともなれば、国威発揚やナショナリズムが切っても切り離せない……なら、スポーツで勝負を決めればいいじゃない! というのが超帝国緋ゆ……神帝サマのご意向なのよ」

「発想が脳筋ですわね」

「でもって、白黒はっきりさせるために、命がけにしたほうが確実だろうという幹部たちの意見があっていまの形になったのよ」

「それ本末転倒ですわよね!?」

「具体的には目的の階層へこのボールを先に設置した者が勝ち。名付けて『ダンジョン・ボール』!!」

「超帝国の偉い方々っておバカなんですか!?!」

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