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狼さんと森の小さな魔女(前編)

明日(10月11日)『リビティウム皇国のブタクサ姫 3 』(モーニングスターブックス)発売記念です。

あと、作中の時期的には1章(11歳)の秋の頃になります。

 夕焼けがコマールの村を朱色に染め。畑仕事を終えた村人が三々五々と家路につく時間帯。


 古来から黄昏時、或いは逢魔時(おうまがとき)と言われ、魔物に遭遇するといわれるその時間であるが、幸いにしてこの村の周辺にはさほど凶暴な魔物もおらず、また、辺境中の辺境として名高い旧ドミツィアーノ領では碌なアガリもないため、夜盗や山賊の類いもおいそれとは出没しなかった。


 そんな一日の終わり、村外れにある機織り小屋で機織りの手伝いを終えて、ソフィーとローラともに十一歳の少女が、仲良く雑談しながら歩いていた。

 自給自足では暮らしていくにも困難な僻村にとって、村の女たちが織る麻や毛織物は重要な交易品になる。


 いまだ成人もしていない七~八歳ほどの少女であっても戦力としてカウントされ、農業の繁忙期以外は機織り小屋に詰めて仕事をしなければならない。

 まして十一歳ともなれば一人前とは言わないまでも、半人前の大人として扱われ、日が出てから沈むまで、ほぼ一日中休みなく働くのが普通であった。


 そんなふたりだが、どうにか一日の仕事を終えた気の緩みから、また村では数少ない年頃の女友達ということもあって、リラックスした雰囲気で雑談に花を咲かせていた。


「で、トーマスの奴ってば隣村のエレンに気があるみたいで、なんだのかんだの理由をつけては、隣村まで半日かけて歩いて行くのよ。大人もわかっていて適当に口実をやって送り出してるみたいだけど、バカじゃないの」

「あー、開拓村の村長の娘だっけか? 確かにこのあたりじゃちょっといない可愛い子だからねぇ」

「そうそう。うちみたいな寄り合い所帯の村と違って、あっちは帝国(お上)の肝いりで作られた開拓村で、しかも村長の娘でしょう? しかも器量もいいとか、どう考えても高嶺の花だっつーのに」

「ふふ~~ん。つまりソフィーとしては、トーマスに高望みをしないで、もっと身近な相手を見て欲しい。――ということですかねぇ。うししししッ」

「なによ、ローラその笑いは!」


 そんな他愛ない少女らしい恋バナを咲かせていたふたり。話に夢中になっていたせいか、道の先に村では見たことのない黒いコートの男が立っているのに気付くのが遅れてしまった。


 先に気付いたのはローラのほうであった。

 はっとした顔でその場に立ち止まって、慌ててソフィーの手を引いて知らせる。

 一瞬目を白黒させたソフィーだが、ローラの真剣な顔と視線の先を見て、こちらもすぐに警戒心MAXな表情になった。


 そんなふたりの前に、黒コートの男が道の真ん中に立ち塞がるようにして歩みを進めてきた。


「……ハアハア。お嬢ちゃんたち、あの村の子かな?」


 人の足で踏み固められただけの小道の真ん中に仁王立ちになって、肩で息をしながらそう問いかける男。

 周囲は半分枯れてきてはいるものの少女たちの背丈ほどもある雑草が生えた休耕地で逃げ場はない。


「「…………」」

 無言のままソフィーとローラは不審と当惑の視線を交わした。


 赤茶(マルサラ)色の髪をした、一見するとごく平凡な容姿の二十代半ばほどの男だが、どことなく荒んだ……堅気の商売についていないような雰囲気をまとっている。秋も深まってきたので膝丈のコートはまあ当然として、問題はそのコートの裾から毛脛まみれの膝下が見えている点である。

 ショートパンツか膝丈のズボンを履いている……と、信じたいところだが……。


(誰これ? 知ってる、ローラ?)

(知らないわ。こんな変な奴)


 アイコンタクトで会話をしてお互いに警戒を促し合うふたりの少女。

 狭いコミュニティでお互いに家族づきあいをしている村人同士、お互いの親戚(そもそも村人全員が親戚のようなものである)や知り合いの顔も大抵知っているが、眼前の男にはまったく見覚えはない。

 村に一軒しかない旅籠(はたご)に旅人が来たという話しも、噂話に関しては地獄耳の同じ機織り小屋で作業していた村の奥さんたちの話題には出ていなかった。

 ひょっとするといま着いたばかりの旅人なのかも知れないが、擦り切れたインバネスコートを羽織っているせいで服装から行商人なのか、あるいは巡回詩人や、はたまた仕事で訪れた冒険者なのかちょっと判断がつかない。


「――すまんねえ、ちょっと顔をよくみせてもらいたいんだな~」


 いざとなれば今来た道を回れ右して、機織り小屋まで逃げようと考えていたふたりの思惑を見透かしていたのか、不意に背後からこれまた聞き覚えのない声がかかって、ふたりが慌てて振り返って見れば、眼前の男と同年輩だと思える黒髪に小太りの、同じようなインバネスコートに毛脛丸出しの男が、少女たちを挟み撃ちにする形で対面に立っていた。


「「!!!!」」


 大きく目を見開いて、お互いに身を寄せ合うふたりの少女。


「うむぅ~ん? 夕日のせいかよくわからんな~」

 そんな彼女たちの顔をかわるがわる見比べる小太りの男。


「まだるっこしいな、ポール。こっちの方が手っ取り早いだろう」

 赤茶(マルサラ)髪の男が、そういってポケットから白い布のようなモノを取り出した。


「オーケー、チャールズ。スマートに済ませようぜ」

“ポール”と呼ばれた男も同意して、同じくコートのポケットから白い布を取り出す。


 よくよく目を凝らして見れば、白い布のようなモノがやや大ぶりではあるものの、かなり高価そうな女児用のパンツであるのに気づいて、ソフィーとローラのふたりは声にならない悲鳴をあげた。


 さらにふたりの男がクンクン匂いを嗅ぎ、さらに荒い息を放ちながら、やにわコートの袷に手をやった。

 そうして、一瞬の躊躇なく揃ってコートを脱ぎ放った――!!


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

「いやああああああああッ!! なによ、この黒くて大きくて毛むくじゃらなのは!?!」


 刹那、少女ふたりの絶叫が、暮れなずむ空へと吸い込まれていった。


 ◆◇◆◇


「――というような猟奇的事件があったらしい」

「しかも隣村だけじゃなくて、どうやら近隣の村や集落でも、十歳から十二歳くらいの娘が同じような被害にあっているって噂だ」


 西の開拓村で門番をやっている(村の青年団による輪番制のはずですが、私が訪れるとほぼ百%当番にあたっているので、もはや専任の門番といっても過言ではないでしょう)アンディ(ひょろ長い背の農家の三男)とチャド(ずんぐりした農家の四男)が、いつものようにフィーアを連れて顔パス――と言っても顔はフードで隠しているのですが――で、村に入ろうとした私を止めて、近くの村で多発しているという『性犯罪(?)注意報』について説明してくれました。


「……なるほど、隣村の男の子からも憧れられるなんて、やっぱりエレンってモテるのね」


 私が納得の頷きを返すと、

「そうじゃなくて!」

「注目するのはそこじゃないだろう!!」

 アンディとチャドが交互に異議をわめきたてます。


「えー? じゃあ本人に告白する前に片思いがバレまくったその男の子の不幸な境遇かしら?」

 ねえ、フィーア? と足元にお座りする羽の生えた仔犬――ではなくて、私の使い魔(ファミリア)である〈天狼(シリウス)〉の子――に問うと、「わんわんっ!」という元気で意味のない返事がきました。


「それも違う~~っ!」

 と、地団太を踏みながら否定するチャド。むう。何事も否定から入る男性はモテませんよ?


「いや、確かに気の毒だけどさ。それにエレンは『隣村のトーマス? 誰それ?』って感じで眼中になかったのが余計に哀れでねえ。お使いでちょくちょく来ていたから、結構顔を合わせていた筈なんだけど……」

 アンディがどこかやるせない表情で遠くを見詰めます。

「――っとと。話を戻すと隣村に出たふたり組の変態だよ。どうも噂をたどっていくと、北の方からどんどんと南下しているみたいだからね。ひょっとすると今日にもこのあたりに出没するかも知れないのさ」


「そうなんですか。と言うか、そもそもこのへんに他の村があること自体初耳なのですけど……?」


 まあ、聞いた話ではより【闇の森(テネブラエ・ネムス)】に近い場所に、脛に傷のある人間や魔物などが雁首を揃える『黄昏の街(クネパス・ウルプス)』という、ほとんど魔界みたいな町があるとは聞いていますけれど、人間族の生存権はこの西の開拓村が限界で、近くに村などないかと思っていました。


「いやあ、いちおう村というか、集落みたいなものはあるよ」


 世間知らずの私に、アンディとチャドのふたりがかわるがわる教えてくれたことによれば――。


 そもそも外から来る人間は【闇の森(テネブラエ・ネムス)】周辺を、人外魔境……どころか地獄の手前の煉獄のように、それはもう恐ろしい、ちょっと歩いただけで、Aランク(貴族の領都程度なら一夜で滅ぼします)やSランク(約束された滅亡=火山の噴火や津波に生身で立ち向かうようなものです)の魔獣(モンスター)がうようよ徘徊している辺境中の辺境、流刑地や鉱山送りのほうがまだマシだと敬遠しているのが大部分だそうです。


 こんなところに住むのは偏屈な世捨て人か、町場に住めないわけありの人間。あるいはよほどクレイジーで命知らずの冒険者くらいだとと考えている――と、このあたりは以前に私の魔術の師匠にして、偏屈な世捨て人、そして誰がどう見てもクレイジーな魔女にしか思えないレジーナからも教えられていたところです。


 ですが、実際のところここ西の辺境村など、魔物による被害という面から見れば、案外、他の田舎町に比べても少ない部類に入るとか。


「ま、なにしろ国策で作られた開拓村だからね。事前に軍による魔物の駆除も行われたし、魔女さん(レジーナ)の結界杭で結界も張られているから、滅多に魔物が入り込むことはないよ」

「そもそも【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の周辺は、AランクやSランクの魔物を怖がって、半端な強さの魔物が近づかないって理由もあるしな。ま、その分、弱くて繁殖力の強い雑魚の魔物はいるな。そういうのは俺らでも倒せるし、数が多いようなら町へ行って冒険者に討伐依頼を出してもいい」

 雑魚の相手をする程度の冒険者なら、村の蓄えでもどうにかなるからな、と肩をすくめるチャド。


「つまり【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の近くってのは案外平和なんだよ。だから、税の過酷な領主のところから逃げてきた流民(デラシネ)がそのまま住み着いたりして、結構、川沿いとかに村はあるのさ」

「ま、そういう村と村人だから、どこもあまり付き合いもしない。せいぜい隣村に物物交換に来たり、ウチあたりだとコマールの村から手織りの布を売りに来たり、逆に水車小屋で粉引きを頼みに来たりする程度だ。そのせいで今回の事件も後手に回って、あっちこっちで被害が出たわけだ」

「まあ、これが殺人だとか強盗だとかだったらさすがに大騒ぎになっていただろうけど、十歳から十二歳の少女になにやらショッキングなものを見せつけて、そのまま立ち去るだけの変態だからなぁ。女の子たちのためにも大騒ぎするわけにもいかないだろう」

「そうですわね」


 想像するに何か……卑猥なものを見せ付けられた少女たちの悲しみと憤りに大いに同情しながら、私は深々と頷いて同意しました。


「そんなわけでうちの村で該当しそうな年頃の子はエレンだけだけど、考えてみたらジルもそうだろう? 村の中なら家に閉じ込めておくなり――実際、エレンもここのところ家の外には出して貰えないらしいし――僕らも眼を光らせておけるけど、さすがに村の外まではどうしようもないからね。ジルが来たら注意しておこうと思ったんだよ」


 アンディの言葉になるほどそういうことでしたの、と合点がいきました。

 普段であればこの監視小屋で待っていて出迎えてくれるエレンがいないことや、簡単な挨拶だけで通り過ぎるはずのこのふたりに足止めされたのも、すべてこのためなのでしょう。


「そうなんですか。ですが、私などよりも村の女の子たちを変態……というかロリコンの魔の手から護ってください。私なら大丈夫ですから」

 私みたいな怪しげな黒フードに黒ローブの魔女を襲う変質者はいないでしょう。


「ああ、任せておけ。年端も行かない少女の下着を嗅いだり、猥褻なものを見せて喜ぶ変態野郎は、見つけてギタギタにしてやるぜ」

「まあジルなら魔法も使えるから大丈夫だとは思うけど、それでも変な奴を見かけたらすぐに逃げるんだよ」

 節くれ立った指の骨をポキポキ鳴らして闘志を剥き出しにするチャドと、心配そうに再三私に注意をしてくれるアンディ。


「……そういえば、犯人のふたり組につてなんだけど、被害にあった少女たちはショックが大きすぎるのか、ほとんど引きこもってるらしいけど、全員が口を揃えて『野獣よ!』『男は狼だわ!』と口を揃えて言っているらしい。ホント気をつけるんだよ」


「ははあ、ずいぶんと象徴的というか比喩的な表現ですわね」

 歌の文句とかにありそうね、とか思いながら返すと、『狼』という言葉に反応したのか、足元でフィーアが尻尾を振って、「わん?」と一声吠えました。


 ◆◇◆◇


 西の開拓村近くの雑木林の中。

 野営用のテントを張って村の出入り口の様子を窺っていたふたりの男。赤茶(マルサラ)色の髪をしたチャールズと、黒髪で小太りのポールが、用事を終えて出てきた小柄な人影に気付いて、荷物を畳み始めた。


「で、出てきたぞ、ポール」

「ああ、あれが噂に聞いた森に住む魔女の小娘だろうな」

「こ、今度こそアタリかな……はあ、はあっ」

「ああ、集めた情報に寄れば、あの小娘が森に住むババアのところに住みだした時期と、例のお姫様がいなくなった時期がぴったり符合するらしい。ならあれ以外にいないだろう」

「はあはあ……。本物だったら生死を問わずにクルトゥーラの街に連れて行けば金貨二百枚だろう? 大儲けじゃないか! 興奮するなァ!!」

「大儲けだが、それ以上に俺たち『デスウィッシュ』が、一流の掃除人(スイーパー)だってことを裏社会に宣伝するチャンスだぜ。いつまでも売れない芸人兼何でも屋として燻っていられるか」

「そ、そうだな。何しろ今回の依頼主はオーランシュの正妻の――」

「そうだ。失敗は許されない。最初から全力でいくぜ」


 決然と宣言してポールはコートのポケットからくしゃくしゃになったパンツを取り出した。

 それ――依頼主(の代理人)から渡されたターゲットの下着――をクンクン嗅ぐ。

 チャールズも同じ行為を繰り返す。

 傍から見ればただの変態行為であった。


「匂いは覚えたか? 姿かたちは誤魔化せても、俺たちの鼻は誤魔化せないからな」

「ああ、ばっちりだ。行こうぜポール!」

「よし、行くぜチャールズ! 変身だ!」


 刹那、ふたり揃ってコートを脱いで、五分丈のボトムを履いただけの上半身をあらわにした。


「おお……おおおおおおおぉぉぉぉぉ…ウオーン!!」

「ウオーンン!!」


 と、見る間にふたりの顔貌が変わっていく。

 口元が尖り、牙が生え、耳が伸びて、さらには全身にごつい獣毛が、まるで早送りのように生え、程なくしてその場には二匹の――片方は赤毛、片方は黒毛の――直立した狼が立っていた。


 〈人狼〉(ライカンスロープ)。亜人である獣人族(ゾアン)とは違って、魔物に分類される後天的に獣化した人間の成れの果てである。


「ヨシ、チャールズ。アノ黒頭巾ヲ引ッペガシテ、コートノ下ヲ確認ダ! 抵抗スルナラ痛メツケテヤレ」

「オオ、ワカッテイルゼ、ポール! 黒頭巾ノ秘密ヲアバイテヤルゼ、ハアハアッ」

 口の構造が変わったせいか、たどたどしい喋りでそう言いながら、村から伸びる小道をこちらへ歩いてくる黒頭巾ちゃんに向かって、二匹の獣が踊りかかって行った。

この話は3巻のショートショート(SS)にする予定だった閑話ですが、結局できなかったので加筆投稿します。

SSだとかなり駆け足になるのですが、普通に書いたらけっこう枚数がかかってしまいましたので、前後編に分けました。後編はなるべく早く公開します(;´Д`A


ちなみに、コマールの村の名前はフランスのコルマールをもじったものです。

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