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フルルのららら  作者: ちゃぴい
3/18

自分は自分か、あなたはあなたか

 二日目、カフェテリアへ向かうと八戸部と須永が朝食をとっていた。


 「おはよう、六鳥……いや、涼斗君」


 須永に挨拶を返すが、八戸部はまるで涼斗を見ようとせず新聞を広げてコーヒーを飲んでいる。


 涼斗は苦笑いを残してカウンターへ向かった。向いに見える調理場には湯気立つ鍋はあってもヒトの姿はない。


 「すいませーん。あのう、朝メシ食べたいんですけどー」


 背後に気配を感じ振り向くと八戸部がむっつりとした顔で立っている。彼はコックコートを羽織り、胸元にベージュのスカーフを巻きはじめた。


 「なにが食いてえんだよ」


 「え?」


 須永が声をかけた。


 「涼斗君。八戸部の得意料理はミートローフだ。朝にはちょっと重いからハムエッグかフレンチトーストあたりを頼むといい」


 忠言通り愛想の悪いコックの作ったハムエッグを頬張っていると、白衣をたなびかせながら松原が入ってきた。


 「おっはよう諸君! 今日も一日眠らず腐らず元気よく頑張ろう! 涼斗君は本日からよろしく頼むわね。最低でも午前と午後に一回ずつはお姫様と面会してね。ただ昨日の注意をよく守るように!」


 涼斗は冷えたフレッシュミルクを飲み干し、口の端をぬぐって答えた。


 「わかっているよ、目をあわすな、会話するなってんだろ」


 「よろしい、それじゃ朝食を彼女に届けてあげて。ちなみにフレンチトーストが喜ばれると思うわ。嗜好把握もあなたの仕事だからヨロシクね」


 涼斗はあいよと手を挙げた。


 「朝食を届けたらいちど部屋に戻ってもいいし、そのまま滞在してもいいわ。でも――」


 「最低二時間は一緒にいろってんだろ。教師じゃあるまいしやめてくれよ、同じこと繰り返しいわれるの嫌いなんだ」


 「いいね。若い頃のわたしにそっくりね。頼んだわよ」

 

 そう肩を叩かれた十五分後には涼斗は困りはてていた。

 

 食事をそのまま部屋へと運び、部屋から持ってきた漫画でも読もうかと丸椅子に腰かけた途端、FRRはフレンチトーストを素早くたいらげて涼斗の周りをぐるぐるとまわりながら質問責めにする。


 「どこから来たのかしら? 四十木市ですよね。趣味はなんでしょう? スポーツか読書ですかね。血液型はA、もしくはB、あるいはO、まさかのAB? AかOだとわたしは思うんですけど。休日は何をして過ごすんでしょう? やっぱり映画ですかね。好きな映画は––」


 なんだかもやもやする。


 ツッコませたいのだろうか。


 覚えたての単語をまくしたてたような下手なしゃべりだった。


 「あ、あの。せっかくだからわたしとお話しませんか」


 「……」


 目線を合わせず勢いこんでしゃべるあたり、実はヒトと話すのが苦手なのかもしれないなと涼斗は思った。よく見れば耳まで真っ赤だ。


 「あ、そうでした。そうでした。返事をするとき、ゼッタイこっちを見たら駄目ですよ。監視カメラが回っていますから。話す仕草をしただけでも松原さんが飛んできますから、ほんとうに嘘ではなくてあのヒト飛んでくるんですよ。すごいスピードなんですから」


 FRRはここだけの話なんですけどと、口に手を当ててこしょこしょと喋る。


 「筆談しませんか。紙はわたしが責任をもってトイレに流しておきますからダイジョーブです。これなら松原さんにも怒られない……ですよね?」


 FRRは枕の下から大学ノートを引きだすと、後ろのページから一枚破り取り黙々と鉛筆を走らせ、書き終えると満足げに涼斗に突き出した。


 『犬小屋を作る際、業者の方がいらしてね。カラーリングは是非に白でとお願いしたの。けれど業者の方が言うには木目を生かすには茶色でなくてはと仰るの。反対したのだけれど、白は汚れが目立つと言われ詮方なく茶色のままで我慢しました』


 FRRは涼斗の手に無理矢理鉛筆とノートの切れ端を握らせた。


 「どう思いますか。茶色がいいですか、それとも白がいいですか?」


 「……どうでもいい」


 「え、なになになんですか? 紙に書いてくださいね」


 「悪いけど俺はお前としゃべれないんだ。静かにしてくれよ」


 FRRは驚いた顔で目をぱちぱちと瞬いてから、心底残念だという風に口をすぼめてうつむいた。


「あーあ……やっちゃいましたねぇ」


 三分もたたないうちにやってきた松原に腕を掴まれた涼斗は研究室まで引きずられていき、着任二日目にして説教を受けるはめになった。


 「やはりあなたには危機感が足りない。我慢も、思慮も、加えて分別にも欠けるわね」


 「そうかな」


 「ええ、圧倒的よ。それこそ楽しいインドアデートじゃないんだから」


 コーヒーを勧められたが、涼斗は断った。彼は炭酸飲料しか好んで飲まない。


 松原はコーヒーカップを傾けながらいった。


 「昨日話した遺伝子変異、つまりドライヴの浸食というものはね、以前は自身の遺伝子を相手の領域に増やすためだと考えられていたわ。でもね、最近になってそれは大きな間違いだということがわかったの」


  ほうほうと、涼斗は下手なあいづちを打つ。


 「攻撃して、邪魔な個体を減らしてからあとでゆっくり遺伝子を継承させていこうとしている……つまりより人間らしい戦略を採っているような気がするの。ただ領域を増やすだけなら自分にあって他者にない有益な発現遺伝子を送り込めば上手く共存、繁栄していくことも可能でしょう。けれど、FRRに代表されるように相手の遺伝子を変異させるドライヴ遺伝子というものは共存する気なんてこれっぽっちもないのよ。その宿主ごと破壊し尽くして、一緒に心中する」


 「ふうん。おかしな話だな。自分の遺伝子領域ってヤツを増やそうとして、せっかく送り込んでも精神がまいっちまったり、死なれたりしたら元も子もねえよなあ」


 「その通りよ。訊いてなさそうで一応訊いてるじゃない」


 涼斗はそりゃどうもと自嘲気味に笑った。


 「そこで問題になるのがFRRを持つお姫様がヒトを変異させるのか、お姫様がFRRを送りこむのかということなの」


 「こんがらがるようなこというな。主語が違うだけで同じことじゃねえか」


 「違うわ、まったくの別問題よ。もしヒトが発現遺伝子を意図的に送りこみ操作出来るのだとしたら、それは恐ろしいことよ。ヒトは新たな遺伝子継承の方法を手に入れたことになるのだから」


 「あいつに聞いてみればいいじゃねえか」


 「聞いても教えてくれないから困っているのよ。まあ、少なくともあなたの場合は事件の鍵であったとしても、意図的でないことは見ればわかる」


 「そりゃそうだ。俺はただのヒトだからな」


 「だから、よ。あせらずじっくり時間をかけて対処するべき問題なの、わかる?」


 「わからねえな。それに話を聞いて逆に安心したよ。結局口を聞いてもなんともなかったしさ。俺はそんな簡単にまいったりなんかしないし、あいつの遺伝子とやらが俺のなかにはいったって別にかまいやしねえよ」


 「本気でいっているの? あなたはあなたでなくなって、他の誰かになりかわってしまうかもしれないということよ」


 「おれはおれだ」


 「おれはおれ、わたしはわたし。ほんとうにそうかしら? 一年前の自分といまの自分。まったくなにも変わっていない? 好きな食べ物が急にそこまで好きじゃなくなったり、飽きたりしていない? 逆に嫌いなタイプだった芸能人が最近みょうに気になりはじめたり。趣味がインドアからアウトドアになったり、成績があがったり、さがったり――」


 「そんなもんよくあることじゃねえか」


 「それを証明できる? いまのあなたが一年前のあなたからまっすぐに成長した姿だと誰が保証してくれるの?」


 「自分のことは自分が一番わかるだろ」


 「いいえ、現にあなたはあなたじゃなくなっていた。生まれた頃のカルテといまじゃ別人よ。遺伝子はXXXXに書き換えられていたわ。それがヒトの手によるものか、あるいは自然発生したものかはわからないけどね」


 涼斗は反論できなかった。


 たしかにいつのまにか自分が自分でなくなっていたのだ。


 「そんなとき自分自身というものを保証してくれるのがゲノムテストよ。継続して観察すること、変化がないかを調べること。それがいまのわたしたちの主な仕事なの。将来的にはドライブ遺伝子XXXXやヒトに浸食した遺伝子変異、ドライブを除去することも視野にいれてね」


 松原はくるりと椅子をまわすと、もう行っていいわよと手を振った。


 こうして六鳥涼斗の新しいライフサイクルが決定した。


 朝食を終えて九時から九時半までFRRのお守り、十一時半まで松原の蘊蓄を聞き流し、十二時から八戸部ににらまれながらの昼食、一時から三時までFRRのお守り、加えて時間水増しのため昼寝を監視。さて、それから就寝までの八時間は……まだ若い涼斗にはあまりにも長すぎた。


 時計の長針が十も進めば我慢ならずに涼斗は部屋を飛び出た。監視室を覗くが八戸部も須永もいなかった。


 どうやらいつもあそこに待機しているわけじゃないらしい。


 松原も部屋にいない。


 侵入可能区域をすべて回ってみたが誰もいない。


 いま、この実験棟には自分とFRRしかいないようだった。


 ゴム床に新品のスリッパがキュッキュッと鳴り響く。


 涼斗は娯楽室を探していた。


 一階自室から西端の廊下を折れてすぐ、部屋に冠されたプレートを確認する。


 食堂とトイレと、ここにだけはカードリーダーはないようだ。


 ビリヤード台と電子ダーツボード、そしてバーテンのいないカウンターバーがある。


 素人がでまかせに塗りたくったような青と白のツートンカラーの棚にそぐわない高級そうなボトルが数本並んでいた。


 涼斗は時計の針が消灯の十一時を迎えるまで、ひたすら球をつき、ダーツを投げた。


 「相手がいなくちゃつまんねえな」


 それは会話も同じだろうにと涼斗は思った。拾い上げたビリヤードボールをダーツボードに思い切り投げつけた。


 奇跡的にそれが正鵠を捉えると玩具めいた銃声がなり、電子ボードの画面上で愉快な音楽とともに飛行機が飛び祝福のメッセージが流れた。


 『パヒョーーーーーーンッッッ! Brrrrrrr…………LowTon!!!』

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