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フルルのららら  作者: ちゃぴい
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エピローグ

留置所ではないどこか密閉された灰色の部屋のなか、涼斗はオレンジ色のツルツルとした陽圧気密防護服を着せられ、縛りつけられていた。自由はなく、排泄も出来ず、食事も与えられない。それはなにも知らない人々が取る遺伝子汚染患者に対する最大限有効な対処法だった。

 自身の呼吸を耳で聞きながら、狭い視界が揺れたと思えば、これまた物騒なキグルミをかぶった看守がやってきて、苛々したように怒鳴りつけた。

 「六鳥出ろ! 送致だ!」

 防護服を着たまま外に出ると、眼前を覆うプラスチックのカバーに光が反射して思わず目を細めた。

 見覚えのある大きな車が止まると、助手席から女が顔を出した。

 「ずいぶん変わった格好だな」

 「これが最近の流行なんだ」

 女が用意した服は白一色の寝間着のようなものだったが、防護服よりかはだいぶマシだった。

 車に揺られながら着替えを終えると、女が待っていたかのように口を開いた。

 「わたしが今回キミの看守を務めることになった特別司法警察職員の永町だ。よろしく」

 涼斗は差し出された手を無視して、ボルトで固定された長椅子に座った。

 永町は嘆息して続けた。

 「今回の事件をもって遺伝感染症法の審議がはじまるようだぞ」

 涼斗は俯いたまま、靴の先を見ていた。

 「現行の法制度では遺伝感染症を引き起こしたとされるお前を裁く法律はない。網傘京一への第二○四条傷害罪は適用されるが――」

 「刑務所にはどれくらい入るんだ?」

 「十五年以下の懲役か五十万円以下の罰金となっているが……幅があるから裁判をしてみなければな」

 「一番重いヤツにしてくれ……もう俺は疲れたんだ」

 「それは残念だな。ドライヴの治療が完了するまで裁判は持ち越しだ」

 涼斗はその単語を聞いて、彼女をまじまじと見つめた。どうやらある程度事情を知っている人間を寄越したらしい。

 「お前が罪を望んでいるならば、残念だが叶わないだろうな」

 「行き先は刑務所じゃねえのか?」

 永町は身を乗り出して手を組んだ。

 「お前のような奴らが集まる専門機関があるんだ。お友達も沢山いるぞ、お前にとっては楽園かもな」

 「刑務所じゃないとしたら……隔離施設かなにかか?」

 「もっと酷いところだ。何も知らぬ輩からは隔離病島と呼ばれている」

 「へえ……そりゃ恐ろしい」

 永町はその態度が気に食わない様子で顔をしかめた。

 「いまから連れていかれた先でわたしの監視のもと、未決勾留日数が加算されていく。金はお前の支援者が用意すると言っている。つまり、お前は無罪放免だ」

 「それでも……前科一犯じゃねえか」

 「それはただのレッテルだ。ヒトとしての価値が毀損されるワケじゃない」

 「それが重要なんだ。ヒトとして生きようとするなら……それに俺は……助けられなかった――」

 しばらく互いに黙り込んだまま、涼斗は窓の外を眺めていた。

 山の色は黄緑から赤く染まり行き、季節は秋を迎えていた。結局夏らしいことはなにひとつしないまま、高校一年の夏は過ぎ去ってしまった。

 国道を走る車のなかで、女の子と犬が戯れていた。紅葉でも見に行くのだろうか。

 「お前がしたことは悪いことばかりじゃない。おかげで明るみにでたこともある」

 「なんだよそれ」

 「ゲノムシティとやらが行っていた実験だ。元々は国から委託されてやっていたようだが、周辺住民からの反対や突き上げをうけた大臣の進言により施設の稼働は停止されていたんだが……国の出資が望めなくなったと知った彼らは製薬会社の援助を受けて隠れて実験を続けていたそうだ。まあ、今後はどうなるかわからんが」

 「また同じ過ちを繰り返したのか」

 怪訝な顔をした永町に涼斗は顔を振った。

 「シティは……街じゃない。あんたもまた誰かに騙されているのかもな」

 「どういう意味だ」

 永町は返事を待ったが、涼斗は小さな窓から見える景色に夢中だった。

 「まったく……見た目じゃヒトはわからんというが、お前みたいな普通の高校生がこれほどの事件を引き起こすなんてな」

 「普通ねえ……普通って……なんだろうなあ」

 永町は鞄から一枚の履歴書を取り出して涼斗に渡した。

 見れば氏名欄に網傘京一とある。貼ってある写真の彼は少し影のある表情で目を細めている。目を惹く経歴は東阪大学大学院物質創成専攻博士課程後期中退、最新発表論文は蛍光性核酸プローブの応用によるヒト発現遺伝子の早期発見及び予防と書かれている。

 「今回の事件を受けて大学に確認を取ってみたが、網傘京一という男はいくら過去を遡っても在籍していなかったそうだ」

 「あいつは……いったい誰だったんだろう」

 永町は首を振った。

 「経歴は偽っていてもその他諸々は本物だ。網傘京一という男は実在しているし、採取した血液からDNAも一致していることがわかった。その男は元々医療ジャーナリストで、ミスミの前身である三住製薬の頃からなにかと嗅ぎまわっていたらしい」

 「鴻村栄一とはそこで繋がったのか」

 「供述調書は読ませてもらったが……キミの話を裏付ける根拠はなにひとつとして残っていない。その話の元になった二○十三年に行われたゲノムデザイン会議の説明も受けた。津名山、網傘。二人の天才を巡る話もな。だがわたしも含めたこの事件に関わるすべての者が……どうにも記憶する遺伝子と言うものを理解することができない」

 「そうか、オレもだよ」

 永町が思いだしたようにポケットから取り出したのはポッドプレイヤーだった。

 「これは?」

 「お前に宛てられたものだ。情報端末の授受は制限されているんだが――」

 「そいつは壊れているんですよ。通話もなにも出来やしない」

 「知っている。お前に向けたものかどうかはわからないが……歌が入っていた」

 赤い魚が点滅しながら踊っている。

 「再生してくれませんか?」

 心地良い安らぎが胸を包んだ。知らぬ間に入っていた肩の力が取れ、目を閉じてその声に心を委ねる。素晴らしく洗練された『ラ』だけのリズムとメロディが、有り触れた日常に対しての忘恩を優しくたしなめるように響く。

 そうだな、と思った。思えば何度も自分を諭していたが、効果はなかった。

 涼斗は彼女のことが好きだった。

 「綺麗な声だな」

 涙を流した。

 「ジョン・ラターのFor The Beauty Of The Earthだな」

 「……詳しいんですね」

 「学生の頃は合唱部だった」

 FRRは涼斗の心には届かなかった。しかし、目を閉じれば伝わってくる。

 車内にはボルト締めの鋼鉄の長椅子は木製に変わり、ロープで空に吊られた。

 山を彩る紅葉は塗り変わり、新緑の輝きに満ちていた。

 変わりゆく世界を目の当たりにして彼はあのとき交わした話を思い返していた

 あれだけ会話を交わしたのに……涼斗は未だ知らなかった。

 彼女は夏が好きだったのだろうか。

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