真相
漫画喫茶は外でありながら内でもあり、よくよく考えてみれば異様な空間である。割り振られた仮住まいとでも呼ぶべき場所で、涼斗はソファーに寝転がりスヤスヤと眠っていた。だらしなく開いた口から垂れるよだれに気づいた彼はゆっくりと眼を開けた。 ベッドで寝てないからか身体が重く、怠い。ぼやけた思考のまま、彼は注いで持ってきた気抜けのコーラをズズズと啜った。
ネットでニュースを調べていると自身の姿は防犯カメラによって捉えられ、足跡は専門家が絞り込みを行い、SNSを探れば都内潜伏確実じゃないかとの噂が書き込まれている。
涼斗は料金を支払ってすぐに街へ出た。
どうしても食べておきたい物があった。どれだけ高級食材を食べようが、ジャンクフードは忘れられない。
訴えかけるように鳴る腹を抱え、彼は顔を伏せたままハンバーガーセットを注文し、外に出ると建物の影に隠れて喉奥に押し込むように食べた。
金を出せばいつでも食べられた頃の味とは明らかに違っていた。甘いケチャップとしょっぱいピクルスと安くて薄い肉の味が、これほど美味いと思ったことはなかった。
舌が覚えた幸福は三秒で去っていき、現実がやってくる。
どこにも居場所なんてない。松原の言葉が思い出された。
このまま捕まってしまった方がいいのかもしれない。折れかけた心を支える副え木が必要だった。
涼斗はバッグを開いた。携帯を使えば居場所が特定されてしまうため使えない。フルルのポーチが入ったままだということに気づく。黄みがかったピンクの珊瑚色をしたナイロン地のそれには有名なブランドロゴがついている。渡すのを忘れていた。
役に立つ物はあるだろうか。勝手に覗いたら怒るだろうか。
藁にも縋る思いでポーチの中を見た。中にはリップクリームや櫛、ハート型の手鏡、バンドエイド、真っ赤なリボンバレッタなど女子高生が入れていそうな物が入っている。
寧ろ覗いてしまったことによる罪悪感だけが彼に残された。丁寧にひとつひとつ荷物を詰め直していると、近くの車道をパトカーがサイレンを鳴らしながら過ぎ去った。
驚き立ち上がった拍子に太股に乗せたポーチが転がり落ちる。
耳を澄ますが、どうやら向かって来てはいない。ポーチから零れた中身をひとつ拾い上げれば、ひとつ情けなさがこみあげる。
どうして逃亡犯のまねごとなどしなければならないのか。いったい自分が何をしたというのか。
涼斗は鏡で自分の顔を見た。疲れ切った酷い顔だった。我ながら追い詰められた心労が窺える。
ふと、鏡に名前が彫ってあることに気づいた。
ローマ字でKana Inukiと書かれている。あまりにも衝撃的なことに隠れて、その大切な事実を忘れていた。
朧気な点が伸びていく、それはあまりにも細い線となったが、繋がらないこともない推理だった。やるべきことが見つかった。けれど、それを成したところで自分に居場所が出来るとも思えない。
「……食いたいもん食えたし」
悩み抜いた結果、涼斗は都内有数の豪邸へと足を向けた。
思えば建物の外観だけで中を見たことはなかった。刑務所と見紛うばかりの高すぎる塀に気後れするばかりだった。自動開閉する門扉の奥には住宅地に相応しくない草花が生い茂っている。家庭菜園にしては収穫の大変そうな庭には手作りのブランコや、ターザンロープなどの遊具があり、その奥に青々としたプールが見える。
離れ……に見えたのは犬小屋だろうか。開かれた小口からシェパードが顔を出したままごろりと横になっていた。名前は恐らく……パトリック。
そんな豪邸に複雑な視線を送る少女がひとり、豪邸と志治の住むアパートのあいだに存在する、狭隘な道路の影からそっと様子を窺っていた。
百均で購入したオペラグラスから視線を外し思わず口笛を吹いた。
「やっぱりか」
涼斗は電柱から降りると、そろそろと背後から近づき少女に挨拶した。
「誰!」
安っぽいスウェット姿に身を包んだフルルは、それだけに顔の美しい造形が際立つが、改めてドレスが一番似合っていたなあと涼斗は思った。
「こんなとこで何してんだよ」
「べ、別に!」
フルルは目を逸らして下唇をわずかに掻いた。
「これ、渡し忘れてたんだ」
彼女は差し出したポーチを引ったくるように受け取ると、丁寧なお辞儀をした。
「わざわざありがとう。いま忙しいからどっか行ってくれる?」
作法を叩き込まれているからだろうか、彼女はヒトに対してどこか礼儀を尽くすようなところがある。
「お目当てなら出てこねえよ、ずっと学校もサボッているらしい」
「どうして知っているの?」
「友達に聞いたんだよ」
「いい加減にして、私はそんなことを聞きたいんじゃないの」
フルルは険しい顔つきで訊ねた。
「どうしてここで待ち伏せていたことがわかるの?」
「色々と考えてみたんだ。さあ、腹割って話そうぜ」




