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フルルのららら  作者: ちゃぴい
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火花

「今日は暑いな、馬鹿みてえな陽気だ」

 志治は油でどろどろの顔をこするように水道で洗い、ところどころ茶色くなったタオルで顔を拭いた。

 この状況において涼斗の目にはその様子がわざとらしく映った。

 「お前は……俺を怖がらないのか」

 「よせよ、誰がてめえなんか」

 「俺を可哀想とでも思ったか」

 志治は六鳥と名を呼び、その顔を見て絶句した。彼は半年も経たないうちに変わり果てた友人の、憎しみに満ちた目を見て息を詰まらせた。

 「ちっげえよ……別にてめえのことなんかどうでもいい。ただ話しかけたくらいで頭に乗るな」

 「お前は俺のいまを知っているのか」

 「だからどうでもいいって言ってんだろうが……同じ中学出身のよしみってヤツだ」

 平静を装ったその態度がどれほど涼斗を喜ばせたか彼は知る由もない。

 「やっぱ知っていたか。馬鹿はニュース見ないのかと思った」

 「ケッ、そんぐらい知ってら。お前、危険人物らしいな」

 「どうやらそうらしい」

 真剣な顔を見合わせると、互いに数秒と保たず腹を抱えて笑った。

 「ふざけんじゃねえよ。どのツラ下げて言ってんだ」

 「マジで勘弁してくれよ。こんなイケメン捕まえてなに言ってくれてんだって話だよ。ヒトが死んだとか、遺伝子がどうのだとかよ……馬鹿らしくって、まったく、あいつら……好き勝手なこと言いやがって――」

 涼斗はたったいままで我慢していた涙を、笑顔と共に流した。

 「どうしたんだよ……らしくねえな」

 「俺の……『らしさ』って何だよ」

 涼斗は頬を伝う前に涙を拭うと、鼻を少し啜った。

 「よくわかんねえけどさ、暗えなあ」

 「暗いか」

 「ああ、どんよりしてら」

 「そりゃ不味いな」

 涼斗は顔を両手でくるくると擦った。

 「俺がいなくなってから、なにか変わったことあったか?」

 「ああ、ウチに年上だけどえれえ美人の女が来たぜ。白衣着た姉ちゃん」

 涼斗は苦笑した。女性は年齢不詳のほうが夢があっていい。

 「ボケ治してくれたか?」

 「病院手配してくれたよ。なんで知ってんだ?」

 「そりゃ、まあ、な」

 涼斗は慌てて話題を変えた。

 「遥花はどうしてる?」

 「あまり変わったようには見えなかったけどよ、ここ最近は一丁前に学校サボって家に引き籠もってやがる」

 電話したときはそんな様子はなかったが、実は色々と悩んでいたのかも知れない。

 志治が言い辛そうに訊ねた。

 「おい、よう。お前がこんなことになったのって、やっぱり……あのテストのせいなのか」

 涼斗は首肯した。

 「俺さあ……実を言えばお前がこんな面倒なことになるのってさ、多分ずっと前から決まっていたことなんじゃねえかって思うんだ」

 「どういうことだよ」

 「お前はずっと目をつけられていたんじゃねえかってこと」

 志治は工場のトタン壁に寄りかかり、ずり落ちるようにしゃがみ込んだ。

 「テストを受ける前にスーツ着た男が俺のとこに訪ねて来たことがあってよ。ミスミで働いているとか言ってたな」

 「どうして言わねえんだよそんなこと!」

 語気を荒げた彼を見て、志治は布帽子を脱いで立ち上がった。

 「言おうとしたけどてめえが聞かなかったんだろがい!」

 「ッッ……そうかよ」

 どうどうと自分と相手に言い聞かせる。ここで喧嘩しても、意味のないことはよくわかっていた。

 「またミスミか。それで、何か聞かれたのか?」

 「いや、よくわからない話だったな。べらべらと意味わかんねえこと言って、勝手に納得して帰ってったんだ。でもどんな話の繋がりか覚えてねえけど、お前の名前が出てさ」

 「俺の?」

 「学校での態度とか、性格とか、そんなどうでもいいことだよ。でも、こんなことになって……なにかあるんじゃねえかと思って――」

 「実際なにかはあったな。そいつどんなヤツだった?」

 「陰気くさいジジイだったよ、ヒトを見下したような目をしていてさ。名刺置いてったんだけど捨てちまったよ」

 「ふうん。そう言えばお前……学校はどうした。どうして働いてんの?」

 「バイトだ。金が欲しくてさ」

 「は? お前なあ。いくら七八代がエスカレーターだからって赤点続きじゃどうなるかわからんぞ」

 「うるせえな。ほっとけ。もともと俺は公立に行きたかったんだけど親が何か期待してやがってよ……無理してあの糞私立通ってんだよ」

 「んなこと言っても」と続けようとして、涼斗は休憩時に必ず登場する彼のお供がなくなっていることに気づいた。 

 「お前……タバコやめたのか?」

 「そんなクソ高いもん買うくらいなら弁当二つ買うわ」

 涼斗はもう何も言うまいと思った。デリカシーというものについて、彼は少しばかり勉強不足だった。

 「俺は高校辞めたけどな」とついでに自虐的な台詞を吐いた。

 「なんて言やいいかわかんねえけどよ、俺も変わりゃしねえよ」

 重い鉄の音がガンガンと鳴った。事務所と呼ぶにはあまりにも汚らしい小屋のドアを、男が工具で打ち鳴らしている。

 「おうい、志治。この野郎いつまでサボってやがんだ!」

 白髭を蓄えて真っ黒に日焼けした男がやってきた。安全靴の先が溶けて中身が見えている。

 「ああ? 誰だこいつは?」

 「すいません。中学の頃のダチです」

 「そうかあ、早くしろよお! 晩飯までに帰れなくなんぞう!」

 志治は腰をぐっと伸ばした。

 「悪いな。いま忙しくて構ってやれねんだわ。仕事終わりにまた来いよな。遅くなるがよ、十時すぎくらいかな」

 志治は工場前の自販機で百円のカルピスサイダーを買った。

 「俺の奢りだ。ありがたく飲めよ」

 「サンキュー」

 「お前いっつもコレ飲んでたよな」

 「ああ、そうだ」

 一口飲んで、深くため息を吐いた。

 「あの頃は良かった」

 「馬鹿言ってんじゃねえ。あの頃っていつだよ?」

 火花散る作業場に戻る背中を見送ってから、涼斗は歩きはじめた。


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