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フルルのららら  作者: ちゃぴい
13/18

おさななじみ

 幼い頃に味わった気分を再び感じていた。海外旅行も二週間を過ぎれば異国の血に馴染んで日本に違和感を覚えたりする。涼斗がゲノムシティに滞在して半年が過ぎていた。新聞もニュースもネットも通読していたというのに、非日常に溶け込みすぎて自然無頼の空気が漂っている。建物に映り込む己の姿は薄汚れていて、足取りは不確かだ。

 道行くヒトから浴びるこの視線は何だろうか。時たま感じていた自意識過剰なものとは違い、それには意志があり、訝りがあり、怯えがある。

 実家へと戻るべく乗った電車でトレインチャンネルを見ているとミスミが新発売するダイエットコーラが広告を打っていた。

 『コーラを飲んで美味しくダイエット! さあ、君もいますぐ憧れのボディを手に入れよう!』

 よくよく見れば、小さな※印のあとに『この商品は発育阻害因子であるMyostatinミオスタチンの働きを抑えてくれる特定保険用食品です』との文言が続く。

 遺伝子に働きかける様々な物事が普段の生活にこうして溶け込みはじめたのはつい最近のことだ。古くはドーピングとして扱われていたはずがいまやデザインという洒落たフレーズに置き換わり、こうして堂々と大手を振って歩いている。最早純粋な交配だけで類い希な天才が生まれるのを待つ時代は終わったのかもしれない。

 そんなことを考えながら見ていた広告のあとに、涼斗は息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。

 そこにはカメラマンに笑えと言われて無理して右頬を吊り上げた自分と、微笑を浮かべる制服姿のフルルが映っていた。恐らく共に中学卒業時のアルバム写真だ。

 『一昨日七月二日午後十時三十分頃、東京都神鳴島村神鳴島で同村国立遺伝子研究所警備員二名が死亡、研究員一名が重体となった件について警視庁は国立遺伝子研究所から逃走した患者である六鳥涼斗さん(十六)と、同じく患者の井貫佳奈さん(十八)を重要参考人として指名手配しました。今回の発表では両患者は高レベルの遺伝子汚染が確認されており、ヒトに感染する危険性は現在確認されていないが、家畜やペットなどからの二次感染の可能性は否定できないとして、発見した場合速やかに最寄りの交番または警察まで届けるように呼びかけています。東京都知事はこの事態を受けて感染症法を適用し、一類感染症の蔓延を防止するため外出の自粛や不特定多数の者が集まる活動の自粛に加えて、公共施設の臨時休業、公共交通機関の利用自粛を呼びかける方針です。知事はさらに埼玉、千葉、山梨、神奈川、四県の都境の封鎖についても言及し、実際に行われた場合封鎖されるそれぞれの国道、地方道は以下の通りになります。埼玉地方道二十四号、六十八号――』

 涼斗は流れゆく文章を食い入るように見つめた。

 「嘘だろ?」

 不意に車内の視線がすべて自分に集まっていることに気づいた。まさかね……という顔だ。

 しばらく黙っていると、携帯を持ち出した輩がそっとこちらに向けている。顔を背けて隣の車両に向かうと、そこでも同じ目に遭った。

 詮方なく涼斗は次の駅で降りてタクシーを拾った。情報を整理しようと努めたが、ワケのわからぬことばかりだった。

 死んだ二人の警備員とはやはり八戸部と須永だろうか。そして重体の男性研究員とは……網傘のことだろうか。

 あの後……何かが起きたのだ。そして……その重要参考人として、感染の危険がある遺伝子異常患者として俺たちは追われている。

 財布の中を見た。タクシーを降りれば残る金は残りわずかばかりだろう。

 「お客さん、四十木駅に着きましたよ」

 顔を上げると、いつの間にか見慣れた町並みが窓の外に広がっている。キオスクで新聞を買うサラリーマン、駅に併設されたATMで金を下ろす主婦、そのすぐ近くにある交番に目をとめたところで緊張が走った。

 「ここでいいです!」

 釣りを受け取ると、タクシーの運転手の視線を避けるように降りた。

 街の人間すべてが自分を監視しているような気がした。あとひとつ……曲がり角を曲がれば我が家というところで、涼斗は嫌な予感がして身を引いた。

 コンクリート塀の角から顔を出してみると、案の定パトカーが細い路地から家の庭に浸食するように停めてある。

 事態を甘く見ていた。まさか国を挙げての捜索を受けるとは考えてもみなかった。そして……まさか死者が出るとは。

 後ろ髪引かれる思いで涼斗は母親との再会を諦め、日が落ちるのを待ってから遥花に電話をかけた。

 「もしもし」

 戸惑うような声だった。懐かしさに頬が緩む。

 「ああ、遥花か。俺だよ俺、帰って来たんだ」

 「涼ちゃん? いまどこにいるの?」

 「遥花、とにかく会いたいんだ。六時にいつものとこで待ってるから」

 胸のざらつきを抑えるように掻き毟ると、彼は傾きかけた日のなかを影の濃い方へと消えていった。

 

 午後六時のイカ公園にヒトは少ない。周囲を取り囲む家々は夕食の準備でカレーの香りを漂わせたり、風呂場から湯気を出したりとやたら呑気に振る舞っている。イカの胴体に開いた穴から覗けるそんな光景は彼の心を掴み、蝕むほどの魔力を持っていた。有り触れた日常が在りし日となってしまったことを改めて噛みしめた。

 十五分ほど経った。蛾のように光に魅せられ時を忘れていたが、どうにも遅い。遥花は遅刻をするタイプじゃあないとイカから顔を出してみると、すぐに異変に気づいた。

 以前と同じようで、以前とは違う。住宅地のど真ん中にありながらまったく音のない静けさと、何遍と見てきた園内だからこそ濁りを見つけるのは造作もないことだった。

 植え込みに数人、電柱の影、おそらく背後にも回っているのだろう。

 既に複数人に囲まれていた。一本しかない白色灯だけを頼りにじっと暗闇の凝りを睨むと、それがぐにゃりと形を変えて煙に燻されるようにぞろぞろと沸いて出て来た。

 その誰もが呼吸器マスクをつけ胸元に圧力計を光らせ酸素ボンベをリュックのように背負っている。

 毒ガス発生区域でこれから作業でも行うかのような出で立ちだが、カナリアはいない。

 「どっからどうみても変態だな」

 声を投げつけてやると、彼らは無言のまま一斉に躍りかかってきた。

 身構えたが、すぐに後ろから伸びてきた手に首を絞めあげられてしまった。

 「ぐっ、くくっ!」

 喉からわずかな空気が零れ出る、逃れようと身体を捩ったところに鋭い電気ショックが加えられた。

 「ぐああ!」

 獣のような声をあげた涼斗はもんどりうってひっくり返る。

 「よし、捕獲したぞ!」

 嬉しそうな声をあげた男の手には拳銃に良く似た何かが握られていた。それは一瞬で人間を制圧可能なワイヤーつきの針を射出するスタンガンだった。

 脇腹に突き刺さった針を抜くと、浴槽の栓を抜いたように血が吹き出て、買ったばかりのシャツをじんわりと染め上げた。

 「いってえな……何すんだよ――」

 のし掛かって来ようとする男の脇腹に肘鉄を入れ、天を蹴るようにスニーカーで男の顎を穿った。

 男は思ってもみなかった反撃に悶絶し、寝転がった。

 「どうして動ける? こ、壊れてるのか?」

 男はあわてふためき、スタンガンと涼斗を交互に見比べた。

 「俺に聞くなよ」

 男を蹴り上げてみると感触は柔らかい。どうやら衝撃を吸収する類の防護服ではないらしい。

 涼斗は仲間の追撃に備えて咄嗟に身構えたが、仲間が倒れているというのに何もしてこない。誰もがじりじりと距離を詰めようと……する振りをしているばかりだった。

 不思議に思いながら涼斗は目の前を這いつくばりながら逃げていく男のマスクをはぎ取った。見ればそれにはMISUMIと刻まれている。

 「お前ら……警察じゃねえのか」

 「かえせっ! かえせっっ!!!」

 涼斗は哀願する男に驚いてマスクを落としてしまう。男はそれを引ったくるようにして被ると、仲間の元へ駆け寄る。今度はその男を中心にぽっかりと仲間は円を作る。狼狽える男を見て涼斗は頭を掻いた。

 「……こたえるぜ」

 男は仲間から見捨てられて膝を突き、慟哭をはじめた。

 残った彼らはまるで一頭のクマを丸腰で相手するように、慎重に距離を測りつつ涼斗に近づく。

 「フッフッフ……上等だ。ビョーキうつすぞ、このヤロウ!」

 涼斗は威嚇するように敵集団に駆け寄り、相手が怯んだ隙に反転して公園の柵を跳び越えた。

 必死に走りはじめてみると、おかしなことに気づいた。身体が異様に軽い。アスファルトを旋風のように駆ける彼は特段スポーツが得意なワケではなかったが、どうにも早い、早すぎる。まるで自分の身体ではないような感覚だった。歩幅は広がったのではなく、地面の上を飛び跳ねるような勢いだった。

 この感覚は覚えている。研究所から逃げたときも、この『感じ』があった。躍動し、出来なかったことが出来ると頭で理解している。

 どれだけ走ったろうか。人気のない方へ、走っていくと、やがて町並みは途絶え、工場ばかりになっていく。

 白色灯のしたで自販機に手をつき、息を整える。日は落ちかけ、影が濃くなっている。

 屋根なし工場に付属した簡易便所から男が出て来た。

 紺色の布帽子のつばを弄りながら、こちらをじぃっと見ている。身を翻して駆け出すと銅鑼声が飛んできた。

 「おい、てめえか?」

 聞き慣れた声だった。帽子を取り膝を叩いた男はつなぎ姿の志治だった。

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