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9話 黒の精霊

剣使いとの戦闘から二日後、俺達は湖の手前で巨大な泡吹き蟹〝バブル・クラブ〟と闘っていた。この辺りは湖の近くということで水生の魔物とよく遭遇する。このバブル・クラブの他にも岩石のような甲殻を持つザリガニのような魔物〝ロック・ロブスター〟やら、浮遊しているクラゲ〝バルーン・ゼリーフィッシュ〟なんかもこの辺りにはよく出没する。


バブル・クラブがその名前の由来ともなった泡を口から吹いた。ふわふわと漂いながらも広範囲に広がっていくこの泡は速くは無いのだが避けにくい。

しかもこの泡、強酸性であるが故に喰らうと身体が溶けてしまう。流石の俺もこの泡を頭から被れば一発で御陀仏だ。


「だけど、動きが単調なんだよな」


先日の剣使いとの闘いに比べて、何とやり易いことか。確かにバブル・クラブは巨大でその甲殻もひどく硬く防御力は高い。しかし今の【呪詛鴉】にとってその硬さは全くの無意味だった。


「――蝕め【呪詛鴉】」


バブル・クラブの甲殻の硬度を無視してその身に侵入していく【呪詛鴉】。呪詛の刃と化した【呪詛鴉】は侵入したその身に傷は刻まない。刻むのは〝呪印〟である。刻まれた呪印は漆黒の闇となりバブル・クラブを侵蝕する。この呪印によって侵蝕された漆黒部分は【呪詛鴉】に支配され、その刃への抵抗力を無くすのである。


これが第二の呪い《呪印【蝕】》の効果だ。


因みに第一の呪いは今まで何度も世話になってきた《呪傷》を刻む効果である。今回は正式にその呪いを《呪印【疵】》とすることにした。


《呪印【蝕】》に侵蝕されたバブル・クラブを【呪詛鴉】でもって斬る。まるで紙でも斬っているかのような抵抗の無さでバブル・クラブの甲殻を斬り裂き、その命をも刈り取った。


「第三の呪いを使うまでも無かったな」


【呪詛鴉】となって得た呪いは《呪印【蝕】》の他にもう一つある。その呪いは、バブル・クラブのような雑魚にではなくブラック・アリゲイターのような強敵に使ってこそ意味があるのだが、まぁ今はそれはいいだろう。


バブル・クラブの死骸を喰らう為にレフィスの槍で殻を砕いてもらった。蟹の肉は美味いので俺はこのバブル・クラブが好きだ。グレイもこの硬い甲殻が気に入ったらしく、ボリボリ食べている。レフィスに至ってはは言わずもがなだ。


だが、今回のレフィスは肉に食い付く前に不満そうにバブル・クラブを見ていた。


「どうした、レフィス?」


「……ロストが倒すと食べられる場所が減る」


「ああ、この黒いところか」


【呪詛鴉】で刻んだ《呪印【蝕】》。それによって蝕まれた場所は残念ながら食べることが出来ない。食べてみても全く味がしないのだ。それがレフィスには不満らしい。

確かに、そういう意味では《呪印【蝕】》を使うのは控えた方がいいのかもしれない。だが、これ抜きでは甲殻が馬鹿みたいに硬いバブル・クラブを倒すのは結構大変だ。


「……大丈夫。私が倒すから」


レフィスの槍【紅蛇螺(クジャラ)】は形状を変化させることで棍棒として扱うことも可能である。斬撃に強く打撃に弱いバブル・クラブの甲殻ならば確かにそれは有効だ。


「でも、それだと俺がいる意味がなくなるような気がするのだけれど」


グレイは骨を棍棒状にすることで打撃攻撃が可能だから問題ないが、俺には剣しかない。斬るしか能がないのが俺なのだ。


「……ロストは私を応援する役目がある」


「えっと、頑張れレフィス?」


「……うん。頑張る」


これにて俺の役割は終了。寂しすぎる。

何とかレフィスに説得を重ねて、《呪印【蝕】》を最小限の範囲で抑えるという条件で戦闘への参加許可を得た。呪いの制御など試したこともないができなければ存在意義を失うのでやるしかあるまい。


そこから一日かけて俺は呪いの制御をやっとの思いでものにした。そして《呪印【蝕】》による侵蝕を呪いの刃が斬った一線のみに留め、更に防御力を失った侵蝕部分をもう一度今度は本当の刃でもって斬る〝二重斬り〟という技も習得するに至る。レフィスの希望も叶えられて、強くもなれた正に一石二鳥だ。


「ロスト、この辺りの魔物は粗方狩ったけれどどうする?」


「そうだな、切りもいいしそろそろ本命の湖へと向かうか」


「……鰐狩り?」


「いや、いきなりブラック・アリゲイターに挑戦はしないさ。まずはブラック・アリゲイターに近付かなければだし」


ブラック・アリゲイターは湖の中心部にいる。この湖はかなり特殊な構造をしており、厳密に言えばこの湖は巨大湖というよりは湖の寄せ集めである群集湖というべきだろう。集まってできた湖でも一際大きいのがブラック・アリゲイターのいる湖であり、その大きさは弩級ナマズのいた湖の二倍はあるかもしれない。勿論、目視では深さまで測れないので体積的にはどちらが大きいのかは分からないのだが。


何はともあれ、俺達はとうとう蒼の洞窟に辿り着いた初日に見た念願の湖にまでやってきたのだった。




――――




湖を目の前にした俺達はある種の達成感を感じていた。この蒼の洞窟に来て結構な日数が経つが、俺達もやっとここまで来たのかと思うと実に感慨深い。


そんな俺達の感動に水を指したのは魔物ではなく人間だった。それも目の前からいきなり姿を現したのだ。それはあの風使いを彷彿とさせる現れ方だったが、今回の人間は風使いとは違ってそこまで強くは無さそうだった。


というか、寧ろ弱そうだ。


「何のようだ人間?」


感動に水を指され、多少イラっとしたものの。不思議と目の前の人間にはいつもの憎悪が湧いてこない。人間と出会った時にしてはやけに心が穏やかだった。なんというか、微妙に俺達と同じような香りがするのだこいつには。


「〝死に祀られし者〟ですね。お待ちしておりました」


俺達の目の前で腰を曲げ、深く頭を下げる人間。その姿は実に堂に入っており、魔物である俺達には馴染みのないものだった。

いきなり頭を下げられては興醒めもいいところで、出鼻を挫かれた気分である。


「……殺す?」


「いや、もう少し話を聞いてみよう」


そもそもで、待っていたとはどういうことなのだろうか。待っていたというからには俺達のことを予め知っていて、尚且つこの場所に来ることが分かっていたように聞こえるのだが、残念ながら俺達にこんな人間の知り合いはいない。


「貴様は何者だ?」


「申し遅れました。私の名前は〝イリス・スルファト〟と申す者です。イリスとお呼び下さい。それと私は人間ではありません。見ての通りエルフです」


エルフ、エルフか。前世の記憶と照らし合わせてみると、エルフとは美人のエロい姉ちゃんらしい。参考文献によって巨乳か貧乳かは分かれるが、総じて耳が長くて美形でエロいというのが俺を前世における、エルフの立ち位置だったようだ。

確かに目の前の人間は耳が長い。それに確かに前世の基準から言えば顔は綺麗なのだろう。俺には人間なんか皆同じにしか認識してないが、よく見れば確かに美しいかもしれない。胸は爆乳だった。これだけは前世の俺も今の俺も大好きである。


だが、エルフはこんなに肌が黒かっただろうか?


俺の記憶の中のエルフは肌が白いイメージなのだが。いや、時にはそんなエルフがいてもいいけれど。きっと日焼けサロンで肌を焼いたに違いない。または日光浴か。


「それでガングロ爆乳ビッチが俺達に何のようだ?」


「その認識は心外過ぎます!!」


「違ったか?」


外見的特徴を集めて見たのだが、お気に召さなかったようだ。


「アハハ、ロストってたまにボケるよね」


そう言って笑いこけるグレイ。俺は大真面目なのにな。


「……ねぇ、ロスト。ロストは大きい胸が好きなの?」


「大好きだ」


「……そう」


そう言って自分の胸とエルフの胸に視線を交互に向けたレフィス。そして無表情のまま槍を構えると。


「……巨乳死すべし」


割りと目が本気である。


「アハハハハハハ、ハァ。いや本当に今日は楽しいや」


「笑ってないでレフィスを止めろ」


「ハイハイ。ほらレフィス、貧乳だってステータスだよ」


「……死ねグレイ」


レフィスのフルスイングで吹っ飛ばされるグレイ。まぁ、いつものことである。


「そろそろ話を再開しても?」


「ああ、いいぞ。ガングロ爆乳ビッチ」


「まずはその認識から改めてもらいたいのですが……」


エルフは自分がエルフの中でも異例なダークエルフという種族なのだと語り始めた。だから元々、肌の色は黒いらしい。


「その爆乳も種族的なものなのか?」


「いえ、これは…………私だけの特徴です」


「それで、ビッチなのか」


「違います!!」


ビッチどころか、男もまだ知らない処女であることを荒い息で捲し立てるダークエルフ。

そんなことを俺に言われても困る。


「おまえ、恥ずかしい奴だな」


「貴方が言わせてるんです!!」


なかなかに面白い奴だった。

そんなダークエルフに興じていたところに【直感】が軽いアラームを鳴らす。どうやら何か来たらしい。そんなに強くは無さそうだし、ここはグレイとレフィスに任せてしまっていいだろう。


「おい、グレイ、レフィス。お客さんだ相手してやってくれ」


「……了解」


「まだ、腰の骨に罅が残ってるんだけどなぁ」


レフィスは一瞬で快諾してくれ、グレイも文句を言いつつも向かってくれた。今回のお客は湖から現れたロック・ロブスターである。あの程度なら楽勝だろう。


「えっと、貴方も参戦しないで宜しいのでしょうか?」


「別に俺がいなくても、あれくらい余裕だろ」


「いえ、ロック・ロブスターなんて私達の常識からしたら熟練の戦士十人で相手しても勝てるかどうか分からないレベルなのですが」


「それでおまえさん、よくここまで辿り付けたな」


この蒼の洞窟にいるには目の前のダークエルフは弱すぎる印象を受ける。身体から放たれる気の量から見てもそれは明白だった。


「私は【夜霧】という隠密特化の魔術を習得しているので、闘わずに切り抜けてきました」


「それでは強くなれないだろうに」


「いいんです。私の目的はここで貴方方を待つことでしたから」


言葉を交わしている内にグレイとレフィスは気が付いたらロック・ロブスターを仕留め終わっていた。だが、追加でバブル・クラブが現れたので引き続き相手をお願いした。もしこれ以上敵が増えるようなら俺も参戦しなくてはなるまい。


「んで、俺達と会ってそれでおしまいか?」


「いいえ。私は貴方方にお願いがあってここまでやって来ました」


ダークエルフが言うには、ダークエルフの住む村の村長さんが御告げを聞いたことから全ては始まったらしい。

何でも、ダークエルフの村に今後、危機が訪れそれを救ってくれる唯一の存在が三体の人型魔族らしい。そして、その存在と出会える場所ということで、この湖が村長さんには視えたそうだ。

だが、ここは馬鹿みたいに強大な魔物が彷徨いている迷宮であり、例え村中のダークエルフで迎えに行っても全滅してしまう。そこで白羽の矢が当たったのが認識阻害の魔術【夜霧】を使える目の前のダークエルフだという話だ。


そして、出会ったのが三体の人型魔物、つまり俺達という訳である。


「お願いです。我が村をお救い下さい」


「嫌だよ」


何で俺達が同族でもない他人の危機を救わなければならないんだか。確かにこのダークエルフへの嫌悪感はないが、それだけだ。別に殺しても大した経験値も得られそうに無いし、攻撃された訳でも憎悪が湧く訳でもないから殺そうとは思わないが、助ける気もない。


というか、そもそもで魔物である俺達に助けを求めることが間違っているのだ。


「随分と今更だが、俺達は魔物だ。本来なら忌諱すべき存在のはずだろ?」


いくらお告げがあったからって魔物に自身の運命を委ねたりするものだろうか。更に言えば根本的にそのお告げが胡散臭い。


「私達ダークエルフには魔物の血が流れておりますので。知能ある魔物、特に魔族は私達にとっては崇拝の対象です」


「知らん。勝手に崇拝されても困るしな」


この間の剣使いには存在を否定され、ダークエルフには崇拝される。外野の意見ほど勝手なものはないな、本当に。


「私の身体を差し上げます。私だけで足りないのであれば村の若い娘数人の命も差し出す用意と覚悟があります。どうか、私達をお助け下さい」


「いや、だからそれもいらないって」


アンデットたる俺に性欲はない。おっぱいは好きだが、それはどちらかというと前世の残滓のようなもので、性欲から来るものではない。それに今の俺の息子は干からびていて使いものにならないしな。レフィス程度まで人間に近い姿態をしていればまだ話は別なのかもしれないが。


「何でもしますから、どうか我が村をお救い下さい」


「そう言われてもね。そもそもで俺達迷宮からの出方を知らないし」


こちとら、生まれも育ちも迷宮なのだ。外の世界というのがあるというのは何となく分かってはいるが、それがどういったものなのかは知らないし、迷宮から出る方法だってない。

つまり、助けろと言われても無理なのだ。勿論助けるつもりもない。


「あなた方が迷宮を攻略なさった後で構わないのです。ここは迷宮の第二階層ですから、後一階層で迷宮を攻略できます。そうすればあなた方は魔族となり予言は真実となるのです」


「迷宮を攻略すると魔族になるのか?」


「そう言われてます」


なるほど。話を聞く限りにおいて、どうやら俺達の前にいた洞窟が迷宮の第一階層、そして蒼の洞窟が第二階層であり、次の第三階層というのをクリアすればこの迷宮から出ることができるようだ。そして迷宮をクリアすれば俺達は魔族とやらになるらしい。

魔族とやらがどんなのかは知らないが、後一階層で迷宮を出れるというのはなかやかに興味深い話だ。この迷宮が嫌いな訳ではないが、外に出てみたいと思ったことがあるのも事実。いやはや、いい話を聞けた。かといって救おうという気にはならないけどな。


「お願いします!!」


深く頭を下げるダークエルフ。

そろそろ面倒になったから斬っちまうかな。


別に斬りたい理由もないが斬らない理由ってのもない。このまま俺達を足留めするというなら、それは斬る理由になりうるだろう。


「興味がない、失せろ。さもないと――斬るぞ」


「使命が果たせないのであれば私はここで死にます。私は死ぬ覚悟を済ましてこの迷宮に来ています」


使命か。剣使いも使命だとかこうとか言っていた。全く考える頭のある奴は何故そんな無駄な思考に走るのかね。俺には理解できん。


まぁ、死にたいと言うなら望み通り殺してやろう。


俺は腕の紋章から【呪詛鴉】を取り出し、その剣先をダークエルフへと向けた。ダークエルフの目に浮かんだのは一瞬の絶望と、それから歓喜の光。

何故、こいうは刃を向けられて喜んでいるのだ?


「なるほど、ドMか」


「ドエムという言葉は寡聞にして知りませんが、とても不名誉な言葉であることだけは何故か分かりました」


それよりも、と俺に一歩近付いてくるダークエルフ。こいつ、【呪詛鴉】が怖くはないのだろうか。


「これは呪妖刀ですか?」


「そうだ」


「なら、少なくともあなたには私達を助ける意味があります」


そう言うと、ダークエルフは懐から黒い扇を取り出した。


「呪妖扇【病風】。あなたの剣と同じ呪具であり、自身を病へと誘う代わりに熱風を巻き起こせる呪いがあります」


「それと交換に村を助けろと?」


確かにその呪いの扇は魅力的だが、そこまでの価値はない。それに呪いの武器も【呪詛鴉】だけで間に合っている。


「いいえ、そうではありません。私達ダークエルフには呪いを束ねる秘術があるのです。つまり、あなたの持つその剣に例えばこの扇の呪いを付加できるのですよ」


「するとどうなる?」


「あなたの剣は、病と引き換えに熱風を操る呪いを得られます」


それは確かに俺にとっては凄まじい利点となる。その病というデメリットだってアンデットたる俺には関係ないし、そうなるとほぼノーリスクで熱風を操れるということになる訳だ。


「それは、今この場で出来るのか?」


「いえ。村で然るべき術式の下、呪具鍛治師が行わなければ無理です。私達はそれを《呪詛融合》と言っていますが。ですので村が無ければ《呪詛融合》は行えません」


「なるほどな」


その《呪詛融合》を行いたいなら村を守れとそういうわけだ。


さて、どうしたものか。この話のメリットはなんと言っても俺の【呪詛鴉】が強化されることだろう。呪いをドンドン追加できるなら、俺の【呪詛鴉】は更なる高みへと至ることができる。


ではデメリットは?


それはやはり、ダークエルフの村を襲う危機を救わないとならないということだろう。危機なんて曖昧なものを救えというのだから、かなり無茶苦茶だとも言える。せめて、どんな危機なのか知りたいところだが、そこはこのダークエルフも分かってないらしい。何とも無責任な話である。最悪、その危機事態がデマという可能だってあるのだ。


「どっちにしろ、俺一人では決められないからな。二人に相談してくる」


その後、グレイとレフィスに事の成り行きを話した。

と言っても結局、三人とも何か予定や目的があった訳でもないし、敢えて言うなら強くなることが目的だったので、この話に乗ってもいいのではないかという結論に至った。


「こちらから出す条件は二つだ。ダークエルフの村を救った暁にはその《呪詛融合》とやらを制限なく使わせてもらうということ」


「村を救ってもらえるならその程度のこと構いません」


「なら、もう一つ。俺達のやり方にケチはつけないこと。俺達は自由に行動させてもらう」


ダークエルフの村を救うからと言って、ダークエルフの言いなりになるのはゴメンだ。特にエルフというのは高圧的なイメージがあるので釘を刺しておくべきだろう。

目の前のダークエルフを見る限り大丈夫な気がするが念のため。


「それで村が救われるなら」


「ならばとりあえず、貴様は迷宮から出て俺達が迷宮を攻略するまで待機してろ」


「私も付いていく訳には?」


「付いてこられるとでも思ってるのか? 馬鹿も休み休み言え」


「そうですね……」


実力もそうだし、例え実力が伴っていたとしても俺達に付いてくるのは不可能だ。何せ俺達は休むことも寝ることもなく闘い続けるのだから、アンデットでない奴らに付いてこられる訳がない。


「一応、料理なんかも出来るんですが、無意味ですよね」


「馬鹿か。そんなスキル迷宮で必要があると思うの…………どうしたレフィス?」


言葉の途中で俺の着物の袖を引っ張ってきたのはレフィスだった。どうやら何か言いたいことがあるらしい。


「……料理できるの?」


「はい。一応できます」


「……あれ、料理してみて」


レフィスが指差したのは先ほど倒したバブル・クラブの死体。どうやらこのダークエルフにあれを調理させるようだ。


ダークエルフは、どこからともなく大きなフライパンと鍋、包丁なんかを取り出して、迷宮内で料理を始めた。調味料なんかも各種揃っているようだ。


「それどこから取り出した?」


「《魔法袋》というマジックアイテムから取り出しました。この袋には見た目以上にものが入るんですよ」


額に汗を流しながら火もないのに鍋やフライパンで調理を重ねていく。どうやらこの調理器具もマジックアイテムらしい。

なんて便利なんだ、マジックアイテム。


「はい、出来ました」


出来上がった料理に俺達は息を飲んだ。これは凄い。前世の記憶にも無いような珍しい料理がテーブルの上にところ狭しと並んでいる。

まるで迷宮の中にいきなりレストランが現れたようだ。


「どうぞ、召し上がってみて下さい」


「頂きます」


「……頂きます」


「僕も頂くよ」


バブル・クラブのグリルを一口かぶり付く。口から光が漏れだした。これは美味い。確かに生のバブル・クラブの肉も上手いが、それとはまた違った深い味わいが俺の干からびた舌へと溶け込んでいく。


「この甲殻、凄く美味しいね」


隣ではグレイ用に作られた甲殻のカルパッチョのような意味不明な料理を食べるグレイがいた。どうやらグレイの料理もかなり美味しいらしい。俺には分からないが。


「……あなた、私達に付いて来たいの?」


「え、ええ。出来ることなら」


「……分かった」


レフィスは無表情でこちらに振り向くと、目を肉マークにして俺に話しかけた。


「……ロスト、やっぱり故郷を守りたいとする彼女の気持ちを踏みにじるのはよくないと思うの」


「そうだな。本音を言ってみな」


「……飯炊きゲット」


とても素直で簡潔な感想だった。

そして、レフィスには心底甘い俺が彼女の頼みを断れる筈もなく。


「自分の身は自分で守るってなら付いて来てもいいぞ」


「はい。お願いします」


「アハハ、ロストはレフィスに本当に甘いよね」


「俺も確かにそう思うが、既に骨料理を完食して御代わりまで用意させてるグレイには言われたくないよ」


「アハハ、だってこれ美味しいんだもん」


どうやら、俺達はこのダークエルフに胃袋を掴まれつつあるようだ。弱いくせに何と逞しいことか。


「とりあえず、飯炊きガングロ爆乳ビッチがこれで仲間になっちまったわけだな」


「お願いですから、その名前で呼ぶのだけはやめて下さい!!」


まぁ、楽しいからいっか。と何か諦めの境地へと達した俺だった。




――――




飯炊きガングロ爆乳ビッチ、改めイリスが仲間に入ってから四日が過ぎ、俺達の食事状況は劇的に改善された。俺は生肉だけ喰らう生活も嫌いではなかったが、レフィスとグレイがイリスの作る料理をえらく気に入ってしまった。

欠点として、イリスの睡眠やらお休みやらが入る為に移動速度が落ちてしまうことが上げられるが、幸いにして今いる場合は湖であり、目的も進行というよりは湖に現れる膨大な量の魔物を倒すことにあるので問題ない。


「……イリス、魚料理は作れる?」


「唐揚げや煮魚ならできますよ、レフィス様」


イリスの言葉は聞こえるが、姿は見えない。これが彼女の魔術、確か第二深層暗闇魔術【夜霧】というものの効果である。俺は注意して見れば【直感】で大体いる場所が把握できるが、そうではない魔物には絶大な効果を誇るようだ。

魔術に関してはイリスに色々と教えてもらった。その他にも外の世界の知識やら雑学なんかを聞いている。そういう意味ではイリスは飯炊き以外にも役に立っていると言えるし、仲間にして良かったとも言える。


「右の湖から何か来るぞ、レフィス」


「……唐揚げ!!」


現れたのは額に角をはやした鮭〝一角鮭〟だった。大きさは二メートルほどで、これでもこの辺りの魔物にしては小振りな方である。


「……イリス」


「はい、ここに」


一瞬だけ姿を現すと一角鮭の死体を《魔法袋》へとしまったイリス。戦闘力は皆無もいいところなのに妙に役立つな。


「なんか、レフィスとイリスは凄く仲良くなったね」


「まぁ、ビジュアル的には綺麗だから文句は無いさ」


レフィスが気に入ったから仲間にしたのだ。イリスもその辺りを分かってレフィスに取り入っているのだろう。

俺達はレフィスの胃袋を人質に取られたも同然だった。


「僕としてはそろそろ、魚の骨も食べ飽きたかな」


「そうか、なら鰐の骨ならどうだ?」


「そうだね。食べてもみたいけどアレはペットにしたいかな」


視線は自然と中央湖へと集まる。そこには眠っているかのように動かないブラック・アリゲイターの姿が三つあった。


「おいイリス」


「はい、なんでしょうロスト様」


イリスの敬語も様付けももう慣れたが、こういう対応を見ているとメイドみたいだな。メイドというとやはり前世の俺のイメージに照らし合わせると淫乱という印象が強い。淫乱飯炊きガングロ爆乳ビッチメイド。流石にここまで来ると長いし言いにくい。


「おまえ、鰐料理はできるか?」


「多分、できます。作ったことがないので分かりませんが鶏肉と同じようなものと聞いたことがあるので可能でしょう」


「……ロスト?」


「ああ。狩りにいくぞブラック・アリゲイター」




――――




中央の湖へとブラック・アリゲイターを倒す為に進む。狙うは三体の中でも一番離れた位置にいるブラック・アリゲイターだ。こいつなら、戦闘を行っても他二体が寄ってくることもないだろう。流石にブラック・アリゲイター複数体と同時戦闘をこなせるような実力はないので正直、一体だけ孤立してくれていたのはラッキーだった。


今の俺達のレベルは俺が87、グレイが86、レフィスが87、といった感じでこの湖でのレベルアップも難しくなっている。早いとこブラック・アリゲイターを倒し、どうにか次の階層、イリスのいう第三階層へと行きたいところ。。


そんな俺達が中央湖へと近付く途中の道のりで、隣にあったそれなりに大きな湖から反応があった。


「なんか、大きいのがいるな」


俺が立ち止まったことでグレイとレフィスは自然にそして速やかに臨戦体勢に入り、イリスは魔術でもって姿を消した。


湖の水面を割るようにして現れたのは大きな蛸だった。驚いたことにその大きさはブラック・アリゲイターの二倍近くはある。と言ってもそこから感じる覇気はブラック・アリゲイターよりも劣るが。


「……たこ焼き」


「あらら、僕の食べる部分が全くないよ」


「おまえら、最近食欲にのめり込み過ぎじゃないか?」


レフィスは元々だが、グレイまでというと、これはイリスを仲間にした弊害だと言っていいかもしれない。


「まぁ、ブラック・アリゲイターの前哨戦としてサクッと殺しちまうぞ」


こいつ程度に躓くようならブラック・アリゲイターに勝てる見込みなんて皆無だろう。それでも、俺達が蒼の洞窟に来たばかりの時なら厳しかっただろうが、今はもう文字通りレベルが違う。


蛸の攻撃手段は主に八本ある足の降り下ろし、口から吐く蛸墨と粘着性の粘液だ。


蛸というのは全身が筋肉の塊なだけあって、その腕から発揮される破壊力は確かに厄介だった。粘着性の液体を被り、身動きの取れないところを殴られ続けたらいくら回復力の高い俺と言えど御陀仏だろう。

その代わり、甲殻すら纏っていない本体の防御力は紙である。


抜群の回避能力と【呪詛鴉】という圧倒的な斬れ味を誇る得物を持った俺には随分と御しやすい相手だ。


「やはりこういう的には《呪印【疵】》がよく効くな」


この蛸は防御力は低いが再生力はそれこそ俺達アンデット並みだった。八本の足はレフィスが斬る度に生えてくるし、グレイが《大骨槍》を刺しまくっても平気な顔をして歩いてくる。本当に冗談のような生命力だ。

だが、だからこそ再生を封じ、治癒を妨害する呪い《呪印【疵】》は蛸には致命的だった。


レフィスは効果は薄いと知っていても蛸の足を斬りまくっている。これはあれだ、この蛸を無限に増え続ける食料とでも勘違いしているに違いない。


俺もレフィスに気を使って蛸足は斬らないようにしている。俺の【呪詛鴉】で斬ってしまっては足の再生が出来なくなるからだ。

因みに《呪印【蝕】》は使えない。使わないのではなく使えない。それは勿論、使うとレフィスに食べる部分が減ると怒られるという理由もあるが、それ以前に呪いは重ねては使えないのだ。《呪印【疵】》を使っている現在、そこに《呪印【蝕】》を重ねることはできない。


グレイは大地から巨大な柱のようなものを発生させて蛸の動きを封じていた。それはダメージというより敵の動きを止めることを目的にしているようだ。おそらく、湖に逃げるのを阻止しているのだろう。


「レフィス、そろそろ斬って構わないか?」


「……もう満足」


レフィスの伺いを立ててから、俺はこの闘いを終わらせるべく駆けた出した。こういうところは本当にレフィスに甘いなと自嘲しながら、蛸の目の前まで来た俺は剣を一閃。

不死武道(イモータル・アーツ)】を用いて限界以上に行使された俺の肉体より放たれた斬撃は蛸の額辺りを深く斬り裂いた。


低く、不愉快な悲鳴を上げながら最期の足掻きとばかりに粘着性の粘液を俺に向かって放出する蛸。蛸の命を掛けた何の威力も無い嫌がらせのような攻撃だった。

そんな不快な液体を死んでも被りたくは無かったので【直感】に【見切り】【加速知覚(アクセル・センス)】まで用いて全力で回避する。加速した世界の中、俺はその粘液の飛沫すら見切って避けきって見せた。


「きゃッ!?」


が、その代わりにその粘液を受けたのは【夜霧】で身を隠していたはずのイリス。【夜霧】の効力によって蛸から見えてはいなかっただろうから、これは全くの偶然だろう。

蛸の断末魔の叫びに萎縮して突然降り注いだ粘液を避けられなかったと言ったところか。


「ベチョベチョです」


頭から粘液を被ったイリスはそれはもうエロかった。粘液が白みを帯びているのもそのエロさに拍車を掛けている。黒い肌と紫がかった長い髪に白い粘液、そして服から透けて見える爆乳。この世界はどうやらブラジャーというものが存在しないらしく、その上彼女自身の装備も軽装だった為にその頂上の頂きが俺にこんにちはをしていた。

しかし、残念というべきか幸いというべきか、俺にもグレイにも性欲というものが皆無である為に、それを見ても何の欲情も示さない。


「おい、そこの飯炊きガングロ爆乳ビッチ」


「だから、その呼称で呼ばないで下さい!! ア~、服の中までヌメヌメしていて最悪です」


「おまえ、自分の状態を客観的にとらえてみろ」


「え? 私の身体ですか?」


太股やら胸元に白い液体がへばりついている状態の自分を見つめること暫し、イリスの顔が途端に赤く染まった。


「エロ過ぎます!?」


「分かったらさっさと身体を洗えこのエロ要員」


「私をそのイメージで固定するのだけはやめて下さい!!」


「おいレフィス、イリスを洗ってやれ」


「……分かった」


俺もグレイも気にしないが、一応異性である俺達がイリスの身体を洗うのは本人が嫌がるだろう。ここはやはり同じ女であるレフィスが適任だ。


「……行くよエロ要員」


「レフィス様まで!?」


「何か、僕のボケの立ち位置がイリスによって奪われてる気がするよ」


どこか寂しそうに言うグレイ。

大丈夫だ。イリスのあれはただエロいだけだから。


「……この巨乳が悪い」


「レフィス様、どこを御触りになられているんですか!?」


「……萎め萎め」


気のせいだろうか。段々と俺達が色物集団と化しているような気がするぞ。



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