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8話 エクソシスト

加速世界アクセル・センス】を【加速知覚アクセル・センス】に、【風神の加護】を【旋風を司る神の加護】に変更しました。


追記 投稿時間をミスった‥‥

【ゼディス教会】とはゼディス教を信仰する人間達による組織である。この世界における最大宗教であるゼディス教の影響力というものは凄まじく、《アステロン皇国》という国まで作ってしまうほどだった。


それが五百年も前の出来事である。


ゼディス教において人間というのは神によって創られた至高の種族とされている。獣人やエルフ、ドワーフといった言葉を理解する亜人は神が人に与えた奴隷であり、人間に尽くすことに幸福を感じる種族であると教えられていた。

そんなゼディス教が聖敵としている種族がある。



――〝悪魔〟と〝アンデッド〟だ。



この二つの種族は見つけ次第、【ゼディス教会】へと報告され教会から対悪魔、対アンデッドのエキスパートである【エクソシスト】が派遣される。


そして今回、《アーロルド王国》より依頼のあった迷宮に出現したアンデッドの討伐に対しても【ゼディス教会】は【エクソシスト】を派遣した。

派遣した【エクソシスト】は二名。どちらも冒険者にして《Bランク》程度の実力者だ。しかし、それは総合力で見たらの話であり、相手が悪魔やアンデッドならば《Aランク》の冒険者すら凌駕するほどの実力と殲滅力が彼等にはあった。

対悪魔、対アンデッドのエキスパート。聖なる武具で身を固める彼等が聖敵であるアンデッドを討ち損じるとは、この時【ゼディス教会】は考えていなかった。




――――




《迷宮都市リゼルド》にある唯一の迷宮、【鋼竜の根城】の第二階層に既に【エクソシスト】二名の姿はあった。

【ゼディス教会】より、【鋼竜の根城】の第二階層は今、立ち入り禁止区域とされ、冒険者の進入は許されていない。故に第二階層に人影は無く、魔物達の生存競争が勃発しているのみであった。

と言っても、普段から《迷宮都市リゼルド》の冒険者達はほとんど第一階層に潜っており、【ゼディス教会】の御触れで第二階層が封鎖されても痛くも痒くもない。寧ろ、第一階層の立ち入り禁止を解いてもらって感謝しているくらいである。

その理由もギルドと教会から強力なアンデッド出現の為と説明があったので市民も冒険者達も特に気にすることは無かった。この世界でアンデッドの出現は稀ではあるにしても皆無ではない。数十年に一度はある事態なので《迷宮都市リゼルド》の人間達にとっても関心はあるが、それが身に迫った脅威とは思えないといった感じだった。


しかし、【ゼディス教会】から派遣された二人の【エクソシスト】は今回の任務は異例だと考えていた。


「ギルドの情報によると、目標のアンデッド三体は階層ボスを下して第一階層から第二階層へと移ったらしいですよ」


自身の装備を調整しながら世間話でもするように、情報を確認するのは剣を持った男だった。名を〝ウルマ〟と言うこの男は【ゼディス教会】有する【エクソシスト】の中でもベテランの聖剣使いだ。


力を持つ武器は持ち主を選ぶというのは聖剣や聖槍、魔剣や魔槍を知る者達にとって周知の事実である。その中で、低位とはいえ聖剣に選ばれたこのウルマは【エクソシスト】の中でも少々特別な人間だった。

低位でも聖剣は聖剣。ウルマの持つその白銀の剣、聖剣【ダルト・レフール】は【聖界】という自身の周囲に聖なる結界を発生させる能力を持ちあわせている。その結界に悪魔やアンデッドが触れれば、浄化させられ、また聖剣の刀身でもって斬られてもその聖なる波動により不浄なる輩は消滅する。

このように、ウルマは悪魔やアンデッドに関しては絶対と言っていいほどの力を有していた。


「そんな無茶苦茶なアンデッドは珍しいじゃろうな。ワシも長年【ゼディス教会】に在籍してアンデッドを浄化させてきたがのう。ここまで強力なアンデッドは数十年ぶりじゃて」


ウルマの隣で腰を据えながら、自分の長い髭をさする老人。彼こそが今回、ウルマのパートナーを務める〝グレスト・ローゼン〟という【エクソシスト】だ。元々はどこかの国の貴族だった彼は若い頃に【ゼディス教会】に入会し、今では【エクソシスト】としての確かな信頼と立場を築いていた。


グレストは武器を持ってはいなかった。彼が持っていたのはどこか彼に似合う厳かな雰囲気のする杖だ。

その杖は彼の得意とする《神聖魔術》に必要な品物であり、彼の魔力を余すこと無く術へと乗せる為の媒介である。とある森にのみ生えるとされる聖樹を加工して創られたこの杖は国宝級の価値があり、それを持つ彼の地位と財力が伺える。


「今回の殲滅対象は〝餓鬼〟〝レイス〟〝喰屍鬼(グール)〟の三体です」


「レイス、喰屍鬼はともかくとして、餓鬼とはこれまた珍しいアンデッドが現れたものじゃて」


「私はレイスというアンデッドも初めて見ますがね」


ベテランの【エクソシスト】であるウルマですら餓鬼やレイスとの戦闘経験は皆無だった。そもそもで、これらのアンデッドが現れること自体がかなり稀なことなのだ。

その点、半世紀以上の長い年月を生きてきたグレストは経験豊富であり、餓鬼やレイスとの戦闘も経験済みだった。


「そうじゃのう。なら作戦開始前に敵の特徴を教えておいてやるか」


「ええ。そうしていただけると私としても有難い」


グレストの説明によると、餓鬼というのはアンデッドの中でも接近戦に特化した魔物だという。アンデッド特有の再生能力は勿論、身体能力なども人間より遥かに高いとのこと。【ゼディス教会】が設けている危険度の基準で言えば《第四級》に値する。


「《第四級》と言えば下手な悪魔や吸血鬼クラスですな」


「そうじゃな。しかし、レイスはその更に上《第三級》に名を連ねる魔物じゃよ」


レイスは魔力に特化したスケルトンの成れの果てだとグレストは語る。強大な魔力でもって時には高位の魔術を扱う個体もおり、その危険度の高さから《第三級》に指定されていた。

《第三級》と言えばそれこそ強力無比なアンデッドである吸血鬼や中位の悪魔といった魔物が有名だ。魔術を操るというのは、そういった魔物達と同列に扱われる程に厄介な要素なのである。


「この面子だと喰屍鬼が可愛く見えますよ」


喰屍鬼は容姿的には限りなく人間に近い魔物だ。ただしその高い身体能力と知能の高さ、そして生者への尽きることのない憎悪は厄介である。しかし、それでもやはり餓鬼やレイスといった魔物と比べると見劣りする感は否めない。


「いやいや、侮ってはいかんよウルマ君。喰屍鬼は確かにこれらよりは危険度の低い《第六級》指定のアンデッドじゃが、稀に変異個体もおるからのう」


変異個体とは、その名の通り種族の枠を逸脱した魔物のことである。魔物に限らず、亜人や人間にも変異個体というべき個体はいるのだが、変異個体という総称は専ら魔物にしか使われない。

変異個体で有名なのはスケルトン・メイジなどといった先天的に魔力の多い魔物が魔術を行使するようになった個体や身体の一部が特殊変化しているような個体だ。これらの個体は目撃数も多くさほど珍しい現象でもないが、喰屍鬼などの《第六級》クラスとなると話が別である。仮に魔力を持ち、魔術を行使してくる喰屍鬼がいたとするなら、その脅威は《第六級》などの枠には到底収まらない。


「そうですね。では準備もできましたし、そろそろ行きましょうか」


聖剣のメンテナンスが終わったウルマが立ち上がる。それを見たグレストは懐から円盤状のものを取り出した。


「ほれ、この《邪針盤》に沿って進むとするかのう」


《邪針盤》とは【ゼディス教会】が生産している魔道具であり、邪な存在、つまり悪魔とアンデッドに反応してその針が動く。これに従えば、敵のいる方向が分かるという【エクソシスト】には欠かせない便利なアイテムだった。

それに加えて、二人が着用しているフード付きの服。これも《霞羽織》という魔道具である。着用者の隠密性を高め、魔物に見つかり難くさせる効果があり、これがあれば討伐対象以外との戦闘を避けられる。


二人は針の示す方向へと歩みを進めた。途中、幾度となく現れる魔物から《霞羽織》の効果でもって戦闘を避けながら凄まじい速度で迷宮を攻略していった。




――――




「いやはや、《邪針盤》は対象を定められないのが欠点ですな」


「そうじゃのう。かなり時間を取られてしまったようじゃ」


二人は《邪針盤》の導きに従い、【鋼竜の根城】第二階層の奥へと進んでいたのだが、落とし穴に引っ掛かりとある大部屋へと誘われていた。

そこにいたのは〝ジャイアント・ワーム・ゾンビ〟の大群であり、その数、七十匹にも及んだ。


そして、《邪針盤》の針はアンデッドであるジャイアント・ワーム・ゾンビに釘付けとなり、そこにいた芋虫ゾンビを全て葬るまでその場を動けなくなってしまったのである。


二人でゾンビの浄化に勤め、その作業がやっと終了したのがつい先ほどのこと。


予想外の時間の浪費に二人の顔には疲労の色が見てとれた。


「迷宮の魔物がアンデッド化するとは……。もしかしたら伝染したのかもしれないですね」


アンデッドが倒した魔物はアンデッド化しやすいというのはこの世界の常識である。それを伝染と呼ぶのだが、アンデッドを放っておくとこの伝染が発生し、鼠算的にアンデッドが増えてしまうのだ。事実、過去には一体のアンデッドが一国を崩壊させるほどの魔物災害を発生させたこともある。


「この量のジャイアント・ワームを抹殺したアンデッドがおると?」


「ええ。それもおそらく……」


「ワシ等が倒すべきアンデッドと同じということじゃな。本当に今回の依頼は厄介な仕事じゃのう」


予定外の疲労を回復させる為に暫し休憩した後、再び邪な存在を捕らえ直した《邪針盤》を便りに二人は迷宮を歩いていく。


出現する魔物の質が高くなるにつれて《霞羽織》の効力も弱まるので、慎重に進まざるを得なくなる。当然、速度は遅くなってしまうが、それは仕方のないことと割りきる他ない。最深部に近くなってきた現在、現れる魔物と闘っていては切りがないし、下手をすれば死んでしまうことも考えられるのだから。

二人は【エクソシスト】であり、冒険者ではない。目標のアンデッドさえ始末できればそれでいいのだ。


「それにしても、目的の三体はどれだけ深いところに潜っているのでしょうか」


「さぁのう。こんなに奥深くにいるとはワシも予想だにせんかったからのう、正直、この老体には堪えるわい」


そう愚痴を溢している間にも《邪針盤》の針は大きな反応を見せている。それは目標のアンデッドが近くにいる証拠だった。




――――




【エクソシスト】であるウルマとグレストが仇敵のアンデッドと遭遇するのにそう時間は掛からなかった。

《邪針盤》は今度こそ正しく彼等を導き、討伐対象である三体のアンデッドへと二人を導いたのだ。


二人は《霞羽織》のフードを深く被り、敵の様子を伺っていた。


「これは……少々厄介が過ぎませんかね」


「そうじゃのう。呪具持ちの餓鬼に変異個体の中でも更に珍しいクリエイト能力持ちのレイス。更には結晶体の腕を持つ喰屍鬼の変異個体とは、正直ワシも相手にしたくないわい」


二人の目の前で繰り広げられる生存競争。アンデッド三体が、迷宮内でもかなりの上位に君臨する魔物、〝ブレット・クラブ〟という巨大な蟹を意図も簡単に始末していくのはまるで地獄のような光景だった。


「何とか不意討ちで二体は始末したいのう」


「でしたら、やはり、変異個体のレイスと変異個体の喰屍鬼を先にを潰すべきでしょうね」


見たところ、遠距離からの攻撃が可能なのはレイスと槍を持つ喰屍鬼のみだ。接近戦ならば、ウルマの聖剣【ダルト・レフール】の能力【聖界】が作り出す聖域でもってアンデッドを問答無用で浄化できる。更に言えば、ウルマの剣の実力もかなりのものであり、それを加味してウルマ自身、接近戦での敗北はありえないと踏んでいた。呪具という危険なものを持っていても、見る限りで接近戦しか能の無い餓鬼は自分にとって御し安い相手だと高を括ったのだ。


「普通のアンデッドならばワシの【聖域(サンクチュアリ)】で一掃できるんじゃがな。あそこまで高位のアンデッドとなると、浄化し切る自信が無いのう」


アンデッドは頭を潰さなければ意味がない。それと同じように浄化しきれなければ何の意味もないのだ。アンデッドに生半可な攻撃は無意味。それは誰よりも【エクソシスト】である彼等がよく知っていた。


「仕方がない。少々魔力は喰うが【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】を二発撃ち込むしか無いじゃろう。本当なら三発撃って終わりにしたいところじゃが、如何せんワシの魔力が足らん」


「いえいえ、第三深層級神聖魔術である【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】を扱えるだけでも凄まじい魔力ですよ。それを二発だなんて私には考えられない」


魔術は深く入り込めば入り込むほど、その威力を増し、それにつれて要求される魔力も格段に増えていく。グレストの扱える第三深層級の魔術はただの人間からしてみれば頂きとも言えるような超高位魔術である。

勿論、【勇者】を初めとする人外の実力者は更に深い魔術の聖域を垣間見るような輩もいるのだが、それはあくまでも例外の類いだ。


「それじゃあ、始めるとするかのう」


グレストの体内で魔力が激しく膨張していく。隣にいるウルマが思わず感嘆してしまう程にその魔力量は人間としては常軌を逸していた。

グレストの体内で渦巻いていた魔力は、彼の腕を通じて彼の持つ杖へと向かう。そして杖を媒介としてグレストの魔力は世界へと干渉を始めるのだった。


世界への要求を呪文に乗せて告げる。自然の摂理をねじ曲げ、自身の理で書き換える。それが魔術だ。


「〝第三深層級神聖魔術【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】〟」


白き火で出来た槍が二本、グレストの頭上に現れた。そこに込められた魔力と聖なる波動は、例えどんな高位のアンデッドであろうとも一瞬で浄化できるほどの力を秘めていた。


それが創造と同時に発射される。


二本の槍はレイスと喰屍鬼の死角から二体を完全に捉えていた。その軌道は寸分の狂いもなく、二体のアンデッドを刺し殺すだろう。



――そう信じて疑わなかった。



「二人とも、全力で防御して」


結果だけ言うのならば、グレストの【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】はいとも簡単に防がれた。完璧だったはずの奇襲は、しかしながら餓鬼の一言で完全に失敗した。


聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】の着弾による圧倒的な熱量と爆風で辺りが炎と土煙で覆われた後、その場には紅の結晶と巨大なる骨の腕、そして余波で全身に火傷のような傷を負った餓鬼の姿があった。


「あの風使い以来か。久しぶりだな人間」


みるみる内に治る火傷をまるで無かったかのように振る舞う餓鬼。その口は流暢な言葉を紡ぎ、そして何とも楽しそうに、愉そうに、その布で巻かれた顔で不気味な笑顔を作りだしていた。


「言葉を操るだと……。【魔王候補】か」


「なんか、皆に言われるねそれ。多分そうなんじゃない? としか俺には答えられないけどさ」


困ったように頭を掻く餓鬼。既に火傷は綺麗に治り、全くと言って良いほどにダメージは残っていないようだ。


「最悪じゃのう。ワシも長年生きておるが、ここまで最悪な事態は初めてじゃ」


魔力を大幅に消費したグレストは見た目以上に内心では焦っていた。【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】で三体とも殺し切れるとは思っていなかったが、まさか一体として葬れなかったのは大きな誤算だ。

敵の不意を突いて優位に立とうとしたつもりが、箱を開けてみればグレスト自身の魔力は著しく消耗したというのに、対象のアンデッドはほぼ無傷といった始末。寧ろ、こちらが不利な状況に立たされてしまった。


「……熱かった」


「アハハ。僕は熱なんか感じないから楽だったけどね。でも【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】に魔力コーティングしといて良かったよ。危うく成仏するところだった」


紅の結晶の中から喰屍鬼の変異個体が、巨大な骨腕の中からレイスの変異個体が現れる。その二体も言葉を操っていることから【魔王候補】だと見て間違いない。


「【魔王候補】が三体同時出現とは流石の私も泣けてきましたよ」


「こやつら、完全ではないにしろ浄化対策もしとるようじゃしのう。まぁ、【魔王候補】なら当然と言えなくもない」


額に汗をかきながら、【エクソシスト】の二人はアンデッド三体と対峙する。特に二人が警戒するのはレイスでも喰屍鬼でも無く、彼等の中心に立つ餓鬼の存在だった。

グレストの【聖なる火槍(セイント・フレイム・ランス)】を察知し仲間に指示したのは間違いなくこの餓鬼である。その極めて高い危機察知能力と軽く指示しただけで仲間を従える統率力の高さをウルマとグレストは警戒していた。


「さぁて、御祭りを始めようか人間」


邪悪な気が餓鬼の身体から溢れ出る。それは長年【エクソシスト】を務める二人ですら初めて味わうほどに暴力的で重圧的な殺気だった。


「勝つしかあるまい」


「ワシとしても、もう少し余生を楽しみたいしのう」




――聖なる者達と邪悪なる者達の闘いが始まった。




◆ ◆ ◆




結果的に見れば、あの落とし穴に嵌まったのは良かったのかもしれない。何せ、あの落とし穴のお蔭で俺達は一気に洞窟の最奥近くまで来れたのだから、随分と楽が出来た。ジャイアント・ワームの莫大な経験値でレベルもかなり上がったことだし、落とし穴様々だ。


そんな俺達は蒼の洞窟の最奥付近、つまりすぐそこには例の巨大湖がある場所な訳だが、そこで魔物狩りをしていた。というのも、この付近は魔物の質がかなり高く経験値稼ぎには丁度良かったからだ。

レベルもかなりの勢いで上がり俺が53、グレイが53、レフィスが52となっている。これも大体はジャイアント・ワームのお蔭である。


そろそろ、ブラック・アリゲイターの潜む巨大湖へと向かおうと俺は考えていた。


そんな矢先に遭遇したのは久方ぶりの人間だった。最後にあったのはあの風使いであり、それ以来この蒼の洞窟で人間は一人も見ていない。

俺の中で巻き起こる人間への憎悪。少々懐かしい感覚ではあるが、それは決して色褪せることのない魔物としての性だった。


いきなりの不意討ちで放たれた二本の炎の槍を俺は【直感】で察知し、二人に指示を出す。【見切り】の結果予測からしてその槍の狙いは俺ではなくグレイとレフィスの二人だったからだ。


割りと前になってしまうが、前の洞窟で会った奇術使いの人間、あの人間の使う奇術と同じような嫌な波動を纏った槍をグレイは自分を【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】に握らせ、レフィスは【紅蛇螺(クジャラ)】を巻き付かせて、それぞれ防御した。もしも、防御に成功しなければ存在を消滅させられるくらいの力がその槍にはあった。こんなこともあろうかと、あの嫌な波動に対する対策も考えておいて良かった。

因みに、グレイやレフィスと違って俺にはまともな防御手段が存在しないので、もし俺が狙われていたら、【加速知覚(アクセル・センス)】を発動した上で全力で逃げたことだろう。俺には防御という概念は存在しないのだ。


俺達の前に現れた敵は二人の人間。一人は剣を持った中年のおじさんで、一人は杖を持った老人だった。おそらく、不意討ちを食らわしてくれたのは杖を持った老人の方だろう。


「グレイ、レフィス。あの剣の奴は俺にやらせてくれ」


「……なら私達はあの筋ばった肉の相手をする」


「筋ばった肉って、老人なんだから仕方ないんじゃない?」


「……鮮度の落ちた肉」


「確かに美味しそうじゃないけどね、骨も」


後ろで楽しそうに話す二人を置いて、俺は剣使いの元へとゆっくり歩いていく。こんなに楽しそうな獲物は初めてだった。見ているだけで分かる。あの剣使いの力量は俺と同じか、それ以上だ。


「あ~、なんかロストの眼がヤバいね」


「……格好いい」


「アハハ、そうだね。今のロストは魔物としてこれ以上になく格好いいと思うよ」


掌の紋章から【呪詛鴉】を取りだし、剣使いと対峙する。敵の剣もどうやら普通の剣では無いらしく、その刀身からは神聖で嫌な気配がしていた。この蒼の洞窟の入り口、鎧蜘蛛がいたあの神殿も神聖なる雰囲気が漂っていたが、それとは違う敵意ある神聖さだ。


「俺と遊ぼうぜ、人間」


「君はこの世にいてはならない存在だよ、アンデッドくん」


「それは残念。もう手遅れだ」


「だから私は君を消滅させなくてはならない。それが我々【エクソシスト】の使命だからだ」


言葉を突如切り上げ、剣を振るう剣使い。その剣捌きは鋭く速かった。

だが、無駄が多い。最適化された俺の身体捌き、剣捌きには到底敵わないだろう程度のもの。その剣は今まで闘ってきた人間の中では確かに速かったが、残念ながら今の俺にとっては随分と遅く感じた。



――期待外れだったか?



多少色褪せた思いで人間を見ながら、【見切り】でもって迫り来る剣を避ける。

その剣を避け切ったと思った瞬間に、反撃に転じる。


いや、転じようとした。


剣使いの攻撃は俺を殺す為の攻撃ではなかったのだ。俺を油断させる為の、言うならば囮。つまり、フェイントだった。

フェイントにいとも簡単に引っ掛かった俺に剣使いの蹴りが放たれる。


「クソッ」


咄嗟に【加速知覚(アクセル・センス)】を発動し、【見切り】を重ねて何とか本命の攻撃を避ける。 アンデッドたる俺にとって足蹴りなど全く意味のない攻撃に思えるが、その足には聖なる波動が宿っていた。これを喰らえば俺はアンデッドであるが故に無事では済まない。


「今のを避けるとは、やはり馬鹿げた回避能力だ」


「いや、今のは本当に危なかったさ」


やはり、俺よりも剣捌き、身体捌きは劣るようだが、その代わりこの人間には俺には無い〝技術〟があった。敵の思考を読み、フェイントを交ぜ、確実にダメージを与える技術。考えるということを殆どしない魔物ばかり相手にしてきた俺には考えつかなかった行為だ。


これは期待外れどころか期待以上の相手だったようだ。


「その技術、俺にも教えてくれよ」


「君が死んでなければ、喜んで教えたのだけれどね。残念ながらアンデッドに教えるような技術は私には無い」


「なら、見て盗むから構わねぇよ。さぁ、踊ろうぜ人間」


「死者とダンスをするような趣味は私にはない」


言葉を時折、織り交ぜながら剣の乱舞は続く。力と速さに特化した俺と技術に特化した剣使い。決着はなかなか着かず、一進一退の攻防が続いた。


「ッチ。【聖界】を発動する暇も無いとは、凄まじい剣の腕だなアンデッド」


「いや、俺から一太刀も喰らわないあんたも相当なもんだと思うぜ、人間」


一太刀でも加えられれば、《呪傷》が刻まれ、俺の勝利となるのだろうがこの人間はその一太刀すら食らうことなく卓越した技術のみで俺の剣を受けきっていた。おそらく、対人間戦を幾度となく重ねてきた剣使いの経験があってこそのものだろう。


「だが、体力差は如何ともいがたいな、人間」


「いや、まだまだやれるよ、アンデッド」


と言いつつも、やはり無限の体力を持たない人間の動きは最初と比べても明らかに落ちている。それでも俺の攻撃は通さないのだから驚く限りだが、それもそう長くは続くまい。


「アッチはもう終わったようだな」


魔術使いは頭からボリボリとレフィスに喰われていた。あの魔術使いは最初から消耗していたようだし、年齢もいっている。寧ろよくここまで保ったというべきか。


「グレストさん」


「仲間が死んだようだな」


「なら尚更私は勝たなくてはならないのだよ。彼の分も使命を果たさねばならない」


剣使いが剣先を俺に向ける。


「結べ【ダルト・レフール】」


その言葉が俺に届くのと、俺が【直感】でその場を退避したのは同時だった。

俺が退避した瞬間、それまで俺がいた場所に白い球体が現れた。その球体からは神聖な波動を感じ、まともに受けていたらひとたまりも無かっただろう。


「やはり範囲を絞れば避けられるか、化け物め」


「これは魔術か?」


それにしては魔力特有の雰囲気を感じないが。魔術以外にこんな摩訶不思議現象を起こせるものがあるだろうか。いや、グレイの使う能力なんかは魔術ではないようだし、これもそういった類いのものなのかもしれない。


「敵に自分の手の内を教えるはず無かろう」


「そりゃそうだ」


しかし、これが魔術であろうと無かろうと、これからの闘いは詰まらないものになりそうだ。剣と剣の闘いの方が楽しかったのにな。


「剣では残念ながら分が悪いからな。神の裁きで一気に消滅させる」


「もっと剣でやりあおうぜ?」


「悔しいが私の剣は君に届きそうもないのでね」


そこからの闘いは語るにも及ばぬほど、退屈なものだった。剣使いが先ほどの結界のような攻撃を乱発し、俺がそれをひたすらに避けるという行為が幾度となく続けられた。


「飽きたな」


剣の交わりもない、ただの的当てのような様相と化してしまったこの闘いに飽きてしまう。同時に身体の中に渦巻いていた熱も冷めてしまった。

それに加え、剣使いの体力も限界に近いらしく、既にフラついている。どうやら、この結果のようなものを作り出すのに体力を使いきってしまったらしい。



――馬鹿なことだ。



「まだ剣での勝負の方が勝機はあったろうに」


「私の剣を笑いながら全て避け切った癖によく言う」


「俺は笑っていたか?」


戦闘に没頭すればするほど無意識に笑ってしまうのは俺の悪い癖だな。


「ああ。愉しそうに笑っていたよ」


「まぁ、事実貴様との闘いは愉しかった」


「ならその愉しみを壊してやるのも【エクソシスト】の仕事なのだよ」


作戦通りだと笑う剣使い。その笑顔は使命だとか難しいことに縛られたものではなかった。

その笑顔は命の輝きを宿しているように感じられる。人間にしては美しい笑顔だ。


「残念だが、もう終わりにしよう」


「怨むぞ、アンデッド」


「それはいい。怨みを残して死ねば貴様もアンデッドの仲間入りだ」


「それだけは勘弁だ。なら私は君にこう言えばいいのかな? 私の人生に悔いは無いと」


「ああ。それはとても残念だよ人間」


俺は敢えて今まで積極的には使ってこなかった【加速知覚(アクセル・センス)】と【不死武道(イモータル・アーツ)】を用いて、剣使いを殺した。


それは本当に呆気ない舞台の幕引きだった。


「俺個人としては、あのまま剣の技術のみで闘いたかったのだがな」


「残念そうだね、ロスト」


「ん? いや最後は残念だっけど、最初の方は充分楽しかったさ」


「……でも寂しそう」


寂しい。そうなのかもしれない。互いに剣の技術を極めたもの同士、通じるものは確かにあったのだ。魔物と人間、いやアンデッドと【エクソシスト】なんていう絶対に交わらない者同士だったが、剣での対話は楽しかった。


亡骸となった剣使いを見ながら、俺は何とも釈然としない気分になる。

これが、この剣使いの最期の嫌がらせだと言うのなら、それは確かに効いていた。







 ◆ ◆ ◆







【鋼竜の根城】の存在する《迷宮都市リゼルド》から南に馬車で一ヶ月ほど進んだ先には人を寄せ付けない闇の世界が広がっている。


朝の来ない森。

悪魔の森。


ここは【常闇の大森林】。

嘗て、邪なる神が君臨したとされる暗黒の森である。


この森にはとある種族の集落があった。

その種族は耳が長い亜人であり、森の精霊と交信し、呪具を操る呪われた一族だ。その容姿は例外なく美しくその肌はこの森に染められたかのような浅黒い褐色をしていた。

精霊人(エルフ)〟と肌の色以外はひどく似通った外見を持つその種族は外界では〝黒精霊人(ダークエルフ)〟と呼ばれている。


ダークエルフの集落は【常闇の大森林】の比較的、浅いエリアに広がっている。人口は千人程度で、集落としては大きい部類に入るが、一つの種族の全人口としては千という数は極めて少ない。【常闇の大森林】は中心に進めば進むほど強力な魔物が生息しており、ダークエルフ達はその魔物達を刺激しないように集落の周りに結界を張りひっそりと生きてきたのだ。


そんなダークエルフの集落は今、滅亡の危機に直面していた。


いや、その表現は些か、誤解を生んでしまう可能性がある。正確にはダークエルフ達は滅亡の危機を()()していた、と言うべきだろう。


「リニア様。イリス・メルセデス、只今参りました」


ダークエルフの集落にて、一番立派な家屋を訪ねる一人のダークエルフ。イリス・メルセデスと名乗る彼女は、この集落において貴族のような地位を持っていた。


そんな彼女が訪れたこの場所は、ダークエルフの祖であり、ダークエルフ達にとって神にも等しい一人の女性が住む聖地だ。


暗闇精霊人(ダークネスエルフ)〟という黒精霊人(ダークエルフ)の上位に君臨するその亜人は名をリニア・グエル・メルセデスといった。


「イリスちゃんは相変わらずオッパイが大きいわねぇ」


リニアはイリスを自分の部屋へと招き入れると、いきなりそんなことを言い出した。


「リニア様、この非常事態に何を言ってるんですか……」


リニアの外見は一言で言えば幼女だ。

これでも一応、五百年を越える時を生きるような化物なのだが、見た目だけなら七歳と言われても何の違和感もない。


対してイリスの外見はリニアの正反対とも言えるような豊満な肉体をした大人の女性だ。特に胸の辺りが凄い。


何がどう、なんて無粋な描写は控えさせてもらうが、とにかく歩くと山が踊るのだ。


「良いではないか、良いではないか」


手をワキワキさせながらイリスに近付くリニア。


「……リニア様、私を呼んだのは予言の件のことで何か、進展があったからではないのですか?」


それを冷たい視線でもってあしらうイリス。

リニアとの付き合いが長い彼女はすでにリニアの扱いを心得ていた。


「そうだけどぉ~、やっぱりイリスちゃんに会ったらまずはその巨乳を揉まなければ私の気が済まないの!!」


そう言って駄々をこね始める五百歳の幼女。

それはいつもの彼女の姿と言えば確かにそうだが、今のリニアはどこか無理をしてふざけているようにイリスには感じられた。


「言いにくいこと、なんですね?」


イリスの発言に、観念したかのように肩を落とすリニア。

その顔には苦悩の色が垣間見える。


「……うん。そうなの」


イリスの予感は果たして当たっていた。

リニアは何かを堪えるように一度、イリスに笑いかけ、そして表情を無くした。


これが普段は優しいリニア・グエル・メルセデスの冷酷な一面。

そして、本来の彼女の姿だった。


感情を殺したような声色でリニアは話し始める。


「イリス・メルセデス。今、この集落は危機に瀕しようとしている。このまま何もせずにいれば、この集落の【刻限】は半年後にやって来るだろう」


無表情のまま、イリスに言葉を紡ぐリニア。

彼女には、この集落の【刻限】、つまり滅亡の時が見えていた。




――【刻限を司る邪神の加護】。




リニア・グエル・メルセデスは邪なる神の加護を持ちし者であり、古の時を彷徨う〝魔族〟の一人である。

彼女はその加護の力によって他者の【刻限】とその【刻限】を伸ばすための方法を探る力を持っている。


平たく言えば、未来を予知する権能があるのだ。


だが、その権能は邪なる神が与えたものだけあって、そう単純なものではない。未来を見据え、致死の未来を回避する方法を知る権能は決して万能ではないのだ。


何かの【刻限】を伸ばすには何かの【刻限】を犠牲にするしかない。少なくともリニアの持つ権能はそういうものだった。


「鋼の竜が住まう迷宮にて、〝死に祀られし者〟に逢え。そして彼等に助力を乞い、側に仕えるのだ」


「それで、我等一族が助かるのであれば、必ず」


「代償としてイリス・メルセデスの【刻限】は尽きるぞ」


「私の命で、一族が救われるのなら本望です」


「そうか」


リニアはイリスの答えを聞くと一度、目を閉じた。

そして、暫くの静寂の後、彼女は泣きそうな笑顔をイリスへと向けた。それは族長としての顔ではなく、イリスの友人、リニアとしての顔。


「ごめんね、イリスちゃん。あなたには辛い思いをさせることになるわ」


「いいえ、リニア様。それで一族が救われるなら私は少しも辛くはないです」


それからリニアは泣いてイリスに謝り続けた。

リニアはイリス・メルセデスの命と引き換えに一族の命を取ったのだ。それは大局を見れば当然の判断ではある。

だが、イリスの友であるリニアはそれを良しとはできなかった。


泣き続けるリニアを困り顔で宥めるイリス。


綺麗なリニアの黒髪を撫でながら、イリスは一族の為、そして何より彼女の為に命を散らす覚悟を決める。




次の投稿は4月30日になります

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