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7話 死風

気が付いた時にはグレイとレフィスは戦闘不能へと陥っていた。

その原因は目の前のこの人間の男だ。

この男が発した何かが、グレイとレフィスの肉体をいとも簡単に斬り裂いた。

避けられたのは唯一俺だけ。


「あれ、今のを避けるなんて君、凄いね」


爽やかに笑ってのける人間。

今の攻撃を避けられたのは正直、偶然だ。咄嗟に発動させた【加速知覚(アクセル・センス)】に【直感】と【見切り】を上乗せし、【不死武道(イモータル・アーツ)】で肉体を加速させて何とか避けられたのだ。

ただ、敵の刃は不可視のものであり、超スローとなった世界で、空間のちょっとした歪みを悟り、【直感】し、運良く避けられたのが現状だった。


「風の刃か」


立ち上がり、腕を組んで不敵に笑ってみせる。


不可視の刃。そしてその前に吹いた風。前世の知識と照らし合わせると、おそらくこれが〝鎌鼬〟とかいう奴なのだろう。


「そう。でも初見で見破られたのは久しぶりだよ」


「風使いか、面倒だな」


少なくとも【加速知覚(アクセル・センス)】の発動下でなければ絶対にこの不可視の刃は避けられない。

しかし、【加速知覚(アクセル・センス)】は反動のある厄介な能力だ。それこそ、先ほどは突発的に瞬間的行使ができたが、長く使えば、それだけで戦闘不能になってしまう。なのに、どうやらこいつを相手するには【加速知覚(アクセル・センス)】の発動が絶対条件ときた。


はっきり言ってかなりヤバい状態だ。


なのに、何故だろうか。俺の中に渦巻く感情は目の前のこいつに対する本能的嫌悪感と底の見えない実力に対する焦燥。



――そして何よりも大きいのが果てしない実力者と闘えるという歓喜だった。



「いいね人間風情。俺が相手になってやる」


口角を大きく上げて、沸き上がる高揚感を噛み締める。


だが、まずは後ろの二人を逃がさなければならない。二人は俺と違ってこの男の攻撃を避ける術すら持っていないのだ。ここは、どうにか俺一人で何とかしなければならない。

奴の刃が仲間に向かえばそれだけで二人は死んでしまうのだから、それだけは回避しなければ。


「いいよ。君達三人の中なら君が一番楽しめそうだし」


風使いはそう言うと微笑みながら掌に(つむじかぜ)を発生させた。

これが奴の刃。不可視の斬撃。


「グレイ。レフィスを連れて一旦下がっとけ」


「アハハ、ロストそれしたら君が一人で死んじゃうじゃないか」


「……死ぬ時は一緒」


二人の調子はいつも通りだった。

だが、雰囲気で分かる。もう二人はこの風使いに心が屈してしまっている。勝てないと見切りをつけてしまっている。


残念だが、その時点で今回はアウトだ。


「グレイ、レフィス。はっきり言うが、あの風の刃を避けられない時点でおまえらは御荷物なんだ」


余波で死にかねない仲間がここにいる意味は残念ながらない。

そいつらが心のどこかで負けを認めているなら尚更だ。


「ロスト、勝てるのかい?」


「勝つとか負けるじゃねぇさ。俺があいつを斬る、それで終わりだよ」


「……ヤバい。ロスト格好いい」


「アハハハハハハ、本当に僕も惚れそうだよ」


「それだけは勘弁してくれ」


視線は風使いから一瞬たりとも外さずにいつも通りの会話を交わす。


「分かった。僕達はここをどうにかして離れよう。確かに今の僕達は足手まといにしかならなそうだ」


「……お土産よろしく」


「あれの肉でいいか?」


「……素晴らしい」


軽口を叩いた後、グレイとレフィスは召喚された《骨狼(スカルウルフ)》に乗ってこの場を去っていった。


それを風使いは何もせずに見送った。

普通なら追撃してしかるべきだし、その場合、俺は何とか迎撃しようと構えていたわけだが、予想に反してこの男は何かをする素振りも見せなかった。


「なんだ、優しいな人間。奴らは見逃してれるのか?」


「だって、あんな雑魚に興味が無いからね。君、えっとロストって言うのかな? ロストと遊ぶには邪魔なだけだし、寧ろ逃げてもらって助かったくらい」


仲間を雑魚と呼ばれたのは腹立たしいが、正直助かった。あの二人を庇いながら闘うなんてことをすれば、俺は数瞬で殺されていた可能性が高いからだ。


こいつを見ていれば分かる。

【直感】と本能が、こいつと俺の間にある実力差を如実に訴えてくるのだ。

下手すれば弩級ナマズに匹敵する程の威圧感。


今の俺では決して勝てないと否が応でも悟らされる。

だからこそ、無性に斬りたくなるのも魔物としての嵯峨という奴だ。


「おまえさん、いい感じに強いな」


「そうだね、多分、君よりかなり強いかな」


どうする?

どうすればこいつを斬れる?

時間を稼いだところで意味はない。【加速知覚(アクセル・センス)】にも限界がある。

なら活路はどこにある?


「う~ん、わざわざここまで来て君を瞬殺したんじゃ詰まらないし、ハンデをあげようか」


「ハンデだァ?」


「そうだな、僕をこの場から一歩でも動かせれば、君を見逃してあげるよ」


「おいおい人間。おまえ馬鹿じゃねぇのか」


「それはよくいわれる。僕は闘いが大好きで退屈な闘いはしないのさ。今回はちょっと僕と君の実力が離れ過ぎてるからね。だからこうしてゲーム形式にして楽しむんだ。大丈夫、僕に勝ったら君の仲間も見逃してあげるよ。そもそもで君達の討伐が今回の任務ではないしね」


これはあれだ。こいつは戦闘狂とかいう人種だ。

最近は俺も人のことは言えない気もするが、こいつは俺なんかよりもどこかぶっ壊れてやがる。


まぁいいさ。俺が魔物で、風使いが人間であるならそれ以上闘う運命なんだ。


「俺はおまえさんを斬るだけだ、人間」


「ああ、期待してるよ魔人」


言葉が途切れたのを合図に俺は【加速知覚(アクセル・センス)】を発動する。


加速した世界の中、【不死武道(イモータル・アーツ)】でもって肉体も無理やり加速させる。

加速知覚(アクセル・センス)】に時間制限がある以上、短期決戦しか俺に残された道はない。


一気に地面を駆ける。


しかし、一歩踏み出した瞬間、加速された世界の中においてですら、かなりの速度に見える風の刃が迫ってきた。

それを【直感】と【見切り】を駆使して躱す。


ギリギリで回避した為、多少攻撃が掠ったが身体にダメージは無い。


時間という重圧が身体にのし掛かる中、俺は更に身体を加速させていく。

そして、飛んでくる風使いの刃を身体を捻ったり、【黒血刃】で剃らしながら避ける。

何度も何度も避けながら、俺は自身の肉体が【加速知覚(アクセル・センス)】に慣れてきたのを感じた。時間という重圧を逃すような形で、最小限の力で最も効率の良い動き方をどうやら身体が覚え始めたらしい。


俺の感覚ではそれこそ数時間にも及ぶ戦闘の中で俺は明らかに強くなっていった。


だが、それでもまだ届かない。

俺の刃は未だに奴には届かない。


奴との間に広がる露骨な実力差を斬り裂くことができない。


「まったくもって愉しいったら無いな、人間!!」


思考の加速は同時に俺の戦闘本能を熱くした。

熱くたぎる殺意。闘いの中でまるで自分が磨かれていくかのような錯覚を覚える。

前世という俺の纏っていた殻がひび割れ、中からドス黒い何かが出てくるような、そんな感覚を感じながら、俺はただ夢中になって刀を振るい続けた。


しかし、愉しい時間は永遠には続かない。というのも、とうとう頭の疲労が限界地点へと近付いてきてしまったのだ。

加速知覚(アクセル・センス)】のタイムリミットまでもう後僅か。


おそらく、次が最後の一撃となるだろう。


風使いの刃を避け、一気に駆け抜ける。

最初とは比べものにならないほどの効率で、速さで風使いへと迫る。


加速を重ねながら、三回大地を蹴りあげ、風使いを間合いに捉えた。


風使いが間合いに入った瞬間、【黒血刃】を振るう。

だが、その刃が奴に届くことは無かった。刀を振るおうとした瞬間、加速した世界の中で風使いが自身を中心に衝撃波を放ったのが見えたからだ。俺の【直感】が本能がこの衝撃波を受けたら死ぬぞと俺に囁く。


加速した世界の中、その衝撃波を捉えた俺は風使いへと向けた刃を衝撃波へと向け、その攻撃を無理やり斬り裂くことに成功した。


しかし、それで終わりだった。

加速知覚(アクセル・センス)】のタイムリミットが来たのだ。

今までの付けは圧倒的な疲労の濁流となり俺の意識を容赦なく刈り取った。




――消え行く意識の中、俺は二度目の死を覚悟した。




◆ ◆ ◆




「いや~、予想以上に楽しめたよ、魔人くん」


闘いの最中に意識を無くし、自身の方へと倒れてきた着物姿のアンデットをウイルドはその手で支えていた。


「それに、今回は負けちゃったしね」


ウイルドはそう言いながら自分の片足を見る。そこには、このアンデットを支える時、()()()ずらしてしまった足があった。


「約束通り、僕は君達を見逃すことにするよ」


ロストとかいった着物姿のアンデットを横に寝かせると、ウイルドはもう用がないこの場を立ち去ることにした。


「君が魔族になれたら、また遊ぼう」


洞窟内に風が吹く。

そして、それな吹き終わった時にはウイルドはその場にはいなかった。




――――




「ウイルド様、もうお戻りになられたのですか?」


ウイルドが迷宮に潜った次の日、ギルドマスターであるレリウスの部屋にウイルドの姿はあった。


「ええ。迷宮の探索は終わりましたので。原因の魔物、分かりましたよ」


「本当ですか!?」


今まで、何人冒険者を送っても成果が出ず、あげく《Bランク》の冒険者までその任務を果たせずに死んでいったというのに、それを一日で終えて来たというのだから、レリウスは驚きを隠せなかった。

流石は《Sランク》の冒険者だけあってこの程度は雑作もないといったことなのか。


「確かに、アンデットでしたよ。原因の魔物は中層にいたので探すのには少し苦労しました」


「中層? まさかそんな筈は。被害があったのは下層なのですよ?」


「階層ボスを倒したのでしょうね」


「そんな馬鹿な!?」


レリウスはあり得ないと呟き、頭に手を当てた。

これを目の前の青年ではなく、他の誰かが言ったのならば、レリウスは何を馬鹿なことをと一蹴し、まともに取り合うことすらしなかっただろう。

だが、相手は《Sランク》の冒険者なのだ。その言葉を疑うわけにはいかない。

しかし、階層ボスを倒すということは、《Bランク》どころか《Aランク》の冒険者ですら成し遂げることは難しい。それを成したということは、その魔物達は少なくとも《Aランク》冒険者並みの実力を持つことになる。

そんな化け物、自身の手に終えなくても当然だ。


「実際、それほどの強さはありましたよ」


「しかし、しかしですよ、例えそれほどまでの魔物がいたとして、それでもウイルド様なら簡単に駆除できる筈では?」


人外の称号、《Sランク》冒険者というのは伊達ではない。

その強さは神の片鱗を思わせるほどの強さだという。そんなウイルドがいるなら問題は解決したも同然だ。

レリウスは期待を込めてウイルドの方を見る。


「勿論、僕なら一瞬で殺せます」


「ならば?」


「でも、今回は気分が乗らないので止めておきます」


「え?」


レリウスは自分の耳が信じられないでいた。

それはそうだ。一体、誰が気が乗らないという理由で魔物を放っておくというのだろうか。

それはレリウスのような常人からしたら、あり得ないような感覚だった。


「そういう約束なのでね。でも安心して下さい。今回の事例は対象が強力なアンデットですので、【ゼディス教会】に【エクソシスト】の派遣を依頼しておきますよ」


そう捲し上げられてしまってはレリウスに反論の余地はない。

そもそも、レリウス程度の身分の人間が《Sランク》冒険者であるウイルドに意見することなど許されないことなのだ。

それに、確かに《Aランク》冒険者に匹敵する程のアンデットならば、【ゼディス教会】に依頼して対悪魔、対アンデットのエキスパートである【エクソシスト】を派遣してもらうのが筋ではある。


「分かりました。ウイルド様の判断に従いましょう」


「それと、今回の件はレリウスさんの責任にならないように僕から総帥に話しておきますから。賠償金も気にしなくていいですよ」


「本当ですか!?」


「はい。今回は天災のようなものですからね」


その後、ウイルドは魔物の特徴を述べ、王都へと帰っていった。

ウイルドの姿が消えた瞬間、レリウスは自身の責任問題と賠償金から解放された反動で、机に倒れこんだ。

そして、ウイルドの去った扉を眺めながら、やはり【疾風】の考えることは分からないと結論つけるのだった。




◆ ◆ ◆




「……ロスト」


「おはよう、レフィス」


おはよう、だなんて初めて言うな、なんてボーッとする頭で意味もないことを考える。

しかし、今まで眠ったことのない俺としては今生ではそれは確かに初めての経験だった。餓鬼に進化した時は似たような現象に陥ったがあれは例外だろう。


「……ロスト、良かった!!」


相変わらずの無表情の中に涙を浮かべるレフィス。

レフィスの涙なんて初めて見る。

今日は初めてのことばかりだ。そんことを頭の片隅で思いながら抱き付いてきたレフィスの頭を撫でてやる。


「おいおい、どうしたんだレフィス? いつからこんなに泣き虫になったんだ?」


「どう考えてもロストのせいだよね」


少し離れた所にグレイの姿があった。

その声色からすると、どうやら呆れられているらしい。


「もう、あんな化け物に一人で向かっていくのは止めて欲しいよ」


グレイの言葉が俺の記憶を刺激する。

まだ寝起きのような頭に様々な光景が浮かんでは消えた。


「なんで、俺は生きてるんだ?」


あの闘いは俺の完敗だ。

何の言い訳もできない程に俺はあの風使いに負けたのだ。


だが、俺は生きている。

奴との勝負に俺は負けたのだから、消されて当然。それこそ、人間と魔物の闘いに情けが生まれる筈もない。


「それで、ロスト。あの人間はどうなったのかな?」


「分からん。俺は負けたが生きてる。どうやら生かされたらしい」


「……ロスト、負けちゃったの?」


「ああ、完敗だ」


俺の持てる全て、いやそれ以上を叩き付けて尚、簡単にあしらわれた。

人間なんて、脆弱な種族だと、餓鬼になってからは思っていたものだが、どうやらそれは大きな勘違いだったらしい。


だが、俺は生きている。

次勝てば何の問題もない。俺はもっともっと強くなる。


そうすれば、やつを斬れる日もいつかは訪れるに違いない。


「……ロストが生きてるなら、それでいい」


「まぁ、確かに相手が化け物だったからね。生き残っただけでも大したものだよ。僕やレフィスは、無理だっただろうからさ」


「……うん。足手まといだった」


「いや、今回は仕方ないし、適材適所ってやつだ。おまえらが出来ないことは俺がやるから、俺の出来ないことをおまえらがやってくれればいい」


今回は偶々、俺と奴との相性が良かっただけに過ぎない。

俺は、この二人が弱いとも劣っているとも考えてはいない。寧ろ、破壊力という意味ではレフィスの方が優れているだろうし、応用力や状況把握能力ではグレイの方が優秀だと俺は思っている。


「……でも、隣にいれなくなるのは嫌だ」


「そうだね。僕達ももっと強くならなくちゃね」


俺達はもっと強くなる。

そういう意味では、今回の風使いとの闘いは良い経験になった。世の中には、あれだけ強い人間がいるということを知れたからだ。

俺達はあいつより強くなる。




――――




風使いに負けてから、二日間。

俺達は狩りもそこそこに、自主トレーニングに励んでいた。


というのも、俺は風使いとの闘いで最適化された肉体行使方を【加速知覚(アクセル・センス)】発動下ではなくとも使えるように訓練したかったし、レフィスも新たに進化した【紅蛇螺(クジャラ)】を使いこなせるようになるのに時間が必要だったからだ。

グレイもやりたいことがあるらしく、先ほどから骨を何やら弄っている。


狩りをしてのレベルアップは勿論大切だが、それだけで強くなれるほどこの世界は甘くないと俺達は先日の風使いとの一見で学んでいた。

なので、お互いに力を使いこなせるまでは少しの間、自主練となったわけである。


今、俺が行っている訓練は所謂、素振りだった。

レフィスやグレイ達から見たら、俺はただ、【黒血刃】を上げては降ろし、を繰り返しているだけのように見えるに違いない。

だが、俺はそれを【加速知覚(アクセル・センス)】の発動下で行っていた。

身体の使い方は風使いとの闘いで随分と向上し、その後の訓練で何となく形になっては来たので、次は剣の振り方について研究しようと思ったのだ。


やはり、【加速知覚(アクセル・センス)】の発動下では、時間という重圧があるために、無駄な動きというのがよくわかる。

身体から生まれたエネルギーの脈動がどう伝わっていくのか、それを認識しながら素振りを行っていれば、どこでそのエネルギーが分散したのかがリアルタイムで確認できる。

そのエネルギーのロスを無くすにはどうしたらいいか、それを考えながら素振りを行う。


頭に疲労が溜まってきたと思ったら、【加速知覚(アクセル・センス)】 を一度解除し、今度は今まで組み立てて来た理論を頭を休めながら、素振りを続け、意識せずとも行えるように身体に馴染ませていく。


頭が休まったらまた【加速知覚(アクセル・センス)】を発動し、身体の無駄を剥ぎ落とすよう試行錯誤する。


これを繰り返し行うことで、徐々にではあるが、俺の剣捌き、身体捌きはより理想へと近付いていった。


そして、一人黙々と剣を振るっている俺の隣では、槍を様々な形状へと変化させているレフィスがいた。

どうやら、レフィスの槍はその結晶で構成された刃の部分がかなり自由に動かせる構造になっているらしい。

それをまるで蛇が塒を巻いているかのように、自身の回りに巻き付かせ、紅の盾にしたり、鞭状にしたりしてレフィスは操っている。

更に、ここ二日で結晶部分を肥大化させて巨大な大剣のようにする技までレフィスは身に付けていた。

その技は確かに威力はあるようだが、結晶の肥大化時に自身の体力を吸われるらしく、連発は出来ないとレフィスは言っていた。


俺とレフィスは定期的に手合わせをしている。

それは、互いに身に付けた技を実戦で試してみるのと、お互いに意見を交換するのが目的だ。

レフィスの攻撃力は元から高かったが、彼女が【紅蛇螺(クジャラ)】を持つことによって、変則的な攻撃も交ざるようになり、より対処が難しくなっていた。

手合わせの中で改めて実感したが、攻撃途中で軌道を変えてくる槍というのは、中々に厄介だ。

正直、【加速知覚(アクセル・センス)】が無ければ避けるのはかなり難しいと言わざるを得ない。


俺が剣を振り、レフィスが槍を縦横無尽に振り回している時、グレイはずっと骨を弄っていた。

何をしているのかは不明だが、何らかのパーツを【骨生成(スカル・クリエイト)】で生み出しているのだけは確認できた。

この二日間、休むことなく続けている作業だが、一体何を作っているのか密かに気になっている。


「よし、これで完成かな」


「お、出来たのか」


「……ずっと気になってた」


グレイが作業を終えたのを確認し、俺達は自分の訓練を急遽中止させてグレイのもとへと駆け寄った。

これだけ長い間、好奇心を刺激され続けたのだ。完成へと至った成果に興味を示さない方がおかしい。


「何だよ、コレ」


「……沢山の骨?」


グレイが自慢げに披露したのはいくつかの巨大な骨達。その骨達は普通の骨と違って色が紫色に変色していた。

それが何を意味するのか、ことここに至っても俺には理解出来ない。


「何だと思う?」


「棍棒的な何かか? それにしては数も多いし形が歪だな」


「……グレイの御弁当」


「アハハ、レフィスは相変わらず食い意地が張ってるね」


グレイの下半身が砕けた。

鞭のようにしなったレフィスの【紅蛇螺(クジャラ)】は軽く振るっただけでもかなりの威力があるようだ。


「……グレイは失礼」


「ええと、ごめんね。身体治るまでちょっと待ってて」


「グレイ、学習しようぜ……」


「いや~、僕の芸骨魂の諦めが悪くてね」


まぁ、グレイも楽しそうだし、何だかんだレフィスも手加減はしているようだから問題は無いか。


「よし、完治したかな。それでは説明に戻るよ」


「次はボケは抜きで頼む」


グレイとレフィスの漫才に付き合っていたら話が進まない。


「分かったよ、今回は真面目に解説するとしよう」


「……最初から真面目にやれ」


「ちょっとレフィス、顔が怖いよ」


「はぁ、それで、結局その骨達は何なんだ?」


話が進まないので、先を促す。

俺としては、さっきから答えを聞きたくて仕方ないのだ。


「そうだね、多分見てもらった方が早い」


そう言うとグレイは骨の指を鳴らした。

乾いた小気味良い音が洞窟に響いたのと同時に、グレイの用意した骨達が動き出す。それは、パズルのように組み合わさっていき、そしてとうとう巨大な骨の右腕となった。


グレイが生み出した巨大な骨腕は大きさにして五メートルはある。それは その大きさだけで有用な武器となりそうだった。


「【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】と言ったところかな」


「動くのか?」


「勿論」


グレイはわざわざ右手を上げて俺達によく見えるような位置に持っていくと、その掌を開け閉めした。それに連動するように、グレイの後ろの【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】も掌を開け閉めし始める。

更に、グレイが右腕を振れば、その巨大な右腕も左右に揺れる。


「これは凄いな」


「でしょ? これ作るのには結構、手間が掛かったんだよ」


その後のグレイの説明によると、この【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】は、一つ一つの部品にそれ相応の力、俺達が最近魔力と呼ぶようになった力を込めているらしい。魔力を一定以上込めた骨は紫色に変色し、その強度と密度を飛躍的に上昇させるそうだ。その状態をグレイは〝魔骨〟と呼んでいる。

この魔骨に至らせるまでグレイが魔力を込められるようになったのはつい最近のことで、蒼の洞窟に入ってかららしい。その辺りの俺達はレベルアップに勤しんでいた為にこの魔骨の実験はしなかったとのことだが、俺達が自主トレを始めるにあたり、グレイは良い機会だと思って魔骨の生産を始めたのだと言う。


「それに、僕だけ決定力に欠如してる気がしたから、それなら巨大な何かを作ろうと思ってね」


「なら、それこそ骨槍とかでもよかったんじゃないか?」


寧ろ、腕よりもそれと同じサイズの槍を作った方が破壊力は上だと思うのだが。


「それは一理あるけれど、それだと一発撃ったら終わりでしょ? ちょっと消耗品にするには魔骨に掛ける労力と魔力が勿体ないんだよね」


「その口振りから言うと、この【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】は消耗品では無いみたいだな」


「その通り。こいつには削った僕の身体の破片を混ぜているんだ。だから僕の右腕と動きをリンクさせることができるし、扱いとしては僕の身体の一部ということになっている」


つまり、弱い再生能力も秘めているのだとグレイは語る。維持する為の魔力が《骨狼(スカルウルフ)》よりも遥かに多いので今のグレイでは長時間の使用が出来ないらしいが、それでもその巨体から繰り出される瞬間的な火力は凄まじいだろう。

普段は【骸骨兵(スカル・レギオン)】と同様に収納しておくらしいが、これでグレイには奥の手が出来た。


「じゃぁ、グレイの【巨人の右骨腕(スカル・ギガンテロワ)】も完成して切りも良いし、そろそろレベル上げも始めようか」


「……お腹減った」


「そうだね。レフィスほどでは無いけど僕も魔力の使いすぎでお腹が減ったよ」


個々の技術や能力の向上も必要だが、やはりレベルの上昇による能力向上の恩恵も大きい。ここ二日間で出来ることはやったし、あと何日か自主トレしたところで飛躍的な実力の向上は望めまい。

ならば、実戦を経て経験値を溜め、連携を確認した方が良いだろう。




――――




俺達は互いの能力を確かめながら、蒼の洞窟内で戦闘を重ねていた。お陰でレベルも上がり続け、今の俺はレベルにして22、グレイが21、レフィスが20となっている。

流石に蒼の洞窟は敵の量も質も半端無いので、前の洞窟と比べて遥かに経験値効率はいい。

中でも、ジャイアント・ワームの経験値は他の魔物と比べてもかなり多いので見つけ次第、積極的に狩っている。しかしながら、ジャイアント・ワームの生息域は土の中であるので、探してもなかなか見つからないのが現状だ。


そろそろ、ブラック・アリゲイターへの挑戦も視野に入れたいので、あの湖の群生地へと向かっているのだが、この蒼の洞窟は下へと降るごとに敵も強くなっていくらしく、ゆっくりとしか進めていない。勿論、その分経験値も入るし、戦闘経験も積めるのだからそれが無駄というわけではないのだが、どうしてもペースが遅くなるのは避けられなかった。


今も蒼の洞窟を進む俺達の目の前に紫色の波が立ちはだかっていた。初めて見る現象に一瞬戸惑ったが、よくよく見てみると、それは魔物の群れだった。


「鼠か?」


「結構な量がいるね」


それは紫色のネズミの群れであり、その一体一体がオーク程の体長を持っている。〝巨紫鼠〟と安易に名付けたそいつらは、どうやら俺達を狙っているらしい。数は三十匹程度で、見たところそこまで強くはなさそうだ。


実際、巨紫鼠は弱く、僅か数分で全ての巨紫鼠の駆除は終わった。


扱い的には上の層の軍隊コウモリのようなものなのだろう。勿論、軍隊コウモリよりは強かったが、特に何か収穫があったわけではない。


肉も硬く、不味かった。

レフィスは黙々と食べていたが、その肉の味を聞いてみると。


「……美味しくない」


との返事が返ってきた。

不味くても食べきる。それがレフィスの凄いところだと俺は思う。


それから更に進んでいき、オークやゴブリンといった馴染み深いものから、巨大な蝸牛〝ジャイアント・マイマイ〟のような初めて見る魔物まで数多くの魔物を倒していった。


しかしながら、俺達は敵を倒すことに夢中でその他の事への注意を怠っていた。いや、そもそもで闘い以外のことに注意を払うという習慣すら俺達には無かったのだ。今までそれで困ったことも無かったのだから当然と言えば当然である。


頼りの【直感】も無生物に対する効きは甘く、それに気が付いた時にはもう手遅れだった。


つまり何が言いたいかというと……。



――俺達は落とし穴に引っ掛かった。



ほぼ垂直と言えるような落下により、辿り着いたその先にあったのは、大きな空間である。その大きさは、蒼の洞窟の中心部ほどではないにしろかなり広大だ。

しかし、それだけなら何の問題もなかった。落下のダメージもアンデットである俺達にとっては時間経過で治る程度のものでしかないのだから。


問題はその空間の地面にあった。


「うねってるな」


「う~ん、これはちょっと気持ち悪いかな」


「……ショッキング」


それなり広大なこの空間の地面を覆っていたのは大量のジャイアント・ワーム。グニャリグニャリと地面をのたうち回るその姿はかなりグロテスクだ。


運良く俺達の落ちてきた場所にはジャイアント・ワームはいなかったが、目の前の百匹近くいそうなジャイアント・ワームを見ていると憂鬱というか、気持ち悪くなってくる。


「……でも、美味しそう」


「凄いな。これを見てもそう思えるなんて本当に尊敬するよ」


「……照れる」


「今の、レフィスは褒められたのかな?」


レフィスの言うとおり、寧ろ探しても見つからなかったジャイアント・ワームがこれだけいると思えば、これは色んな意味で〝美味しい〟相手だ。本来なら、落下のダメージの後でこの量のジャイアント・ワームと対峙するというのは悪夢としか言いようがないのだろうが、俺達にとっては経験値の塊と見ることも出来る。この数相手にするのは大変だが、俺達に体力の限界は無い。時間さえ掛ければ倒すことは可能だろう。


「まぁ、俺達に選択の余地はなさそうだけどな」


何しろ、この空間の出口は俺達から一番遠いところに用意されているのだ。俺達がここを出るためにはこのジャイアント・ワームの大群を突っ切っていくしかない。本当にトラップとしてはかなりの悪質さだ。


そうやって俺達が現状把握をしている内にジャイアント・ワーム達も俺達の存在に気が付いたらしい。あちらこちらから俺達へと注がれる目線。いや、ジャイアント・ワーム達に目があるのかは不明だが、何らかの器官でこちらを確認しているのは確かだ。


「アハハ、僕達モテモテだね」


「はぁ。こいつらにモテるのは勘弁だ」


「……大丈夫。ロストは私にモテモテ」


そんな軽口を叩いてる間に一匹のジャイアント・ワームが突撃してきた。それをレフィスが鞭状にした【紅蛇螺(クジャラ)】でもって迎撃。


俺達と芋虫共の生存競争が始まった。




――――




芋虫との闘いは苦戦こそしなかったが、数が数なのでとにかく時間が掛かった。

三人で一ヶ所に固まり、それぞれが背中を守りながら目の前の敵を叩くという戦法でもってジャイアント・ワームを撃退していく。


今までの訓練の成果か、まるで身体が軽くなったと錯覚するほどに動き安い。走るにしても剣を振るうにしても無駄なエネルギー消費を抑えているから、少しの動作で考えられないほどの運動効率を叩き出すことが出来る。

【直感】と【見切り】で敵の動きを予測し、その攻撃を避けるのと同時に斬りつけていく。


ジャイアント・ワームの柔らかい肉を斬り刻み、死体を量産していった俺だが、その殺害数は他の二人に比べるとかなり少なかった。


グレイは【骸骨兵(スカル・レギオン)】でもって大量の下僕を召喚し、ジャイアント・ワームを物量で殺しに掛かっている。レベルが上がったことによって魔力の絶対量が上がったグレイには【骸骨兵(スカル・レギオン)】の維持にかかる魔力も些事に等しいらしく、今まで作ってきた兵士達を惜しげもなく解放していた。


レフィスも槍を鞭状にしたり、伸ばしたりして広大な範囲のジャイアント・ワームを凪ぎ払い、串刺しにしている。レフィスの間合いに入ったジャイアント・ワームは例外なくその紅の槍で殺されていった。


こうして見てみると、複数の魔物を相手にした時の殲滅力はレフィスが一番高く、次点でグレイ。最下位が俺といった風に感じる。


凄まじい勢いで芋虫を駆除していく俺達だったが、それでもやはり時間は掛かり結局戦闘が終わったのは一日が経ってからだった。


築き上げられた死体の山と血の海の中で、ジャイアント・ワームの死体を喰らう。地獄のような絶景と辺りに漂う血の匂いを楽しみながら、喰らう芋虫の肉は絶品だった。


「しかし、これを全部喰うのは無理があるよな」


数にして百匹以上の死体だ。しかも元々の大きさもかなり大きいジャイアント・ワームの死体とあって、食べきるのは不可能だと思われる。おそらく喰らい切るまでに死体の方が腐ってしまうだろう。腐肉も悪くないが、少し酸っぱくなるのが難点だ。


俺は酸っぱいものは嫌いなのだ。


「……頑張る」


「いやいや、僕も無理だと思うよ」


「……頑張る!!」


「じゃぁ、一日だけ待ってやるから、食べたいだけ食べてくれ」


「……分かった。頑張る」


そう言うとレフィスは【紅蛇螺(クジャラ)】でもって肉を切り、その切り出した肉を黙々と喰らい始めた。

相変わらずの食欲だ。


そして、レフィスが大食いを披露している横で俺は自分の持つもの、つまり呪妖刀【黒血刃】()()()()()を見ていた。


「ロストの刀、少し変わった?」


「ああ。闘ってる最中に変化したんだよ」


前までは只黒いだけだった剣が今は黒の上に赤い紋様が刻まれていた。文字にも見えるその紋様の持つ意味は分からないが、見た目的には格好いい感じで悪くない。



――呪妖刀【呪詛鴉】



頭に流れ込んで来る名は【黒血刃】から【呪詛鴉】へと変化していた。どうやら俺の剣もレフィスの槍と同じように進化したらしい。

そこから感じとれる禍々しさは【黒血刃】よりも遥かに強く、下手したら喰われるとそう思える。


鴉のような漆黒に染まったこの刀 はレフィスの【紅蛇螺(クジャラ)】とは違って伸びたりはしないようだが、追加で面白い能力を得たようだ。

いや、頭の中へと流れてくるその能力のイメージからすると能力というよりは呪いというべきものだろう。


「本当に最高だよ、相棒」


不浄の極みたるアンデットの俺が呪いの刀を持つというのは何とも邪悪で魔物らしい。そんなことを思いながら俺は【呪詛鴉】を進化と共に形が変化した腕の紋章へと仕舞った。




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