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6話 紅の槍

ここは《迷宮都市リゼルド》の冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋。

今この部屋の主であるギルドマスター、レリウスは目の前にいる青年相手に圧倒的な畏怖を覚えていた。


レリウスも嘗ては《Aランク》の冒険者だった男であり、それなりの人生経験を積んでいる。

齢四十を過ぎてから、ここのギルドマスターを勤めて十二年。


現役の時の視点、ギルドマスターとしての視点、様々な視点で多くの人間や若者を見てきた彼だったが、雰囲気のみでこれ程までに他者を圧倒する人間を彼は知らなかった。



――これが《Sランク》、人外の人間か。



《Aランク》と《Sランク》。隣り合う筈のこの二つのランクにはその実、測るのも馬鹿馬鹿しくなるほどの隔絶がある。最早、人種が違うと言ってもいい。

レリウスが《Sランク》の冒険者を見るのは初めてだったが、見ただけで感じ取れる自身との途方もない実力差。

正直、この二人きりの空間を早く終わらせたい。それがレリウスの本音であった。

極秘任務である為に普段は横にいる秘書も席を外している。なので、この場所にいるのは【勇者】と普通の人間であるレリウスだけだ。


「どうも初めまして、ギルドマスター殿。〝ウイルド・ルーシアル〟です。今回はギルド総帥の〝特務〟でこちらに伺わせてもらいました」


先ほどまで重圧として放っていたプレッシャーを一瞬にして霧散させ、丁寧な口調で挨拶をするウイルド・ルーシアル。

【疾風】という冒険者の持つ、凶悪な噂には似つかわしくない挨拶だった。

一瞬、面食らいつつも噂は所詮噂かと思い直し、年長者として目の前の好青年に好感を持つレリウス。


「これはこれは、こんな田舎に噂に名高い【疾風】様がいらっしゃるだなんて、光栄の極みですよ」


「いえいえ、ここリゼルドはいい場所ですよ。ここには良い風が吹きますからね」


「他でもないウイルド様がそう仰られるのなら、私達も喜ばしい限りですな」


ウイルドが【旋風を司る神の加護】を宿している事は周知の事実である。その彼が《迷宮都市リゼルド》に〝良い風が吹く〟というのなら、その言葉は神の啓示にも等しい力を持つ。


そして暫くの間、実の無い会話を重ねた二人はいつしか本題に触れ始めた。


「レリウスさん、僕がここに来たのは、迷宮内の調査をするためなのですよ」


「ええ、分かっています。恥ずかしながら私のような人間には手に終えず、《Bランク》の冒険者を失ってしまう始末。そのせいで、ウイルド様の手を煩わす嵌めになってしまいました」


「いえ、そこは気にしないで下さい。僕としても丁度暇を持て余していたところでしたので。ただ、事の次第によってはレリウスさんには少なくない責任と賠償金が発生してしまうかもしれません」


「……分かっています」


レリウスも、これだけの問題を起こしておいて御咎めなしということは無いと思っていた。

賠償金も《Bランク》というギルドの財産を失ってしまったのだから仕方の無いことだろう。


幸いなことに貯金はいくらかある。

後は自身の全財産で払える賠償金であることを願うのみ。


「では、僕は早速、【鋼竜の根城】へと行ってきます」


「案内はいりますか?」


「これくらいなら、僕一人で大丈夫ですよ」


「確かに。【疾風】の二つ名を持つウイルド様にはいらぬ心配でしたか」


「いえいえ。ではすぐに戻りますので」


そう言ってウイルドはレリウスに軽く頭を下げる。

その瞬間、室内である筈のレリウスの部屋に強風が巻き起こった。


そしてその強風が止んだ時、既にレリウスの部屋にウイルドの姿は無かった。


「流石は《Sランク》の冒険者だな」


この場から消えていなくなったウイルドの底知れぬ実力に想像を膨らませるレリウス。

自身では決して届かなかった人類の頂きを垣間見たような気がしてレリウスは年甲斐もなく興奮していた。

そんな気持ちを持ちながらレリウスは席を立つ。


「さて、この散らかった書類を片付けなければ」


レリウスは強風に舞った紙吹雪達を一人黙々と片付ける。




◆ ◆ ◆




蒼の洞窟に来てから三日が経った。

この洞窟は時間経過によって洞窟内の蒼の濃淡が変わる。それがどういう原理なのかはよく分からないが、〝淡い蒼〟〝鮮やかな蒼〟〝濃い蒼〟と時間が経つにつれてその色合いが変化するのだ。


淡い蒼色を放っている洞窟内を俺達三人は進んでいた。

ブラック・アリゲイター達がいる湖には今はまだ挑戦する気のない俺達は蒼の洞窟を周りながらレベル上げに励んでいる。


蒼の洞窟にいて気がついたことだが、この蒼の洞窟は前の洞窟よりも〝格〟のようなものが一段階ずつ上昇しているらしい。


前の洞窟で中型種レベルだった魔物がここでは小型種のような役割をしているし、前の洞窟で大型種レベルだった魔物がここでは中型種のような立ち位置にいる。

面倒なので、呼び方は蒼の洞窟に合わせて、軍隊コウモリ級を小型種。鬼蛙級を中型種。ブラック・アリゲイター級を大型種とすることにしている。

勿論、よく分からない中間のような魔物もいる。

その良い例が、今俺達の目の前にいる〝ホブゴブリン〟だ。


「数が多いな」


「ゴブリンも連れてるしね」


「……ゴミ屑ども」


ゴブリンの身長は今の俺達の腰程度しかない。しかし、その進化型らしいホブゴブリンは身長は俺達よりも少し大きいくらいだ。

ホブゴブリンは手に例外なく何らかの武器を持っている。それは槍だったり長剣だったり、双剣だったりと様々だ。

そして、ホブゴブリンの最大の特徴は単体では現れず必ず群れをなしているということ。

今回の群れもホブゴブリン四体、ゴブリン十体という大所帯だった。


「単体なら雑魚確定なんだがな……」


「ホブゴブリンがいると連係がかなり良くなるからね」


一応、俺達がホブゴブリンを中型種と認識するのはその知能と仲間の指揮能力の高さ故だ。

前の洞窟で出現したゴブリンは連係も出来ない雑魚どもだったが、ホブゴブリンが率いるゴブリンは一味違う。基本的にスリーマンセルで行動し、的確にこちらを攻撃してくるのだ。


「でも、僕の軍隊(レギオン)には敵わないさ」


漆黒のマントをたなびかせ、グレイは【骸骨兵(スカル・レギオン)】を発動。

グレイの影から現れる骸の兵士達。


骨狼(スカル・ウルフ)》を初めとして、《骨鬼蛙(スカル・ホーンフロッグ)》二体、《スカル・ホブゴブリン》五体、《スカル・オーク》三体が出現する。


こいつらはグレイがここ三日で【骸骨兵(スカル・レギオン)】にした骨の兵士達だ。


「ほらね。僕とは兵力が違う」


グレイの指示一つでゴブリンの群れを襲う兵士達。

それは最早、戦闘とは言えない。ただの蹂躙だ。


「グレイ、楽しそうだな」


「……生き生きしてる」



「アハハ、凪ぎ払え。僕達に歯向かった事を念入りに後悔させてやるんだ」



テンションマックスで最高にハイになってしまったグレイ。

蹂躙されていくゴブリン達と相まってそれは地獄のような光景だった。

その中心で笑いながら指示を出すグレイは【魔王候補】という肩書きがピッタリだと思える。


「グレイなんか凄いことになってるな」


「……ロストが刀を振るっている時といい勝負」


「え!? 俺、あんなトんじゃってたかな?」


俺は戦闘中、そんな変な顔はしてないと思うのだが。

テンションだって今のグレイほどイってないはずだ。


「……ロストは何かを斬る時、凄い愉しそう」


「まぁ、否定はできないかな」


何かを斬るという行為は俺に格別の至福と興奮を与えてくれる。

それが強ければ強いほど、その興奮度合いは凄まじい。


だが、自分としてはあまりそういう感情を外に出している気はないのだが。レフィスやグレイみたいに付き合いの長い連中にはわかってしまうものなのかもしれない。


「……大丈夫。そんなロストも格好いいから」


「えっと、ありがとう?」


そんなラブコメ?をレフィスと繰り広げている内にグレイの蹂躙は終了していた。

辺りが血の海と化し、生臭い良い匂いが辺りに漂っている。


「アハハ、ちょっとやり過ぎたかな?」


「偶にはいいだろう。それにグレイの軍隊(レギオン)の実戦もいつかはしないとって思ってたしな」


「……狂人グレイ」


「レフィスの目は冷たいけどね」


レフィスがグレイに厳しいのはいつものことだ。

別にレフィスだってグレイが嫌いということは無い。ただ、グレイをからかうのが好きなだけなのだろう。


まぁ、グレイは可哀想だが。


そんなやり取りをしながら、暫くその場で待機する。

こうしていれば血の臭いに誘われて次の魔物が来てくれるからだ。


あんまりにも団体さんで来られたら逃げるしかないが、中型種の魔物三体 程度までならなんとかなる。


「何か来たな」


最早すっかりお馴染みとなった俺の【直感】が魔物の接近を察する。

洞窟の角から現れたのは中型種に属する魔物。豚面巨人、オークだった。


「……豚肉」


レフィスの頭の中ではオーク=豚肉となっているようだ。


哀れ、オーク。

そういう俺もオークの肉は好きだけどね。


「僕はさっき暴れたから、アレは二人に任せるよ」


「……私がやる」


やる気というか喰う気満々のレフィス。

ここはレフィスに任せておけば良いだろう、そう思っていた矢先に俺の【直感】が更なる魔物の出現を予感する。


それも、結構嫌な感じの相手のようだ。

それこそ、目の前のオークとは比べ物にならないくらい。


「レフィス、ちょっとストップ。別の御客さんが御見えだ」


「何か、地面が揺れてない?」


グレイの言葉通り、洞窟内が微妙に揺れている。

しかも、その揺れは徐々に大きくなっていた。


「いらっしゃったみたいだぜ」


俺の予感していた魔物は地面から突如として現れた。

そいつは地面から現れ、近付いて来ていたオークに喰らいついた。


一口で丸飲みにされたオーク。

現れたその魔物は細長い巨大な魔物だった。その姿型を一言で表すならワームというのが一番しっくりくるだろう。

目も鼻もなく、ただ円型の大きな口を持った巨大なワーム。


名付けるなら〝ジャイアント・ワーム〟といったところか。


俺達も初めて見る魔物であり、その体長だけで言えば明らかにブラック・アリゲイターに匹敵する大きさだ。

だが、その体躯からはブラック・アリゲイターほどの圧倒的な力は感じられない。危険度という意味では寧ろ中型種の方に近いように思える。

大きな中型種というまた微妙な立ち位置の魔物のようだ。

ただし、中型種の中ではおそらく最強クラスの力を持つだろうことはオークを容易に捕食したことからも伺える。


危険度的には鎧蜘蛛より若干低いくらいか。


「これは本気でやらないと、こっちがやられそうだな」


「……私の豚肉をよくも」


レフィスはかなり御立腹だった。

食べ物の恨みは怖い。


目の前で残り二匹のオークも食べられ、とうとうこの場にいるのは俺達とジャイアント・ワームのみとなった。


「ごめん。ちょっと【骸骨兵(スカル・レギオン)】を使うのは無理かな」


「仕方ないさ。コイツは想定外だからな」


先ほど全力で【骸骨兵(スカル・レギオン)】を使ってしまったせいでグレイは今回、【骸骨兵(スカル・レギオン)】を使うことはできないらしい。

骸骨兵(スカル・レギオン)】を使うとグレイはトリップしてしまうようなので、逆に良かったかもしれない。

少しでも油断すれば喰われる相手だ、コイツは。


「――さぁ、行こうか」


俺が開戦の合図をした瞬間、グレイが《大骨槍》でもって先制。

巨大な骨の槍はジャイアント・ワームの肉体に浅く突き刺さった。ジャイアント・ワームの筋肉に穂先が阻まれたようだ。

どうやら、ジャイアント・ワームは全身が筋肉の鎧で包まれているらしい。


だが、鎧蜘蛛よりは幾分マシだ。


俺も呪妖刀【黒血刃】でジャイアント・ワームの肉を刻む。グレイの《大骨槍》と同じでその膨大な筋肉に阻まれ、深く斬り刻むことは敵わないが、俺には関係ない。

呪妖刀【黒血刃】で刻むは呪いの傷。この《呪傷》はそれが癒えることを許さず、血を流させ続ける。


「踊ろうぜ、芋虫野郎」


ああ、確かに俺は今、凶悪な表情をしてるかもしれない。

だけれど、仕方ないよな。

結局、俺達魔物は闘いこそが生きる喜びなのだから。




――――




数十分の戦闘の末、紫の血を撒き散らしながら事切れたジャイアント・ワーム。止めを刺したのはレフィスだった。

レフィスの攻撃はいつも以上に苛烈であり、熾烈であったから、彼女の攻撃がジャイアント・ワームの命を刈り取ったのも当然の結果だと言えるかもしれない。


食べ物の恨みは恐ろしい。


「……槍」


そう悲しげに呟いたレフィスの視線の先にはレフィス愛用の槍があった。

ただし、その穂先には刃がない。どうやら、最後の攻撃で折れてしまったようだ。


「レフィス、槍折れちまったか」


「……ロスト、治る?」


「ん~、どうだろう。今までこうも完全に折れたことは無かったからな」


刃が欠けたとかなら、この槍は自動で修復するのだが、折れたとなると修復は不可能かもしれない。

よしんば再生可能だったとしても、これだけ大きな破損だ。完全回復には時間が掛かるだろう。


「僕の槍でも使うかい?」


グレイが【骨生成(スカル・クリエイト)】でもって骨槍を作り出した。

それを無言で受けとるレフィス。


「……てい」


レフィスの紅腕で振るわれる骨槍。


ポキ。


レフィスの【怪力】に骨槍が耐えられず、ボッキリ折れた。

彼女の腕力は並の槍では受け止められないようだ。そう考えると彼女の力を受けとめ続けてきたこの槍は相当凄い。


「……ダメダメ」


「いやいやいや、レフィスが本気で振るったら僕の骨強度じゃぁ、カバーし切れないからね」


「……役立たず」


「ロスト、僕は泣いてもいい気がするんだ。涙は出ないけど」


見た目、女の子に打ちのめされる骸骨がそこにはいた。

レフィスよ、グレイに少し厳し過ぎではないだろうか?


「まぁいいや。それでどうしよっか? 僕の骨槍では代用は難しそうだけど」


すぐに立ち直るグレイ。

タフな奴だ。


「……この子はまだ生きてる」


「その槍、修復できそうなのか?」


「……きっと」


レフィスが壊れた槍を大事そうに抱える。

何か感じるものがあるらしい。

短くは無い時間を共に過ごしてきているのだ。レフィスにしか分からない、槍の状態というものがあるのだろう。


「でも、どちらにしろ暫くは無理だろ? その間をどうにかしないとだな」


修復できるにしてもその間の代用がいる。

しかも、レフィスの【怪力】をある程度受けとめられる槍が必要だ。


「……グレイの粗槍で我慢する」


「粗槍って酷い言われようだね」


「しかし、グレイの骨槍だと強度に問題があるだろ?」


「……大丈夫」


そう言ってレフィスはグレイから骨槍を受け取った。


その後、俺達は仕留めたジャイアント・ワームの死骸を美味しく頂いた。骨も甲殻も無いためグレイは不満そうだったが、肉はかなり美味かったので俺個人としては満足だ。


それから暫く休むと再び血の臭いに誘われて二体のオークがやってきた。

豚面だけあって、どうやらオークは鼻が利くらしい。


「……見てて」


まだ幾分オークとは距離がある状況でレフィスは槍を構えた。

そして、それを振りかぶり投擲。


俺が【黒血刃】を投擲する時と違って、レフィスの投擲した槍は一直線に飛んでいき、オークの腹を貫く。


「……次弾用意」


「えっと、はい」


グレイが更に数本の骨槍を用意する。

それをレフィスは次々と投擲していく。


そして、数回の投擲の後、オークは全滅した。


「……こんな感じ」


そう言って無表情のまま胸を張るレフィス。

確かにこれなら骨槍の強度が低くてもどうにかなる。

しかし、投擲主体での白兵戦は無理がある。遠距離からの攻撃という意味では充分実用レベルではあるが。


「まぁ、レフィスの槍が治るまでは無茶な戦闘は避けた方が無難だろうな」


「そうだね、僕もずっと骨槍だけを作っていられる訳じゃないし」


そういう訳で、俺達は血の臭い漂うこの場所を後にすることにした。

オークやゴブリン、鬼蛙程度ならどうとでもなるがジャイアント・ワームクラスが現れると今の状態だと少し厳しいからだ。


焦っても仕方がないし、久しぶりにのんびりお散歩気分で蒼の洞窟を歩くことにしよう。




――――




レフィスの槍が折れてから二日後。

レフィスの槍の折れた穂先が紅色の点滅を始めていた。何かそこから力強いオーラが出ているので、もう少ししたら回復するのかもしれない。

もう少し、気長に待つことにした。


そんな俺達は今、蒼の洞窟の途中にあった大きな湖の畔に立っている。

しかし、ただ立っている訳ではない。

俺達はそれぞれ、糸というか布が先から垂れている長い棒を持っていた。つまるところ、釣りをしているのだ。


「お、来た来た!!」


餌はゴブリンの肉を使用している。

今回釣れたのは、体長一メートル程の青魚だった。


「美味しそうだね、骨が」


とても特殊な偏食家であるグレイは置いておいて、レフィスと二人、身を捌いて食べてみる。

魚独特の生臭さはあるが、逆にそれが美味い。身も絞まっていて、肉にはない魚の良さが分かる。

魚を食べるのは、この身体になって初めてなのでかなり感動だ。

本当なら醤油が欲しいところだが、それは贅沢というものだろう。


「……魚、美味しい」


「この小骨が何とも言えないね。骨密度も高いしジューシーだよ」


二人にも満足して貰えたようで良かった。

これなら釣りをしてみた甲斐がある。


釣りをしようと提案したのは俺だった。丁度、湖を見つけたところだし、戦闘もなく暇だったので暇潰しには良いだろうと思い提案してみた次第だ。

最初、二人は釣りが何だか分からないようだったが、とりあえず協力してくれた。

グレイが骨の竿と釣り針を作り出し、俺が身体に巻き付いている布で糸モドキを提供した。俺の身体に巻き付いている包帯のようなこの布は、服とかと同じく身体の一部扱いのため、いくら取ってもすぐに回復する。しかも、紐状と言えなくもないこの布は耐久力もそれなりに高く、釣糸として使うには割りと適していた。

その代わり、布という太い釣糸のせいで大きな魚しか食い付かないのが難点と言える。

まぁ、内には大喰らいのレフィスがいるので、小魚なんて釣ってもあまり意味は無いのだが。


その後は二人も釣りに熱中し、結構な数の魚を釣り上げた。

この湖で釣りをする人間なんて滅多にいないのであろう、魚は何の警戒もせずに餌に食らい付き、俺達に釣られていく。

入れ食い状態とはこのことだ。


そうして、俺達は洞窟の色が二回ほど変わるくらいの時間、釣りを楽しんだ。

そろそろ流石に飽きてきたし、釣りはまた今度来るとして、今回はこの辺で止めておこうか、そう思っていた時、レフィスの竿がこれまでにないほどの当たりを引いた。


「……大物」


「本当だね、かなり大きいよこれは。ちょっと竿を補強しないと」


グレイがレフィスの竿を太く頑丈なものへと変化させる。これなら折れる心配は無さそうだ。


「だけど、竿はともかく糸がヤバいな」


俺の布の耐久性もかなりのものだが、流石にここまでの大物となると耐えられるか不安だ。


「……慎重にやる」


これまでの経験で培ったレフィスの釣りスキルは俺達の誰よりも高い。食べ物が絡んだ時のレフィスの能力は異常なほど上昇するのだ。

そんなレフィスは布の耐久値を見極めながらも絶妙な技でもって竿を上げていく。

レフィスの技術と持ち前の【怪力】があってこそできることだった。


「竿は気にしないでいいよ。折れそうになったら補強するから」


「……分かった」


限界を超えてしなる竿。

レフィスの【怪力】ですら持ち上がらないとなると獲物の重量はいかほどのものなのだろうか。


「……私の勝ち」


その言葉と同時に水面から獲物が姿を現した。

それは巨大なナマズだった。


「これ、魔物だよな」


「うん。僕もそんな気がするよ」


「……違う。ただの食料」


いや、レフィスから見たら大抵の魔物は食料だよね。

そう思いながらも突っ込みが出来ない。

なぜなら、そのナマズの大きさはブラック・アリゲイターよりも更に大きかったからだ。


「これは逃げた方がいいよな」


「うん。あのブラック・アリゲイターと同じか、それ以上の力がありそうだもんね」


「ああ。それに今なら見逃してくれそうだし」


俺の【直感】でコイツの存在が察っせなかったのは、コイツに敵意というものがないからだろう。

恐らくだが、この魔物はかなり温厚な性格をしているのだと思う。でなければ俺達は既に死んでいる。


「よし、さっさと逃げるぞ」


「了解。来い《骨狼(スカル・ウルフ)》」


グレイの影から骨の狼が現れた。

俺達よりも遥かに大きい筈のこの狼ですらこの超巨大ナマズと比べたら赤子にも等しく感じる。


「皆、乗って」


グレイと俺がすぐさま背中に乗る。

しかし、レフィスだけは未練たらしくナマズを眺めていた。


「……美味しそう」


「構わない。レフィスの奴は狼の口でもって運ばせろ」


「アハハ、何か流石はレフィスって感じだね」


狼の口でもってレフィスとその手にもつ槍を回収し、蒼の洞窟を駆け抜ける。

超巨大ナマズは逃げるこちらに見向きもしないで湖の方へと帰っていった。




「まさか、あんなのがいるとわな」


無事、ナマズから逃げ切れた俺達は先ほど見たナマズについて、話ていた。


「ブラック・アリゲイターよりも強そうだし、正直、どれだけ強いか想像も出来ないね」


「……美味しそうだった」


あれを見て食欲が湧くレフィスを俺を本当に尊敬するよ。

しかし、あのナマズは果たして倒せるレベルのものなのだろうか?


ブラック・アリゲイターは確かに今の俺達を遥かに越えるレベルにいる魔物だが、絶対に勝てないとは思わない。

今は無理でも、レベルを上げ、技術や能力を磨けば充分、手が届く相手だと俺は考えている。


だが、あのナマズはそういう次元の話ではないのだ。生物としての格が違う。違い過ぎる。


「でも、いつかはあのナマズにも手が届くようになるさ」


「……うん。絶対に食べる」


「そうだね。僕もあれをペットにしてみたいね」


諦めたらそこで試合終了というのは誰の言葉だったか。

確かにその言葉どおり、諦めたらそれで終わりだが、諦めなければ勝機はある。

あのナマズが届いた強さだ。俺達が届かないはずはないさ。




――――




〝弩級ナマズ〟と名付けた超巨大ナマズと出会った翌日。

俺はグレイと共に【加速知覚(アクセル・センス)】の訓練をしていた。


訓練内容はグレイにひたすら骨槍を俺に向けて出してもらい、それを俺が避けるといったもの。

しかし、ただ避けるだけなら【直感】と【見切り】を駆使すれば容易に出来てしまうので、俺は自分が立つその場から一歩も動かないという制約を設けて行っている。


飛び出してくる高速の骨槍を目の前で捉えながら、自身の思考を加速させていくイメージで訓練を続ける。

最初は上手くいかずに、足や胸に骨槍が突き刺さったりもしたが、訓練を行っている内に段々と思考が加熱されていき、そして熱は脳味噌をフル回転させ、思考を加速させていった。

徐々に加速していく思考の中、相対的に周りの時間は遅く流れ始め、世界に孤立したような感覚に陥っていく。

それこそ【加速知覚(アクセル・センス)】が発動した証。


やけに流れが遅い世界で、俺に向かってくる骨槍を回避していく。ただ、【加速知覚(アクセル・センス)】で加速されるのは自身の思考のみなので、自分の身体が凄まじく重く感じる。


どうしても回避が間に合わなそうであれば【不死武道(イモータル・アーツ)】を駆使して一瞬だけ肉体も無理やり加速させ、回避を間に合わせた。

不死武道(イモータル・アーツ)】による肉体行使は無理やり身体を動かす分、制御が効かないという難点もあったが、【加速知覚(アクセル・センス)】の発動下ならば上手く使いこなせるようだ。

これは新たな発見であり、今後は【不死武道(イモータル・アーツ)】を使う時は【加速知覚(アクセル・センス)】を併用した方が効率的かもしれない。


しかし【加速知覚(アクセル・センス)】を発動できる時間はそんなに長くは無かった。

頭から発せられる熱が一定量を越えたところで【加速知覚(アクセル・センス)】は強制的に解除されてしまったのだ。

発動時間としては十秒といったところか。


「あ~、頭がクラクラする」


肉体と違って脳の疲労はかなり辛い。

脳の許容範囲(キャパシティ)を遥かに越える情報処理は今の俺には結構な負担が掛かるようだ。

これを上手く使いこなしたいものだが、どうにも使った後の反動が抑えきれずにいる。

やはり、これは奥の手としておいた方が良さそうだ。やたらに使えるようなものではない。


「これが干からびた脳味噌の限界点か」


「アハハ、僕には脳味噌すら無いけどね」


そう言って笑いながら頭蓋骨を指すグレイ。

確かに、グレイは脳味噌で何かを考えている訳ではないだろう。当然だ、頭の中は空なのだから。

しかし、俺の場合、少なくとも【加速知覚(アクセル・センス)】を使うと脳味噌に疲労が来るのは確かだ。一応、何らかの方法でこの干からびた脳味噌を使っているのだと考える方が妥当だろう。


「まぁ、訓練あるのみということで」


そこから、何とか【加速知覚(アクセル・センス)】の反動を克服しようとグレイと訓練を重ねたが、成果は出なかった。

ただ、発動は最初に比べたらスムーズに出来るようになったし、発動時間も訓練を重ねる毎に少しずつ延長していったので反動の克服以外は上手くいったと言っていい。

発動時間は長ければ長いほどその後の反動も大きいようなので、【加速知覚(アクセル・センス)】の瞬間的使用が出来るようになれば戦略の幅も広がる筈だ。


それと身体の運用なんかも見直さなければならないだろう。【加速知覚(アクセル・センス)】で加速した世界で初めて分かったことだが、俺の動きには無駄が多過ぎる。これからは加速した世界で一番上手く動ける方法を探っていく必要があるだろう。

加速した世界でより速く動くことが出来るようになれば、加速していない世界においても最適のパフォーマンスを発揮できるに違いないのだ。


とりあえず、課題としては【加速知覚(アクセル・センス)】の発動時間を延ばすこと。【加速知覚(アクセル・センス)】の瞬間的使用を可能にすること。【加速知覚(アクセル・センス)】においての肉体行使の最適化を行い、それを普段の戦闘にも生かせるようになること。

この三つが主な課題となる。本当は反動の軽減も課題に入れたいところだが、反動の軽減は難しそうな上に時間が掛かりそうなので今は無視。


早く【加速知覚(アクセル・センス)】を上手く使いこなせるようにグレイと上の三点を意識しながら訓練を続ける。


「……ロスト、槍が紅い」


訓練を続けていた俺達の元に槍を持ったレフィスがやってきた。

レフィスの槍は穂先が折れていた筈だが、今彼女が持っている槍の穂先には若干の紅い結晶が付着している。


一旦、訓練を中止してレフィスの槍を見ることにした。


その槍の穂先に発生している結晶の色はレフィスの紅腕の色と似通っており、彼女の槍に何か変化が起きている。

少なくとも、前の刃は決して紅の結晶状のものではなかった。


「脈動してるな」


紅い結晶は色こそ蒼と紅で違うがこの洞窟と同じように色の濃淡が変化していた。

それはまるで、生き物の鼓動のようにも見える。

レフィスが言った、この槍は〝生きている〟という言葉も比喩ではなく、その言葉通りこの槍は本当に生きているのかもしれない。


しばらく観察していると、どうやらこの槍は紅結晶を新たな刃として再生しているらしいことが分かった。

徐々にではあるが、結晶部分が成長しているのだ。


このまま行くと早ければ明日にはレフィスの槍がその刃を完全に取り戻すことになるだろう。


「良かったな、レフィス」


レフィスの頭を撫でてやる。


「……うん」


この槍のことを一番心配していたのは所持者であるレフィスだった。それこそ、折れてからずっと暇さえあれば槍を優しく擦っていたほど。

もしかしたら、その優しさがこの槍に伝わったのではないか、なんて柄にも無いことを思ってしまうくらい、レフィスは自身の槍に愛着を持っていたのだ。


「……早く元気になってね」


レフィスの言葉に応えるように槍が優しく瞬いた。




――――




翌日、レフィスの槍はその刃を取り戻していた。

レフィスの紅腕と同じ紅の結晶で出来たその刃は前のそれと比べても斬れ味にも優れ、尚且つ、レフィスにまるで合わせたかのように刃が巨大化していた。

人間では決して扱い切れないだろう紅槍は、しかしながら人を遥かに凌駕する腕力を誇るレフィスが持った瞬間、その真価を発揮する。


それだけでも、確かに凄まじい変化ではあるのだが、レフィスの持つ槍には更なる特殊技能が備わっているらしい。


「……伝わってくる」


レフィスが紅槍を持ちながらそう言う。

この現象は俺が呪妖刀【黒血刃】を初めて持った時と似たものなのかもしれない。

俺の時は名を伝えてきたが、レフィスの槍は自身の使い方を伝えているようだ。


「……伸びて」


レフィスの言葉と同時に槍の穂先、紅結晶の部分が伸びていった。

まるで前世の記憶にあった如意棒のようだ。


「……しなって」


更に伸びた槍の結晶部分が鞭のようにしなり始めた。

槍としては規格外の代物だ。


「これは凄いね」


「ああ。もう修復とかではなく〝進化〟の域だよ、これは」


魔物が進化するように、この世界の武器はある一定の条件下で進化するのかもしれない。

勿論、これは俺の推論だが、レフィスの槍を見ているとあながち間違えでも無さそうに思える。


「そうだ、レフィス。折角だから名前を付けてやれよ」


「……名前?」


俺の剣に名があるように、レフィスの槍にも名があった方がいいだろう。レフィスだってこんなに大事にしているし、この紅槍だってレフィスの気持ちに応えたのだから。


「……〝紅蛇螺(クジャラ)〟」


「クジャラ?」


「……うん。螺旋を描く紅の蛇、【紅蛇螺(クジャラ)】」


「へぇ、レフィスにしては良いネーミングセンスだね。僕はそれこそ、レフィスのことだから、【ステーキ】とか食べ物の名前になるかと思ってたよ」


バキバキ。

グレイの足と腕が粉砕された音だ。


「……グレイは失礼」


「今のは確かにその通りかな」


擁護のしようがない。

というか、グレイは何故、自ら死地へと赴くのか。もしかしたら、案外、グレイは傷つけられて悦んでしまう奴なのかもしれないな。


「アハハ、ツッコミに益々容赦が無くなってるね。ボケるのも命懸けだ」


「グレイ、俺にはお前がどこに向かっているのか全くわからないよ」


こいつは芸人にでも成りたいのだろうか?

確かに存在自体が冗談みたいな奴だが、その目標は如何なものか。




そんな恒例にも成りつつある馬鹿なやり取りを終え、俺達はレフィスの【紅蛇螺(クジャラ)】を実戦で使ってみる為に洞窟へと繰り出した。


歩き出してすぐに出会ったのは鬼蛙一体だった。

レフィスは早速、遠距離から【紅蛇螺(クジャラ)】を伸ばして鬼蛙の身体へと突き刺す。

しかし、それだけで殺られる鬼蛙ではなく、肩辺りを負傷しながらも俺達の方へと駆け出して来た。その眼は自身を傷つけられた怒りに染まっている。


それを無表情で見つめながら今度は槍をしならせ、鞭のようにして振るうレフィス。

その紅腕による【怪力】と鞭のように暴れる【紅蛇螺(クジャラ)】によって、鬼蛙は近付くことを許されず、その場でただ打たれる哀れな肉塊へと成り下がっていた。


「僕、ロストの笑ってる顔も怖いと思うけど、無表情で槍を振るうレフィスも結構怖いね」


「俺はレフィスよりは幾分か増しだと思うんだが」


顔が人形のように整っている上、まだ幼さも残している外見のレフィスが無表情のまま、鞭状となった【紅蛇螺(クジャラ)】を振るう姿は、その外見も相まって、異様な雰囲気を醸し出していた。

美少女の鞭打ち。特殊な嗜好の持ち主には受けるかもしれない。


鬼蛙が息絶えた後、その肉を皆で喰らった。

更にその血に誘われた魔物をその場で待つことにする。最近の狩りの常套手段となった方法で狩りを続け、俺達は更にオーク三体にホブゴブリンを四体、ゴブリンを二十一体に、ジャイアント・ワーム一体を狩った。


俺の【加速知覚(アクセル・センス)】やグレイの【骸骨兵(スカル・レギオン)】、レフィスの【紅蛇螺(クジャラ)】など、自身の力を試したり、調整したりしつつ、新たな連携方法も考えたりと、有意義な時間だった。


そうして残虐の限りを尽くしている内に辺りは血糊と死臭で染まり、気が付いたら、魔物が寄り付かなくなってしまっていた。どうやらこの辺りの魔物は全て狩ってしまったようだ。

そんな訳だから、そろそろ場所を変えようかと話をしていたところに微風が吹き抜けた。


この洞窟において微風が吹くことはそんなに珍しいことではない。

だが、その風はどこか死の臭いがした。


「――ヤバいな」


風が俺の【直感】に特大のアラームを鳴らす。

何がヤバいのかも分からないが、とにかく何かがヤバい。


「さっきの風が何か気になるのかい?」


「ああ。とにかく、ここを離れるぞ」


ここにいては不味い。

俺は自分の【直感】に従い、この場を急ぎ立ち去ろうとした。




――だが遅かった。




「やぁ、君達が噂の魔物だね。そうか第二階層にいたのか、どうりで第一階層を探しても見つからないわけだよ」


いつの間にか、本当にいつの間にかに現れた異様な存在。それは形としては人間だった。

この蒼の洞窟内では初めて見る人間である。

だが、こいつは人間であって人間ではない。何を言っているか俺にも分からないが【直感】と魔物としての本能が俺にそう訴えかけてくるのだ。


の人間の纏う覇気は美し過ぎる。

美しく、神々しくて、そして汚い。


「おまえ、何だ?」


「僕はウイルド・ルーシアル。喋れるってことは君達は【魔王候補】なんだね。こんにちは【魔王候補】の魔人さん」




――そして、さようなら。





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