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4話 マイペースな彼女

呪妖剣【黒血刀】を呪妖刀【黒血刃】に変更しました。

巨大狼を探して洞窟の奥へ奥へと向かっていた俺達は、今、人間四人と対峙していた。

その人間達は今まで会ってきたどの人間達よりも強そうな雰囲気を纏っており、実際に一度、刀を交えてみた感想としては土蜘蛛よりは厄介そうな感触を得ていた。


おそらく、巨大狼以下、土蜘蛛以上といったような実力だろうと俺は【直感】している。

そして、その程度の実力なら勝てると俺は踏んだ。


「さて、今度は本気でいくから覚悟しな」


大地を滑るように疾走し、人間達の元へと駆け寄る。

その間にグレイの骨槍が何の前触れも無く人間達の足元から飛び出した。しかしながら、敵の集団はまるでその攻撃を予知していたかのように三人は飛び退いて回避し、一人は薄い膜のようなものを周りに張って骨槍を防いだ。

この程度の攻撃で全滅するとは思っていなかったが、無傷で遣り過ごされたのは多少予想外である。


四人の動きを眺め、全員がそれなり以上の実力があると確認できたが、その中でも俺の【直感】はこの中で一番、バリアの膜のようなものを張った人間が厄介だと判断した。


「まずは、おまえからだ!!」


飛び退いた槍を持つ人間の方へと向かうと見せかけて、その場で急激な方向転換。その分、肉体に掛かる負担も大きいがそれこそ【不死武道】の真骨頂。肉体の負担を無視できるアンデットにのみ許された体技である。


「〝第一深層神聖魔術【回復(ヒール)】〟」


人間は迫る俺に向かって余裕をもって腕をかざすと、その手から何かの光を発した。


その瞬間、俺は【直感】と自身の生存本能に従って二度目の急激な方向転換を強行。

間一髪、本体はその光に触れることなく避けることが出来た。

触れたのは着ていた着物の裾のみ。

その光に触れた着物の裾は光に触れたところだけ綺麗に無くなっていた。


この着物は扱いとしては俺の肉体の一部のようになっている。故に肉体ほど早くはないが、放っておけば元に戻る。


だが、問題はそこではない。肉体の一部のような、この服があの光に触れて消滅したなら俺自身もあの光に触れたら消滅してしまう可能性が高いのだ。

なによりもアンデッドとしての本能が告げている。

あの光はヤバいと。


「――ッチ、面倒なのがいやがるな」


この人間が纏っている光の膜にも同じような力を感じる。

つまり、それはあの人間に接近できないことを意味していた。


「くたばれ!!」


横から伸びてきた人間の拳を【見切り】、避ける。

その攻撃を避けた俺はその懐へと呪妖刀【黒血刃】を走らせ、カウンターの刃を放つ。


「――ッグハ、、、肉を斬らせて……骨を断つ!!」


俺の攻撃は相手の腹に突き刺さったが、深く刺さり過ぎたのか刀が抜けない状況に陥った。

その隙を人間が逃す筈もなく、俺の唯一の弱点である頭部向けて必殺の拳を繰り出す。


アンデッドの弱点である頭部に攻撃が来ることは【直感】が無くとも予想できていた俺は頭を反らし、それをギリギリで避ける。


次の瞬間、敵の蹴りが放たれた。


二段目の攻撃は避けられず、その威力を脇腹に受け吹っ飛ぶ。

その際、人間の腹部に刺したままの【黒血刃】を放してしまい、俺は一時的に武器を失った状態となった。


「ハァハァ、これでおまえの武器は無くなった。俺の方はこんな傷、リリアンがいる限り傷の内には入らねぇ。勝負あったな、アンデッド」


脇腹を押さえながら獰猛に笑う人間。

俺はそいつを無視して、その場で一度戦況を見渡すことにした。


レフィスは槍使いの人間と一対一の勝負を繰り広げている。

レフィスの得物も槍だ。そんな槍使い同士の闘いはその技量と手に持った得物の差でレフィスが完全に劣っているようだっが、レフィスもその不死性と日々俺やグレイと繰り広げているトレーニングでもって身につけたその槍捌きや体術を駆使し、何とか負けない程度に闘い続けていた。

体力を消耗する人間と疲労の無いレフィスという面も考慮に入れれば、そう遠くない内にレフィスが逆転し勝利を掴み取ることが出来るはずだ。


それに満足した俺は次に弓使いと奇術使いに目を向けた。

弓使いは十体のスケルトン達に追いまわされ、その矢を凄まじい勢いで減らしていた。彼女に何らかの矢の補充手段が無ければ、矢が尽きた時点で終わりだし、仮に矢の補充手段があったとしてもあの鬼ごっこが継続されるだけだ。いずれは体力が尽きてスケルトン達の餌食になるに違いない。


奇術使いの方は、骨槍の竹やぶに囲まれ、身動きが取れない状態にいた。浄化の光で骨槍を消滅させてはいるが、その度にグレイが新たな骨槍を追加するので、その光が俺達に届くことはない。


グレイの闘い方は基本的に時間稼ぎと敵の分断が目的らしく、積極的に殺しに掛かってはいなかった。

おそらく、俺とレフィスが敵との一騎討ちを持続できるような状態に持ち込み、見方に援護をさせないことを目的としているのだろう。


だが、弓使いの方はともかく、奇術使いの方は何かしでかしそうな雰囲気がある。

やはり厄介な奇術使いを早めに潰しておきたい。


「てめぇ、俺を無視してんじゃねぇよ!!」


無手の使い手が口から血を流しながら耳障りな騒音を撒き散らす。


「いや、もう俺の勝ちは決まってるし」


「――ッ!? 舐めやがって!! おい、リリアン!! そんな檻さっさとぶち壊して俺の傷を治しやがれ!!」


その声に応えるかのように奇術使いの体から嫌なオーラが流れ出した。


「〝第四深層神聖魔術【聖域(サンクチュアリ)】〟」


厳かに呟いたその言葉に乗せて、人間の周りの膜が巨大化していく。

その膜は彼女の周りの骨槍を呑み込み、無手使いの人間を取り囲むまでの範囲に至った。

奇術使いの人間を包囲していた骨槍は消滅し、奇術使いは無手使いの元へと駆け寄った。


無手使いの傷は未だ塞がらず、呪妖刀【黒血刃】がその身を蝕んでいる。呪妖刀【黒血刃】はどうやら、あの聖域にいても消滅させられることは無いらしい。


「それなら、やりようはあるな」


【黒血刃】に主の元へ戻れと命じる。

すると無手使いの腹を喰らっていた黒剣は暗黒の霧となり、俺の手元へと辿り着くと再び刀の形へと変わった。


「おかしいわ、何で傷が塞がらないの!?」


「クソが、得物も簡単に取り戻しやがって……。傷も何故か塞がらねぇしどうなってやがる」


出血の多量でふらつく無手使い。

話を聞く限り、どうやら、あの聖域には俺達アンデッドを消滅させる以外にも味方の傷を癒す効果もあったらしい。

ただ、呪妖刀【黒血刃】で刻まれた呪傷はその癒しを受け付けず、その身を削り続けているようだった。


あの出血量では無手使いは最早助かるまい。

無手使いの敗因は俺の剣をその身で受けてしまったこと。回復手段があるからと言ってそれを当てにしていたから足元を掬われたのだ。


まぁ、散々自身の回復能力にものを言わせて身体を酷使してきた俺が言えるセリフでもないが。


「これで、後は厄介な奇術使いだけ、だと」


未だ泣きながら無手使いの介抱を続ける奇術使い。

平静を乱し、現状把握できていない、あるいはしようとしないその姿は戦場では決して見せてはいけない明らかな隙だった。


重心を落とし、力を溜める。

そこから、筋力を爆発させ、その力を全て【黒血刃】に乗せて投擲した。


黒の円を描きながら奇術使いに迫る【黒血刃】。

それを避ける様子も見せない奇術使い。


「リリアン、避けろ!!!!」


レフィスと戦っていた槍使いが叫ぶ。

だが、もう遅い。

奇術使いが自身に迫る【黒血刃】の存在を悟ってから瞬き一つ出来ない間にその首は刎ね飛ばされ、その目から命の光は永遠に失われた。


「クソクソクソクソクソ!!!!

俺はいったい何をしてるんだ!!!!」


槍使いの絶叫。

彼がその声を轟かせている間に弓使いがグレイの骨槍に貫かれ殺された。


グレイが今まで奇術使いに使ってきた力を弓使いに集中させた結果だ。


最後に残ったのは槍使いの男。

男は怒りに任せて狂ったように槍を繰り出し続けるが、その全てを尽くレフィスに捌かれる。

どうやらレフィスはこの闘いでその槍捌きを更に一段階上へと昇華させたようだ。


体力を失い、冷静さを失った槍捌きにレフィスが負けるはずもなく、更に数分の攻防の末、男の胸に槍を突き刺しその命を刈り取った。




――――




レフィスが〝ゾンビ〟から〝屍喰鬼(グール)〟に進化した。


変化は槍使いの人間との戦闘を終わってすぐに訪れた。

レフィスの身体が一瞬にして漆黒に染まったかと思ったら、自身の漆黒の殻を破り中から生身の女性が姿を現したのだ。


グールとなったレフィスは、ゾンビの時と違って肉体は腐っておらず、また俺のようなミイラでもなく、身体の殆どが正常な状態であった。

白のワンピースを着た銀髪の少女。人間にして十五かそこらに見えるこの少女は幼い中にも大人の色気も持ち始めた特異な妖艶さを身に纏っていた。


ただし、それは彼女の異形なる両腕を除けばの話。


レフィスの両腕は彼女の腕にしては二周りも巨大で、尚且つその全てが深紅の結晶で出来ているという異様な姿形をしていた。


その異形の両腕は彼女の可憐な容姿と相まって、いっそうの禍々しさを放っている。


「……ロスト、グレイ」


無表情で少し眠そうな表情でポツリと呟いたレフィス。

なんだかゾンビ時代の無関心なレフィスを彷彿とさせる態度だった。


「レフィスが喋った!!」


「何だか、感動だね」


俺とグレイはレフィスの初めての言葉に感動を隠せないでいた。

レフィスとは長い付き合いになるが、こうして言葉を交わす日がくるとは思っていなかった。


「……お腹減った」


しかし、レフィスのマイペースさはグールになっても変わらないようだ。


俺達はレフィスの進化祝いということで倒した人間達を喰らいながら色んなことを話した。


俺は肉を摘まみながら今まで喋れなかった分も取り戻そうとレフィスにたくさんの質問を浴びせかける。

それにレフィスは嫌な顔一つせず、というか相変わらずの無表情で呟くように答えてくれた。


「なぁ、ずっと気になってたんだが、何で俺達に付いてきたんだ?」


「僕もそれは気になっていたよ、実際どうしてなんだい?」


その質問は俺達の長年の疑問だった。

レフィスはいったい何を思って俺達に付いてきたのか、その奇行の理由を俺は知りたかった。


「……分からない」


その質問にレフィスは無表情のまま首を捻ってそう答えた。


「まぁ、無意識のうちの行動だったのかもな」


「そうだね。レフィスはその頃まだ自意識すらそんな無かったかもしれないし」


確かに、レフィスが自分の意思らしきものを示したのは俺達と行動するようになってしばらく経ってからだ。

それまでに起こした行動の意味を彼女に聞いても意味はないのかもしれない。


「……たぶん」


「ん? 何か心当たりでも?」


無表情は崩さずに俺を見つめてくるレフィス。

その目は表情に現れない何かを俺に訴えているようでもあった。


「……ロストに恋をしたのだと思う」


「え? えぇぇぇぇ!?」


「アハハハハハ、恋か。それはいいね」


「……ッポ」


レフィスの爆弾発言により俺はドギマギし、グレイはそれを見て爆笑。レフィスは無表情のまま、照れていた。


結局、そんな自分達が可笑しくて、気が付いたら三人で大笑い。


やっぱり、こいつらといるのは楽しい。

俺はそう思いながら笑い続けた。




――――




洞窟内の魔物はどうやら、奥にいくほど量が多くなり、その質も上がっていくらしい。

今までも何となく魔物の量が多い方へと進んでいたのだが、洞窟のある一定のラインを越えた辺りからやけに魔物の群れの規模が大きくなり個々のレベルも高くなった。


そんな俺達は人間四人を倒した後、再び洞窟内を散策している。

狙いは変わらず巨大狼。

最近、この辺りで狼の遠吠えらしき声を聞いたので俺達はここ周辺をウロウロしていた。


「ん~、やっぱり何処かに行っちまったのかな」


巨大狼の移動速度は速い。

最近、遠吠えを聞いたからといって未だにこの辺りを彷徨いているとは限らないのだ。


「あ、もしかしたら僕のスケルトン達を斥候として使えばすぐに見つかるかもしれないよ?」


グレイの提案に即頷き、早速決行することにした。


グレイが生み出した十二のスケルトンが洞窟内に散っていく。

スケルトンの強さはこの辺りのゴブリンと同レベルなので、スリーマンセルで行動させた。


「こんな方法があるなら何でもっと早く言わなかったんだ?」


「……出し惜しみ?」


「いやいや違うよ。僕がスケルトンと視覚を共有出来るようになったのはつい最近なんだ」


グレイが言うにはスケルトンとの視覚を共有し、スケルトンを斥候として運用出来るようになったのはレフィスも進化したあの四人の人間達との闘いの後だとのこと。

それから、練習して実用段階にまで至ったのがつい最近らしい。



スケルトン達が辺りを探っている間、俺は暇なのでレフィスと訓練をすることにした。


レフィスはグールへと進化したことで、その腕力を飛躍的に上昇させている。

更にレフィスがその手に持つ槍は先の槍使いの使用していた槍で、俺の呪妖刀【黒血刃】のような特異性も特殊能力も無いが、自己修復能力があり、いくら斬っても斬れ味が落ちず、刃零れくらいなら一日で修復してしまうという優れものだった。

この槍をレフィスの紅腕で振るえば、その破壊力たるやハードボアの硬い剛毛に包まれたその身をスパンと断ち斬ってしまうほどである。


だが、逆にグールへと進化したことで下がってしまった能力もある。それはスピードだ。

彼女の肉体はゾンビ時代ほどの再生能力を有してはいなかった。

例外は彼女の紅腕で、それだけは欠けたり折れたりしても瞬時に再生する。


それ故にレフィスはゾンビ時代の戦闘方、【不死武道】を用いた戦闘を行うことが困難になり、スピードだけはどうしても落ちてしまったのだ。


その代わりレフィスにはリーチの長い槍がある。

元々、速度で翻弄するタイプではないレフィスはその場に留まり、相手を迎え撃つスタイルを確立しつつあった。


しかし、その場に留まり間合いへと入ってきた敵を迎撃するという闘い方は【見切り】と【直感】という圧倒的な回避能力を持つ俺とは相性が悪かった。

そのせいで、レフィスは一度も俺に勝てたことがない。


そして、今回もレフィスの槍の軌道を全て見切った俺の刃が彼女の白過ぎる首筋に添えられ、ゲームセット。


また俺の勝ちだ。


「……ッポ」


「いやいや、負けたんだから悔しいがろうぜ?」


「本当、レフィスは正直だよね」


無表情のまま顔色も変えずに照れるレフィス。

それに半ば呆れながら満更でもない俺。

そんな二人を外から眺めつつ笑うグレイ。


いつもの緊張感の欠片もない三人の風景だった。



因みに、俺達三人の勝率で言うと俺が一番勝率が高く、次点がグレイ。三位がレフィスである。

レフィスが三位なのは俺への勝率が0%なのに起因する。そして俺の勝率が高いのも同じ理由だ。

グレイに対しては俺が勝率七割、レフィスが五割といったところ。


「……もう一回」


「よし、いいぞ」


「二人とも頑張れ~」


俺とレフィスとの訓練はグレイの放った斥候スケルトンが巨大狼を見つけるまで続いた。




――――




「グレイ、巨大狼がいるのはこっちか?」


「うん、そうだね。そこを曲がったらすぐだよ」


「……腕がなる」


グレイから巨大狼を見つけたという報告を受け、俺達は巨大狼を発見したスケルトンがいる場所へと向かっていた。


正直言って、土蜘蛛に挑んだ時よりも気は楽だった。

俺の予想では、あの頃の俺達と土蜘蛛の差は今の俺達と巨大狼にはない。寧ろ素の総合力ではこちらが上回ってすらいるかもしれない。


勿論、油断は禁物だが、客観的な事実として今の俺達なら巨大狼にも普通に勝てる。俺はそう思っている。


グレイの先導に従って洞窟を駆け抜けた。

途中、ゴブリンやハードボアと遭遇したが、それらは無視して進む。

今では事実差がかなりある為か、ゴブリンもハードボアも一睨みするだけで自分から逃げていくので対処は非常に楽だった。


そして、とうとう獣の唸り声のようなものが聞こえ始めた。


「これは、俺達を待ってるのか?」


「多分、臭いで気付かれたんだろうね」


「……臭いフェチ」


最後のレフィスの呟きは一旦無視するとして、これから俺達は待ち受ける巨大狼と闘うことになる。

となると、土蜘蛛の時のような不意打ちは出来ない。


真っ正面から挑んで洞窟内の頂点に君臨する巨大狼を倒さなければならないのだ。


「まぁ、俺達なら勝てるわな」


漆黒の衣に身を包むグレイと純白のワンピースを着たレフィスの方を見ながら俺は闘うことに決めた。


「――行くぞ」


三人で走る。

待ち受ける巨大狼の元へと。




――――




巨大狼との闘いは俺達が思うよりも案外アッサリと終わった。

基本的な戦法は土蜘蛛の時と同じく、俺が陽動と攻撃役。グレイが俺の補助と敵の機動力の削ぎ落とし。

レフィスだけは今回は巨大狼と正面で闘う壁役となった。


開幕の攻撃は巨大狼の爆音染みた咆哮だった。

鼓膜が潰れるほどの音量を至近距離で聞いてしまった俺達だったが、それが戦闘に支障をきたす結果にはならない。

そもそもで骸骨であるグレイには鼓膜など存在しない。ならどうやって音を聞いているのか、という話であるが、骸骨が意思を持って動いている時点でそんな疑問は意味を持たないだろう。

俺とレフィスに関しては鼓膜なんて破れてもすぐに回復する。レフィスは再生能力の都合上、多少時間はかかるがだからといって問題になる程ではない。


咆哮を無傷で潜り抜けた俺達は、そこからそれぞれの行動に移った。

レフィスは巨大狼の前に陣取り、敵の巨大な爪を牙をその広大なるリーチを誇る槍と自慢の腕力でもって弾き、反らす。そして隙を見つけては迅速の突きを喰らわす。

その回りを俺が跳び回り、巨大狼が移動すればそれに付いていき、レフィスの作った隙を突いて斬撃をお見舞いしたり、逆にレフィスの補助にまわりサポートしたりと臨機応変に対応した。

勿論、呪妖刀【黒血刃】の効果で巨大狼の全身は血塗れとなり、刻一刻とその魂を削っている。

グレイはそんな俺達を距離をおいて眺めながら、巨大狼の進路を限定させるように骨槍を出現させたり、肋骨の罠を仕掛けたりと俺達の補助に徹していた。


俺とレフィスがメインアタッカーとなり、より攻撃的になったこの布陣は洞窟の覇者である巨大狼をいとも簡単に撃破した。


血を滝のように流しながら最期の雄叫びを上げる巨大狼。

その死に様は敵ながら美しく、そこには強者としての誇りすら感じられる。


「――やっとここまで来たな」


ゾンビ時代、一人で洞窟を彷徨いてた頃に見たこの絶対強者が今では俺の前でもの言わぬ骸となっていることに何とも言えない達成感を感じていた。

それは俺達が強くなった証明であり、今までやってきたことの結果でもあった。


「……お腹減った」


「ああ、そうだな。皆で食べるか」


レフィスの言葉に苦笑しながら、巨大狼の肉を切り分けようとその肉に手をかける。


「ちょっと待ってくれないかな?」


その手を制止させたのはグレイの声だった。

いったい、どうしたのかとグレイの方へと振り向く。


「実は少し試したいことがあるんだ」




――――




「こんな感じでいいか?」


俺は肉を削ぎ取り、白骨のみの姿となった巨大狼を見ながら本当にこんなものでいいのかとグレイに聞いてみる。


「うん。これで良いと思う」


巨大狼の骨を触りながら楽しそうなグレイ。


因みにだが、削ぎ取った肉は八割方、レフィスの胃袋に収まっている。レフィスの胃袋は異次元にでも繋がっているのか、自身以上の質量をその身に入れたというのに、見た目は全くと言っていいほど変わっていなかった。

何とも不思議なことである。


「それじゃ、始めるよ」


グレイが巨大狼の骨に手を当て、何らかの力を込めていく。

その力は巨大狼の骨を伝わって全身に回り、そして巨大狼の骨が薄暗く輝き始めた。


そんな現象がしばらく続いたあと、光は収束しやがて消えた。


「完成だ」


やけに疲れた声色でそう呟くグレイ。

こんなにも消耗したグレイも珍しい。レイスとなってからは力の絶対量が上がったからか、それが枯渇するようなことは無かったのに。


「で、結局どうなったんだ?」


俺の質問に答えるようにグレイは骨の手を頭上に上げると、パチンと指を鳴らした。


その音が合図だったかのように、骨の骸となった巨大狼が動き出す。

そして、生前の優雅さとはかけ離れた禍々しい気迫を発しながら唸り声を上げた。


「実験成功。これが僕の【骸骨兵スカル・レギオン】の第一号《骨餓狼スカルウルフ》さ」


骨餓狼スカル・ウルフ》と言うらしいグレイの下僕を撫でながら楽しそうに笑うグレイ。

これが今回の闘いでグレイが新しく得た能力【骸骨兵スカル・レギオン】で作られた骨の兵士。


その後のグレイの詳しい説明によると、【骸骨兵スカル・レギオン】は魔物の骨、それも死んだばかりの新鮮なものに自身の力を与えることで仮初めの魂を与える能力らしい。

それで出来た骨の兵士はグレイの魂と繋がりがあり、俺の呪妖刀【黒血刃】と同じように収納が可能とのこと。

ただし、呼び出す時には力を消費するし、骨兵はグレイのいつも作り出しているスケルトンとは違って召喚した後も、その身の維持に力を消費する為、長時間の運用は厳しいらしい。


それでも、その力は本物だし、課題であったいざという時の自身の防御に使うこともできるとあって中々に使い勝手もいい。


更に今後はより強い魔物の骸を得ることでより一層の戦力強化もできるとあり、今後の発展性にも期待できる。


進化したことで【見切り】や【直感】を得て尚且つ【不死武道イモータル・アーツ】による化け物染みた身体能力を持ち、呪妖刀【黒血刃】という反則級の武器も持つ俺。

紅腕から繰り出される【怪力】と、その卓越した槍捌きで間合いに入った敵を斬殺するレフィス。

そして【骨生成スカル・クリエイト】に【骸骨兵スカル・レギオン】を得たことにより、一体で軍隊を持っているような状態になりつつあるグレイ。


前衛を一体で維持できるレフィスに遊軍として機能する俺。距離を置いて戦況を眺めながらサポートも援軍を送ることもこなすグレイ。

こうして考えてみると中々にバランスの良い布陣だと言えるのではないだろうか。


そんなことを思いながら俺は二人と新しく仲間?ペット?になった《骨餓狼スカルウルフ》と戯れるのだった。




◆ ◆ ◆




今、《迷宮都市リゼルド》は混乱の中にあった。

この街唯一の迷宮である【鋼竜の根城】、その第一階層への侵入をギルドによって禁止されたからだ。

街の冒険者は迷宮に入ることで生計を立て、また街の冒険者を相手にする為の施設も彼等の稼ぎによって収入を得ている。つまり、迷宮無くてはこの街の経済は回り得ないのだ。

そして、冒険者達が最も潜っていたのが【鋼竜の根城】の第一階層なのである。【鋼竜の根城】は第三階層まであるのだが、第一階層と第二階層では難易度の次元が違う。

勿論、第二階層と第三階層との差も大きいが、それは第一階層と第二階層程ではない。

魔物の質も高くなく、種類も少ない第一階層はこの《迷宮都市リゼルド》において最も人口の多い駆け出し冒険者でも比較的安全に探索でき、その上ある一定の金額を稼げるのだから、探索者が多いのは当然と言えば当然だ。

しかし、それを承知の上で冒険者ギルドは迷宮への侵入を無期限で 禁じた。

しかも冒険者達には何の説明もなく。


それはギルドマスターであるレリウスにとっても苦渋の決断だった。

迷宮の中にいる冒険者の生命反応が消えればギルドはそれを探知できる。そして、《Bランク》の冒険者達の生命反応が消えたのが先日のこと。

《Bランク》というのは《B級》の迷宮を探索できる程の実力がある。それが《C級》の迷宮である【鋼竜の根城】内で消息を絶った。

つまり、今この【鋼竜の根城】には少なくとも《B級》の迷宮に出てくる魔物よりも強い何かが存在するということになる。


「いったい何が起きている……」


レリウスはギルドの自室で頭を抱えていた。

探索に向かわせた冒険者達は尽く帰ってこず、あげく虎の子の《Bランク》冒険者達まで失う始末。

最早、事はレリウスの手に負える範疇を大きく逸脱していた。


「〝総帥〟に連絡しましょう、レリウス様」


レリウスの横に控えていた秘書が気を使いながらも進言する。

〝総帥〟とは冒険者ギルドのトップであり、王都の冒険者ギルド本部にて各地のギルドを総括する人物である。


「他に手は無い、か」


自身の無能を晒すようで気は進まないが、かといってではこの事態を自分手だけで解決できるとは思わない。

レリウスは諦めてペンを取り〝総帥〟への文を書くことにした。


内容は嘘偽りなく、今回の事態全てを書き記していった。

嘘や偽りを織り交ぜたところで、どうせバレる。ならば全て本当のことを書いて助けを乞う他ない。


数ヶ月前から続く冒険者の死亡率の増加。

中ランク冒険者の死亡。

群れるアンデットの目撃証言。

事態解決の為に派遣した《Bランク》冒険者の死亡。


これらの事を正直に文章へと起こし、それを王都にある冒険者ギルド本部へと送った。


これで、早ければあと数日後には〝総帥〟から何らかの指示が返ってくるはずだ。

そして、今回の不祥事を解決出来なかった私の処分もそこで決まる。



――ギルドに無能はいらない。



自分がこの《迷宮都市リゼルド》のギルドマスターでいられる時間はもう殆ど残されていないだろう。

そう思うと面倒な仕事ばかりで何度辞めようかと思ったことか分からないギルドマスターの座も途端に惜しくなるのだから自身の浅ましさにレリウスは自嘲する。


「なぁ、今夜は飲みにいかないか?」


「はい。喜んで」




――――




レリウスが王都へと文を出してから三日後。

冒険者ギルド本部に文が届き〝総帥〟が下した判断は《Sランク》冒険者の派遣という極めて異例の対処だった。


ここで、改めて冒険者におけるランクの基準を記しておく。

そもそもで、人間と迷宮の戦力を比べてみれば、一部を除き、圧倒的に迷宮側の方が優勢なのだ。

迷宮の主、《深層ボス》を倒せる冒険者は殆ど皆無と言って良い。


冒険者のランクはあくまでも、そのランクにあった迷宮で探索が出来るというだけ。

迷宮は一度、誰かが《階層ボス》を倒せば以降はギルドからの〝転送〟が可能となる。例えば迷宮の下位層のボスを誰かが倒せば、その後は誰でもその迷宮の中位層へと侵入が可能となるのだ。

なので、その冒険者が《Cランク》であれば、それは《C級》の迷宮の上位層までの探索が可能なレベルだということになる。

もっと言えば、《C級》の迷宮で生き残れるだろうレベルだということ。それは大型種などの強力な魔物を討伐できるという意味ではない。

と言っても、迷宮の上位層に入る為にはギルドの特別な許可がいるため、《Cランク》の冒険者が《C級》の上位層に入れることなど滅多に無いのだが。


しかし、物事には例外というものが存在する。

それが《Sランク》以上の人間達だ。

《Sランク》、《SSランク》、《Gランク》。


最高位の《Gランク》はギルドの創設以来、二人しか認定されていないが、《SSランク》はこの世界に現時点で七人。《Sランク》は十二人存在する。


《Sランク》の最低条件は迷宮の《深層ボス》の討伐である。

それを為し得たものだけが人外の称号を手にすることが出来るのだ。


《Sランク》以上の実力者は極々希に例外はいるにしろ、ほぼ確実と言って良いほどに神の【加護】を得ている。人は【加護】を得た人間のことを【勇者】と呼ぶが、そういう意味では【勇者】≒《Sランク》という図式も成立しうるだろう。


そして、今回、総帥が派遣したのは【疾風】という二つ名を持つ《Sランク》冒険者。


《迷宮都市リゼルド》も所属している大国《アーロルド王国》。その王国が所持している最高戦力の一人であり、同時に【勇者】として【疾風神の加護】を得ている冒険者、それが【疾風】である。


しかしながら【疾風】と呼ばれる冒険者には一つの大きな欠点があった。それは気分屋の上に過度の戦闘狂であるということ。

楽しめない戦闘はせず、面倒な依頼は絶対にやらない。


自分勝手で傲慢。ギルドの〝総帥〟を例外として誰の言葉、もしそれが王の言葉であったとしても、つまらなければ耳を貸そうとはしない。


それが【疾風】という冒険者であった。


その【疾風】が依頼を受けた。

それが、【疾風】の気紛れなのか、それとも戦闘狂としての鼻が何か嗅ぎ取ったのか。

それは分からないが、この世界の頂点の一人が【鋼竜の根城】に向かっていることは確かだった。




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