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3話 災厄

土蜘蛛の脚を二本潰してやったが、残念ながら機動力の大幅な低下は見込めなかった。

二本失っても土蜘蛛には未だに六もの強靭な脚がある。いくらでも失った脚の代わりはあるのだ。


だが、それは最初から想定していたこと。寧ろ脚を二本奪った程度で弱体化するくらいなら、俺達はとっくに土蜘蛛を狩れている。

今の俺達が死力を尽くしてギリギリ勝てる相手、それが洞窟の頂点の一角である土蜘蛛なのだ。


「キシャァァァァァ!!!!」


「おまえの相手は俺だ!!」


大声を張り上げ、土蜘蛛の注意を引く。まずは耐える時間だ。グレイが機動力を削ぎ落としてくれるまで俺は土蜘蛛の気を引き、逃げ回らなければならない。先の先制攻撃でグレイは一気に二本の脚を奪う程の骨を作り出した。おそらく、次の攻撃までグレイの力が回復するまで多少時間が掛かるはず。

闘いは長期戦になるだろうが、この身体に疲労は無く体力という面で見れば俺達の方が有利だ。

長期戦は寧ろ望むところである。


「行くぞ!!」


ゾンビの脚力を存分に使って、大地を蹴りあげる。肉体の限界を遥かに越えた無理やりの酷使。普通の人間ならば足の骨が折れ、筋肉が壊れ、腱が千切れるかのような走法。

事実、俺の足もそのパワーに悲鳴を上げ、一部が完全にイカれてしまっている。




――だが、それがどうした。




ゾンビは頭部を破壊されなければ、この程度の傷はすぐに修復される。おまけに痛覚の大半を失っている為に痛みもない。

ゾンビならでは自壊を伴う体技。それが俺がこの死体になってから独自に編み出した闘い方である。


「キシャァァァァァ!!!!」


俺を追って残る六本の脚が迫る。

頭上から降り下ろされるその脚は、一本一本が速く鋭い。まるで槍のような足が何度も俺目掛けて降り注いだ。


俺は多少の怪我は無視し、弱点である頭部だけを破壊されないように逃げ続ける。


「隙あり!!」


逃げるだけではなく、一瞬の隙を突いて【黒血刃】で斬りつける。


「――ック、斬れないか」


だが、俺の剣は表面に浅く傷を付けただけに留まった。明らかに戦闘前よりも防御力が高くなっている。

どうやら、これが土蜘蛛の本気らしい。


「思ったより面倒だな」


簡単に勝てるなんて思ってはいなかったが、予想以上に土蜘蛛の攻撃が激しい。

これだと避けるのに必死でダメージを与えるのは困難だ。


更に苛烈を極める猛攻の中、俺は片腕を失いながらも攻撃を避け続ける。

失った片腕は再生し始めているが、腕が生えてくるのにはもう少し時間が掛かりそうだ。


「――ここだッ!!」


足の槍を身体を捻りながら回避し、その回転速度を利用し【黒血刃】を振るう。

大きなダメージは期待出来ないが、斬らなければ勝てないのだ。例え小さな隙でも俺は剣を振るわなければならない。


刃が土蜘蛛の脚に触れたかと思った、次の瞬間、視界が刹那の内に開けた。


「上か!?」


土蜘蛛は跳んで俺の攻撃を避けたのだ。更に腹部を曲げ、空中でこちらに尻を向けるような体勢に土蜘蛛は入った。

その動きは知っている。土蜘蛛が糸を吐く時の予備動作だ。


俺が岩陰に飛び込んだのと、辺りが白い糸で埋め尽くされたのは殆ど同時だった。


「凄まじい量の糸だな」


岩陰から出てみると、粘着性の糸が辺り一面に広がっていた。

足元を埋め尽くさんばかりの糸。これでは粘着性の糸に絡まって戦闘にならない。闘いの場を移した方がいいだろう。


そう思って地面に着地している土蜘蛛を見る。

そして、土蜘蛛の身体全体を見て初めて気が付いたことがあった。


「おまえ、傷が治ってないな」


最初に攻撃を加えた胸から、そして浅く斬り裂いた脚の傷からも少しずつではあるが着実に緑の血が流れている。

俺達アンデット程ではないが、魔物は総じて再生力は高い。すぐさま傷が癒えることはないだろうが、それでもすぐに血は止まるはずだ。でなければ掠り傷で出血死なんて馬鹿な事態が起こってしまう。


しかし、俺はこれに似た光景を一度だけ見たことがある。

この【黒血刃】の元の持ち主が斬った巨大狼の傷だ。確かにあの傷からも不自然なくらいの量の血が永遠と流れていた。


そういった記憶と今の状況を鑑みるに【黒血刃】で付けられた傷は治癒出来ない可能性が高い。

今まで、その驚異的な斬れ味ばかりに目がいっていて気が付かなかったが、どうやらこの剣にはそんな特殊効果まであったようだ。

考えて見ればこの【黒血刃】は〝呪妖刀〟なのだ。何らかの呪い的な付随効果があっても何らおかしくない。


となると、先ほどの土蜘蛛の行動にも納得がいく。


「おまえ、逃げただろ?」


そうだ。この土蜘蛛は新たに癒えない傷が増えるのを怖れて【黒血刃】の刀身から逃げたのだ。

そもそもで、本来ならあの場面で土蜘蛛が逃げる必要なんて無かった筈である。俺の剣は土蜘蛛の脚の表面しか削れない上にあの時の俺は片腕を無くし更に攻撃力を減衰させていたのだから。

なのに、その刃を避けたのは土蜘蛛が俺の刃の呪いに気が付き、それを怖れたためだった。




――俺の刃は奴に届く。




「勝たせてもらうぞ、土蜘蛛」




― ― ― ―




俺達と土蜘蛛との闘いは熾烈を極めた。

レフィスはグレイを身を呈して庇い、既に戦闘不能。グレイも力の使い過ぎで倒れてしまっている。


残るのは俺と土蜘蛛のみ。


土蜘蛛は八本の脚の内、四本を巨大な骨の杭でもって潰されている。機動力を奪うというグレイの仕事はしっかりとなされていた。

更に身体中からは緑色の苦汁が絶えず流れており刻一刻とその命を削っていく。


しかしながら、俺も無傷という訳ではない。幾度となく腕を千切られ、足を折られてきた。その度に治してはきたが今は右足の足首を失っている。土蜘蛛の糸に捕まったから自切したのだ。そのせいで機動力が犠牲になってしまったが仕方ない。糸に捕まって殺されるよりましだ。


睨み合う俺と土蜘蛛。


「――これで最後だ」


剣を構える。


ここで逃げるという選択肢は存在しない。確かにここで逃げ続けても土蜘蛛には勝てるかもしれない。だが、俺はそれを選択しない。


土蜘蛛を正面から斬る。


それが出来たなら、俺はもっと強くなれる。

そう俺は確信していた。


重心を落とし、足首を失った右足に力を集中させていく。


「キシャァァァァァァァァ!!!!」


土蜘蛛の咆哮。

それが合図だった。


「――ッ!!」


右足で思いっきり大地を蹴る。

莫大な推進力を得て、低姿勢のまま凄まじい速度で土蜘蛛に迫る。その代償に右足は膝の辺りまで肉が潰れてしまった。これを治すのはかなり時間が掛かるだろうが構わない。


更に左足でもう一歩、大地を踏みしめ弾丸のような速度で土蜘蛛へと肉薄。そして、その勢いのまま【黒血刃】を振り上げる。


刃が土蜘蛛の顔面を深く斬り裂いた。

緑色の血が吹き出し、凄まじい量の帰り血を浴びる。


俺は勢いを失い、空中に放り投げられた視界の中で土蜘蛛が崩れていく姿を見た。


「ハァハァ……」


着地に失敗し、仰向けに倒れる。

足がイカれていて暫く立てそうに無かった。右足は勿論、左足も筋肉と関節が壊れて使い物にならない。

だが、もういいのだ。


視線の先にあるのは眼に光を失い、骸となっている土蜘蛛の姿。


「勝った」




――この日、俺達は初めて洞窟の強者、土蜘蛛に勝利した。




――――




土蜘蛛勝ってすぐに、俺はゾンビとなって初めて眠気に襲われていた。睡眠の必要のないゾンビにとっては異常な事態である。

だが、その強烈なまでの眠気に堪えられず俺はそのまま意識を落としてしまった。


漂うような意識の中で、俺は随分と心地よく揺られていた。

その微睡みの中で俺はそれこそ何日も眠っていたような気がする。


目を覚まし、再び意識を取り戻した俺は辺りを見渡した。

その光景は俺が寝る前に見たものとは些か異なっていた。


一番変化していたのは己の肉体。




――俺はゾンビでは無くなっていた。




全身に巻かれた包帯のような布。

それらに包まれた干からびた肉体。

そして着ていた覚えの無い着物。


更に調べてみると肉体はゾンビの頃と違って腐ってもいないし、損傷があるわけでも無さそうだった。

ただし、干からびてミイラのようになってしまっている。ゾンビの時とどちらがマシとは比較できないだろう。

どちらにしろ、身体は包帯のような白い帯で殆ど包まれてしまっている。外気に触れているのは目と口、そしてゾンビの頃からある胸の穴だけだった。


寝て覚めたら変わっていた肉体。

だが、妙に馴染む。


ステータスを確認してみると、種族が〝餓鬼〟となり、レベルが1となっていた。

おそらく、肉体が〝進化〟したに違いない。

前世の記憶にも、レベルを上げると進化するゲームが多々あった。何かとゲームチックなこの世界ならそういうことがあってもおかしくない。

多分、今の戦闘でレベルが100を越えたのが切っ掛けだろう。


レベルは1に戻ってしまったが、肉体のレベルはゾンビを遥かに越えていそうなので文句はない。

それに、レベルが1に戻ったということは再び100まで上げれば進化できる可能性があるということ。そう考えるとやりがいもあるというものだ。


「あ、そうだ。グレイとレフィスを助けなきゃ」


肉体の変化に驚きっぱなしで忘れていたが、グレイとレフィスは未だ倒れたままだ。


そう思って二人の元に駆け寄ると、そこには糸に捕まったレフィスと俺の知らない骸骨がいた。


その骸骨は漆黒のマントを纏っており、その骨の形も全体的に無骨で荒々しかった。


「君はロストなのかい?」


その骨の口から響く流暢な言葉。

骨という外見的特徴と俺の名前を知っているという条件に当てはまる奴を俺は一人しか知らない。


「そうだが、そういうおまえはグレイなのか?」


「そうだよ。僕は君の仲間、グレイだ」


どうやらグレイも俺と同じようにこの闘いで進化したらしい。

その辺りを詳しく聞いてみると、グレイは〝スケルトン・クリエイター〟から〝レイス〟という種族になったとのこと。


グレイはレイスへと進化したことにより知能が高まったらしく、普通に喋れるようになった。

今までの拙い言葉では無く知的に、そして随分と饒舌になったようだ。


「とりあえず、宴にするか」


死した土蜘蛛の肉は大量にある。何せ大きさが大きさだ、三人では喰いきれないほどその肉は多い。


「でも、蜘蛛には骨は無いんだよね」


グレイの言葉に苦笑する。

どうやら進化してレイスとなってもその偏食は変わらないらしい。


「脚なんか硬そうでイケるんじゃないか?」


「う~ん、仕方ないそれで我慢しとくよ」


グレイは骨の指で頭蓋骨を掻きながら渋々といった様子で土蜘蛛の脚に喰らいついた。


「あ、美味しいね、コレ」


「アハハ、そりゃ良かった」


俺には全く分からない感覚だ。


「レフィスも肉は喰うよな?」


俺の言葉に黙って頷くレフィス。

【黒血刃】でもって肉を切り分け渡してやる。


「レフィス、脚の甲殻もどうだい、美味しいよ?」


レフィスは凄い勢いで顔を横に振った。


「いらないってよ」


「残念、美味しいんだけどな……」


レイスに進化したグレイは勿論のこと、レフィスも以前と比べれば遥かに人間臭くなってきている。

初めて会った時が懐かしい。あの頃はグレイは片言で一音ずつ発音するので苦労したし、レフィスに至っては意志疎通すら出来なかった。なのに追い払っても付いてくるのだから困らせられたものだ。


だが、今となっては二人とも俺の大切な仲間である。

苦楽を共にし、とうとう協力して土蜘蛛を破った俺の仲間だ。


「本当、おまえ達は最高だよ」




――洞窟内での宴は続く。




――――




進化した俺とグレイの肉体は思った以上に高性能なものだった。


「本当にやるのかい?」


「ああ。グレイだって自分の力を確認したいだろ」


「それは、そうだけど。今の僕は凄いよ?」


「それは、俺もだ」


俺達が今から始めるのは模擬戦だ。

というのも、俺とグレイの能力は進化してしまって、この洞窟内で大型種以外に敵がいなくなってしまい、自分の力も上手く測れないという状況に陥ってしまったからだ。

この入り組んだ洞窟内で数の極めて少ない大型種に会うのも大変だし、そもそも自分の力を測りきっていない内に大型種と闘うのは無謀といえる。

そこで、俺とグレイは互いとそして自分の力量を知る為に試合を行うことにしたのだ。


「大丈夫、俺もおまえもアンデッドだ。頭を狙わなければ死にはしない」


「それもそうかな。じゃぁ、頭を狙うのだけは禁止ということで」


「応よ」


そうして俺達は対峙する。


「では、行くよ」


「来い」


次の瞬間、地面から骨の槍が生え、足元には湾曲した鋭い骨が生み出される。

レイスとなっても生成系の能力は変わらず持っているようだ。



――だが、甘い!!



俺は骨に捕まる前に跳び上がり、それらを回避する。

この攻撃はグレイがスケルトンだった頃からの十八番。誰よりも付き合いの長い俺が予想していない筈がなかった。


「まだまだ、ここからだよ」


グレイの声が聞こえたのと同時に地面から竹のように槍が生えてきた。

その量と速さは俺の予想を遥かに越え、俺を串刺しにせんと迫ってくる。

俺は空中で身動きの取れないにはその槍を避けることは出来まい、という予想の元に放たれた攻撃の数々。

今までのグレイにはない頭脳プレイだと言っていい。


確かに、ゾンビだった頃の俺ならば、これで身体を串刺しにされ勝負はついていたに違いない。

だが、餓鬼となった今の俺にこの程度の攻撃は無意味だ。


迫る槍を空中でもって身体を捻り、また掌でもってその軌道を反らし、数十という数の骨の刃を往なして俺は無傷で地面に着地する。


「――なんて出鱈目な回避能力なんだ」


グレイの呟きに俺は笑顔でもって答える。


「土蜘蛛との闘いで槍の雨は体験してたしな。それにこの身体になって周りの〝気〟というか揺らぎが分かるようになったんだよ」


それは俺が【見切り】と名付けた能力。

刃の先がどこに向かうのか、その軌道が俺には何となく分かるのだ。

更に俺には【直感】とでも言うべき感覚が備わっており、不意打ちもこの【直感】と本能的な回避能力で避けることができる。


「流石はロスト。なら、これならどうだい?」


骨の腕を頭上に上げ、指を鳴らすグレイ。

すると、地面がゆっくりと盛り上がり、そこからグレイの前の姿でもあるスケルトン達が這い出してきた。

その数、十二。そしてそれぞれの手には槍や剣を持ち、カタカタと音を鳴らしながらその得物をこちらに向けている。


「言っておくけど、このスケルトン達に魂はないよ。僕の言うことだけを聞く操り人形だから壊してくれても大丈夫だ」


「そうか、それは良かった」


俺としても魂ある同族を殺すのは気が引ける。

だが、ただの骨人形なら問題ない。


「――行け、骸の戦士達」


剣を持ったスケルトンが四体、俺を取り囲み、そしてその外側を八体の槍を持ったスケルトン達が取り囲む。

そして、四つの剣が俺に降り注いだ。


それを【見切り】と【直感】を駆使して全て回避する。


四つの斬撃を回避し終えた瞬間、俺は何かを感じ半ば反射的にその場を跳び上がった。

その【直感】による判断は正解で、俺がいた場所は周りを取り囲む八体のスケルトンの槍で埋めつくされていた。


それは、スケルトンが骨だらけで肉の身が無いからこその戦法。

剣を持ったスケルトンが敵と白兵戦を繰り広げている間に後衛が骨の隙間を通して槍で敵を串刺しにする陣形である。


この陣形を見る限り、グレイの知能はかなりのものであるように思う。

もしかしたら、こと戦術方面では俺を追い抜いているのかもしれない。


グレイが参謀としての道を進むなら、俺は最強の剣となろう。


「そろそろ、終わらせるか」


この闘いで俺の回避能力はだいたい把握した。

次は剣術による戦闘力を把握するとしよう。


進化し、肉体が変わっても変わらずに刻まれていた右手の紋章から暗黒の霧を生み出し、剣へと変える。

この闘いで初めて俺は手に剣を持った。


俺を囲むスケルトンを一瞬の内にして斬り伏せ、更に餓鬼となったことにより増大した腕力、脚力でもって破壊していく。

餓鬼となった今も、俺の回復能力は健在であり、寧ろその力を高めてすらいる。自壊を伴う戦闘術、【不死武道】とでも言うべきその闘い方でもって数秒と掛からずにスケルトン軍団を全滅させた。


後は本体であるグレイのみ。


足に力を込め、爆発させる。一瞬にして得たその推進力を制御しながらグレイへと肉薄。

その途中で大地から骨の槍が絶え間なく飛び出してくるが、【直感】と【見切り】を用いてその軌道を予想し、呪妖刀【黒血刃】でもって斬って捨てる。


グレイの首もとに剣を添えてゲームセット。


「俺の勝ちだ」


パタンと尻餅をつくグレイ。

それに手を差し伸べ立たせてやる。


「ロストには敵わないね」


「いや、今回は俺の勝ちってだけだよ」


今回はグレイの生み出したスケルトンが単調な攻撃しかして来なかったから簡単に制圧できたが、グレイの操作能力が上昇して一体一体の戦闘力が底上げされれば、また話は変わってくるだろう。


だが、グレイはもう少し自身の防御方法を考えるべきだ。

後衛だからといって狙われない保証はない。自身の戦闘力が若干低いグレイも自衛の手段はあった方がいい。

せめて、俺が駆け付けるまでの時間稼ぎぐらいは出来るようになってほしいものだ。


という訳で試合の後は皆で自分達の改善点なんかを話会い、レフィスも含めたフォーメーションを考えた。


土蜘蛛を倒した今、俺達の次の目標は巨大狼だ。

戦術もそれを意識して組み立てていく。




◆ ◆ ◆




「【鋼竜の根城】低層にて、冒険者九人の死亡を確認しました」


眼鏡を掛けた如何にも秘書風の麗人が書類を読み上げる。

その内容は冒険者の死亡報告。

それも、【鋼竜の根城】という《C級》迷宮の低層での話だ。


《C級》とは迷宮の難易度を示す基準であり、最高ランクは未だ未踏破の迷宮につけられる《EX級》。次点で【勇者】などと言った神の力を持つような人間のみが踏破できるとされる《S級》。それから《A級》《B級》と難易度は下がっていき、《E級》が最低ランクとなる。

その中で《C級》と言えば中位の迷宮ということになる。

しかし、迷宮内には低層、中層、高層と更に区分けがされており、それぞれの層は完全に分離されている。

そして、その中でも低層は総じて弱い魔物しか出現せず、その数も少ない。初心者冒険者であってもそう簡単に死ぬことはないはずなのだ。


「大型の魔物による被害にしては大き過ぎるしな……」


座り心地の良さそうな椅子に腰掛けた中年の男性はそう言うと、難しい顔で暫く考えをまとめる。


彼は、この町の〝冒険者ギルド〟の責任者をしているギルドマスターであり、名前を〝レリウス〟と言った。


そもそもで事の始まりは【鋼竜の根城】という、この街、《迷宮都市リゼルド》にある唯一の迷宮の低層で死亡率が異様に増加したことだった。

高層ならいざ知らず低層での死亡率が二割を越えるというのは確かにおかしな現象ではあった。


しかし、迷宮内にいる〝大型魔物〟と言われる強大な魔物が暴れているだけだと思い、当初ギルドはその問題を重要視しようとは思わなかった。

大型魔物は強大ではあるが、基本的に人を積極的に襲おうとはしない。偶然遭遇してしまう等の事故はあるかもしれないが、それすらも頻繁に起こり得る話ではない。

だが、極希に自身の力を誇示しようとする愚か者が大型魔物に勝負を挑み怒らせてしまうことがある。

怒り狂った大型魔物は積極的に人間を襲うようになり、迷宮内での死亡率が上がる。

しかしながら、大型魔物の怒りも一ヶ月すれば収まる故にギルドとしては勧告する以外の対処はしていない。


怒り狂った大型魔物を狩るとなると、冒険者の被害が余計に増えるからだ。

ならば大人しく待って落ち着いてもらった方が被害は少ない。


今回のギルドの判断も様子を見るというものだった。


だが、一ヶ月が経っても死亡率の高さは変わらず、それどころか最近は中級レベルの冒険者が死亡する例も多くなってきた。

迷宮の初心者である冒険者が死んでしまうのはある意味当然と言えるが、ベテランと言えるようなレベルの冒険者まで迷宮から帰って来ないとなるとこれはいよいよ深刻な問題である。


「――何かいるな」


「迷宮にですか?」


秘書の言葉にゆっくりと頷くレリウス。

状況を鑑みての判断と彼の長年の勘は迷宮内にいる脅威の香りを嗅ぎとっていた。


「まさか〝魔族〟が生まれたということは無いと思うが」


迷宮内において非常に低い確率で生まれるとされる特異個体。それが魔族である。

魔族は迷宮内の魔物が突然変異して生まれた存在であり、非常に高い知能と突出した力を持つとされている。


レリウスは過去に冒険者であったこともあるが、魔族が発生したという話は一度たりとも聞いた事がなかった。

ギルドの長い歴史を紐解いても最後に魔族が現れたのは五百年も昔。


〝九尾〟言われる強大な狐の魔族を最後に魔族がこの世に誕生したという記録はない。


故に、今回の騒ぎに魔族が関わっている可能性は皆無と言って良いだろう。五百年も発生していない魔族を警戒するなんて馬鹿げてすらいる。

だが、レリウスはその可能性を捨てきれずにいた。


「杞憂だと良いのだが」


数日前に迷宮から帰ってきた青年はゾンビとスケルトンの異常に強い群れに仲間を殺されたと話していたが、まさかそんな低級アンデッドが魔族に至っているということはないだろう。

だが、もしかしたらその異常に強いアンデットが迷宮内で人間を殺しまくっている可能性はある。

少なくとも迷宮内で魔族が発生したなどという可能性よりは信憑性があるかもしれない。


「今回の件、例のアンデッド集団のせいという可能性はあると思うか?」


「例の青年の話ですか。可能性は皆無とは言いませんが、青年の話ではそのアンデッドの群れにいたのはゾンビとスケルトンだったのですよね?

青年達のような《Dランク》に成り立ての冒険者達ならともかく今回は《Cランク》の冒険者も多数犠牲になってます。ゾンビやスケルトンがいくら強くても《Cランク》の冒険者が殺される可能性は極めて低いかと」


レリウスの質問に秘書が答える。

その答えはレリウス自身も理解していた。秘書に質問したのは確認したかったからに過ぎない。


「どちらにせよ、原因究明の為に《Bランク》の冒険者に依頼を出した方が懸命でしょう」


《ランク》とはギルドが判断した冒険者の強さの基準である。

【勇者】や【英雄】などと言った企画外れ級の冒険者が与えられるのが最高位の《Sランク》。人類最強クラスとされる程の実力を持ち、《A級》の迷宮内でも戦える冒険者に与えられるのが《Aランク》。そして《B級》の迷宮で戦える実力を持つのが《Bランク》の冒険者である。


そんな《Bランク》の冒険者は今、リゼルドに二組しかいない。

それに加え、《Bランク》の冒険者に依頼するとなると報酬もかなり高額となる。


ギルドとしては痛い出費だ。


「だが、迷っている暇もない、か」


レリウスはリゼルドにいる二組の内、一組を選んでギルドに召集し、【鋼竜の根城】低層の散策を依頼することにした。


「それとこれは別件なのですが」


「どうした?」


「エルフの冒険者が迷宮攻略の許可を求めています」


「エルフが?」


エルフとは言葉を理解する亜人のことである。この国は亜人にはかなり厳しい政策をとっているが、エルフと竜人の扱いだけはその中でも特別だ。過去にこの国を救った恩賞としてエルフと竜人に対してだけは客人としてもてなすことを義務付けられている。


しかし、レリウスもこの緊急事態に接待などやってられない。


「ああ。許可しておけ」


なので、特にそのエルフを目視することなく許可を与えてしまった。




◆ ◆ ◆




ギルドから依頼を受けた《Bランク》の冒険者達、四人は依頼を受けてから三日後、準備を整えて早速【鋼竜の根城】低層へと潜っていた。


「はぁ、今さらこんな低層だなんて面倒くせ~」


そう嘆いたのは槍を背負った青年であり名前を〝レレク〟といった。

面倒ぐさがりの性格ではあるが、その超絶的な槍の腕と実力でもってこのグループのリーダーをしている。


「まぁ、ギルドからの召集だから仕方ないよ」


レレクを諌めるのは修道服を着たシスター的な姿をした女性〝リリアン〟。

《ゼティス教》という、この世界の最大宗教を信仰している彼女は〝神聖魔術 〟という特殊な術を得意としており、回復と防御に優れた術者であった。


彼女の言うギルドの召集とは冒険者に課せられた義務であり、召集され、依頼を頼まれたなら余程のことが無い限り断ることが出来ない。

その代わり、報酬は本来の額よりも高くなっている。


「一応、迷宮内なんだから油断しないでね」


弓を背に背負った少女は緊張感なく喋っているレレクとリリアンを見て苦笑する。

彼女の名前はミチルといい、この中では一番年下ではあるが、一番のしっかり者だった。


「俺は闘えれば何でもいいぜ」


赤毛の短髪で一際ギラギラした攻撃的雰囲気を持った男が呑気に言う。

彼は所謂戦闘狂であり、レレクとは竹馬の友であった。


名前は〝リギア〟。自身の拳のみで闘う拳闘士である。




四人は旅の途中で偶々この《迷宮都市リゼルド》に寄っただけであった。

それを運悪くこの街のギルドマスターに捕まり、今に至るわけだ。




――――




四人は《Bランク》の冒険者だけあって《C級》の迷宮、【鋼竜の根城】のそれも低層程度では苦戦するような事はなかった。


彼等にもさすがに大型魔物に簡単に勝てるまでの実力は無いが、中型の魔物ならば簡単に殺害できる実力がある。


今も現れたコブリンの群れ七匹を相手取り、数秒と掛からずに全滅させていた。


「依頼の内容は、低層最奥まで探索することだよな?」


そう言いながら槍についたコブリンの血を拭うレレク。

顔に疲労の色は見られず、さすがは《Bランク》の冒険者といった姿である。


「その道中で最近【鋼竜の根城】内部で頻発してる冒険者の死亡原因を究明するのが本来の目的だけどね」


レレクに今回の依頼の目的を教えるしっかり者のミチル。


「ああ、アンデットが原因かもしれないとかギルドマスターが言ってたアレか」


「相手がアンデットなら私の出番ですね」


そう笑って言うリリアンが行使する《神聖魔術》はアンデッドに対して絶大な効力を発揮する。アンデットに対して《神聖魔術》の聖なる力を使うと、アンデッドは浄化し、消滅してしまうのである。

リリアンがこのクランにいたこと、それこそギルドマスターが彼等をこの依頼を任せた大きな理由の一つだった。


四人は更に洞窟の奥深くへと向かっていく。

大型魔物には会わないように最低限の注意だけは払いながら、お気楽とも取れるような態度で薄暗い道を進んでいった。




――――




四人の探索は順調に進み、驚くべきほど短時間で洞窟の最奥付近にまで辿り着いていた。


「止まれ」


直前まで緊張感の欠片も無かったレレクが急に真剣な顔をして仲間を制止する。


「あ~ん? レレクいったいどうしたんだよ?」


闘い甲斐の無い戦闘の数々にイライラしていた短気のリギアがレレクに不満気な声を上げる。


「――何かいる」


「やっと少しは骨のある奴が現れたのか?」


レレクの緊迫した声に三人も臨戦体勢に入る。

そこに先ほどまでの気の抜けた姿は無く、《Bランク》に相応しい風格を纏っていた。


「おい、いい加減出てきたらどうだ?」


レレクの言葉が洞窟内に響き、静寂が訪れる。

そして何事も起こらぬまま数秒が経った。


レレク自身、自分の感じた気配は気のせいなのかと思い始めた頃、そいつらは現れた。


それは三体の魔物。

しかし、普通の魔物とは一線を画する程のオーラと邪気を放つその姿に四人は息を飲む。


一体は見た目こそただのゾンビだが、その身に纏う禍々しい覇気はそれこそ、普通のゾンビとは比較にならないほど。

正に規格外と言うべきゾンビ。


だが、そんなゾンビでもこの三体の内では最もまともな存在だと思える。それほどに他の二体の魔物は格が違った。


二体目の魔物は一見するとスケルトンのようだった。

しかし、その魔物は漆黒のマントを羽織っており、その骨もスケルトンのように丸みを帯びたものではなく、どこか角張った攻撃的なフォルムをしていた。

そして、この魔物はあろうことかその身に《魔力》を纏っていた。それは何らかの《魔術》やそれに準ずるなにかを行使できることを意味しており、それだけで他の魔物とは比べるまでもないほどの脅威となる。


最後に二体の魔物の中央にゆるりと立つ魔物だが、この魔物は着物という珍しい衣を着ていた。服から覗きでるその身は白の帯で覆われており、こちらから確認できるのはその布と胸に開いた孔、鋭い眼光を放つ威圧的な眼のみ。


だが、この魔物がこの三体の中で一番ヤバい。

規格外のゾンビよりも、《魔術》を行使できるだろう骨の魔物よりも、この着物を着た武器も持たない魔物が一番強い。

そう、冒険者としての長年の勘が四人に告げている。


「なんなんだ、おまえらは!?」


レレクの問いに真ん中の着物を着た魔物が人間臭い仕草で頬を掻きながら答える。


「俺達は魔物だぜ、人間。おまえ達の敵で、人間を殺して喰らう化け物さ」


その流暢な喋り声に四人は驚く。

質問をした当のレレクですらまさか答えが返ってくるとは思っていなかった。


「まぁ、だからおまえ達も大人しく喰われとけ」


次の瞬間、着物を着た魔物が凄まじい速度でこちらに迫ってきた。

そして、いつの間にか持っていた黒の剣をその速度のままに振りかざす。


「ハァッ!!」


それを受けたのはレレク。

敵の動きが一瞬止まったその瞬間にリギアがその拳を叩き込まんと肉薄する。

リギアの拳が魔物に当たる、そう思った刹那の後に魔物は再び地面を蹴り上げ、リギアの拳から逃れ、冒険者達四人と一度距離を取った。


「グレイ、レフィス、こいつら強いから本気で行くぞ」


着物を着た魔物の言葉で後ろにいた二体の魔物も動き出した。


「もしかして、ここ最近、この辺りで死亡者が続出したのって」


「まぁ、十中八九こいつらが原因だろうな」


ミチルの呟きにレレクが視線は魔物から外さずに答える。


「さて、今度は本気でいくから覚悟しな」


着物を着た魔物が刀を構え、そして再び超スピードで接近してくる。



――災厄の魔物との闘いが始まった。




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