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2話 蜘蛛

仲間になったスケルトンにステータスを確認させてみた。

もしかしたら、ステータスという概念は俺にしか適用しないかもしれないという若干の不安もあったが、スケルトンは問題なくステータスを見ることが出来た。


それによると、スケルトンは実はスケルトンではなく、〝スケルトン・クリエイター〟という種族らしい。

スケルトンは俺の予想と合っていたが、クリエイターなんてのは予想外だ。


スケルトンのレベルは12で、名前は無かった。なので俺が〝グレイ〟と名付けてやると、スケルトン改めグレイは嬉しそうにカタカタ骨を揺らした。


「でだ、グレイ、おまえは何が出来るんだ?」


グレイを意志疎通の出来る相手として仲間にしたという一面は確かにある。だが、それと同じかそれ以上に重要なのが新戦力という面だ。

今の俺では勝ててもハードボアが限界であり、それもギリギリ勝てるかどうかというレベルである。

この状況を打開する為には単純にこちらの数を増やすというのが最も楽な方法だと俺は考えた。

しかし、単純に数を増やしても意志疎通が出来なければそれはただの烏合の衆となる。その良い例がゴブリンだろう。確かに数が増えれば厄介ではあるが、コンビネーションの欠片もないゴブリンの群れはハードボア単体にすら劣る。実際に、七匹という大型のゴブリンの群れが一匹のハードボアに蹂躙されるのを俺は見たことがある。

その点、意志疎通の出来る仲間というのは特に戦術面で非常に有利となる。


「――クリ――エイ――ト」


グレイはカタカタと頭を震わせると、手から骨の剣を作り出した。

どうやら、これがクリエイターの力らしい。

俺はこの能力を【骨生成スカル・クリエイト】と名付けることにした。やはり名前があった方が格好いい。

しかし、聞いてみると【骨生成スカル・クリエイト】にはデメリットもあるらしく、このクリエイトを行うと身体から力を失うので連発は出来ないとのこと。


そこで、少しばかり実験を行ってみた。

まずは、クリエイト出来る骨の形状についてたが、これは剣や槍などある程度、姿形は自由に変えられるようだ。

一番、力の消費が少ないのは、骨をそのまま生み出すことらしく、形を剣にした骨よりもただの骨の方が遥かに生み出すのは簡単とのこと。また、生み出す場所は任意だが、あまり離れていると余計な力を食うらしい。


それで一通りの能力の確認をした俺は実戦で試したいことが出来たので、実験台となってくれそうな魔物を探すことにした。


大男から奪った大剣を片手に持ち、それまで使っていた剣をグレイに渡して俺達は洞窟へと繰り出した。




――――




暫く歩いていると運の良いことに一匹のゴブリンと出会った。

普通、ゴブリンは数匹で纏まって行動するはずなのだが、どうやらこのゴブリンはハグレらしい。

武器も持っていないようだし、実験台としては丁度いいだろう。


「グレイ、さっき説明した通りにやってみてくれ」


「――ワカ――ッタ」


俺達が喋っている間にゴブリンは俺達を敵と見なしたらしく、こちらに駆け寄ってきた。

コチラとしても近付いてもらわないとどうしようもないので、好都合である。


「――クリエ――イト」


走り寄ってくるゴブリンの足元から鋭く尖った棘が生え、それはゴブリンの足を地面に縫い付けた。


「作戦成功、だな」


ネタバラシをしてしまえば、グレイにゴブリンの足元から鋭く尖った骨、今回は肋骨(ろっこつ)を生成して貰っただけのこと。本来の骨の形を保っているので、あまり力を使わない上に強度もそれなりにある。

問題は生やす場所が地面なのでグレイから離れ過ぎた場所に生成することは不可能ということ。なので遠距離からの攻撃には使うことは出来ない。

だが、これで敵の機動力を奪うことが出来るようになったのは大きい。今後の俺達の役割分担としては俺は前衛でグレイがサポートという形になるだろう。種族としての身体の耐久力や出力から言ってもそれがベストなフォーメーションだと思う。


地面に縫い付けられたゴブリンの首を以前、大男から奪った大剣で薙ぐ。

人間を遥かに凌ぐ腕力によって振るわれる大剣はその質量と相まって膨大なエネルギーを放ち、まるで小枝を折るかのようにゴブリンの首を骨ごと粉砕した。


大剣の威力とグレイの能力の高さに満足した俺は次なる目標をハードボアに定めた。

今なら満全な状態のハードボアでも正面から撃退できそうだ。




――――




それから一日中歩いて、やっと目標たる一匹のハードボアと巡り会えた。


「ブルモオオ!!!!」


目の前に現れた死体と骨を敵と見定めたのか、ハードボアは前肢を踏み締め雄叫びを上げた。


「グレイ」


「――サイダイ――デ――ヤル」


ハードボアが今にも駆け出しそうになったその瞬間、ハードボアの足元から骨が迫る。

《肋骨鋏》と俺達が呼ぶことにした鋭く尖った骨の虎挟みはハードボアの後ろ足二本に食らい付いた。


「ブルアアア!?」


後ろ足を骨に刺されたハードボアはいきなりの激痛に困惑し、その瞳に怒りの色を滲ませた。

どうやら、本能的に誰の仕業か分かったらしい。


「ブルモオオオオオオ!!!!」


――メキメキメキメキ!!!!


「おいおい、嘘だろ?」


「――ヤブ――ラレタ」


ハードボアの怒りパワーは凄まじく、自分の足が傷付くのも気にしないで無理やり地面から生えた骨を粉砕した。

だが、その代償としてハードボアの後ろ足は見るも無惨なものとなってしまっている。

これで、ハードボアの一番厄介な攻撃である突進を繰り出すことは出来まい。


「機動力さえ奪えればこっちのものだ」


大剣を構え、ハードボアと対峙する。

突進という攻撃手段を失った今、この猪に残された武器はその牙のみである。

ならば、その牙の無い側面から攻撃してやればいい。


ハードボアにゆっくりと近付いていく。


そして、そのゆっくりとした歩調から一転、姿勢を低くし、ゾンビの並外れた脚力を用いて地面を嘗めるかのようにハードボアに横から急接近する。


ハードボアは、その緩急の差に対応しきれず、また後ろ足の怪我も相まって俺の動きにはついてこれない。


勝負は一撃で決まった。


ハードボアの頭部をバッサリと抉るように斬り裂いた大剣をその死骸から引き抜き、血を払う。


思った以上にグレイの攻撃と大剣の破壊力は優秀だった。

ただ、心配なのはこの大剣がいつまで保つかということ。毎回血糊は払ってはいるが、戦う度に切れ味は鈍くなっていくし、ダメージも蓄積する。今まで使ってきた剣も保って数週間だったことを考えると、この大剣を使うのは控えた方がいいかもしれない。

剣と違って大剣を持っている人間に会うことは希であり、次いつ補充できるかも分からないのだ。


「まぁ、今はハードボアを倒せたことを祝おうかね」


「――ホネ――クレ」


肉は俺が喰い、ハードボアの堅牢そうな骨はグレイが喰らった。

どうやってかは知らないが、グレイはバリバリボリボリとその堅そうな骨をいとも簡単に喰らうのだ。

骨なんて美味いのか、と俺なんかは疑問に思うのだが――


「――ウマ――イ」


と、グレイが言っているのだから美味いのだろう。




――――




それから俺達は強くなる為にハードボアや人間を積極的に襲うようになった。

俺一人の時は襲うには リスクが大き過ぎたそれらの獲物も、グレイがサポートしてくれるお陰で、今では大剣を出し惜しみして素手で闘っても勝てるくらいに強くなった。


そんな生活を一ヶ月ほど続けた俺達はレベルも加速的に上がり、俺が62、グレイが58となっている。

レベルが上がったことで身体能力は向上し、グレイも生成できる骨の幅や量、その耐久性が向上した。

だが、残念ながら大型の魔物に勝てるほどではない。


今は大型の魔物を倒すことを目標に、日々レベルアップに勤しんでいる。


「ニンゲン、ミツケタ」


グレイはこの一月で随分と滑らかに話せるようになっていた。それがレベルアップによる知能の向上のお陰なのか、ただ単純に喋るのに慣れたお陰なのかは定かではないが、俺としてはグレイとの会話がスムーズになってくれたのは嬉しい限りだ。


「ああ、三日ぶりの人間だ」


俺達が見つけたのは四人の人間だった。既に洞窟内で数回闘っているのか、装備品のところどころに傷が目立つ。

その装備品や、集団の落ち着きぶりからすると、洞窟に入るのが初めてだとは思えない。初心者よりは面倒な相手だと判断した。


「今回は全力でいく」


「ワカッタ」


この一ヶ月で随分とボロボロになってしまった大剣を構える。

最近は消耗を抑える為に素手で闘ってきたが、今回の敵は四人と数が多い上に戦闘慣れもしていそうな様子だ。手加減なんかしていて勝てる相手ではない。


「行くぞ!!」


俺が岩陰から飛び出た瞬間、グレイの能力により、四人の足元から鋭く尖った《肋骨鋏》が生まれる。


しかし、その攻撃で足を切り裂かれたのは二人のみ。他の二人は驚くべき反射神経でもってグレイの攻撃を回避していた。


やはり、一筋縄ではいかなそうだ。


とりあえず、足を怪我した内の一人に向けて大剣を振り抜く。弓を持っていたそいつは為すすべもなく頭部を粉砕され沈黙。


更にもう一人、と向かったところで邪魔が入った。


「貴様、よくもクレリアを!!」


剣士の青年の剣が俺に迫る。

その軌道は俺の胸に向かっていた。



――その剣を俺は避けなかった。



ゾンビの俺にとって頭部以外の攻撃は意味がない。

それをこの青年が知らなかったとは思えないが、おそらく怒りで冷静さを失ってしまったのだろう。


「おまえ、馬鹿だな」


至近距離に迫った青年の首元に喰らい付き、引き千切る。

それだけで、青年は血を吹いて死んだ。


チラリと足を怪我したもう一人の人間を見てみると、そちらは地面から生えた骨の槍で胴体を串刺しにされ死んでいた。


残るは未だ健康体で何かの木の棒を持った華奢な青年のみ。


「この雑魚アンデット風情が調子に乗るんじゃねぇ!!」


次の瞬間、俺は無意識の内に全力で後ろにジャンプしていた。

理屈ではない。そうしないと殺られると本能が感じ取った結果だった。


事実、もし後ろに全力で回避していなければ俺は今頃、消し炭になっていただろう。


「何がどうなってやがる?」


目の前に広がるのは炎の海。

先程まで俺がいた場所からは火柱が立ち、その業火で全てを焼き尽くさんと洞窟内を蛇のように這い回る。


「これは、逃げた方がよさそうだ」


暴れまわる炎を怖れて俺とグレイは急いでその場から立ち去った。

この炎を発生させたと思われる華奢な青年は既に逃げていたので、追っ手を気にする必要は無かった。


炎から離れながら、今起こった現象について考える。

前世の記憶を頼りに検索をかけたところ、あの青年は魔法使いであり、あの炎は青年が放った魔法なのではないかという仮説に至った。

確証は無いが、おそらく間違ってはいないと思う。


今まで魔法使いと会ったことは無く、今回の青年が初めての遭遇だったが、今後はああいった格好をした魔法使いである可能性の高い奴を優先的に潰した方がいいだろう。

流石にあの規模の炎は洒落にならない。今回だって一歩間違っていれば俺はこんがりと焼かれていた。


ただ、魔法という現象と魔法使い、そしてその特徴を確認できたのは良かった。

これで魔法使いへの警戒とその対処が出来る。




暫く走って過剰なほど距離を取ったところで二人で倒れ込んだ。本来アンデッドに疲労というものは存在しないのだが、今回は精神的に疲れた。

アンデッドは光やら炎が元来苦手なのだから仕方ないだろう。


「アツカッタ」


「アレは俺も驚いた。というか死ぬとこだった」


「ロスト モウ シンデル」


「アハハ、そりゃそうだ」


炎から逃れた安心感からか、俺とグレイはその場で笑いこけた。俺はゲラゲラと、グレイは骨を揺らしてカタカタと。


何がおかしいのかも分からずに笑い続けた。




――――





魔法使いと出会い、散々笑った挙げ句に笑い声で呼び寄せられたゴブリン五匹を殲滅してから三日。


俺はグレイと二人、いつものように洞窟を歩いていた。

ただ、いつもと少しだけ違うのは今日は何故か後ろにもう一匹、オマケがくっついていることだ。


「ツイテキテル」


「……そうだな」


一度立ち止まり後ろを振り返ってみる。


「ア、ア、ア、ア、ア」


何か音声らしき奇妙な奇声を発するゾンビが俺達の後ろにいた。

声帯でも潰れているのか、その声は酷く掠れており、何を言おうとしているのか全く分からない。


「一体なんだってんだよ……」


事の発端は昨日のこと。俺達がゴブリン達に袋叩きにされてたコイツを助けたのが切っ掛けだった。


俺達は余裕があれば同族のアンデッドは助けるようにしている。グレイの時もそうだったし、他のアンデッドに対しても俺は基本的に優しいのだ。


だが、助けたゾンビに付きまとわれるのは初めての経験だった。助けても礼の一つなく立ち去るのが普通のゾンビである。少なくとも今まではそうだった。

ゾンビには基本的に知能は無いようだから礼なんてしなくても当然ではある。寧ろ俺やグレイのような知性的アンデッドの方が異常なのだ。


礼を言わないという点ではこのゾンビもそこは変わらない。しかし、コイツは助けたその時から俺達に付いてくるようになってしまった。


捨て猫になつかれて家まで上がり込まれたような心境とでも言えばいいだろうか。


「どうしたもんかな……」


捨ててくる訳にもいかないし、そもそも捨てて来ても付いてくるのでは意味がない。

それに、半分飛び出しているその潤んだ眼球を見ていると、どこかに捨てるなんて可愛そうなことは出来そうになかった。


「仕方ない、連れていくか」


「アタラシイ ナカマ?」


「まぁ、そうなるのかな」


意志疎通は難しそうだが、捨てられないなら面倒を見るしかないだろう。アチラが飽きて俺達から離れていくというなら話は簡単なのだが、少なくともそうなるまでは行動を共にすることになりそうだ。


グレイと違って話が出来ない為にステータスの確認すら出来ないが、見た目は完全に俺と同じゾンビなので種族はゾンビで間違いないだろう。

後はレベルと名前だが、レベルの方は分からなくてもそんなに問題ではないのでこの際無視。

名前だけはないと不便なのでグレイと二人で考えることにした。


「ヤマアラシ」


「凄まじいネーミングセンスだな、おい。それにあのゾンビは女型みたいだから女の子らしい名前の方がいいんじゃないか?」


右胸は抉れていて確認は出来ないが、左胸には一応乳房らしきものが残っているので、女の死体で間違いないだろう。

顔は右目が飛び出て頬が削れ、左耳が腐り落ちている上に肌荒れが酷く、ところどころ捲れているので美人かどうかは判断しずらいが、ゾンビの感覚としては、立派な腐り具合だと言える。


「シタイ ニ オトコ モ オンナ モ ナイ」


「まぁ、確かにな」


だが、名前くらいは女らしくても罰は当たるまい。


「〝オッパイ〟なんてどうだ?」


「ドンビキダ」


酷い言われようだった。女の子の特徴を掴んだ良い名前だと思ったのだが。


それから二人で頭を悩ませ、ゾンビの名前を考えた。

結局、光苔の苔の色が変わるまで審議した結果、〝レフィス〟という名前に落ち着いた。

語感だけで決めた適当な名前だが、ヤマアラシよりはマシだろう。


「という訳で、おまえの名前は今日からレフィスだ」


俺達が名前に悩んでいる間もずっと側で立っていたゾンビに名前を告げると、それが自分の名前と認識出来たのか、頭をカクリカクリと縦に振った。

その顔も心なしか嬉しそうに見えた。




――――




「ほら、レフィスも喰えよ」


「ホネ モ イルカ?」


レフィスを仲間に入れて一週間、レフィスが後ろからテクテク付いてくるのにも慣れた。


今は倒したハードボアを三人で食べているところ。


俺の差し出した肉を受け取り、かぶり付くレフィス。

レフィスは俺達に遠慮しているのか、倒した獲物からは俺達が分け与えた肉しか食べない。

俺としては、肉なんていくらでもあるのだから遠慮なんてしないで良いとも思うのだが、レフィスは頑なにその姿勢を貫き通している。


「ホネハ?」


「いや、ゾンビは骨は喰わないよ」


「ソウカ ウマイ ノニ ザンネン ダ」


そう言ってハードボアの牙をかじるグレイ。

本人曰く、牙は堅くてジューシーらしい。俺達ゾンビには全く分からない感覚だ。


そんなこんなでワイワイと食事をしていると、突如洞窟内に太く重い咆哮が鳴り響いた。


頭が戦闘体勢に切り替わる。


「これは……巨大狼か」


「チカイ」


その咆哮は洞窟内において死の足音に等しい意味を持つ。

大型種の魔物である巨大狼はこの洞窟内の食物連鎖の頂点の一角に立つ生物だ。狙われたら命はない。


そして、この咆哮は狼の戦闘開始を意味していた。


――何かが巨大狼と闘っている。


鳴りやまない轟音。

それは、巨大狼が敵に苦戦していることを意味する。


今までこんな事は無かった。普通なら巨大狼の戦闘は刹那の内に終わる。今回のようにいつまでもその戦闘音が鳴り響くのは初めての経験だった。


「行ってみるか」


俺達の目標は変わらず大型種の魔物を倒すことである。

その為にまずはその実力を見てみたい。

そして、今回のこれは、巨大狼の実戦を眺める絶好のチャンスだ、逃す手はないだろう。


ただ、ハイリスクではある。巨大狼がこちらに敵対すれば今の俺達ではいとも簡単に殺られてしまうに違いない。

だが、それだけの価値がある。俺はそう判断した。


「気を付けろ、静かに進め。特にレフィス」


三人で未だに鳴り止まない轟音の元へと向かう。

レフィスは最近、簡単な指示なら聞くようになったので慎重に進むように命令している。

本当なら一時的にでも置いていきたかったのだが、その命令は断固拒否してくるので、仕方なく連れてくることになってしまった。



――そして、とうとう轟音の鳴る現場へと辿り着いた。



向こうからは見えない岩陰から慎重に戦闘を覗き込む。


「嘘だろ……」


俺の視界に写ったその映像は信じ難いものだった。


なんと、人間一人があの巨大な狼と一騎討ちしていたのだ。

狼の驚異的な身体能力に、人間も凄まじい反応速度で対応している。狼が繰り出す致死の爪を人間はその右手で操る漆黒の刀で弾き、そして更に反撃とばかりに斬り返してみせる。



――その一人と一匹の闘いは筆舌に尽くし難いほどに激しく、荒々しく、そして美しかった。



「だが、少し様子が変だな」


「ウゴキ ヒト デナイ」


様子がおかしい点はいくつかある。まず、狼の身体に負った傷から流れる血の量が些か以上に多いというのもあるが、それよりもおかしいのは人間の身体の動きだった。

まるで、マリオネットであるかのような不自然な関節の動きに、その身体へのダメージを無視した一種ゾンビのような肉体行使。

そして、人間の持つ剣から湧き出る俺達アンデッドと同種の負のオーラ。


何もかも歪で禍々しく、それ故に魅惑的。




――闘いは数時間にも及んだ。




結局、生き残ったのは巨大狼だった。


勝利の雄叫びが狼の血だらけの口から上がり、勝負は終わった。勝ったのは巨大狼。狼は敗者である人間の死体を喰らうと洞窟の奥へと姿を消した。


残ったのは壮絶な闘いの名残である洞窟の傷と、大量の血痕。


そして禍々しいオーラを放ちながら大地に刺さった刀。


洞窟内の魔物は肉は喰えど、人間の持っていた武器に興味は示さない。例外は長生きして知恵のついたゴブリンくらいのもの。


俺は無言で刀の方へと向かった。

何故か、その刀に呼ばれている気がしたのだ。


ゆっくりと刀に近付いていき、そして地面に刺さったその刀を俺は迷わず掴み引き抜く。


その瞬間、刀は暗黒の霞となって俺の右手に喰らいついた。


思わず仰け反り、その場を急いで離れる。

そして改めて辺りを見渡してみるが刀はどこにもない。


「何が起きた?」


呆然としながら右手を確認してみると、右手の甲に不思議な模様が刻まれていた。


そこから感じるのはあの剣と同じ禍々しい気配。

俺の右腕に何かいる。


「――出てこい」


思わず零れた呟きに再び手の紋章から暗黒の霞が吹き出る。

それは瞬く間に元の黒い刀へと形を移した。



――呪妖刀【黒血刃】。



それを見た瞬間ステータスのように脳裏に刻まれる文字。

【黒血刃】それがこの剣の名前。


こんな自己主張の激しい武器は今まで見たこともないが、悪くない。


「ダイジョウブ カ?」


「ああ、問題ない。ほれ、大剣の代わりが手に入ったぞ」


【黒血刃】をグレイに見せる。


「コレハ ココチ イイ チカラ ガ スル」


【黒血刃】の放つ禍々しいオーラは俺達にとっては気持ちのいい代物である。

斬れ味も良さそうだし、なかなかに良い収穫だった。


その後、実験してみたところ、この【黒血刃】は俺の指示次第で再び手の紋章に戻ることが分かった。

鞘が無かったのでどうしたものかと思ったがこれなら収納が楽でいい。


何で、そんなことが出きるのかは分からないが、便利なのだからいいだろう。気にしても仕方ないことだし。




――――




【黒血刃】を手にいれた俺達の強さは飛躍的に上がった。というのも、【黒血刃】はいくら使っても斬れ味が落ちず劣化もしないからだ。

大剣は五回ほど使ったらなまくらになったのに、【黒血刃】は何度使っても変わらないパフォーマンスを発揮してくれる。


レフィスは人間から奪った槍を得て、グレイは自身の能力、【骨生成スカル・クリエイト】に益々磨きをかけ、そして個々の能力も更に向上している。


レベルは俺が91、グレイが90となっている。

レフィスのレベルは分からないが多分80いくつかだろう。


しかし、レベルが上がったことによって最近はレベルアップが非常に難しくなってしまった。

特に80になってからの上がり難さは異常だ。中型種の魔物をチマチマ狩っていたのではこれ以上強くなるのは難しいと思われる。


俺としてはそろそろ大型種を狩る時だと考えていた。


「狙うのは土蜘蛛だ」


この何日かで土蜘蛛の闘いを見る機会が何度かあった為に大体の攻撃パターンは頭に入っている。


「オオカミ デハ ナク?」


「そうだ」


この日、俺は土蜘蛛を倒す決意とその作戦をグレイとレフィスの二人に話した。

巨大狼ではないのは、巨大狼の俊敏さとその破壊力が馬鹿げている為だ。もしかしたら勝てるかもしれないが、おそらくこちらにも犠牲が出る。折角ここまで共に闘ってきたのだ誰も欠けることなく俺は大型種を倒したいと思っていた。

その点、土蜘蛛は毒や糸といった絡め手を得意としている。糸攻撃は厄介だが、予備動作が必要なのできちんと見極めれば避けるのは容易いだろうし、俺達にとって毒はそもそもで無意味なので土蜘蛛は巨大狼よりも遥かに御しやすい相手だと言える。


それを説明するとグレイは納得してくれた。レフィスもゆっくり顔を縦に振っているので分かってくれたものと思う。

レフィスに関してはいつも顔を振っている気がするが、まぁ良いだろう。


「作戦はこうだ」


まず、いつもと同じようにグレイには足を潰して機動力を削いでもらう。

ただ、今回の敵は蜘蛛だけあって足の数が多い。その上身体に比例して足も太く大きいとなっては一気に全ての足を潰すのは困難だと言える。

なので、今回は一本ずつ着実に足を潰してもらうことにした。


グレイの負担が少しばかり大きいが、レベルの上がったグレイならば何とかこなしてくれると思う。


今回の作戦の要は言うまでもないがグレイだ。

故にレフィスの役目はグレイの護衛。その槍でもってグレイを攻撃から守り、集中させるのがレフィスの仕事である。


「で、俺が陽動役兼、攻撃役だ」


ゾンビの並外れた脚力でもって土蜘蛛を翻弄し【黒血刃】で斬り刻むのが俺の役目。


「ショウチ シタ」


二人にもう一度作戦を理解したか確認し、いよいよ土蜘蛛との戦闘へと向かうことにした。


巨大狼と違って土蜘蛛の行動範囲は狭い。昨日も土蜘蛛の姿は見掛けたからそう遠くにはいないはずと、近場を散索していく。


そして数時間の索敵の末、俺達はハードボアを喰らっている土蜘蛛に遭遇した。

丁度、背後を取ったような形で土蜘蛛を発見できたのは思わぬ幸運である。これなら不意打ちからの一撃が加えられそうだ。


「ここが正念場だな」


見上げる程に大きなその巨体を視界に納めながら覚悟を決める。

大型種は今までの魔物や人間よりも遥かに強い。見ただけで魔物としての本能がそう告げる。


だが、不思議と勝てないとは思わなかった。


「――行くぞ」


初めから全力疾走で駆け抜ける。


手にもった【黒血刃】に自らの速度を加えた膨大なるエネルギーでもって土蜘蛛の胸辺りを下から斬り裂く。

俺の刃が土蜘蛛に初撃を与えた刹那、更にグレイの骨槍が土蜘蛛の足を凄まじい量で貫いていく。


まさか、洞窟における強者である自分が狙われるとは思っていなかったからか、土蜘蛛への奇襲は見事に決まった。


「キシャァァァァァァ!!!!」


身体に突如走った激痛に悲痛な叫び声をあげる土蜘蛛。


「来いよ土蜘蛛。俺はここから成り上がってやるぜ」


洞窟内最強の一角、土蜘蛛との闘いの幕が切って落とされた。




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